同じ味なら、たい焼きが楽しい。

砂山一座

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「こなつ、帰ろう。もう気が済んだだろ?」

「帰りません」
「笹垣さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。こなつが我儘を。僕が海外出張ばかりであまりかまってやらないから、困らせようとしたんです」
「ええと、まぁ、ハァ」
 
 そうか、これが婚約者か、とじっくり観察する。
 スポーツカーで現れた宗次郎は作り物のような見た目だった。
 気力満ち溢れる笑顔、ジムで鍛えたであろう筋肉、隙なくふんわりと整えた髪型はカリスマ美容師に切らせているに違いない。
 さわやかな麻のスーツはもちろんオーダーメイドだろうし、靴下無しで革靴を履いている。
 高層ビルの立ち並ぶビジネス街で見たことがある、この世に存在する異世界人の一派だ。
 
 一方、俺はファストファッションでそろえたジャージにポロシャツ、御用達の大型ホームセンターで手に入れた日除け付きの麦藁帽子だ。虫除けにもなる優れモノでいくつも買い置きしてある。
 ……ちょっと勝てる気がしない。
 
「もっとちゃんとお互い話をすればよかったんです。こなつは本当に昔から頑固で、僕の話をちゃんと聞かなくて。昔のように膝にのせてやるから、機嫌を直してくれよ」
 こなつが真似していたように、はっはっはと朗らかに笑っている。
 
 だがわかる。

 宗次郎さんとやらは、こなつを支配して自分の付属物にしようとしている。そして、最高に気持ち悪い。
 
「私、好きな人が出来たので帰りません」
 こなつは毅然とした態度で宗次郎に向かう。
「いいや、嘘だ。その人を巻き込むのはやめなさい。僕たちの痴話げんかに巻き込んでは気の毒だろう」
「私、宗次郎さんと結婚するつもりはありません」
 どの言葉も、普通にきいたら拒絶されているのがすぐ分かるはずなのに、宗次郎はひるまない。

「結婚したら、僕の仕事についてくればいい。もう無理をして小さな会社で働かなくてもいいんだよ。体を労わろう。こなつは疲れるとすぐに熱が出るんだから」
 
「子どもの頃の話です。今は、もう疲れて熱なんか出ません。宗次郎さんの中の私は、いったいいつで時を止めているの?」
 聞いていて発狂しそうなほどの言葉の通じなさだ。
 宗次郎という男は理解力がないのだろうか? 確かにこれは逃げ出したくなる。
 
「ここは湿気っているし土臭い。カビが肺に入ったら大変だ。すぐに家へ帰ろう」

「帰って!」

 話が通じなくてどうにもならなくなったこなつは、うずたかく積まれた堆肥を握って、宗次郎に向かって投げつける。
 次々と着弾する危険な爆弾の材料を告げていいのか少し悩んだが、告げたところで、どちらも興奮して、俺の声は届いていない。
 
「こなつ、やめないか!」
 麻のスーツはこなつの変化球で、より一層汚れてきた。
 変化球も投げられるのか。少年野球のコーチとして手伝いをお願いしたいくらいだ。この辺は若い人材が常に不足している。
 
「無理なの! 宗次郎さんが無理! ずっと断っているのに、話も聞かないし!」

 こなつは顔を真っ赤にして、溜めこんでいたストレスを宗次郎にぶつける。
 無論、実際にぶつけているのは馬の糞だが。
 
「そんなはずはないよ、きっとこれは反抗期みたいなものさ。ちゃんと結婚すればやっぱり僕のことが好きだったって、気が付くはずさ」
「嫌い! 何があっても、好きになんかならない」
 
 さっきから、言い争いの間に堆肥のことを言っているのだが、いまいち俺の声は通らない。
 馬糞を使った堆肥は肥料としてはいまいちだが、土壌改良材として優秀だ。
 匂いはそんなにしないが、まだ積んで日が浅い。
 発酵が進んでいないから、あまり素手で触るのはおすすめしない。
 

「こなつさん、それ、馬糞ですってば!」
 もう、こなつが連投している馬糞は麻のスーツをひどい色に染めている。

「帰って! 帰ってください」
 泣かないように歯を食いしばってこなつは投げる。
 投げているのが馬糞でも、こなつは美しかった。
 
 見ていられなくて、俺は二人の間に割って入った。
「宗次郎さん、もう帰ってください。拒絶されているのがわかりませんか?」
 俺はついに宗次郎に話しかける。
 このままこなつに割高な馬糞を、実のならない男に投げ続けられたら、こっちが商売あがったりだ。
 
