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推しの告白現場
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今日もいつものように感情発散としてネット配信をしようか迷いながらノロノロと廊下を乱暴に歩く。今はもう授業が終わって放課後の夕日が窓付近を照らす。
ほとんどの生徒は部活か何もなくて帰宅。一部、先生に怒られて職員室に誘われてしまった人もいる。
──やべ、教室に忘れ物した。最悪…。
小走りをしつつ、面倒だなと堕落した気持ちを露わにしたが仕方がないと心に刻んで足を動かした。
「梔子くん!入学した頃から一目惚れで好きになりました。付き合ってください!」
忘れ物を取りに教室後ろのドアを開けようとした一つの静かな教室。
教室には…見える範囲だが二人いる。一人は確実に俺でも知っている人だ。同じクラスメイトだし、ブラウンがかった髪が良く似合う。しかし今はこの時間帯もあって少しオレンジ色に見える。
ネットであの人を見たことがある。国内だけではなく海外でも人気を誇る天才ピアニスト。ごくたまにだが、日本でもコンサートをしているとしていないとか。曖昧になってしまうほどに梔子は公演というものを嫌うらしい。そう視聴者の人が話題にしていた。歌枠配信以外にも雑談配信をしていればネットでの流行りや人間関係のあれこれが聞けて楽しい。
一年くらい前、視聴者が梔子について語っていてついつい気になって検索してしまった。
その動画での彼は優しい音色を引いて、しかし時には壮大に、儚い。これは素人でも分かる。
この人は上手いという言葉では収まらない。しかも聞いていると感情が持っていかれ、今でも聞いて悲しく泣いてしまうことも多々ある。
視聴者のみんなには内緒にしていることだが、今では梔子が推しであり、ガチ恋勢になるまで発展していった。
ガチ恋勢になってから知ったことだが、梔子は攻めらしい。
あの体系で攻め…。きっと小悪魔系だな。
「……ごめんね、僕好きな人がいて付き合うことはできない」
頭をフル回転で考え事をしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。これは本当なんだと感心しながら、二人の会話をほんの出来心で耳を傾ける。
「え、梔子くんって好きな人いたの⁉」
告白した彼女は背中しか見えなかったが手振りや言葉からして驚いているのが分かる。俺もびっくりした。あの人って好きな人いたんだ。推している俺からしたら動く悲しいことだが、男同士ということもあって叶わないことだと心に刻んでいる。だからそんなに痛みはない……と思いたい。
「うん、実はね」
あれ、今一瞬だけ悲しい顔しなかったか?
何はともあれ、気まずい雰囲気になったのには変わりはない。彼女はほんの少し間を置いたが耐え切れなくなったのか教室前に駆け込んで顔を赤らめて立ち去った。運よく俺のいる方面には来なかった。
「…僕にだって好きな人を選ぶ権利ぐらいある。あの方の歌声、もう一回聞きたいな…帰ったら…」
去った後すぐに一人だけが教室に窓際に腕を乗せて黄昏て言葉を発する。
好きな人を選ぶ権利は誰にでもある…それには共感するのだが、あの方とは誰のことだろうか…。そのことだけが頭の中をグルグルと回る。しかも最後の方はほぼ聞こえなかった。
聞こえないな…。
ガタンッ。
つい、聞こえるように前のめりになり、ドアに腕が強く当たってしまった。
そしてこっそり見ていたのに梔子と目が合った。すぐに逸らしたが、教室中に響く足音は近くまで迫っている。俺の脳裏には、言い訳になるものはないか、そればかりを考える。
そしてついに、ガラガラッと乾いた音なのに威圧を感じさせるように聞こえる。
「ねぇ、君?確か…浅葱くんだよね?さっきの聞いた?」
ニコリと問う顔とは裏腹に俺が捉えたのはすごく怖い何かだ。
「な、なにも聞いていません…です」
しどろもどろに答えたことがダメだったのか梔子のニッコリとした顔は崩れていないが怒気を感じる。
「聞かなかったことにしてくれない?…あ、あと女除けに僕と付き合って‼」
顔が崩れて俺と同じ頭の位置に合う程度にしゃがんで顔を隠す。
気のせいなのか耳が…赤いような。
推しの照れ顔⁉
突然の驚きと喜び、感情の興奮が大きすぎて梔子の問いに答えられていないし、きちんと聞けていなくて梔子の言葉が頭に入らなかった。
「…ねぇ、聞いてるの?」
俺の方が少し身長高いから、梔子が頭を上げて傾げる仕草がまるで子犬がうるうると涙目でこちらを覗き込む姿と合致する。しかも、その行動するのが推しというもう尊い!オタクが出ても仕方ないよね!
