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第六章 未知の洞窟と新たなる冒険編

127.竜の滝登り

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 頭上から落ちていく滝、その流れに逆らい登っていく魚の群れ、そしてなぜか水面から飛び出して落下していく魚たち。なんとも不思議な光景に癒されるなぁなんて感じていた。ついさっきまで。

「ちょっとアンタ! 戦うのが専門だって言ってたわよね!
 はやくなんとかしなさいよ!」

「んなこと言ったってよ!
 うかつに飛び回ったら崖下に落ちてイチコロだぜ?
 お前らも気を付けろよ!」

 ヴィッキーはここぞとばかりにトラックを煽っているが、彼女を含め近接専門にはどうにもできない相手だ。もちろんそこにはミーヤも含まれている。ここでレナージュから冷静な意見が出る。

「でも空飛んでくるわけじゃないから相手しなけりゃ済むんじゃないの?
 このままやり過ごしましょうよ」

「だけどこのままじゃ下ることも出来ねえぜ。
 他の道もなさそうだしここまでになっちまうじゃねえか。
 まだ大した成果も上げられてないのにおしまいでいいのか?」

「ねえトラック? 残念だけど引き返した方がいいんじゃないかしら。
 ここでムキになって戦う意味も価値もないでしょ?
 最初の竪穴に戻って底へ向いましょうよ」

 ミーヤがそう言うとレナージュとヴィッキーは頷いて賛同してくれた。しかしトラックたちは諦めきれないようだ。もしこの場所が広く知られたらどこかのパーティーが先に攻略してしまうかもしれない、そんな思いが彼らをここへ留まらせているのだろう。

「幸い離れていれば安全だしこちらに興味もなさそうじゃないの。
 まずはどうやったら倒せると思うのか聞かせてくれない?
 その上で多数決で決めるのはどうかしら」

「承知した、ただ眺めてても仕方ねえもんな。
 俺はあいつが登って来る度に弓で攻撃するしかねえと思う。
 問題は矢が尽きるのと倒すのとどちらが先かってことだ」

「僕も倒すならその方法になると思います。
 ただここには弓使いが二人しかいません」

「ワシは撤退に賛成だ。
 なんせやれることが何もないと来てる。
 あいつとやるにしてもいったん帰って装備を整えた方がいいだろうて」

「私たちの意見は全員撤退で一致してるわね。
 六鋼の残り三人はどんなスキルなの?
 出直して来れば倒せる可能性もあるんじゃない?」

「魔術師と神術師、それに剣術だな。
 フルメンバーでやるとしたら、弓と魔法で弱らせてから下へ降りて接近戦ってとこか」

「それならやっぱり出直した方がいいわね。
 明日になって別の冒険者がやってきたなら急いで入ればいいでしょ?
 でも本当にあんな大きな竜を倒せるの?」

「はあ? あれは竜じゃなくて魚だぞ。
 見た目は蛇みたいだけど分類としては魚になるらしい。
 オオウナギって種類でビス湖にもいるはずのやつだ。
 とは言え魔獣化してないやつは最大でも手を広げたくらいしかないがな。
 それにしてもこんなデケエやつは初めて見たぜ。
 人間の十倍くらいはあるだろ」

「あまりの大きさで魚かもなんて考えもしなかったわ。
 まさかこんなところにウナギがいるなんてねえ」

「そうだな、俺も驚いたぜ。
 地下にオオウナギがいるなんて聞いたこともねえからな」

 トラックにアレコレ説明されてミーヤが感じたことと、トラックが驚いたことはまったく別の物だ。トラックはこんな地下に魔獣化したウナギ、それも尋常ではない大きさの個体がいたことを驚いているのだろうが、ミーヤはこの世界にウナギがいること自体に驚いていたのだから。

 魔獣化していないウナギが見つかれば蒲焼だって食べられると言うことになる。これは俄然楽しみが増えたと言うものだ。前世ではぜいたく品だったウナギのかば焼きも、潤沢に獲れるのであれば気軽に食べられるかもしれない。

 だが今は目の前で捕食に精を出している巨大なウナギ魔獣のことを考える必要があった。滝を上っている魚を追いかけて、同じように滝を上ってきた竜を見た時は腰を抜かすかと思った。だがそれほど好戦的ではなく近づかなければ襲ってくることはない。

