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「ミハエル様、その、どう、なりました?」
「どうなった、とは?」
ミハエル様は厨房の入口で腕を組み、仁王立ちしている。
こめかみに青筋が見えるくらい雰囲気はブチ切れているのに、声が冷静なのがより怖い。
「あの、ロイ様の、その」
「そのお話をするために貴方を呼びに来たのですが?」
「そ、そうですよね……」
ダメだ。
何か言ったら抹殺されそうな雰囲気だ。
これはもう従うしかない。
笑顔で俺を待っている。
怖い。
作業をすぐ中断し、シャルに声をかける。
「シャル、ちょっとミハエル様が用があるようだから抜けるなー」
厨房の保管庫で明日の在庫確認をしていたシャルに聞こえるように呼びかけると、こちらを見ることなく「分かったー」と返ってきた。
ミハエル様の要請に否、と言える人はこの城にはいない。
「お待たせしました」
「では、執務室に行きましょう。そこにお二人を待たせています」
すぐに足早に歩き出したミハエル様に俺は早歩きで付いていく。
コンパスの違いは大きい。
少し息切れしながらなんとか遅れを取らないように早歩きから小走りに変わっていた俺は、先程の壮行の義で、掴みかからんばかりの雰囲気だったお二人が同室で待っていることが心配になってきた。
「あのっ、大丈夫ですか?お二人、喧嘩、とかっ」
「あぁ。一言も発するなと言い置いてますから大丈夫ですよ」
「へ、へぇ……」
歩みは止めぬまま、背後の俺をチラリと見ると、妖艶に微笑まれる。
こっわ。
ミハエル様には、逆らわない。
改めて心に誓った。
内心震えながらミハエル様のスピードに合わせて城内を進み、執務室にたどり着く。
何度か入った事はあるが、そのどの時よりも気が重い。
ミハエル様が言われていた通り、扉の前に来ても何も聞こえない。
お二人ともミハエル様の言いつけを守っているみたいだ。
よく躾られている。
ミハエル様は扉を数回軽くノックし「トールを連れてきました」と一言添え、扉を開けた。
執務室の中では、お二人が対面の椅子に座り、壮行の義の時のようにお互い睨み合っていたが、ロイ様は俺の姿を見ると、満面の笑みを浮かべた。
俺も心ばかりに薄い笑みを浮かべ、ミハエル様に続き、執務室へと入る。
ミハエル様はお二人が座られている来客用の椅子とは違い、いつも愛用しているご自身の椅子を机からお二人側に移動させ、座られた。
俺にも執務室事務官のどなたかの椅子に座るようにすすめてくれたが断り、入口近くのその場に立った状態でいた。
「トール、私の隣に座るといい」
ロイ様が座られている来客用の椅子の隣を勧めてくれたが、元々二人用だとはいえ、距離が近い。
それに、バチバチに睨んでいる国王陛下の眼前に座る勇気なんてない。
「いえ、立っていることに慣れているので大丈夫です」
残念そうにしているであろうロイ様の顔を見ないように、毅然と断った。
俺はロイ様の元気がない姿に弱い。
ついつい、叶えてあげたいと思ってしまう。
「トール、我の横に座ってもよいのだぞ?」
国王陛下にすかさず声をかけられる。
穏便に辞退しようと俺が声を出す前に、ロイ様の咎める様な声が飛ぶ。
「何を言い出すんですか?兄上の横に座るくらいなら私の横に座るに決まっているでしょう!」
「なぜだっ!国王だぞ?我の横に座る方が良いに決まっているだろう!」
「国王という立場を笠に着る、そういう所ですよ」
「事実を述べただけだっ。別に強制しようなどと」
やばい。
俺がどちらの隣に座るかってものすごくどうでもいい内容で揉め出した。
言い合いを始めたお二人を諌めたいが、何も良い言葉が浮かばずにオロオロしていると、ミハエル様の怒りをはらんだ声が部屋に響く。
「誰が言葉を発していいと言いました?」
お二人はあんなにヒートアップして中腰で息巻いていたのに、無言でスッと座った。
本当に、良く躾られてる。
「まず、トール。貴方の対応からみて、今回のロイ様の褒美の件は知らなかったんですね?」
「もちろんですっ」
俺はキッパリと否定した。
知ってる訳ない。
知ってたらこんな大胆な事できない。
ロイ様を必死で止めるし、止められなかったら先にミハエル様にでも相談して止めてもらってた。
「まぁ、貴方の性格からしてもそうでしょうね。で?その前にロイ様から求婚は?」
「ないです、ないです」
ロイ様は王弟殿下で、騎士団長だ。
俺みたいなのに求婚なんて、とんでもないっ。
「したっ!」
え?
求婚の件も否定し、とんでもない!と首を左右にブンブン振っていたら、まさかのロイ様の一言に固まった。
「ほぅ」
ミハエル様の冷たい視線が俺に向けられ、背中を冷や汗が流れる。
ど、どういうことだ?
求婚なんて、された覚えはない!
ロイ様を見ると、少し拗ねた顔をしていた。
本当に求婚してるってことか!?
俺が忘れてる……まさか……そんなはずは……。
とにかく、ロイ様に忘れていたことを謝ろう。
でも全く覚えていなさすぎて、謝罪の言葉が浮かばない。
とにかく、ここは土下座か?
いや、そんな文化ない!
困惑しすぎて何の一言も発せず、ただ口をパクパクさせている俺をミハエル様は胡乱な顔で見た。
「トールは全く身に覚えがないようですが?いつ、求婚したんですか?」
「……十年くらい前だ」
十年前!?
