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うぅ、つらい。
「その歳」……「三十」まで、童貞どころかキスすら経験ないってバラしてしまった。言わなくて良かったのに、口付けくらいって言われて思わず腹が立って。
俺は今世、三十歳までキスした事ないとバラしたが、前世を含めたらもっとだ。五十年くらいキス未経験。それなのに、くらいって……どれだけすごいことか分かってないんだよ!イケメン様はっ!!
……やめよう。ロイ様に罪はない。
黙秘して聞かなかったことにしてくれと淡い希望にすがろうとしたが、ロイ様が空気を読んでくれることもなかった。これも、忖度を期待した俺が馬鹿だった。ロイ様に罪は無い。
でも、この嬉しそうな顔で俺の両手を握りしめているロイ様には罪があると思う。
「神に感謝しなければ。今日がどれほどの記念日か。皆に想いを宣誓し、共寝をするだけでも万感の思いであったのに、トールが私のために純潔であったなんて……!」
いや、全然ロイ様のためじゃないです。ただ、そんな機会も勇気もなかっただけです。
「トールの過去など気にするべきでなく、いずれ閨の中で相手を聞き出し、トールの知らぬ所で抹殺しようと思っていたが……幼い私に教えてやりたい……毎夜今頃トールが誰かと、と想像し苦しまなくて良いと」
こっわ。
またサラッと抹殺とか言い出した。そんな機会も勇気もなくて良かった。
まぁ、この際、三十歳まですべて未経験という恥がバレたのはいい。吹聴する方でもない。複雑だが、馬鹿にされた訳ではなく、純粋に喜んでいるようだし。
ここからが、話し合いの本題だ。
とりあえず、両手はロイ様の好きに握らせておくとして、顔は改めて真剣さが伝わるように引き締めた。だが、嬉しそうにニコニコと俺を見つめるロイ様を前に言いづらくて、きゅっと目を閉じたまましっかりとした声で告げた。
「ロイ様、先程も言いましたが俺は三十歳まで経験がありません。つまり、全然モテません。容姿も平凡ですし、身体能力も優れていません。まぁ、料理をするという所だけは誇れますが、好意に繋がるとは思えない。料理を食べた方はたくさんいますが、好意を寄せてくれたのはロイ様だけですから。俺には、ロイ様がなぜそこまで俺のことを想い続けているのかまったく分からないんです。十年前に婚姻を、と言われた時はロイ様は幼かったので、変わった物を食べさせてくれた驚きから言われたんだろうな、と思っていました。その後も、頻繁に来て頂きましたが好意は感じていなかったので、本当に今日は驚いたんです。俺はロイ様のことを恋愛対象として見たことはありません。ロイ様も勘違いではないですか?幼い頃からの思い込みでは?そもそも、ロイ様は俺とは不釣合いだと思います。きっともっと素晴らしい方がお相手としては相応しいです」
よっし。言った。大人として、ちゃんと断りを入れた。
これまでの流れから、もうきっぱり言わないとダメだと思った。本当はこんなことは言いたくない。傷つけたくない。幼いロイ様に言われた言葉は本当に嬉しかったから。
でも、俺自身が悪者になってもロイ様には素敵な方と輝かしい未来を過ごして欲しかった。
この時の俺は、まだロイ様の覚悟もその想いも理解していなかった。ロイ様を子供扱いしていたんだと思う。
「勘違い?思い込み?不釣合いとは、誰が決める?素晴らしい方とは、誰が決める?それを決めて良いのは、私ではないのか?」
明らかに今までと違うロイ様の声色に、思わず瞑っていた目を開ける。そこには俺に今まで見せたことのない、怒りに満ちた表情のロイ様がいた。
元々切れ長の瞳はますます怒りをはらみ鋭く、眉間に皺を寄せ、まさに射殺されそうほどの眼光。
俺は血の気が引いた。
俺の言葉は薄っぺらい。傷つけてもきっぱりと、とか言いながら、結局ロイ様の気持ちを侮った言葉たちだった。ロイ様の十年間を見てきたはずなのに、俺は、なんてことを……。
「あのっ、ロイ様、俺……」
