告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

花魁童子

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推しと勉強会

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 あの告白から数日が経ち、梔子のいつも通りの対応で心がほっとして少しずつ関係がさらに深まった気がする。

 俺たちの関係が構築されるのと同時に期末試験は心忙しい俺たちを待ってくれない。



「そろそろ、テスト勉強しないとな~」
 俺の机の前でだらしない声を出すのは元々仲が良かった山吹やまぶき。彼は、チャラそうに見られやすいタイプ。爽やかなコンマバングが良く似合う。

 彼は人と話すのが上手で入学早々に仲良くなれた人物。たまに話しかけてはこうやって愚痴を言い合う。
「テストは待ってくれないからな」
「分かっているけど家帰った瞬間、気持ちがだるくならない?」
「まぁな」
 山吹は話を合わせるのがうまいし、心を開きやすい。だがそれでも梔子と付き合っていることは絶対に言えない。

「二人で何話してるの?」
 噂をすれば。

「よう。いや~、テスト勉強だるいなって話を一方的に話していた」
「そうなの? あんまり浅葱を困らせないでよー?」
「分かっているよ~」
 ケラケラとお互いのフィールドを作り盛り上がっている。

 羨ましい。

 そういえば山吹、さっき先生から呼び出し受けていたような。
「山吹さっき、三枝先生に呼び出されてなかったか?」
「え、そうじゃん!ありがとう‼」
 そそくさと駆け出していく山吹と彼がいなくなっていき、教室が静まり返る。
 山吹が立ち去ってすぐにこちらを下から覗き込んできたのは梔子だ。まるで子猫がご飯を欲するように。
「山吹と何話してたの?」
「いやただ、テスト勉強だるいよねって話していた」
 ふ~んと俺とは別の斜め横に目を向けてしまった。
 少し悲しさを覚えながら、何か話題がないかと指を顎に当てて考える。


 しかし出てきたことは「趣味は何?」だの「好きな俳優は?」だの大学生たちの合コンと何ら変わりのない話題ばかり。




 そんなことを永遠と考え込んでいると、梔子から話題を提供してくれた。
「ねぇねぇ、浅葱は今日の放課後って暇?」
「暇だよ」
 俺の言葉に目を輝かせた梔子が手をつかんで「僕の家で勉強会しませんか‼」と少しの圧を込めて申す。俺もその圧に負けたのもあって「あ、うん。分かった」と驚いて内容に困惑しながらも返事をした。
 その場ですぐ肯定の返事をしてしまったが、午後の授業では、放課後の勉強会の予定で頭がいっぱい。しかも”梔子の家で”だぞ。推しと話すのすら光栄に思えるのにそれに上乗せされて推しの家にも行けるなんて、俺は今日が命日でも良い!だが、今死んでしまえば、推しの家には行けない。他のファンからもヘイトを向けられるかもしれない。



 しかし、この時の俺には推しの家に行きたいという気持ちが先行し、他のファンの反感など、気にしている暇はなかった。それに加え、時間が過ぎるのはあっという間で気づけば下校前の帰りの号令だった。



「気を付け……礼」
「「ありがとうございました」」

 クラス全員の声がクラス中に響いた直後、俺の机に飛びつくようにやってくる梔子。本来の俺なら「小動物みたい」とか「犬みたい」とか思ってしまうが、さきほどの思いは止むことを知らないらしい。
 今の俺は、梔子に小動物みたいと言えないくらいワクワクしている。今すぐ素を出して飛び跳ねたいくらいには。
 しかし現状、推しの目の前、まだ数十人いる教室の真ん中で飛び跳ねることはできないし、できるはずがない。

「浅葱! 行こう?」
 優しく手を引っ張って賑わう教室から俺を脱出させてくれる。いつも梔子は俺のもとへ来て話してくれるのだが、客観から見れば天才ピアニストが教室にいれば話さない手はないはずだ。だから、おそらく教室での賑わいは梔子に向けられたもの。だが、そのことを考えればその人気者の梔子を俺なんかが奪ってしまったと思われるのでは?いつも一緒にいるからとはいえ、ずっと一緒にいれば反感を買うのも無理もない。放課後に推しの家に行くのですら、他のファンからヘイトを向けられ、挙句の果てにはクラスメイトにも。
 さきほど忘れかけていた他のファンの空想の殺気を感じながら抵抗もせず、梔子の進む方向に歩んだ。


 放課後のチャイムが鳴って間もないため、部活も用事もない生徒がズラズラと玄関から静かな道路まで歩き出している。俺ら二人もその仲間に加わった。
 その間にも緊張と期待の波は静まらなかった。

