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第一章
16 オリビアの決意
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「体調はどう?」
自分の部屋で、ベッドに座りマティアス様は身体を気遣ってくれた。
マティアス様は忙しい中、様子を見に来てくれた。
私の体調がだいぶ回復したと、父がマティアス様に手紙を出してくれたのだ。
私は忙しいマティアス様に遠慮して、手紙を出せなかった。
もしかしたら、私のいないあいだに誰か好きな人が出来たかもしれない。
エステル様と再婚の話しが出てるかもしれないと、嫌な考えが頭を支配していた。
マティアス様の誠実さはよく分かっているのに。万年筆の件も、まだ私にくらい影を落としていた。
何もしてないと良くない考え事をしてしまうので、ひたすらハーブの栽培と花壇のお手入れに精を出した。
「そろそろ戻って来れるだろうか……?」
「はい、不順だった月のものちゃんと来るようになりました」
マティアスは花のような笑顔を見せた。
あなたへの想いをこれ以上膨らませないで……。
「そうか!良かった!では、また夫婦の務めを再開出来るな!」とマティアス様は声を弾ませた。
「はい……、えっ?」
専属医は不妊だと義母は言っていた。マティアス様はそのことを聞いてないのだろうか……?
月のものも、たまたま来ただけかもしれないのに……。このままマティアス様を騙すような形になって良いのだろうか……。
それにエステル様の不吉な発言も気になった。不貞の事実を作ると……。
私にそんな人はいないのに、どうやって……。
「オリビア?」
鼻がつきそうな程近くにマティアス様の絵画のように美しいお顔があった。
「久しぶりの再会なのに、また考え事……? 私だけが嬉しいみたいだな……」
マティアス様は肩を落とし、プイッと顔をそらした。
「そ、そんな事無いです!!私の方が嬉しいです!!」
「どうかな……?じゃあ、証拠を見せてくれる?」
「証拠……ですか?」
「そう、君からしてほしい」
マティアス様の美しい唇に指があてられた。その表情はどことなく意地悪で、色っぽかった。私は顔に熱が集中するのを感じた。
「……!?」
マティアス様は意地悪で可愛いお顔をしたかと思うと、そっと目を閉じた。
私から……? マティアス様に……?
目を閉じたマティアス様の顔を正面から眺めた。なんてまつ毛が長いんだろう……。肌も陶器のように綺麗で……。本当に彫刻のような美しさ……。
それに比べて今の私の姿は……。顔色も悪く、目の下にはクマもあり、肌もブツブツと所々吹きで物が出来ていた。
でも……、こんな素敵なお顔を間近で見る機会なんて、もう無いかもしれない。
子供を産めない体では、公爵家にいてはいけない。
これが、最後……。そんな想いで、そっと唇に触れた。
「これで良いでしょうか……?」
マティアス様の美しい瞳がゆっくりと開いた。
「そんなんじゃ足りない……」
マティアス様は私の後頭部を抑えて、深く口付けてきた。会えなかった時間を埋めるかのように……。
◇◇◇
「オリビア、ずっと待っていたんだよ? 手紙も送るなって言うからさ、私はどうしたもんかと悩んだよ!」
「ごめんなさい、叔母さん。時間がかかると思って、実家に帰っていたの」
「そうだったのか。少しは顔色良くなったけど……」
あれから一ヶ月程して、私はようやく公爵邸に帰ってきた。薬のこともあって、王都の叔母の家を尋ねたのだった。
「ちょっとみせて……」
そう言って、叔母は私のおでこに自身のおでこをあてて瞳を閉じた。
「うーん。まだ、なんかおかしいね。前よりは複雑じゃなくなったけど、あんたの気が弱ってるよ。それに……」
叔母は私の顔を見て、言葉を止めた。
「叔母さん……?」
「いや、まだ確かなことは言えないか……。とりあえず、これを見な」
叔母は背が高く、男性のようにシャツにパンツスタイルが多い。スタイルも私と違ってスレンダーで程よく筋肉がついていてかっこいい。母と同じシルバーグレー髪を後ろで一つにまとめている。性格もサバサバしていて、私はそんな叔母が大好きだ。
伯母は紙を差し出した。
「口が堅くて、知識のある医者を探すのに苦労したよ」
「叔母さんありがとう」
その書類には、私が飲んでいた薬の成分が何なのか書かれていた。