「君はさっきから僕たちの間のことに口を挟んで、何者なんだい?」
「ご存じの通り、この敷地の所有者です」
「申し訳ないけど黙ってて。一次生産者の君には少し難しい話なんだよ。僕たちは愛し合っているんだ。邪魔しないでくれないか」
 一次生産者を代表して、俺は少しむかつくことにした。
 しかし、俺が言い返す前にこなつが吼える。
 
「私、宗次郎さんが私のことを愛しているなんて感じたことありません。私を都合の良い人形にしたかっただけじゃないですか」
「こなつ、何を言っているんだ。僕たちは愛し合って――」
「私、知ってますよ。宗次郎さんは私が好きなんじゃなくて、幼い頃の私に劣情を抱いているのだって」
「なっ、そんなわけ……」
 こなつは酷く蔑んだ目で宗次郎を見る。

「私が子どもの頃の服、宗次郎さんの部屋にありました。捨てたはずのものがどうして?」
「そ、それは」
「何に使っていたのか分からないと思いますか? 服をあんなぐちゃぐちゃに、不潔なことをされて、私があなたを嫌いにならないとでも?」
「いや、ち、ちがう」

 こなつはいつもより鋭い眼差しで、言葉で宗次郎に切りつける。
 どうやら一刺し一刺しが、宗次郎の急所を抉っているようで、宗次郎は次第に勢いを弱めていった。
 
「宗次郎さんは子どもの私にいかがわしいことをしたかったのですよね。でも私、もう子どもじゃないんです。ええ、そうなんです! 自分で選んだ好きな人と裸で愛を育むくらいには、もう大人なんです」

 どうやら今のがとどめだったらしい。宗次郎は顔色を失った。
 
「ま、まさか……」
「宗次郎さん、成人した大人が一つ屋根の下で意気投合したらどうなると思いますか?」
「いや、だめだ、そんなの。こなつはずっと、僕のこなつで……」
「成人した女を抱くのが怖いのでしょう? 私が大人になってしまったら、あなたの可哀そうな少年のままの内面が、未熟なままだったってことがばれてしまうものね」
「嘘だ! 僕のこなつはそんなことは……」
 
 こなつは、今まで見せたことのない成熟した妖艶な笑みを見せた。
 俺は、ここで働くこなつに、愛らしさやあどけなさを感じてきた。
 しかし、もしかしたら、これが自分の会社を細腕一つで難なく運営する人物に相応しい笑みであるのかもしれない。
 なるほど、このこなつも美しい。

「手をつないで眠るのって、いいですよね。朝起きて好きな人が目の前にいるんだから」

 宗次郎はこなつに威圧されて後退する。

「なぁ、俺からの話もきいてくれ。宗次郎さん、あんた早く服を洗濯に出した方がいい。こなつさんが投げたそれ、馬糞なんだ。まだ積んで間もないから、限りなく馬のうんこなんだ」

「ひゃっ……」

 やっと俺の注意が届いたのだろう、宗次郎は服に着いた汚れを落とそうとして、自分の手に付着した馬糞にパニックを起こし、後ろに歩を進める。
 後ろは薮だ。
 茂みに深く足を踏み入れた途端、宗次郎はギャッと叫び声をあげた。
 
「か、噛まれた! 何かがいたんだ、僕の足首を噛んだぞ」
 茂みから高い威嚇の声がする。
 姿は見えないがハクビシンだろう。少し離れて仔の声もする。
 
「ハクビシンかもしれませんね。普通は臆病な生き物なんですけど、子育て中は気が立っているから」
 俺が言うと、泣きそうになりながら宗次郎が怒鳴る。

「何だそれは、なぜ駆除しない!」
「その辺が縄張りなんでしょうね。駆除するなら業者を呼ぶか、行政に許可を……あの、宗次郎さん、つかぬことをお尋ねしますが、破傷風とか狂犬病の予防接種とかしてあります? 野生動物に噛まれるのは、かなりヤバいんですけど」
「な、なに? ど、どうすればいい? 死んだりしないか?」
「いやぁ、下手すれば死にますよね」
 
 宗次郎は青い顔をして消毒をして、俺に言われるままに病院に予約の電話をかける。
 いまいましげに麻の上着を叩きつけるように脱ぎ、風のように去っていった。

 俺は納屋からフォークを持ち出し、そこら中に散乱するを拾い、麻のスーツといっしょに堆肥に積みなおす。
 次の春になる頃には、麻も分解されて、きっといい肥料になるはずだ。

 
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