【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】

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第一章

12 義母とエステル様

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「良い香りだな……」

ガウンに身を包み、髪を拭きながらマティアス様が戻ってきた。髪を後ろに流していると、年齢よりも落ち着いて見える。その色気にあてられないように、あまり見ないようにした。

「マティアス様、早かったですね」

「あぁ……、待ちき……れ……。ゴホン、いや……いつもこんな感じだよ」

少しお顔が赤い気がする。まさかお熱が!?

「マティアス様、失礼いたします!」

私はマティアス様のおでこに自分のおでこをくっつけた。昔母がよくこうして体調を診てくれた。『こうすると相手の体の具合が分かるのよ』と言っていた。母からはいつもハーブの香りがしていて、私はそれが大好きだった。

「お熱はないようですね。よかった……」

「心を落ち着かせるハーブティーをお持ちしました。一杯いかがですか?」

マティアス様は口に手をあて、驚いた表情をしていた。

「そんな野獣的に見えたのだろうか……」

マティアス様は何かボソッと話されたが、私には聞き取れなかった。

私たちはベッドに腰掛け、ハーブティーを飲んだ。少し蜂蜜も入れたので飲みやすいはず。

「おいしかったよ。オリビアはハーブやお香にも詳しいんだね」

「はい!母から教わりました。母の故郷では盛んだったようで、物心つく前からハーブは身近でした」

「素敵なお義母様だったんだね」

「はい……。私にとってはかけがえのない人でした」

ふいにマティアス様が頭をなでてくれた。

あたたかく、大きな手に今日の嫌な出来事が浄化されていく。

私は無意識にマティアス様にもたれかかった。とても安心する……。

 「コホン……。では、そろそろ寝ようか……」

マティアス様が咳ばらいをし、いつもより高めの声で言った。

今日はやけに咳払いが多い気がする。喉が痛いのかしら……? 明日は喉に良いハーブティをお出ししよう。

そんなことを考えていると、寝室の明かりが消されていた。

「オリビア、初夜のやり直しをしよう」

窓からは月明かりが差し込み、まばゆい金色の髪が照らされていた。

私はそれをうっとりと眺め、ハイと返事をした。


翌朝起きたら、マティアス様はもう出勤された後だった。

お見送りできなかった事はショックだったが、体が痛く思うように動けなかった。

酔っていないときは初めてで、思い出すだけで全身が沸騰しそうだった。

マティアス様は疲れているのに、私の年齢のせいで夫としてのお勤めまで……。

記憶は曖昧だが、窓の外は少し明るくなっていたように思う。私は心底マティアス様の体が心配になった。

コンコンとドアがノックされ、大奥様が呼んでいると侍女が伝えに来た。

「ふぅ……。よし!行こう」

私は侍女に着替えを手伝ってもらい、軽食をつまみ急いで応接室に向かった。

今日はいつもの応接室ではなく、豪華で部屋が広い方の部屋だった。ドアの前に立つと何やら話し声が聞こえた。

義母と知らない若い女性のような声だった。私はドアをノックし、名前を告げた。

義母は先ほどの声のトーンより低く「入りなさい」と告げた。入室するとやはり若いご令嬢が、義母とソファに座りお茶をしていた。

ちなみに私は一度も義母にお茶に誘われたことはない。淑女としての振る舞いも出来ないからと、あきらめられているのかもしれない。

「オリビアです。何か御用でしょうか……」

私は礼をしながら言った。

私に背を向ける形で座っていた、ご令嬢が立ち上がり振り向いた。

「まぁ……、あなたがお噂の……。本当にお年を召した方ですわね」

お人形のような可愛い口からは、なかなか辛辣な言葉が出てきた。私がポカンとしていると、彼女は綺麗なカーテシーと共に自己紹介をしてくれた。

王都でも力のある公爵家のご令嬢で、エステル様。年齢は18歳。

私より10歳もお若いご令嬢だった。この年頃は自分より上の人は皆ご老人になるのだろう……。

私は心の中で納得した。

彼女はスラっとした細身の美女だった。彼女のスリムな体型を生かした、美しい曲線のドレスを着ている。また、美しい深紅の髪が流れるように腰まで下りていた。

「大奥様!わたくし、今度オリビア様とお茶がしてみたいわ!」

「そう?あなたがそうしたいなら、いいわよ。今度支度させるわね」

義母は私に向けるまなざしとは逆で、まるで愛娘に接するようだった。

そして表情を変え、鋭い刃のようなまなざしで私に聞いてきた。

「それで、昨日は妻としての役割は出来たのかしら?」

「っ……」

私は周りを見て使用人が五名いるのを確認した。こんなに人が多くいる中で答えなければいけないの……?

