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第八章 魔法と工業の都市編

152.軟禁の秘密

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 ジョイポンでの目的を十分に果たし、いよいよヨカンドへ向けて出発することが決まった。それを聞いたノミーが、わざわざ壮行会のような宴席を設けてくれることになり、ミーヤはその好意をありがたく受けることにした。

「いやあヨカンド行きとはお目が高い!
 これからの世の中、やはり工業関連への理解を深めるべきだとお考えなのですね。
 あの街にはわたくしと懇意にしている職人がおりますので、ぜひご紹介させていただきたい。
 ヨカンドで一番、いや王国一の大職人ですぞ?」

「大職人? 大柄な人って意味じゃありませんよね?
 凄い職人さんってことでいいんでしょうか」

「あの、えっと、あの……
 大職人と言うのは複数の生産スキルをマスター以上に習得した職人のことです」

「おお、さすがノーム殿、良くご存知ですな。
 しかもただスキルを習得しただけではありません。
 細工と鍛冶に大工を併せ持ち、複合スキルが必要な製品を製造できる職人なのです」

「もしかして織機や紡績機もその複合スキル製品なのですか?
 そんな特別な職人さんが作るものなら一般的に出回っていないのも納得です」

「わたくしは彼が何を作っているのかまでは存じません。
 ですが、王都の製布工場に携わっているのは間違いないかと。
 今でも時折、布製造の関連機器を納入していると聞いておりますからな」

「まさしく私の探している職人さんです!
 紹介いただけるなんてとても嬉しく思います。
 ぜひこれはお礼をしなければなりませんね!」

 とは言ってもジョイポンでできそうな料理は大分教えてしまったし、今以上に凝った物なんてもはやミーヤの知識を超えてしまってボロが出るだろう。それでも無い知恵を絞ってなんでもいいからでっち上げようと思い閃いたものがあった。

「そうだ、魚や貝、それにエビにパンくずをまぶして揚げ焼きにしたものをお教えします。
 私はこれをフライと呼んでいるのですが、香ばしさが食欲をそそる品ですよ。
 この揚げ焼きは、食材問わずおいしくいただける調理方法なのでとってもお勧めですね」

「おお、では早速食材を準備して教えを乞うことにしましょう。
 宴の場を用意させていただいたつもりが、却ってお手間を取らせてしまい恐縮です。
 ヨカンドの職人にはできる限りの便宜を図るよう連絡しておくことをお約束しましょう」

「こちらこそ、何から何までお世話になって感謝に堪えません。
 お返しできることが少なくて本当に申し訳ない気分です」

「またまたご謙遜を。
 料理一品でどれだけの利益が齎されるか、神人様ならご存知でしょう?
 ただ、それでも不足と言うのであれば一つお知恵を拝借したい事柄がございます。
 できれば別室にて……」

 おっと、ここで追加の取引の提案があるなんて意外、なんてことはなく十分想定内だ。逆に今まで親切にされ過ぎていることは不気味で、それが警戒心に繋がり彼を信じきれない一因となっている。我ながら情けない話だが、いい人たちに囲まれ過ぎて自分のことが汚い人間に感じ、その裏返しとして他人を完全に信用しきれないと言うおかしなパラドクスに陥っている。

 それでも一縷の望みにすがる思いでノミーの話を聞くことにした。これが打算や交換条件であることを願うなんておかしな話だけれど、誰でもいいから少しくらい悪意や我欲を見せてもらえないとミーヤ自身の不浄さに押しつぶされそうなのだ。

 しかし別室で二人きりになったところで切り出された話は想像もしていない内容であり、ノミーを狩りたてる衝動、すなわち欲望を垣間見ることになった。

「神人様がご存知ならお教えいただきたいことがございます。
 それは皆様にお泊り頂いた部屋に飾っておいた絵画についてです。
 描かれていたのは我々の常識を覆すような大きな船であることまではわかります。
 しかしあの絵画の通りの大きさだとすると定員百名はくだらないでしょう。
 そのような巨大な船は本当に実在していて、製造可能なものなのかどうか。
 今まで研究を続けておりまして、いくつか試作も重ねております。
 ですが実用の目途がついたとは到底言えない完成度なのです」

「な、なるほど…… 船舶についてなにか助言を、と……
 ですが私には船に関する知識がありません。
 せめてどんなことで躓いているのかわかれば共に考えることができるかもしれませんが……」