「え、ぁ、うん!」
「…じゃぁ、明日から監視するね!また明日!」
慌てた様子で廊下を掛けて行く。どんどんと小さくぼやけてしまう推しは今日も尊い。
今日話せたことは嬉しいし、記念日にしたってかまわない。だけど、さっきなんて言ったんだろう。監視?なぜ?
何度も疑問に思うが聞いていなかったのが悪い。だから考え込んでも答えは出ない。だから、考えるのはやめて配信のネタにしようと決めた。
すぐにさきほどの暖かさを忘れた教室に入り、自分の机から筆箱と明日が締め切りの書類を少しくしゃくしゃになってしまったが、慌てて持ち出し教室を後にした。
さて、今から雑談配信だ~!
いつもは曜日に分けて配信内容を変えているのだが、最近は雑談配信をしてほしいとせがむ視聴者が増えて仕方がなくすることになった。でも、俺的にも歌より雑談のほうがリラックスして活動できる。
だからそれほど苦にならない。歌枠が苦になるわけではないが、みんなのリクエストを全て聞くことはできないから不公平になってあまり好きではない。それに対して雑談はコメントを長文で出す人が多く、見過ごすことも少ないし人によっては投げ銭で送ってくれて助かっている。
特に昔から古参でいてくれる"食う梨"さんは配信運営をするときにスタッフのような担当を進んでしてくれる。食う梨さんに一回『大変ならしなくても大丈夫だよ!』と伝えてみたのだが、『大丈夫です。僕の好意でやっていますから!』とコメントされた。
だからこれ以上は何も言わないようにしている。
食う梨さんの恩恵に喜びとしみじみと感謝を心に抱きながら慣れた手つきで配信スタートのボタンを押す。
『皆こん浅~!浅雲だよ!今日も元気に配信やっていこうー!』
配信の中の俺は、現実の静けさとは全く異なるテンションでみんなと接する。本当にリスナーにリアルの自分がバレることは決してない。声も少し高く話して、歌もリアルとネットで歌い方を変えている。流石にバレたらネット活動は続けられないからね。
『あ、カボチャ汁さん投げ銭ありがとう!えっと…浅くんの配信楽しみに待っていました。お金も相談事も貯めておきました!私は後で言いますので、まずは銭を!…銭か…ふふ…ありがとう!大切に使うね!』
変わりのない会話。リスナーのみんなは投げ銭を送ってくれて、俺はそれに答える。
『あ、洗濯機バターさん投げ銭ありがとう!最近のことなんですが……。なるほどね~。家族問題って難しいよね~…。じゃぁ……。』
洗濯機バターさんの相談を受けている最中、コメント欄に一つのメッセージが送られてきた。コメントは流れていくのにどうしてかそのメッセージには目を向けてしっかり見ることができた。
『遅れてしまった…。浅くん!こん浅ー!』
それは、食う梨さん。
いつもは配信始まる前にはいるのに今日は珍しいな…。
そう考えつつ、みんなも『こん浅!』と言っている。だから、みんなに言うように偽装して、『遅れた人もこん浅~!』とみんなに言った。ただ、少しだけ食う梨さんをひいきしているみたいに言っちゃったけど、みんなにはバレていないようだ。
良かった…。
そう安堵しているが心の中ではひいきしちゃって申し訳ないと謝罪を込めて思いで唱えた。
そして洗濯機バターさんの相談を終えると食う梨さんの番となった。
『食う梨さん!いつもありがとう!えっと…今日告白されたんですけど、好きバレしました。これからどうしたらいいと思いますか?…か、好きバレか~、それだったら監視を………。どうかな?』
『ありがとうございます!参考になりました!』
そして、また次の視聴者が投げ銭をしてくれて相談に乗ったり流行りについて語ったりいろんな話で盛り上がってあっという間に深夜の刻を過ぎてしまった。
『じゃぁ、夜飯もまだだからもう配信終了しちゃうね!また明日!おつ浅~!』
コメント欄には、『ありがとうございました。』だの『おつ浅!』だの『次は歌枠か~!楽しみだな!』だの他にもたくさんのコメントを貰えてとても嬉しい。
『次の配信も楽しみにしています。おつ浅~!』
配信終了ボタンを静かにほんのりと、寂しさを交わせて押す。
「ふぅ」
