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 スイカ泥棒未遂の女は、泥棒ではなくて迷子だった。
 どこから来たのかと問えば、国道から歩いてきたと答える。
 国道と言えば、一番近くてもここから徒歩で3時間以上かかる。
 この辺りの農道は平坦な道とは言えない。登りも下りもある険しさだ。
 彼女の靴は華奢な女物で、長く歩くのに向いているようには見えない。
 とっさの家出にしても、この暑さの中、よく無事だったなと思う。
 
 女は差し出した経口補水液をがぶがぶと飲んだ。飲み物をもって出たが、途中で飲み干してしまったらしい。
 コンビニもない一本道だ。自動販売機だってない。近所の農家が管理している卵と野菜の無人販売機が置いてあるばかりだ。
 今の時期にはきゅうりやトマトがロッカーの中に入っていて、時々通るバイカーや、うちみたいな野菜以外の農家が買っていく。
 キュウリやトマトで水分を取る知識はなかったのか、無人販売機の存在を知らないのか、途中に何もなくて、命の危険を感じたと言って泣いた。
 女は、緊急措置として、うちのスイカで水分をとろうとしていたのだ。

 
「こなつ、と申します」
 風呂から出てきた女は、やけに時代がかったしぐさで稾色に焼けた畳に正座をして、三つ指をついて深々と頭を下げる。
 タオルドライした湿った長い髪が、くるくると螺旋を描いている。華奢な肩、白い肌、綺麗に整えられた爪には生活感は感じられない。
 というよりは雪女だ。

「何にもなくてすみません」
「いえ、親切にしていただいて感謝しております」
 
 田舎暮らしになってからは身支度を整える必要もなくなったから、ドライヤーなんてない。
 シャンプーはコンディショナーと一体型の適当なものだ。化粧品だって髭剃り後につけるようなものしかないから勧めなかった。
 ジャージとTシャツを貸したが、もちろん替えの下着なんてない。
 会社勤めをしていた時の彼女だったら、髪がきしむ、顔が痛いと眉を顰めただろう。
 
 こなつは婚約者から逃げてきたと語った。
 実際には「婚約者と言い張る男から」と表現したので、きな臭い。
 しっかりとした身なりだし、泥を拭いてやった靴は本革でできていて、女の華奢な足に吸い付くように嵌る。
 よほど良い靴なのか、三時間も歩き続けたのに、こなつの足には、まめ一つできていなかった。
 これは本当のお嬢様ってやつだ、と俺は怯んだ。
 
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