喫茶店フェリシア夜間営業部

山中あいく

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マンゴーフラッペ

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起きてすぐパソコンを開き、昨日作ったメニューをメールでマスターのところへ送った。昨日、夢中になって作っていたらしく、出来上がる頃にはすっかり夜が開けていて空が白んでいた。流石にこんな時間に送っても逆に心配をかけてしまうだろうと起きてからメールすることにしたのだが、かえってそれが良かったらしくマスターの返事がすぐに届く。
「これでいこう。ありがとうね、美幸ちゃん」
画面越しに見る魔術文字は角度を変えると読めなくなるような簡単なつくりのものではなく、かなりレイアウトを変えてもちゃんと読めるしっかりとしたものだった。おかげでこうして綺麗に出来上がったし、エンリケッタさんには感謝しないと。
「さてと、そろそろ出掛けよっかな」
のんびりコーヒーなんか飲んでいたら出勤の時間となってしまっていた。急いで支度してカレンダーを見ると、アルクさんに頼まれていた物のメモが貼ってあるのに気がつく。
こんな時に限ってタイミングが悪い。でもアルクさんも楽しみにしてるものだし、買っていかないわけにはいかない。
昨日見たエンリケッタさんがタブレットを弄る姿はとても珍しいものだった。異世界の人に家電製品を使わせることはタブーにはなってないものの、そんなチャンスはほぼほぼない。そんなこともあり、剣も魔法も必要ないこの世界に興味を持つのもごく当たり前なことのように思えるし、アルクさんがこっちの世界に来たがってるのも分かる気がする。私だって、すぐ帰ることが出来るのなら異世界を見てみたい気もするくらいだし。
何かを企んでいるとか何だとか、クドラクさんとリクさんには注意するよう言われてはいるけど、まったくそんな風には感じられない。ガールズトークは普通に盛り上がるし、美味しいものの話になると特に盛り上がる。この辺恋愛話じゃないところから私とアルクさんの恋愛経験の少なさが良くわかるのがちょっと切ないけど。
「えっと、頼まれた物はメロンパンが3つとチョココロネがひとつ、あとクリームパンひとつか」
これならパン屋さんを経由しても遅刻にはならないくらいだし大丈夫だよね。
そして急ぎめに化粧をし、着替えて外に出た。
夕方だというのに、陽射しがなかなか強い。光を遮る雲がひとつとも見当たらないこんな日は、きっとクドラクさんは日本の陽気にやられ、へとへとになって来店するんだろうなと勝手に想像してしまう。実際干からびてたところ拾ったこともあるし。
コンビニを目印に信号をふたつ。その先を右に曲がるとパン屋さんがある。イートインスペースもあるこのパン屋さんは、個人店の割には大きく、たえずお客さんで溢れている。煉瓦造りの外壁に、植物の弦が貼り付いていて童話の世界の建物のような可愛らしさがある。入口のきのこのオブジェが味があり、黒板になっているイーゼルは毎日書き直されている。その日のオススメや、ちょっとしたスタッフのコメントなどがなかなかおもしろい。こういう小さな心掛けがお客さんを呼ぶのだろう。
そして最大のポイントはパンの味だ。
バリエーションも豊富ながら、ひとつひとつ丁寧に作り込まれており、どれもハズレがない。普段なら遠慮したい野菜だけのサンドイッチですらパンがベチャベチャになることもなく、食感がいきいきしている。
頼まれたものをトレイに乗せ、自分用にひとつ多めに乗せたクリームパンを一緒に会計し、急いで外に出る。
今度はゆっくり食べに来たいなと後ろ髪をひかれつつもフェリシアへ足を向ける。
見慣れた公園まで出れば店はすぐそこだ。
カーバンクルがまだ来ていないということはセーフかな。カラランと軽快にドアベルを鳴らしながら大きな声で挨拶を交わす。
「おはようございます!」
「おはよう。メニューありがとうね。印刷出して置いたから準備できたらメニューブックに挟めておいて」
「はい!」