少しだけ気を抜かし、肩の荷を落とした。それにしても食う梨さん好きバレしたんだ。誰のこと好きなのだろう?あの人たまにコメントで強烈の愛を送ってくれるからな…。嫉妬深くて愛が重そう…。俺はそういうのが好きだけどね。食う梨さん的には推しとして伝えていると思う。
「てか明日、梔子と会うのが気まずいよ…」
だが、そう思っても時は進み続ける。この時だけは時間が進むことに後悔する。
少し遅めだが食事をすることにした。お腹が空いたわけではなく梔子のことばかり考える頭をどうにかしたかったため。
ゆっくりと静まり返ったキッチンの端っこに居座る冷蔵庫。その中には家政婦さんが作り置きしてくれた肉じゃがやみそ汁、焼き魚。量は年齢基準で言うと少ないが、俺はこれで満足してしまう。もうそんな体になってしまった。
いつも両親は仕事で忙しくて幼少期は二年単位で変わっていく家政婦さんと話していたが最近はこうやって配信を夜遅くまでするから帰って来たときの出迎え以外まともに話も話さないし、顔も見せない。結局は二年で変わるから話してもまた違う人になる。それだったら話さなくてもいいかなと思春期を迎えるときと同時に考え出した。
食事も少し冷めていたが流石家政婦さんと言ったところ、冷めていても美味しく食べ終わっても少しだけ口の中で味が残って食べたという満足感が溢れていく。
ほんの少しの優しさが込められている…のだが、疲れ切った浅葱には気づくことはできなかった。
明け方、日の光が人々と顔を合わそうと駆け出すとき、つい夜の寂しさを埋めることができず無意識なのか目が覚めてしまった。いつもならその寂しさをどうにか埋めようと朝のゲリラ配信をするのだが、今日はどうしても気が乗れない。昨日の出来事も含めて配信をする気力はあまりない。あるとするならばけだるげと無心だ。ただ寝付けないのに布団の上で横たわるのはあまりすきではない。そう感じ、いつもの癖で配信用のデスクに座る。そしてふと携帯を覗いていると一通のメッセージが届いた。
『今日、仮で男と付き合うことになった。本当は好きな人がいるけど事情が事情だからしょうがない!』
食う梨さんの個人アカウントが投稿した。
──食う梨さん、大変だな…。
そう他人行儀でメッセージに反応する。ただ俺がそのメッセージに返信すれば本人にバレるし、他のリスナーがひいきしていると言ってくるだろう。新しくアカウントを作ればいい話なのだろうが、今はそれをするまでの気力はない。
そう考えているともう早朝になってしまい、日の光が窓から冷たい足元を照らす。
一階のキッチンでは、何か物音がする。その音が奏でているのを聞きながら自室を出た。
「あら浅葱様、今日は早起きでいらっしゃいますね。もう少しでお料理が完成致します」
フライパンには、目玉焼きとベーコンだろうか薄い肉が焼かれている。
もうさらには綺麗に焼かれたトーストとほんのり柔らかいブロッコリーやレタス。米に至っては炊き立てなのか湯気が多く出て、比喩のようだが天井に当たると思ってしまう。そして焼いたものをトーストに乗せて机に並べてくれた。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、私は仕事をしているだけですから」
使い終わって冷めたフライパンを、やわらかいスポンジで中性洗剤を使って洗い流し、元の綺麗さを取り戻した。
すぐに暖かいご飯を食べ終え、そそくさと自室に戻る。
その後はいたってシンプルで、少しシワが目立つ制服を何の戸惑いもせず着る。馬子にも衣裳と言うが制服を着れば日々のだるさも緩和されるだろう。
学校に着くなり、自分机でゆっくりして心を落ち着かせる…のだが、今日は違っていた。
「浅葱、ちょっと来て」
梔子からの指名だ。珍しいと周りでざわざわする人が多数もいるが、昨日の件も考えると当然だろうと思えるかもしれない。
廊下の近くにある少し古びた階段の下で密会。しかもそれが天才ピアニストでもあり、俺の推しだ。心が激しく動き、気持ちが乱れる。
推しと二人きりだ! 今死んでもいい。
そう思えるほど、嬉しく心が高まったり乱れたりしていく。
「梔子さん…ど、どうしたの…?」
「どうしたのじゃない!…今日の昼休み僕と食べるよ!」
そう言って早々に去ってしまった。
……え⁉ 梔子が俺と⁉
一瞬の出来事が頭で処理できず、文字通り口が開いたまま唖然とその場を立ち尽くす。