「これは……、なんて事……」
私は衝撃のあまり手で口を覆った。
主治医から渡されていた薬には、避妊薬が多く含まれる薬草で構成されていた。
また不調の時に出されていた薬も、気の流れを阻害し、飲みすぎると体に蓄積し、重篤な体調不良を引き起こす。悪化すると寝たきりになると記されていた。
「二枚目も見な」と叔母に促され、紙をめくる。
エステル様に渡された隣国の貴重な薬についてだ。
「……っ!」
そこには強力な堕胎薬と書いてあった。何度も飲むと、重篤な慢性腹痛、虚弱体質、不妊を引き起こし、重篤化すると短命になると記されていた。
「叔母さん、これ……」
額と背中に冷や汗が流れる。
「あんたはアイツらにはめられ、強制的に不妊にさせられて、虚弱体質にもされたんだよ!」と叔母がダイニングテーブルを思いっきり叩いた。
「あんなにバリバリ文官で働いてたあんたが、この一年でここまで弱っちゃうなんて、おかしいと思ったんだよ! もっと早く気づいていれば!私は悔しいよ! あんたんとこの専属医も、義母もエルテルって子もきみんなグルだよ! 」
叔母は肩で息をしながら、そう怒鳴った。
「そのようですね……」
「帰ってから薬は飲んでないね?」
「はい、飲んでないです」
叔母は少しホッとした顔をした。
まだ、公爵邸に帰ってきたばかりで義母にもエステル様にも会っておらず、薬の監視もされていない。
コト……。ダイニングテーブルにマグカップが置かれ、叔母も同じカップを口に持っていきながら向かいに座った。
「気持ちが落ち着くから飲んで……」
「ありがとう、叔母さん」
叔母特製のハーブティー。体がポカポカして、ホットする味だ。
「叔母さん。実家で母の木箱を見つけたんです。そこに母の手紙と、小瓶とネックレスが入っていて……」
私は叔母に聖水を飲んだこと、月のものが来たことを話し、ネックレスを見せた。
「そっかぁ。姉さんがそんな事を……。だからかぁ……」
「だから……?」
叔母がテーブルに肘をついて、ニヤニヤしている。
「叔母さん?」
「その聖水はさ、薬で不妊になったあんたの体を治したんだと思うよ」
確かに一つは治すって書いてあったっけ……。
「そうなのかな……。まだよく分からないけど、ずっと腹部に鈍痛があったんだけど、聖水飲んでからはピタッと治ったの」
「それで、すごい月のものが来たと……」
「はい。そうなんです。本当にビックリしました」
「で、そのあと夫婦の営みとやらは、したのか?」
「ぶっ……!」
あまりにストレートに聞いて来るので、口に含んだハーブティーを吹き出してしまった。私は返事の代わりに赤面した。
「あったようだね」
「はい……」と膝に両手をついて、恥ずかしさから下を向いた。
「オリビア、あんた多分妊娠してるよ」
「えっ!?妊娠!?」
私は勢いよく顔を上げ、思わず大きな声を出してしまった。
「しっ! 侍女に聞かれるよ!?」
叔母は警戒したように窓の外を見た。そう、侍女はおばの家の前で待機している。
「オリビア、手を出して……」 私は叔母に手を差し出した。
「 ちょっと脈をみるよ」と叔母は手首に指先をあて、脈診し始めた。
「うん……。これは……良くないかもしれない……」
「良くないとは……?」
「聖水は一つしか治せないんだ。だから、不妊は治せたけど、もうひとつの虚弱体質が治っていない。このままじゃ、母子ともに危険かもしれない。あんたの今の体は、出産には耐えられないんだよ」
「えっ……、そんな……」
やっと妊娠できたかもしれないのに、やっとマティアス様のお役に立てる日が来たのに……。
今度は自分の体が耐えられないなんて……。でも、自分はダメだったとしても、子供だけは守りたい。大切な彼の子供だから……。
でも、もうあそこには帰れない……。あの人たちが何をするか分からない。私が守らなきゃいけない。私は決意を固めた。
「叔母さん、私どうしたらこの子を守ってあげられる?」
「ふふ、いい顔だね」と叔母が言った。
「あんたの母さんと、私の故郷は知ってる?」
「いえ、隣国で平民だったとしか……」
「そうか。まぁ、貴族ではなかったね。でも、平民とも違う。私たちは、【癒しの民】と言われる種族なんだ」
「癒しの民……? 種族?」
書物で見たことがある。確かどんな体の不調も治してしまう伝説の種族がいると。ただ、どこに住んでいるのかは、誰も知らないと……。
「私と姉はその末裔だ」
「えっ! 末裔……?」