「ねぇ浅葱って得意な教科は何?」
 突然の質問に頭が追い付けてないようだが、すぐに出てきた言葉は「国語科は得意かな」と事実を述べた。
「本当! 僕、国語科だけは苦手なんだよね~」
 そういえばこの前も…。
「この前の古文の授業の時も言っていたね。どれだけ苦手なんだか」
 梔子は俺の言葉にムッとしてほんの少しだけ頬を膨らまして訴えている。
「苦手っていうか、ちょっと嫌い」
 頬を赤く染めて言うもんだから可愛さが倍増している。
「お、俺は、理系が苦手なんだ。例えば化学がズタボロだ」
「‼ 僕得意分野だよ!」
 運よくお互いの苦手なところを教え合えるみたいで俺らはホッと安堵する。俺らの周りの空気が温まったおかげで次々と話題を交わすようになって、いつの間にか梔子の家の玄関前に着いてしまった。
「僕の家着いたよ~! さぁ上がって!」
 手招きされて綺麗な白い扉を開けると”綺麗”という言葉でしか表すことができない。



 中に入ると甘い花のような香りが漂い、穏やかさを感じさせる。しかも、その香りはいつも近くにいる梔子と似ている香り。それはそうか。だってここは梔子の家だし当たり前だ。でも、梔子の香りよりも強くて、その当たり前のことにすら驚愕してしまう。

「お茶持ってくるから、階段上がって右手側の通路の一番端の部屋が自室だから」
「分かった。ありがとう」

 言われた通り階段を上がった先は二手に分かれていて、右手側に進み、奥に行くと静かな扉が一つ存在した。ドアノブに触れると冷たく、緊張で温まった身体に多少の刺激を与えた。

 ゆっくりと開けると廊下とは別の香りが漂い、あまり物のない部屋が視界に映し出された。
 推しの部屋に入れて、ここは天国なのか⁉

 部屋の中央には大きな長方形のガラス板の机があり、その上には何も置かれておらず、寂しそうな面影を感じた。そして部屋の端にはベッドや勉強机が設置されていた。勉強机の上は少し乱雑な部分もあるがそれは一部に過ぎなかった。


 コンコンッ

 思いに浸っていると扉がノックされ、梔子が木製のお盆にコップを乗せて持ってきた。自分の鞄を部屋の隅に置いて急いで片腕にぶら下がっていた鞄を受け取って俺の鞄の横に置いた。
「ありがとう!」
 感謝をしながら、机に二人分のコップを並べて、お盆は床の灰色の絨毯じゅうたんに立てかけた。
 もう一度、俺らは鞄を持って机を間に向かい合う形で座った。鞄からは今日、出された課題と各々苦手な教科の教材を机に並べた。
「じゃぁ、始めよっか」
 梔子の合図とともに教科書やワークを開いた。
 緊張はしていても、メリハリはあるほうだから俺は意外にも集中できた。何度か梔子のほうをチラ見したが、表情が豊かで真剣な表情もあれば悩む表情、分からないモヤモヤが解けて笑う表情などを見ることができた。勉強のだるけさも梔子の表情を見れば解消される。
「浅葱~、ここ分かんない」
「どこ?」
 反対側だと文字が逆で読めないから、無意識に梔子の肩と俺の肩が当たりそうなギリギリの位置に移動して分からないと言っていた問題に目を配る。
「ここは…」
 その瞬間、俺らの肩が当たった。そして思わず、互いを見合った。俺からしても梔子からしても目が合うことを想像もしていなくて一瞬だけ身体が膠着こうちゃくしてしまった。
 その雰囲気が俺らにとってはバカバカしくなったのか、はたまたお互いの緊張が和んだのか定かではないが、顔を見合ってほんの一瞬の沈黙のあと、二人で微笑んだ。



 俺らはその後も自分たちが分からないところを教え合ったり問題を出してみたりと徹底して勉学に励んだ。
「あ‼ もうこんな時間…」
 梔子が自室の壁に掛けられた時計を見て驚いていた。俺も咄嗟に窓の外を見てみると、町一面橙色に浸染されている。梔子の部屋は白色の壁だったはずが橙色と俺らと少ない物たちの影で色が変化していた。
 そして俺らの影は長く伸びて天井にまで接触してしまいそうだった。
「そろそろ俺、帰る時間だ」
 勉強会を終えるついでに、荷物を鞄にすべて忘れ物がないかを確認しつつ、入れた。
「今日は無理言ってごめんね。勉強会楽しかった!浅葱ってやっぱり頭いいよね」
「こっちこそ家に上がって悪い。そうか?梔子は覚えるのが早くて基礎がしっかり身についていたぞ」
「そう? ありがとう!」
 梔子は立ち上がって、俺の妨げになりかけた扉を開けてくれた。
「あ、ありがとう」
 ニコリと微笑み、玄関まで誘導してくれた。そのおかげで迷うことはなかったし、忘れ去られた緊張も芽生えることはなかった。
「ねぇ浅葱? 浅葱の家まで一緒に歩いていい?」
 推しのデレきました~!あぁこの照れ顔写真に収めたい!
「ダメだよ。俺と梔子の家遠いだろ?」
「じゃぁ、近くのコンビニまでなら。ついでに食べ物買いたかったし」
「…! いいの‼ 行く!」
 嬉しそうに目を輝かせて、笑顔が露わになっている。
 俺らは靴を履いて梔子の家を後にした。