ほとんどの生徒は部活か何もなくて帰宅。一部、先生に怒られて職員室に誘われてしまった人もいる。
──やべ、教室に忘れ物した。最悪…。
小走りをしつつ、面倒だなと堕落した気持ちを露わにしたが仕方がないと心に刻んで足を動かした。
「梔子くん!入学した頃から一目惚れで好きになりました。付き合ってください!」
忘れ物を取りに教室後ろのドアを開けようとした一つの静かな教室。
教室には…見える範囲だが二人いる。一人は確実に俺でも知っている人だ。同じクラスメイトだし、ブラウンがかった髪が良く似合う。しかし今はこの時間帯もあって少しオレンジ色に見える。
ネットであの人を見たことがある。国内だけではなく海外でも人気を誇る天才ピアニスト。ごくたまにだが、日本でもコンサートをしているとしていないとか。曖昧になってしまうほどに梔子は公演というものを嫌うらしい。そう視聴者の人が話題にしていた。歌枠配信以外にも雑談配信をしていればネットでの流行りや人間関係のあれこれが聞けて楽しい。
一年くらい前、視聴者が梔子について語っていてついつい気になって検索してしまった。
その動画での彼は優しい音色を引いて、しかし時には壮大に、儚い。これは素人でも分かる。
この人は上手いという言葉では収まらない。しかも聞いていると感情が持っていかれ、今でも聞いて悲しく泣いてしまうことも多々ある。
視聴者のみんなには内緒にしていることだが、今では梔子が推しであり、ガチ恋勢になるまで発展していった。
ガチ恋勢になってから知ったことだが、梔子は攻めらしい。
あの体系で攻め…。きっと小悪魔系だな。
「……ごめんね、僕好きな人がいて付き合うことはできない」
頭をフル回転で考え事をしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。これは本当なんだと感心しながら、二人の会話をほんの出来心で耳を傾ける。
「え、梔子くんって好きな人いたの⁉」
告白した彼女は背中しか見えなかったが手振りや言葉からして驚いているのが分かる。俺もびっくりした。あの人って好きな人いたんだ。推している俺からしたら動く悲しいことだが、男同士ということもあって叶わないことだと心に刻んでいる。だからそんなに痛みはない……と思いたい。
「うん、実はね」
あれ、今一瞬だけ悲しい顔しなかったか?
何はともあれ、気まずい雰囲気になったのには変わりはない。彼女はほんの少し間を置いたが耐え切れなくなったのか教室前に駆け込んで顔を赤らめて立ち去った。運よく俺のいる方面には来なかった。
「…僕にだって好きな人を選ぶ権利ぐらいある。あの方の歌声、もう一回聞きたいな…帰ったら…」
去った後すぐに一人だけが教室に窓際に腕を乗せて黄昏て言葉を発する。
好きな人を選ぶ権利は誰にでもある…それには共感するのだが、あの方とは誰のことだろうか…。そのことだけが頭の中をグルグルと回る。しかも最後の方はほぼ聞こえなかった。
聞こえないな…。
ガタンッ。
つい、聞こえるように前のめりになり、ドアに腕が強く当たってしまった。
そしてこっそり見ていたのに梔子と目が合った。すぐに逸らしたが、教室中に響く足音は近くまで迫っている。俺の脳裏には、言い訳になるものはないか、そればかりを考える。
そしてついに、ガラガラッと乾いた音なのに威圧を感じさせるように聞こえる。
「ねぇ、君?確か…浅葱くんだよね?さっきの聞いた?」
ニコリと問う顔とは裏腹に俺が捉えたのはすごく怖い何かだ。
「な、なにも聞いていません…です」
しどろもどろに答えたことがダメだったのか梔子のニッコリとした顔は崩れていないが怒気を感じる。
「聞かなかったことにしてくれない?…あ、あと女除けに僕と付き合って‼」
顔が崩れて俺と同じ頭の位置に合う程度にしゃがんで顔を隠す。
気のせいなのか耳が…赤いような。
推しの照れ顔⁉
突然の驚きと喜び、感情の興奮が大きすぎて梔子の問いに答えられていないし、きちんと聞けていなくて梔子の言葉が頭に入らなかった。
「…ねぇ、聞いてるの?」
俺の方が少し身長高いから、梔子が頭を上げて傾げる仕草がまるで子犬がうるうると涙目でこちらを覗き込む姿と合致する。しかも、その行動するのが推しというもう尊い!オタクが出ても仕方ないよね!