だから、叔母も母も触れただけで体の状態がわかったんだ……。
「私たちは体の状態を診ることが出来ても、治す力までは無い。でも、種族長ならその術を知っているかもしれない。少し険しい旅になるが、着いてくるか?」
叔母はいつになく、真剣な眼差しで聞いてきた。
私の心はとうに決まっていた。
「はい!連れて行って下さい。私はこの子の為なら、なんでもします!なんでもやってみせます」
「うん、わかった。とりあえず明日、口の堅い医者をここに連れてくるから。本当に妊娠してるかどうか、診察してもらおう。詳しい話はそのあとだ」
マティアス様はその夜帰宅されなかった。早馬にて、業務が立て込んで泊まりがけになると伝えられた。毎日会えないと寂しいなんて、図々しくなってしまったものだ。
私はお腹に手を当てた。本当にマティアス様との宝物が、私のお腹に来てくれたのだろうか。
もしそうだとしたら、何があっても守りきろう。
義母はエステル様以外を嫁と認める気は無いだろう。
まして、私が産んだ子となればきっと冷遇してくる。だから、このことは絶対に知られてはいけない。
私は少し大きめのカバンに、必要最低限の荷物を詰め込んだ。マティアス様に洋服を届けるからと言えば、侍女に怪しまれないだろう。
マティアス様のクローゼットを開けた。スーツのセットアップにワイシャツを取りを出した。
コロコロコロ……。その時ジャケットから何かが落ちて転がった。私はそれを拾い上げた。
紺色にマティアスと書かれた、万年筆だった。きっと無くて困っているわね。
エステル様からの大切な贈り物……。私はカバンの中に、それらを入れた。
そして自分の机の引き出しから、一枚の書類を出した。
もう、私の所は全て記入してある。先程書いたマティアス様への手紙とともに封筒に入れ、カバンの中に差し込んだ。
このお屋敷で過ごすのも今夜が最後になるだろう。マティアス様と過ごした一年間、義母やエステル様とは仲良くなれなかったが、マティアス様はいつも私の味方でいてくれた。
一夜の間違いで仕方なく結婚することになった私たち。
公爵家の跡取りを産むという、妻の役割にも協力してくれた。本当に優しい人。
私の初恋は、ここで終わらせなければいけない。私には守るべきものが出来た。
私はお腹を両手でぎゅっと抱きしめた。
自分の部屋で、ベッドに座りマティアス様は身体を気遣ってくれた。
マティアス様は忙しい中、様子を見に来てくれた。
私の体調がだいぶ回復したと、父がマティアス様に手紙を出してくれたのだ。
私は忙しいマティアス様に遠慮して、手紙を出せなかった。
もしかしたら、私のいないあいだに誰か好きな人が出来たかもしれない。
エステル様と再婚の話しが出てるかもしれないと、嫌な考えが頭を支配していた。
マティアス様の誠実さはよく分かっているのに。万年筆の件も、まだ私にくらい影を落としていた。
何もしてないと良くない考え事をしてしまうので、ひたすらハーブの栽培と花壇のお手入れに精を出した。
「そろそろ戻って来れるだろうか……?」
「はい、不順だった月のものちゃんと来るようになりました」
マティアスは花のような笑顔を見せた。
あなたへの想いをこれ以上膨らませないで……。
「そうか!良かった!では、また夫婦の務めを再開出来るな!」とマティアス様は声を弾ませた。
「はい……、えっ?」
専属医は不妊だと義母は言っていた。マティアス様はそのことを聞いてないのだろうか……?
月のものも、たまたま来ただけかもしれないのに……。このままマティアス様を騙すような形になって良いのだろうか……。
それにエステル様の不吉な発言も気になった。不貞の事実を作ると……。
私にそんな人はいないのに、どうやって……。
「オリビア?」
鼻がつきそうな程近くにマティアス様の絵画のように美しいお顔があった。
「久しぶりの再会なのに、また考え事……? 私だけが嬉しいみたいだな……」
マティアス様は肩を落とし、プイッと顔をそらした。
「そ、そんな事無いです!!私の方が嬉しいです!!」
「どうかな……?じゃあ、証拠を見せてくれる?」
「証拠……ですか?」
「そう、君からしてほしい」
マティアス様の美しい唇に指があてられた。その表情はどことなく意地悪で、色っぽかった。私は顔に熱が集中するのを感じた。
「……!?」
マティアス様は意地悪で可愛いお顔をしたかと思うと、そっと目を閉じた。
私から……? マティアス様に……?