「浅葱‼ 今日は本当にありがとう!!」
「こっちこそ、誘ってもらえて嬉しかったよ」
 クラスメイトには反感を買われてそうで最初は怖かったけど、梔子が楽しかったのなら行けて良かった。
 日も遅く、あたりはもう薄暗くなり、梔子の表情が見えにくくなってしまっている。

 顔が見られないのは悲しいことではあるがきっと俺の顔は、にやけているかもしれない。だから梔子に見られなくて済むから都合は良い。
 しかし、俺には見えない。もう一度言おう、俺には見えない!

「ねぇ浅葱くん」
「どうした?」
 俯いたまま、梔子は俺の顔を見てくれない。寂しさを感じるも、そのまま梔子は俺に言ってくれた。
「僕は浅葱のこと、恋愛として好きなんだ!」
 身構えてはいたが、「そんなことか」と唖然としてしまった。
「?? 分かっているよ。俺も梔子が好きだ」
「…僕が男好きでもいいの?」
 BLをたしなんで推しきみのBLを考えている時点で俺の方が危ういのでは…?
「いいよ。俺だって男はいけるし、びっくりしないよ」
 その言葉にびっくりしたのか、顔がそう言っていた。
「なら良かった。僕、一応はピアニストだし、他の人たちには言えなかったんだ」
 俺も配信者をしているからそういったことには慎重にならなければならない。
 恋愛関連なんて絶対に不注意をしてはいけない。一歩間違えれば、業界にはいられない。ニュースでも新聞でも取り上げられることの多い話題。

「そうか、ピアニストって言うのも大変だな」
 分かる…。
 俺も一回だけ配信のコラボ相手と付き合っている疑惑を掛けられて危うかったし、相手が男だからすぐにその話題も静まったから面倒事にはならなかった。それがせめての救いだな。
 そんなことを考えているうちにもう、コンビニが見えてきて梔子の顔はコンビニに近づくごとに寂しそうに思えた。それが俺の勘違いだとしても申し訳ないと感じてしまう。
「もうそろそろで今日が終わっちゃうね」
 悲しそうに言う梔子を見ているとなんとかしてやりたい気持ちになる。しかし、推しとして。でも。俺らは付き合っているわけだし。でも…。
「じゃぁね、浅葱!」
 目の前には手を振って帰ろうとする梔子。
「あ梔子、待って!」
 思わず梔子の小さく冷たくなった手を握っていた。
「あ、ご、ごめん」
 理性を取り戻して、瞬時に今俺がしていたことを考えれば、推しの手を握っていたこと。推しに近くにいることすらが幸運なのに、触れてしまうのは…。
「ううん、大丈夫。浅葱も僕と同じでまだ話していたの?」
「…あぁ、梔子と話すのは楽しいし」
「それは嬉しいよ」

「少し、コンビニで買い物して話す?」
「話す‼」
 嬉しそうに笑顔を見せる梔子とともにコンビニの自動ドアを通過した。


 コンビニで買い物を済ませ、偶然近くにあった公園のベンチで街灯を頼りにベンチに座る。周りには誰もおらず、二人だけの空間がとても嬉しい。

「ねぇ、浅葱はなんで僕のこと好きなの?」
 少しモジモジしながら聞いてくる梔子は可愛らしく、いつまでも見ていたい。しかし今の状況、問われた質問を考えると待っている梔子に申し訳ない。

「俺はね、梔子のかわいいところとか、かっこいいところ、優しいところとかに惚れたんだよ」
 本当はもっとあるし、梔子の弾く音にも惚れた。でもそれは惚れの出だしに過ぎない。今は梔子のすべてが好き。
「そうなの? えへへ。面と向かって言われると嬉しいね」
 その顔も言葉も全部が可愛い。



 いつの間にか、俺の口には赤く少し冷たい何かが当たって、俺の顔に梔子の呼吸が伝わる。瞬く間に離れていった赤く柔らかいものは、寂しさを覚えているように見えた。

「……え⁉」
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