「え、ぁ、うん!」
「…じゃぁ、明日から監視するね!また明日!」
慌てた様子で廊下を掛けて行く。どんどんと小さくぼやけてしまう推しは今日も尊い。
今日話せたことは嬉しいし、記念日にしたってかまわない。だけど、さっきなんて言ったんだろう。監視?なぜ?
何度も疑問に思うが聞いていなかったのが悪い。だから考え込んでも答えは出ない。だから、考えるのはやめて配信のネタにしようと決めた。
すぐにさきほどの暖かさを忘れた教室に入り、自分の机から筆箱と明日が締め切りの書類を少しくしゃくしゃになってしまったが、慌てて持ち出し教室を後にした。
さて、今から雑談配信だ~!
いつもは曜日に分けて配信内容を変えているのだが、最近は雑談配信をしてほしいとせがむ視聴者が増えて仕方がなくすることになった。でも、俺的にも歌より雑談のほうがリラックスして活動できる。
だからそれほど苦にならない。歌枠が苦になるわけではないが、みんなのリクエストを全て聞くことはできないから不公平になってあまり好きではない。それに対して雑談はコメントを長文で出す人が多く、見過ごすことも少ないし人によっては投げ銭で送ってくれて助かっている。
特に昔から古参でいてくれる"食う梨"さんは配信運営をするときにスタッフのような担当を進んでしてくれる。食う梨さんに一回『大変ならしなくても大丈夫だよ!』と伝えてみたのだが、『大丈夫です。僕の好意でやっていますから!』とコメントされた。
だからこれ以上は何も言わないようにしている。
食う梨さんの恩恵に喜びとしみじみと感謝を心に抱きながら慣れた手つきで配信スタートのボタンを押す。
『皆こん浅~!浅雲だよ!今日も元気に配信やっていこうー!』
配信の中の俺は、現実の静けさとは全く異なるテンションでみんなと接する。本当にリスナーにリアルの自分がバレることは決してない。声も少し高く話して、歌もリアルとネットで歌い方を変えている。流石にバレたらネット活動は続けられないからね。
『あ、カボチャ汁さん投げ銭ありがとう!えっと…浅くんの配信楽しみに待っていました。お金も相談事も貯めておきました!私は後で言いますので、まずは銭を!…銭か…ふふ…ありがとう!大切に使うね!』
変わりのない会話。リスナーのみんなは投げ銭を送ってくれて、俺はそれに答える。
『あ、洗濯機バターさん投げ銭ありがとう!最近のことなんですが……。なるほどね~。家族問題って難しいよね~…。じゃぁ……。』
洗濯機バターさんの相談を受けている最中、コメント欄に一つのメッセージが送られてきた。コメントは流れていくのにどうしてかそのメッセージには目を向けてしっかり見ることができた。
『遅れてしまった…。浅くん!こん浅ー!』
それは、食う梨さん。
いつもは配信始まる前にはいるのに今日は珍しいな…。
そう考えつつ、みんなも『こん浅!』と言っている。だから、みんなに言うように偽装して、『遅れた人もこん浅~!』とみんなに言った。ただ、少しだけ食う梨さんをひいきしているみたいに言っちゃったけど、みんなにはバレていないようだ。
良かった…。
そう安堵しているが心の中ではひいきしちゃって申し訳ないと謝罪を込めて思いで唱えた。
そして洗濯機バターさんの相談を終えると食う梨さんの番となった。
『食う梨さん!いつもありがとう!えっと…今日告白されたんですけど、好きバレしました。これからどうしたらいいと思いますか?…か、好きバレか~、それだったら監視を………。どうかな?』
『ありがとうございます!参考になりました!』
そして、また次の視聴者が投げ銭をしてくれて相談に乗ったり流行りについて語ったりいろんな話で盛り上がってあっという間に深夜の刻を過ぎてしまった。
『じゃぁ、夜飯もまだだからもう配信終了しちゃうね!また明日!おつ浅~!』
コメント欄には、『ありがとうございました。』だの『おつ浅!』だの『次は歌枠か~!楽しみだな!』だの他にもたくさんのコメントを貰えてとても嬉しい。
『次の配信も楽しみにしています。おつ浅~!』
配信終了ボタンを静かにほんのりと、寂しさを交わせて押す。
「ふぅ」
少しだけ気を抜かし、肩の荷を落とした。それにしても食う梨さん好きバレしたんだ。誰のこと好きなのだろう?あの人たまにコメントで強烈の愛を送ってくれるからな…。嫉妬深くて愛が重そう…。俺はそういうのが好きだけどね。食う梨さん的には推しとして伝えていると思う。