目を閉じたマティアス様の顔を正面から眺めた。なんてまつ毛が長いんだろう……。肌も陶器のように綺麗で……。本当に彫刻のような美しさ……。
それに比べて今の私の姿は……。顔色も悪く、目の下にはクマもあり、肌もブツブツと所々吹きで物が出来ていた。
でも……、こんな素敵なお顔を間近で見る機会なんて、もう無いかもしれない。
子供を産めない体では、公爵家にいてはいけない。
これが、最後……。そんな想いで、そっと唇に触れた。
「これで良いでしょうか……?」
マティアス様の美しい瞳がゆっくりと開いた。
「そんなんじゃ足りない……」
マティアス様は私の後頭部を抑えて、深く口付けてきた。会えなかった時間を埋めるかのように……。
◇◇◇
「オリビア、ずっと待っていたんだよ? 手紙も送るなって言うからさ、私はどうしたもんかと悩んだよ!」
「ごめんなさい、叔母さん。時間がかかると思って、実家に帰っていたの」
「そうだったのか。少しは顔色良くなったけど……」
あれから一ヶ月程して、私はようやく公爵邸に帰ってきた。薬のこともあって、王都の叔母の家を尋ねたのだった。
「ちょっとみせて……」
そう言って、叔母は私のおでこに自身のおでこをあてて瞳を閉じた。
「うーん。まだ、なんかおかしいね。前よりは複雑じゃなくなったけど、あんたの気が弱ってるよ。それに……」
叔母は私の顔を見て、言葉を止めた。
「叔母さん……?」
「いや、まだ確かなことは言えないか……。とりあえず、これを見な」
叔母は背が高く、男性のようにシャツにパンツスタイルが多い。スタイルも私と違ってスレンダーで程よく筋肉がついていてかっこいい。母と同じシルバーグレー髪を後ろで一つにまとめている。性格もサバサバしていて、私はそんな叔母が大好きだ。
伯母は紙を差し出した。
「口が堅くて、知識のある医者を探すのに苦労したよ」
「叔母さんありがとう」
その書類には、私が飲んでいた薬の成分が何なのか書かれていた。
「これは……、なんて事……」
私は衝撃のあまり手で口を覆った。
主治医から渡されていた薬には、避妊薬が多く含まれる薬草で構成されていた。
また不調の時に出されていた薬も、気の流れを阻害し、飲みすぎると体に蓄積し、重篤な体調不良を引き起こす。悪化すると寝たきりになると記されていた。
「二枚目も見な」と叔母に促され、紙をめくる。
エステル様に渡された隣国の貴重な薬についてだ。
「……っ!」
そこには強力な堕胎薬と書いてあった。何度も飲むと、重篤な慢性腹痛、虚弱体質、不妊を引き起こし、重篤化すると短命になると記されていた。
「叔母さん、これ……」
額と背中に冷や汗が流れる。
「あんたはアイツらにはめられ、強制的に不妊にさせられて、虚弱体質にもされたんだよ!」と叔母がダイニングテーブルを思いっきり叩いた。
「あんなにバリバリ文官で働いてたあんたが、この一年でここまで弱っちゃうなんて、おかしいと思ったんだよ! もっと早く気づいていれば!私は悔しいよ! あんたんとこの専属医も、義母もエルテルって子もきみんなグルだよ! 」
叔母は肩で息をしながら、そう怒鳴った。
「そのようですね……」
「帰ってから薬は飲んでないね?」
「はい、飲んでないです」
叔母は少しホッとした顔をした。
まだ、公爵邸に帰ってきたばかりで義母にもエステル様にも会っておらず、薬の監視もされていない。
コト……。ダイニングテーブルにマグカップが置かれ、叔母も同じカップを口に持っていきながら向かいに座った。
「気持ちが落ち着くから飲んで……」
「ありがとう、叔母さん」
叔母特製のハーブティー。体がポカポカして、ホットする味だ。
「叔母さん。実家で母の木箱を見つけたんです。そこに母の手紙と、小瓶とネックレスが入っていて……」
私は叔母に聖水を飲んだこと、月のものが来たことを話し、ネックレスを見せた。
「そっかぁ。姉さんがそんな事を……。だからかぁ……」
「だから……?」
叔母がテーブルに肘をついて、ニヤニヤしている。
「叔母さん?」
「その聖水はさ、薬で不妊になったあんたの体を治したんだと思うよ」
確かに一つは治すって書いてあったっけ……。
「そうなのかな……。まだよく分からないけど、ずっと腹部に鈍痛があったんだけど、聖水飲んでからはピタッと治ったの」
「それで、すごい月のものが来たと……」
「はい。そうなんです。本当にビックリしました」