「侍女の話ではできたようだと言っていたけれど……」と義母は紅茶を飲みながら、言ってきた。どうやら私のことを侍女を通して監視されているようだ。
 
「はい……」とだけ返事をした。

「無駄に年を重ねて、ご経験が豊富なのかしら? そういうのはお得意のようね」と今日も義母の言葉の切れ味はいいようだ。
 
「ふふふふ」とエステル様もこちらをチラリと見て、目を細めて笑った。

これだから、社交界が苦手だ。むしろ嫌いといっていいだろう。

「優秀な文官だったと言っていたけど、本当は娼婦の才能があったのではなくて?」

「まぁ、それではマティアス様はまんまと騙されたのですか!?」

エステル様が身を乗り出して言った。
 
「そのようね」

義母はそう言って、すました顔で残った紅茶を飲んだ。私もエステル様から敵意の表情を向けられた。
 
とんでもない言いがかりだが、年上という事や婚前交渉のネタを提供したのは自分なので、仕方ないと諦めた。

あの後30分ほど、くどくどと嫌味を言われ、やっと解放された。

私は寝室のベッドにそのまま倒れこんだ。

「はぁ……。疲れた……」

これなら、文官の残業をこなしていた方が、よっぽど楽だと思った。

ベッドサイドには小さなテーブルがある。その上に置かれた紙袋に、目線をやった。

「こちら、隣国より取り寄せました妊娠しやすいお薬だそうです。うちは隣国と特別なルートがありまして、大奥様のお願いで特別に取り寄せましたわ」そう言ってエステル様に渡されたのが、この紙袋だ。気は進まないが、中を見てみる。

小さな球状の黒い薬だった。持ってみると、ツンとした嫌な臭いがした。隣国の薬草か何かだろうか……。匂いだけでも、この国のものじゃなさそうだ。義母も本気という事だろう。

あまり良いものじゃない気がして、私はテーブルの引き出しにその薬をしまった。

コンコン。
 
「どうぞ」

私付きの侍女のアンリが部屋に入ってきた。

余計なことは言わず淡々と業務をこなすタイプだが、義母の手のものなのだろう。私は心を許さないよう気をつけている。

「大奥様から先ほどエステル様から頂いたお薬を飲むよう、伝言を賜りました」

「そう、ありがとう。あとで飲んでおくわ」

「いえ、大奥様から飲むところを確認するよう言われております」
 
侍女に水の入ったコップを渡された。コップを受け取り、水とにらめっこしたあと、観念してツンと嫌なにおいの薬を飲んだ。


──その夜、マティアス様は少し早くご帰宅された。

久しぶりに二人で夕食を取ることができ、今日あった嫌なできごとが浄化された。職場での話も面白おかしく教えてくれて、懐かしさが込み上げた。

食堂のターラさんも元気にされていると聞いて安心した。私にとって、ターラさんは第二の母であり、友人のような存在だった。女性が少ない文官では友人を作るにも難しく、いつも遅れてくる私にターラさんは一緒に食事をしてくれた。王宮での噂話や、家族のこと色々話してくれた。だから、私も家の事情をターラさんにだけ打ち明けていた。ターラさんと話をしながら、まかないをまた食べたいと思ってしまった。

寝室に戻ると「体は大丈夫?」 とマティアス様に心配された。「体力つけなきゃですね」と二の腕に力こぶを作った。マティアス様がクスクス笑ったと思ったら、「体力がついたら回数増やせそうだ」と耳元で囁かれた。

今日も人たらし全開である。

私をたらしこんでも意味がないように感じるが、それもマティアス様の優しさなのでしょう。

「マティアス様、エステル様をご存じですか?」

「あぁ、彼女の兄とは幼馴染で、その関係で彼女とも知り合いなんだ。それがどうかした?」

言われた内容は言わずに、薬の事だけ言う事にした。

「エステル様から、隣国から妊娠しやすいお薬を頂きました。少しツンとした匂いがありますが、貴重なお薬だそうです」

「そうか。確かに彼女の家は隣国との取引をしている。変な薬ではないだろう……」

「はい……」
 
不安要素はあったけど、マティアス様が言うのだから大丈夫だよね。私は黙って飲み続けることを決意した。

 「オリビア、君もお風呂を済ませてくるといい。その……、薬までのんでいるんだ。私たちも頑張らないと……」
 
少し赤らんだ顔のマティアス様が言った。

「えっ……?」

今日もですか……? と出かかったが、確かにその通りだと思い、急いでお風呂場に向かった。

そして腰をトントンと叩いた。


                         ◇◇◇

 
一週間後、エステル様と私は我が公爵邸の中庭で、向かい合って座っていた。

私にとって初めてのお茶会というやつだ。向かい合って座り、侍女がアツアツの紅茶を入れてくれた。その光景はまるでエステル様が奥様で、私が招待された客という絵面だった。

目の前には色とりどりのお菓子が置かれ、食べきれないのにどうしてこんな量を置くのだろうと思ってしまうが、それが貴族なのだろう。

唐突に嵐はやってきた。

「私のだったのに……」

下を向いていたエステル様がボソッと何かを言った。

「……?」
勢いよく顔を上げたかと思うと、「マティアス様は私のものだったのに! この泥棒ネコ!」と声を張り上げた!
 
そう言ってエステル様は、自身の紅茶の中身を私に盛大にかけてきた。

カップから勢い良く出た紅茶は日の光にすけてキラキラと輝き、きれいな弧を描いた。まるでスローモーションのようにゆっくりと、私のところまで届いた。
 
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