「てか明日、梔子と会うのが気まずいよ…」
だが、そう思っても時は進み続ける。この時だけは時間が進むことに後悔する。
少し遅めだが食事をすることにした。お腹が空いたわけではなく梔子のことばかり考える頭をどうにかしたかったため。
ゆっくりと静まり返ったキッチンの端っこに居座る冷蔵庫。その中には家政婦さんが作り置きしてくれた肉じゃがやみそ汁、焼き魚。量は年齢基準で言うと少ないが、俺はこれで満足してしまう。もうそんな体になってしまった。
いつも両親は仕事で忙しくて幼少期は二年単位で変わっていく家政婦さんと話していたが最近はこうやって配信を夜遅くまでするから帰って来たときの出迎え以外まともに話も話さないし、顔も見せない。結局は二年で変わるから話してもまた違う人になる。それだったら話さなくてもいいかなと思春期を迎えるときと同時に考え出した。
食事も少し冷めていたが流石家政婦さんと言ったところ、冷めていても美味しく食べ終わっても少しだけ口の中で味が残って食べたという満足感が溢れていく。
ほんの少しの優しさが込められている…のだが、疲れ切った浅葱には気づくことはできなかった。
明け方、日の光が人々と顔を合わそうと駆け出すとき、つい夜の寂しさを埋めることができず無意識なのか目が覚めてしまった。いつもならその寂しさをどうにか埋めようと朝のゲリラ配信をするのだが、今日はどうしても気が乗れない。昨日の出来事も含めて配信をする気力はあまりない。あるとするならばけだるげと無心だ。ただ寝付けないのに布団の上で横たわるのはあまりすきではない。そう感じ、いつもの癖で配信用のデスクに座る。そしてふと携帯を覗いていると一通のメッセージが届いた。
『今日、仮で男と付き合うことになった。本当は好きな人がいるけど事情が事情だからしょうがない!』
食う梨さんの個人アカウントが投稿した。
──食う梨さん、大変だな…。
そう他人行儀でメッセージに反応する。ただ俺がそのメッセージに返信すれば本人にバレるし、他のリスナーがひいきしていると言ってくるだろう。新しくアカウントを作ればいい話なのだろうが、今はそれをするまでの気力はない。
そう考えているともう早朝になってしまい、日の光が窓から冷たい足元を照らす。
一階のキッチンでは、何か物音がする。その音が奏でているのを聞きながら自室を出た。
「あら浅葱様、今日は早起きでいらっしゃいますね。もう少しでお料理が完成致します」
フライパンには、目玉焼きとベーコンだろうか薄い肉が焼かれている。
もうさらには綺麗に焼かれたトーストとほんのり柔らかいブロッコリーやレタス。米に至っては炊き立てなのか湯気が多く出て、比喩のようだが天井に当たると思ってしまう。そして焼いたものをトーストに乗せて机に並べてくれた。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、私は仕事をしているだけですから」
使い終わって冷めたフライパンを、やわらかいスポンジで中性洗剤を使って洗い流し、元の綺麗さを取り戻した。
すぐに暖かいご飯を食べ終え、そそくさと自室に戻る。
その後はいたってシンプルで、少しシワが目立つ制服を何の戸惑いもせず着る。馬子にも衣裳と言うが制服を着れば日々のだるさも緩和されるだろう。
学校に着くなり、自分机でゆっくりして心を落ち着かせる…のだが、今日は違っていた。
「浅葱、ちょっと来て」
梔子からの指名だ。珍しいと周りでざわざわする人が多数もいるが、昨日の件も考えると当然だろうと思えるかもしれない。
廊下の近くにある少し古びた階段の下で密会。しかもそれが天才ピアニストでもあり、俺の推しだ。心が激しく動き、気持ちが乱れる。
推しと二人きりだ! 今死んでもいい。
そう思えるほど、嬉しく心が高まったり乱れたりしていく。
「梔子さん…ど、どうしたの…?」
「どうしたのじゃない!…今日の昼休み僕と食べるよ!」
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……え⁉ 梔子が俺と⁉
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