「で、そのあと夫婦の営みとやらは、したのか?」
「ぶっ……!」
あまりにストレートに聞いて来るので、口に含んだハーブティーを吹き出してしまった。私は返事の代わりに赤面した。
「あったようだね」
「はい……」と膝に両手をついて、恥ずかしさから下を向いた。
「オリビア、あんた多分妊娠してるよ」
「えっ!?妊娠!?」
私は勢いよく顔を上げ、思わず大きな声を出してしまった。
「しっ! 侍女に聞かれるよ!?」
叔母は警戒したように窓の外を見た。そう、侍女はおばの家の前で待機している。
「オリビア、手を出して……」 私は叔母に手を差し出した。
「 ちょっと脈をみるよ」と叔母は手首に指先をあて、脈診し始めた。
「うん……。これは……良くないかもしれない……」
「良くないとは……?」
「聖水は一つしか治せないんだ。だから、不妊は治せたけど、もうひとつの虚弱体質が治っていない。このままじゃ、母子ともに危険かもしれない。あんたの今の体は、出産には耐えられないんだよ」
「えっ……、そんな……」
やっと妊娠できたかもしれないのに、やっとマティアス様のお役に立てる日が来たのに……。
今度は自分の体が耐えられないなんて……。でも、自分はダメだったとしても、子供だけは守りたい。大切な彼の子供だから……。
でも、もうあそこには帰れない……。あの人たちが何をするか分からない。私が守らなきゃいけない。私は決意を固めた。
「叔母さん、私どうしたらこの子を守ってあげられる?」
「ふふ、いい顔だね」と叔母が言った。
「あんたの母さんと、私の故郷は知ってる?」
「いえ、隣国で平民だったとしか……」
「そうか。まぁ、貴族ではなかったね。でも、平民とも違う。私たちは、【癒しの民】と言われる種族なんだ」
「癒しの民……? 種族?」
書物で見たことがある。確かどんな体の不調も治してしまう伝説の種族がいると。ただ、どこに住んでいるのかは、誰も知らないと……。
「私と姉はその末裔だ」
「えっ! 末裔……?」
だから、叔母も母も触れただけで体の状態がわかったんだ……。
「私たちは体の状態を診ることが出来ても、治す力までは無い。でも、種族長ならその術を知っているかもしれない。少し険しい旅になるが、着いてくるか?」
叔母はいつになく、真剣な眼差しで聞いてきた。
私の心はとうに決まっていた。
「はい!連れて行って下さい。私はこの子の為なら、なんでもします!なんでもやってみせます」
「うん、わかった。とりあえず明日、口の堅い医者をここに連れてくるから。本当に妊娠してるかどうか、診察してもらおう。詳しい話はそのあとだ」
マティアス様はその夜帰宅されなかった。早馬にて、業務が立て込んで泊まりがけになると伝えられた。毎日会えないと寂しいなんて、図々しくなってしまったものだ。
私はお腹に手を当てた。本当にマティアス様との宝物が、私のお腹に来てくれたのだろうか。
もしそうだとしたら、何があっても守りきろう。
義母はエステル様以外を嫁と認める気は無いだろう。
まして、私が産んだ子となればきっと冷遇してくる。だから、このことは絶対に知られてはいけない。
私は少し大きめのカバンに、必要最低限の荷物を詰め込んだ。マティアス様に洋服を届けるからと言えば、侍女に怪しまれないだろう。
マティアス様のクローゼットを開けた。スーツのセットアップにワイシャツを取りを出した。
コロコロコロ……。その時ジャケットから何かが落ちて転がった。私はそれを拾い上げた。
紺色にマティアスと書かれた、万年筆だった。きっと無くて困っているわね。
エステル様からの大切な贈り物……。私はカバンの中に、それらを入れた。
そして自分の机の引き出しから、一枚の書類を出した。
もう、私の所は全て記入してある。先程書いたマティアス様への手紙とともに封筒に入れ、カバンの中に差し込んだ。
このお屋敷で過ごすのも今夜が最後になるだろう。マティアス様と過ごした一年間、義母やエステル様とは仲良くなれなかったが、マティアス様はいつも私の味方でいてくれた。
一夜の間違いで仕方なく結婚することになった私たち。
公爵家の跡取りを産むという、妻の役割にも協力してくれた。本当に優しい人。
私の初恋は、ここで終わらせなければいけない。私には守るべきものが出来た。
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