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第三章 戦乙女四重奏(ワルキューレ・カルテット)始動編

46.ドラゴン襲来

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 いつもとそれほど変わらない朝、そう、レナージュとイライザは今朝も床で転がって寝ていたのだ。それをやっとの思いで叩き起こしたミーヤは、ようやく旅に出ることになったのだった。

 ジスコで新たに始める卵料理店で店長になるフルルも見送りに来てくれた、のではなく、彼女も昨晩ミーヤ達の部屋で飲み明かし、その後ベッドを占拠していたところを叩き起こされた一人である。

「じゃあ行ってくるわね!
 卵料理屋さんがんばってよね!」

「任せておいて!
 帰ってきたころにはジスコで一番の行列店にしておくわ!」

 フルルと宿屋のおばちゃんに見送られ、ローメンデル山へ向ってようやく出発にこぎつけたミーヤ達。しかしその足取りは重かった。

「まったく二人とも、昨日あれほど言ったのになんでいつも飲みすぎるのよ。
 酒は飲んでも飲まれるなって言うでしょ?」

「そんなこと言うのか?
 ここいらでは出された酒は断るなってよく言うけどなあ」

「ミーヤのそういう知識ってどこで知ったものなの?
 料理もそうだけど時々不思議よねえ」

 レナージュがドキリとすることを言った。やっぱりその辺りは気になっているのだろう。別に秘密にしなければいけない決まりは無かったと思うが、説明が大変なので今まで避けていた。でもローメンデル山までは歩いて二日ほどかかると言うから、旅の暇つぶしには長話もいいだろう。

 だがその考えは一瞬で打ち砕かれた。

「まあ神人様は今までも不思議なものや言葉を残してきているから今更ね。
 ミーヤが何を知っていようが、ずっといてくれるだけで私は十分だわ」

「そうだな、だから昨日みたいに見たことない食ったことないものを一番先に味わえるんだし。
 神人だろうが宿屋のおばちゃんだろうがそう変わりはないさ」

 特別扱いしないでくれるのはいいけど、宿屋のおばちゃんと同列なのはさすがにへこむ。でもこれはミーヤに気を使わせないためにわざわざそう言ったのだろう。いや、そう言うことにしておきたい。

 気を使うと言えば、今日からローメンデル山へ修行へ行くことを、マールへ伝えておくのを忘れなくて良かった。とても心配されたけど、歴戦の冒険者たちが一緒なのだから心配ないと説明し、なんとか納得してもらえた。それとリグマ達がコラク村を出て、ジスコ経由でカナイ村へ向かうことも伝えておいた。ミーヤのお願いで村に住む人が増えて食べ物がより多く必要になるのだから、これからのカナイ村がより良くなるために出来ることをもっと考えなくてはならない。

 冒険の旅自体は直接的な改善に繋がらないとしても、ミーヤの経験が役に立つ時が必ず来ると信じて進むしかない。どうしてこんなにカナイ村に固執するのか自分でも不思議になるが、それはやはりマールの存在が一番影響しているのだろう。マールには数カ月お世話になっただけだが、毎日何時間もミーヤのためだけに尽くしてくれた。それに、お世話になったのは数カ月だけではなく、七海として生きてきた二十九年間のうち、忘れたくても忘れられない悲しい思い出の詰まった最後の三年間を受け止めてもらったと感じている。

 それに転生直後、裸で立ちあがったミーヤへ駆け寄り、最初に布を掛けてくれたのもマールだった。初めての二日酔いの時も、初めてのメッセージ交換相手でもある。そして旅に出ることを最初に相談したのもマールだ…… つまりミーヤにとってマールは母であり姉であり妹でもあり―― 恋人がいたことあったらこういう気分だったのかなと思わせる安心感。それと隣にいない寂しさ…… とにかく特別中の特別な存在なのである。

 方やチカマへ抱いている感情は少し違っていて、ミーヤにとってのなにか、ではなく、自身を投影したようなそんな存在に感じている。七海と同じような悲しい道を歩んでほしくない。出来る限りのことをして幸せになってもらいたい、そんな気持ちだ。もちろんレナージュとイライザのことも大好きだし世話にもなっている。だけどこの二人はあくまで対等な立場、というより冒険者としての先輩後輩であるという関係性を第一に感じている。

 いやまてよ? その前に、ミーヤはいつから冒険者になったのだろう。旅をするから冒険者なのか、それとも冒険者組合で仕事を請け負ったらそうなのだろうか。特に証明書のようなものを見かけた覚えもないし、レナージュ達からもそんなことは聞いていない。冒険者の定義について考えを巡らせるが、知らないことをいくら考えても答えが出るはずがない。しばらく考えてはいたものの、ほどなくしてミーヤは頭を使うことをやめた。

 そもそも転生したら家で猫でも抱っこしながらのんびりと暮らすつもりだったのに、狩りへ出かけたり盗賊と戦ったりしていて全然のんびりしていない。しかも今は、魔獣が出ると言うローメンデル山へ冒険の旅へ出かけるのだ。

 いつの間にか、当初の目的だったのんびり生活から、大幅に道を外れてとんでもない方向へ向かっていることに今更気が付いたミーヤだった。でもそのおかげでジスコでの暮らしや経済に流通のことを知ることが出来た。良いか悪いかわからないが、領主とも知り合いになれたし。

 そんな風にミーヤが物思いにふけっていたその時!