何とか必死に取り繕おうと言葉を発そうとした。ロイ様はそんな俺の握っていた手を離すと、有無を言わさぬ速さで俺の身体を荷物のように抱えた。
いきなりロイ様の左肩の上から床を見、そのままロイ様が立ち上がると共に視界が見慣れない高さまで上がる。
「へ、」
ロイ様は俺を軽々と抱え、無言のまま部屋の奥まで歩くと、扉を開ける音が聞こえた。俺が思っていた通り、棚の奥の扉は寝室へと繋がっていたようだ。
扉が後ろ手に閉められると、先程までの明るい室内と違い、突然暗闇になる。
灯りがない暗い室内は、窓からの月明かりのみに照らされていた。
ロイ様は無言のままどんどん奥へと歩く。俺の視界から先程の扉が遠ざかり、ロイ様が止まるとそのまま優しく降ろされた。俺の両手に肌触りの良い寝具が触れる。よく見えないが、寝台の上なんだろう。ロイ様は俺を降ろしたと同時に立ち上がり、俺の目の前に立ち、見下ろしている。
まだ暗闇に目が慣れず、表情が見えない。何度も瞬きをする。
「あのっ」
何を言えばいいのか。
何を言うべきなのか。
正解が分からない。
肩をそっと押され、そのまま寝台に倒れ込む。ロイ様が上から覆い被さっている気配がした。
目が少し暗闇に慣れ、ロイ様がぼんやり見えるものの、どんな表情をしているのかまでは分からない。
「私のことが嫌いでもいい。迷惑だと罵ってくれてもいい。でも……この想いだけは疑わないで」
とても弱々しい声だった。
「ロイ様……」
どこか身体の一部でいいから触れたくて伸ばした手は空を切る。
もう少し、と暗闇を間探った両手はあっさりとロイ様の手に手首ごと頭上で括られる。
「なにっ、を」
力を入れて解こうとしたが、俺の両手の力はロイ様の片手の力に遠く及ばず、微動だにしなかった。
「おしおき、だ」
「いっ……」
暗闇の中で動く気配と共に、肩に痛みが走る。
噛ま、れた?
「分からせようか、トール」
やっと暗闇に目が慣れた俺の目に、ロイ様が不敵に笑う顔が映った。
「その歳」……「三十」まで、童貞どころかキスすら経験ないってバラしてしまった。言わなくて良かったのに、口付けくらいって言われて思わず腹が立って。
俺は今世、三十歳までキスした事ないとバラしたが、前世を含めたらもっとだ。五十年くらいキス未経験。それなのに、くらいって……どれだけすごいことか分かってないんだよ!イケメン様はっ!!
……やめよう。ロイ様に罪はない。
黙秘して聞かなかったことにしてくれと淡い希望にすがろうとしたが、ロイ様が空気を読んでくれることもなかった。これも、忖度を期待した俺が馬鹿だった。ロイ様に罪は無い。
でも、この嬉しそうな顔で俺の両手を握りしめているロイ様には罪があると思う。
「神に感謝しなければ。今日がどれほどの記念日か。皆に想いを宣誓し、共寝をするだけでも万感の思いであったのに、トールが私のために純潔であったなんて……!」
いや、全然ロイ様のためじゃないです。ただ、そんな機会も勇気もなかっただけです。
「トールの過去など気にするべきでなく、いずれ閨の中で相手を聞き出し、トールの知らぬ所で抹殺しようと思っていたが……幼い私に教えてやりたい……毎夜今頃トールが誰かと、と想像し苦しまなくて良いと」
こっわ。
またサラッと抹殺とか言い出した。そんな機会も勇気もなくて良かった。
まぁ、この際、三十歳まですべて未経験という恥がバレたのはいい。吹聴する方でもない。複雑だが、馬鹿にされた訳ではなく、純粋に喜んでいるようだし。
ここからが、話し合いの本題だ。
とりあえず、両手はロイ様の好きに握らせておくとして、顔は改めて真剣さが伝わるように引き締めた。だが、嬉しそうにニコニコと俺を見つめるロイ様を前に言いづらくて、きゅっと目を閉じたまましっかりとした声で告げた。