 さっきは崖の近くにいたので滝を登りながらこちらへと向かって来たのだった。しかし重力には抗えず、そのまま滝壺へ向かって落ちて行った。それを何度も繰り返したがお互い攻撃は届かず今に至る。

 ミーヤはてっきり魚が滝を上りきると竜になるのかと思って必要以上に警戒してしまったが、そんなことはまったくなくごく当たり前にウナギが存在していて、あの大物はそのウナギが魔獣化しただけの存在だった。

 蒸し器はフルルの店で使っていたのでそのまま置いてきてしまったから手持ちがない。もし普通のウナギが獲れたらナウィンに蒸し器を作ってもらうことにしよう。ミーヤは獲らぬウナギの皮算用をしながらにやけていた。

 時間は十五時少し前、そう言えばフルルは今頃店じまいをしている頃だろうか。今でも忙しいらしいとは聞いたけど、それでも閉店済みのはずなのにまだミーヤへの連絡が無い。それはフルルなりの気遣いだとは思うが少しさびしい気もする。かといっておばちゃんのように毎日メッセージを送ってこられても困るのだが。

 結局、今日ははいったん引き揚げてパーティー編成を見直してからまた明日出直すことでまとまった。おそらくレナージュは腰痛で不参加になるだろう。その代りこちらは空中戦が出来るチカマに一緒に来てもらうつもりである。

 ローメンデル山での一件もあり空中戦はやってほしくないのだが、ここは洞窟内で天井もあるし心配はいらないだろう。とは言え油断は禁物なので充分な注意が必要ではある。それにチカマは泳げないので水へ落ちてしまわないようしっかり見張らなければいけない。

 そんなことを考えながらミーヤたちは来た道を戻っていく。その途中で待機組へは明日の準備について連絡し用意をはじめてもらうことにした。大量の矢と命綱に使うロープ、それに余裕があったら蒸し器も作っておいてとチカマたちへ伝えた。

 地上へ戻ったころにはレナージュの腰は限界に近付いており、事もあろうか王族の姫様であるヴィッキーにマッサージをさせるなんて暴挙に出るのだった。本当はミーヤがやろうとしていたのだが、それよりも食事の支度が優先と言うことでヴィッキーが代わって引き受けてくれた。

「ミーヤさま、鳥の羽が足りないから取りに行ってくるよ。
 あとね、ナウィンが魚の頭と骨をわけて取っておいてほしいって」

「わかったわ、何かに使えるってことなのかな。
 細工ってすごいわね、それが出来るナウィンもね」

 チカマとナウィンはすっかり意気投合し、明日の準備のために何やら作りつづけていた。その甲斐あって矢が大量に積み上げられており、これなら持久戦になってもそこそこやれそうである。ただし明日はレナージュが腰痛で休みのため留守番なので射手はルカだけなのだが。

 一通りの準備が終わりいよいよ楽しみだった夕食タイム、例の魚は白身で淡白そうだったのでスパイスを利かせたムニエルにした。それに現地で仕込んでおいた干物も出来ていたのでこちらも並べる。

「これはすてれんきょうよ。
 保存食にしようと思ってたから塩が強いかもしれないけど味見してみてね」

「おいおい、さっきはてれすこって言ってたじゃねえか。
 それをすてれんきょうなんて言い出して、神人様も案外適当だなあ」

「うふふ、でもそういうものなのよ」

 トラックの言い分はもっともだ。ミーヤだってそう思っている。しかしてれすこを干物にしたらすてれんきょうなのは間違いない。とはいえこの世界ではまだイカを見たことがないしもちろんスルメなんてもってのほかだ。うまく落ちのつけられないもどかしさを感じつつ、干すと名前が変わるんだくらいで濁すことにした。

 そのほかに水牛で作ったブイヨンを使った鶏肉と野菜のスープ、それに木の実入りミルクパンケーキをお腹いっぱい食べて大満足な面々だった。

 これで準備は万全である。きっと明日はあの巨大な竜、いやウナギを倒すことが出来るだろう。そう考えるとワクワクしてしまいなかなか寝付けないミーヤだった。

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