十年前……されたーーー!
「どうなった、とは?」
ミハエル様は厨房の入口で腕を組み、仁王立ちしている。
こめかみに青筋が見えるくらい雰囲気はブチ切れているのに、声が冷静なのがより怖い。
「あの、ロイ様の、その」
「そのお話をするために貴方を呼びに来たのですが?」
「そ、そうですよね……」
ダメだ。
何か言ったら抹殺されそうな雰囲気だ。
これはもう従うしかない。
笑顔で俺を待っている。
怖い。
作業をすぐ中断し、シャルに声をかける。
「シャル、ちょっとミハエル様が用があるようだから抜けるなー」
厨房の保管庫で明日の在庫確認をしていたシャルに聞こえるように呼びかけると、こちらを見ることなく「分かったー」と返ってきた。
ミハエル様の要請に否、と言える人はこの城にはいない。
「お待たせしました」
「では、執務室に行きましょう。そこにお二人を待たせています」
すぐに足早に歩き出したミハエル様に俺は早歩きで付いていく。
コンパスの違いは大きい。
少し息切れしながらなんとか遅れを取らないように早歩きから小走りに変わっていた俺は、先程の壮行の義で、掴みかからんばかりの雰囲気だったお二人が同室で待っていることが心配になってきた。
「あのっ、大丈夫ですか?お二人、喧嘩、とかっ」
「あぁ。一言も発するなと言い置いてますから大丈夫ですよ」
「へ、へぇ……」
歩みは止めぬまま、背後の俺をチラリと見ると、妖艶に微笑まれる。
こっわ。
ミハエル様には、逆らわない。
改めて心に誓った。
内心震えながらミハエル様のスピードに合わせて城内を進み、執務室にたどり着く。
何度か入った事はあるが、そのどの時よりも気が重い。
ミハエル様が言われていた通り、扉の前に来ても何も聞こえない。
お二人ともミハエル様の言いつけを守っているみたいだ。
よく躾られている。
ミハエル様は扉を数回軽くノックし「トールを連れてきました」と一言添え、扉を開けた。
執務室の中では、お二人が対面の椅子に座り、壮行の義の時のようにお互い睨み合っていたが、ロイ様は俺の姿を見ると、満面の笑みを浮かべた。
俺も心ばかりに薄い笑みを浮かべ、ミハエル様に続き、執務室へと入る。
ミハエル様はお二人が座られている来客用の椅子とは違い、いつも愛用しているご自身の椅子を机からお二人側に移動させ、座られた。
俺にも執務室事務官のどなたかの椅子に座るようにすすめてくれたが断り、入口近くのその場に立った状態でいた。
「トール、私の隣に座るといい」
ロイ様が座られている来客用の椅子の隣を勧めてくれたが、元々二人用だとはいえ、距離が近い。
それに、バチバチに睨んでいる国王陛下の眼前に座る勇気なんてない。
「いえ、立っていることに慣れているので大丈夫です」
残念そうにしているであろうロイ様の顔を見ないように、毅然と断った。
俺はロイ様の元気がない姿に弱い。
ついつい、叶えてあげたいと思ってしまう。
「トール、我の横に座ってもよいのだぞ?」
国王陛下にすかさず声をかけられる。
穏便に辞退しようと俺が声を出す前に、ロイ様の咎める様な声が飛ぶ。
「何を言い出すんですか?兄上の横に座るくらいなら私の横に座るに決まっているでしょう!」
「なぜだっ!国王だぞ?我の横に座る方が良いに決まっているだろう!」
「国王という立場を笠に着る、そういう所ですよ」
「事実を述べただけだっ。別に強制しようなどと」
やばい。
俺がどちらの隣に座るかってものすごくどうでもいい内容で揉め出した。
言い合いを始めたお二人を諌めたいが、何も良い言葉が浮かばずにオロオロしていると、ミハエル様の怒りをはらんだ声が部屋に響く。
「誰が言葉を発していいと言いました?」
お二人はあんなにヒートアップして中腰で息巻いていたのに、無言でスッと座った。
本当に、良く躾られてる。
「まず、トール。貴方の対応からみて、今回のロイ様の褒美の件は知らなかったんですね?」
「もちろんですっ」
俺はキッパリと否定した。
知ってる訳ない。
知ってたらこんな大胆な事できない。
ロイ様を必死で止めるし、止められなかったら先にミハエル様にでも相談して止めてもらってた。
「まぁ、貴方の性格からしてもそうでしょうね。で?その前にロイ様から求婚は?」
「ないです、ないです」
ロイ様は王弟殿下で、騎士団長だ。
俺みたいなのに求婚なんて、とんでもないっ。
「したっ!」
え?
求婚の件も否定し、とんでもない!と首を左右にブンブン振っていたら、まさかのロイ様の一言に固まった。
「ほぅ」
ミハエル様の冷たい視線が俺に向けられ、背中を冷や汗が流れる。
ど、どういうことだ?
求婚なんて、された覚えはない!
ロイ様を見ると、少し拗ねた顔をしていた。
本当に求婚してるってことか!?
俺が忘れてる……まさか……そんなはずは……。
とにかく、ロイ様に忘れていたことを謝ろう。
でも全く覚えていなさすぎて、謝罪の言葉が浮かばない。
とにかく、ここは土下座か?
いや、そんな文化ない!
困惑しすぎて何の一言も発せず、ただ口をパクパクさせている俺をミハエル様は胡乱な顔で見た。
「トールは全く身に覚えがないようですが?いつ、求婚したんですか?」
「……十年くらい前だ」
十年前!?
十年前……されたーーー!
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