「ロイ様、先程も言いましたが俺は三十歳まで経験がありません。つまり、全然モテません。容姿も平凡ですし、身体能力も優れていません。まぁ、料理をするという所だけは誇れますが、好意に繋がるとは思えない。料理を食べた方はたくさんいますが、好意を寄せてくれたのはロイ様だけですから。俺には、ロイ様がなぜそこまで俺のことを想い続けているのかまったく分からないんです。十年前に婚姻を、と言われた時はロイ様は幼かったので、変わった物を食べさせてくれた驚きから言われたんだろうな、と思っていました。その後も、頻繁に来て頂きましたが好意は感じていなかったので、本当に今日は驚いたんです。俺はロイ様のことを恋愛対象として見たことはありません。ロイ様も勘違いではないですか?幼い頃からの思い込みでは?そもそも、ロイ様は俺とは不釣合いだと思います。きっともっと素晴らしい方がお相手としては相応しいです」
よっし。言った。大人として、ちゃんと断りを入れた。
これまでの流れから、もうきっぱり言わないとダメだと思った。本当はこんなことは言いたくない。傷つけたくない。幼いロイ様に言われた言葉は本当に嬉しかったから。
でも、俺自身が悪者になってもロイ様には素敵な方と輝かしい未来を過ごして欲しかった。
この時の俺は、まだロイ様の覚悟もその想いも理解していなかった。ロイ様を子供扱いしていたんだと思う。
「勘違い?思い込み?不釣合いとは、誰が決める?素晴らしい方とは、誰が決める?それを決めて良いのは、私ではないのか?」
明らかに今までと違うロイ様の声色に、思わず瞑っていた目を開ける。そこには俺に今まで見せたことのない、怒りに満ちた表情のロイ様がいた。
元々切れ長の瞳はますます怒りをはらみ鋭く、眉間に皺を寄せ、まさに射殺されそうほどの眼光。
俺は血の気が引いた。
俺の言葉は薄っぺらい。傷つけてもきっぱりと、とか言いながら、結局ロイ様の気持ちを侮った言葉たちだった。ロイ様の十年間を見てきたはずなのに、俺は、なんてことを……。
「あのっ、ロイ様、俺……」
何とか必死に取り繕おうと言葉を発そうとした。ロイ様はそんな俺の握っていた手を離すと、有無を言わさぬ速さで俺の身体を荷物のように抱えた。
いきなりロイ様の左肩の上から床を見、そのままロイ様が立ち上がると共に視界が見慣れない高さまで上がる。
「へ、」
ロイ様は俺を軽々と抱え、無言のまま部屋の奥まで歩くと、扉を開ける音が聞こえた。俺が思っていた通り、棚の奥の扉は寝室へと繋がっていたようだ。
扉が後ろ手に閉められると、先程までの明るい室内と違い、突然暗闇になる。
灯りがない暗い室内は、窓からの月明かりのみに照らされていた。
ロイ様は無言のままどんどん奥へと歩く。俺の視界から先程の扉が遠ざかり、ロイ様が止まるとそのまま優しく降ろされた。俺の両手に肌触りの良い寝具が触れる。よく見えないが、寝台の上なんだろう。ロイ様は俺を降ろしたと同時に立ち上がり、俺の目の前に立ち、見下ろしている。
まだ暗闇に目が慣れず、表情が見えない。何度も瞬きをする。
「あのっ」
何を言えばいいのか。
何を言うべきなのか。
正解が分からない。
肩をそっと押され、そのまま寝台に倒れ込む。ロイ様が上から覆い被さっている気配がした。
目が少し暗闇に慣れ、ロイ様がぼんやり見えるものの、どんな表情をしているのかまでは分からない。
「私のことが嫌いでもいい。迷惑だと罵ってくれてもいい。でも……この想いだけは疑わないで」
とても弱々しい声だった。
「ロイ様……」
どこか身体の一部でいいから触れたくて伸ばした手は空を切る。
もう少し、と暗闇を間探った両手はあっさりとロイ様の手に手首ごと頭上で括られる。
「なにっ、を」
力を入れて解こうとしたが、俺の両手の力はロイ様の片手の力に遠く及ばず、微動だにしなかった。
「おしおき、だ」
「いっ……」
暗闇の中で動く気配と共に、肩に痛みが走る。
噛ま、れた?
「分からせようか、トール」
やっと暗闇に目が慣れた俺の目に、ロイ様が不敵に笑う顔が映った。
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