「ミーヤさま、なにかいるよ?
 探知にかかったけどなにかまではわからない」

「ありがとう、チカマ。
 レナージュ? イライザ? なにか感じる?
 私の耳でもまだなにも聞こえてないわ」

「なにも感じないわね…… 大きさくらいはわかるの?」

「ごめん、わからない、でも……」

「でも?」

「下から? そんなことある?」

 チカマはそう言うけど、歩いているのだから下と言っても地面しかない。その時イライザが叫んだ。

「地下からだとアースドラゴンか! みんな注意しろよ?
 チカマは念のため体浮かせていな」

「まだローメンデル山にもついてないのにドラゴン!?」

 ミーヤは予期せぬ来襲者に戸惑ってしまった。イライザの合図で一行が足を止め、それぞれが構えていると地鳴りのような振動が身体に伝わってきた。これがアースドラゴンが来ているってことなの!? みんなの顔に緊張が走る。

「来るぞ、みんな離れて距離を取るんだ、ほれ、構えろ!
 数はわからねえが一匹ずつ確実にやるんだぜ?」

 イライザはなんだか楽しそうに見える。よく見るとレナージュも笑みを浮かべている。やはり冒険者たるもの、戦闘は楽しいものなのかもしれない。振動が強まってきて焦りを隠せないでいるとレナージュが声をかけてくれた。

「地面に穴が開いたらすぐに叩くのよ。
 結構素早いからがんばって!」

 注意してとか気を付けて、ではなく頑張って? いったいどういうことだろう。するとミーヤの少し前に突然穴が開き何かが飛び出した。と思ったらすぐに引っ込んでしまった。い、今のがドラゴン!? 結構小さく見えたので手の先、いや指先とかなのかもしれない。どうやらレナージュとイライザの近くにも穴が開いているようだ。その数回を皮切りにあちらこちらに穴が開き、何かが飛び出しては引っ込んでいく。

 イライザは太い棍棒のような杖で、レナージュは矢を放っている。でも眺めていても始まらない。チカマだって剣を抜いて地表すれすれを飛んでやる気を見せている。ミーヤも負けずに攻撃しなければ。すぐ後ろに穴が開いて何かが飛び出してすぐ引っ込む。次は右、次は左、前、右、後、前、左、右……

 素手のミーヤではなかなか攻撃を当てることができない。イライザのように長い武器のほうが向いてそうで羨ましくなってくる。レナージュは矢をつがえる時間がかかるから苦戦している様子だ。チカマは飛んで近づいている間に逃げられているのでミーヤと似たようなものだろう。

 戦闘は十数分ほどは続いただろうか。そこらじゅう穴だらけになっている。よく見ると一部の穴に何かが詰まっているのが見えた。矢が刺さっていないのでイライザが倒したもののようだ。案の定イライザが近づいてその何かを引っこ抜くように穴から取り出した。

「アタシは七匹だな、レナージュは?
 ミーヤ達は素手と短剣だから無理があったろ、おつかれさん」

「私は四匹ね、大負けだわ。
 悔しいけど弓では難しいから仕方ないと思っておくわ」

「今のは一体……?」

「さっき言っただろ? アースドラゴンさ。
 ほれっ」

 そう言ってイライザがその『アースドラゴン』なる小さいな生き物の死体を投げてよこした。それは、実物を見るのが初めてだったミーヤでもどんなものかすぐわかる生き物だった。

「これって…… モグラじゃないの
 初めて見たけど結構いかつい顔してるのね」

「これモグラって言うの?
 冒険者の間ではアースドラゴンって呼ばれているわよ?
 強くないけどすばしっこいから腕試しにちょうどいい相手ね」

 そう、これは土竜(もぐら)だし、さっき穴から出てぴょこぴょこしてたのは…… 遊園地とかにあるようなモグラたたきではないか。まったく神様たちはろくなことを考えないんだから…… 神々の遊びに付き合わされた上、自分では一匹も仕留められなかったことが重なり、必要以上に悔しい思いである。

「まあ本気で倒すつもりでやるなら、穴へ魔法でもぶち込みゃいいんだけどな。
 それだと何匹倒したかわからねえし、回収もできないからこうやって叩くってわけさ。
 ミーヤがいるから後で調理できるんだろ?」

「これって食べられるの?
 小鳥よりは大きいからまあ何とかなりそうだけど」

「結構うまいんだぜ?
 専業で狩ってるやつもいるからマーケットにも売ってるよ」

 売っている事には全く気付かなかったが、この世界ではほぼすべての生き物を食べている気がする。ミーヤだって目の前に出されたものが何かなんて深く考えず、全部綺麗にいただいて来たのだから今更抵抗感があるわけではない。

 あのモグラたたきのモグラが食べられることに驚いているというか、呆れているというか、ミーヤはそんな複雑な気持ちでいっぱいだった。
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