「おお、今はどんな小さなことでもご指摘いただきたい状況!
 実物は塩工場のある海岸で製造する予定なのですが、現在は作業停止しております。
 替わりに小さな模型を試作しまして実験を繰り返しているのです。
 それをぜひご覧下さいますでしょうか」

「もちろんです。
 お力になれるかどうかはわかりませんが、船自体には興味もありますしね。
 ちなみに海で漁をする際に使っている船をそのまま大きくしたものですか?」

「そのような船を作ったこともございますが、大きくすると漕ぎ手も増やすことになります。
 その分定員や積載量が圧迫されてしまい効率が悪くなります。
 魔導機工による推進器を検討したこともありましたが制御が難しく実用化は難しい……」

 ここまで聞く限り、頭脳明晰なノミーがやれるだけのことをやっているのだからミーヤの出番は無さそうではある。しかし三人寄ればなんとやら、なんて言葉もあるのだし、まずは見せてもらってから考えてみることにしよう。そんな感じで話はまとまり、出発を数日遅らせ明日の日中にでも船の実験場へ向かうこととなった。

「いやあ、神人様を足止めするようなことになり大変申し訳ございません。
 このノミー、感謝感激でございます。
 絵画に描かれた大型船の再現はわたくしの個人的な願望であり、全てを捧げて参りました。
 この命が尽きる前にほんのわずかでも大海へと繰り出したいのです!
 もしわたくしの代では間に合わなくとも、子らが見知らぬ国へたどり着く夢が見たい!
 その結果、新天地で商売がはじめられたなら最高でございますね。
 おっと、興奮しすぎて醜態を晒してしまいましたな。
 忘れてしまうところでしたが、この件に関連して神人様へお伝えしておくべきことがございます」

「私に伝えるべきこと、ですか?
 ああ、もちろん他の街で大型船のことを言いふらすつもりはありません。
 仲間にもしっかり釘を刺しておきますのでその点はご安心ください」

「いえいえ、以前お問い合わせいただいた、職人たちを集めている件でございます。
 すでにお察しでしょうが、わたくしは大型船を製造するため職人を集めております。
 従来の常識にとらわれないよう各地から集めているのも本当です。
 本題はその職人を監禁しているのかどうかだったと記憶しております」

「まあ、そうですね……
 でも色々と事情があるのだとうかがいましたから気にはしておりません」

「はい、以前ご説明したことに偽りはございません。
 しかし、恐らく疑念を抱いておられるテレポートについて追加のご説明を致します。
 生家への帰宅は制限しておりませんが、距離もありますし経路が安全とも限りません。
 そのため往復分のテレポートを提供することも可能ですが無料とはいきません」

「確かにテレポートの巻物は高価ですものね。
 ですがノミー様なら格安提供も可能ではありませんか?」

「そうすることも可能であるからそれを行っても問題はないわけではございません。
 帰宅したまま戻らないことも考えられますからね。
 それに帰るつもりがなければ復路分のテレポートを売却するでしょう」

「なるほど、それは当然のお考えですね。
 だとしても陸路で帰ろうと考える職人もいるのではありませんか?」

「過去には逃げるようにいなくなった者もおりました。
 育ての親に対しての感情が強すぎたり、環境の変化を嫌ったりでしょうか。
 しかし大半は自由で先進的な研究開発環境に満足し留まっております。
 それに日常生活にも制限は無く収入も一般職に比べたら高額ですからな」

「でも逃げてしまったら困るでしょうし、連れ戻したりしないのですか?
 その…… 投資も無駄になってしまうわけですし」

「そこなんです、なんせこちらは子宝の種を使っているのですから。
 元の自宅へ戻った場合はまだ対処のしようもございますがね。
 完全な失踪で大きな損失となった例もあります。
 とは言っても今まで二例ずつしかございません」

 全部で何人くらいの職人を抱えているのか聞いていないが、逃げられてから補充するのでは欠員期間が長くなってしまうだろう。と言うことはある程度それを見越して先行投資しているはずだし、そのうちの一人がナウィンと言うことになりそうだ。

 さらに今までの話を総合すると、たとえ逃げてもそれほど追い回したりはしないようだ。それにあと二年近くもあればミーヤがテレポートを作る際の成功率はもっと高くなっているはずだ。つまりは巻物を持たせておけばいつでも逃げられると言うことになる。

 ひとまずはノミーの計画は理解できたし、ナウィンの行く末について色々と対策も打てそうだと安心できたミーヤだった。
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