そして開店準備が終わり、店が開く頃マスターは扉の札をオープンに変える。その瞬間からフェリシアは異世界のお客さんを相手にお店を開く、異世界喫茶店となる。
「いっちばんのりぃ!」
カラララン!
マスターがカウンターへ入る前の僅かな時間で本日第一号となるお客さんが来店する。勢い余ったドアベルがまだ微かに音を立てているのが店内に静かに響いていく。
「いらっしゃいませ。アルクさん、店が開くまではりついてたんですか?」
マスターが半分笑いながらカウンターに手のひらを向け案内しながらそう言うと、いつもながらアルクさんは大きな荷物を背負いながら後をついてくる。
「だって今日は新メニューなのでしょ?売り切れる前に試さないと」
だからといって、開店直後に売り切れることなんてないと思いますが。そんなことを思いつつもできたばかりの新メニューを渡す。ラミネートしたばかりの傷ひとつないメニューはインクの色がまだ若く色合いがいい。
「他にも味があるので、お好きなものをお選びください」
追加になったフラッペメニューは、いちごと練乳、宇治抹茶、マンゴーの3種類だ。ひたすらブルーハワイを推していた私にずっと拒否し続けたマスター。結論から言えば私が負けることによって終止符がうたれた。ブルーハワイは味が伝わらないことと、見た目の青がキツイからとのことだ。子供の夢がいっぱい詰まったブルーハワイをなくすだなんてと抗議もしてみたものの、異世界の子供がハワイなど憧れるはずもなくあえなく撃沈。ひっそりと買ったブルーハワイのシロップを炭酸水で飲むだけが私の小さなリベンジとなった。全然効果はないんだけどね!
「どれも美味しそうよね。うじまっちゃって、まっちゃのぷりんのまっちゃでしょ?このまんごーって果実はどうかしら?」
「女の人には人気ありますよ?」
「美幸がそう言うならそうなんでしょうね。決めた!マンゴーのフラッペにするわ!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
アルクさんの注文を聞いていたマスターは厨房へと入って行くと、すぐ氷を削るがりがりという音が店内に静かに響いた。
「あれって氷を削る音?初めて聞いたわ」
「そうなんですか?アルクさんなら魔法でぱぱーっと氷くらい削れるものだと思ってました」
アルクさんなら氷の塊が目の前にあったとしたら、きっと風かなんかの魔法で華麗に粉々にするんだろうとイメージしていたため何だか不思議な感じがする。
「砕く事はできるわよ?でも削るとかそんな器用なことできないわよ。それに魔法で作った氷なんて食べるものじゃないわ」
嫌そうなところを見ると口にしたことがあるんだろう。きっとシンプルな氷でも味という物があるし、魔法で作られたものは独特の味があるのだろう。
「はい。お待たせしました。マンゴーのフラッペです」
マスターが奥からフラッペの乗った四角いトレイをアルクさんの席まで運んでくると、そっとカウンターの外からテーブルへ流れるように提供する。
真っ白なふわふわの氷に鮮やかな橙色のマンゴーのソース、ゴロゴロと大きめに切ったマンゴーの果実が山のようにそびえ立っている。マンゴーはとろとろになるまで完熟しており口に入れるだけでとろけてしまう。これは美味しそうだ。思わずじっと見てしまった。
「美幸ちゃんもどーぞ。アルクさんの隣で食べていいよ」
「えっ?いいんですか?」
「まだお客さんもアルクさんしかいないし、トクベツ」
人差し指を唇に当て、内緒のポーズ。
「厨房にあるから持っておいで」
「はい!」
急いで厨房からマンゴーのフラッペを持ってくると、アルクさんの左隣にお邪魔させてもらう。
「良かったわね、美幸」
「ふふふっ。はい!」
こうして隣に座って食べるというのが何だか気恥しい。
山盛りになったフラッペがキラキラと照明の光を浴びて輝いている。ごくりと息を飲み、アルクさんの顔を見てひとつ大きく頷く。
さあ、食べましょう。
そう言っているようで、お互い無言のまま木匙でソースと実がまんべんなく混ざった部分を掬い口に運んだ。
「んっ……ふぅ。とろけるぅ」
木匙の温もりから氷の冷たさが零れる。ふわふわになるまで削られた氷は、空気をふんだんに含みふわりと溶けていく。じゅわりと溢れる太陽の光をたっぷり浴びて育ったマンゴーの芳醇な香りはとろとろに溶け、絹の舌触りだ。
噛むことを必要とせず、ちょっと舌で押すだけで果実なのにそれはするりと解け、消えていく。
「これ、本当に果物なの?これ……すごい」
アルクさんもマンゴーの味に驚いたらしく、ちろりと唇を舐めていた。
マンゴーの甘い香りになめらかな口溶け。そしてこの濃厚な甘み。これで嫌いになる女性なんかいるのだろうか。そんな風に思えてしまうだけの力はマンゴーにはある。
そしてフラッペのこの爽やかさ。お互い高め合い劣ることがない。
「しあわせ~」
いちごと練乳とはまた違った表情を出すマンゴーのフラッペはとろみを全力で出してくる。いちごの方は甘みだ。宇治抹茶はまた違った上品な控えめな甘さとほろ苦さを楽しめるのだろう。これはずるい。全部頼んでみたくなってしまうじゃないか。やるな。マスター。
「ふふっ!美幸、お客さんの私より美味しそうに食べてるわよ」
「へっ?」
言われてハッと気付き、背筋をしゃんとしてみるけどそれはもう遅い。
「そういう美幸も好きだな、私」
「はずかしいですよー!」
アルクさんもそうだけど、思った事を素直に言ったり、褒めてくれたりと異世界の人は直球だ。だいぶ慣れたとはいえやはり恥ずかしい。
「もっと自信を持ちなさいよ!」
そしてやはり切り替えも早い。それだけ言うとまたフラッペに集中し始めた。
小さなミルクピッチャーに入ったマンゴーソースを追加で注ぎ、氷が潰れてしまわないように掬いながら食べる。空気を含んだかき氷は溶けるのも早い。食べ終わる頃にはスムージーのようになっていたが、それはそれでまた違った食感になり面白い。
くぐっと渋めに入れた煎茶を流し込むと、ほうっと短く息を吐く。甘みを流し、渋さの後にじわりと舌に残るほんのりとした甘みがまた何とも言えない風味を出す。食後の一瞬だけ味わえるこのまったりとした時間に感謝しつつ、そっと匙を器に置く。
「ご馳走様でした。あ、アルクさん頼まれてたもの持ってきますね」
気持ちを切り替え、厨房に下げるついでにアルクさんに頼まれていたものを取りに戻る。
今日の活力はマンゴーフラッペでいただいた。きっと今日も忙しくなるだろう。そんな予感に胸を高鳴らせつつ、いつもより機嫌の良い私は仕事に戻るのだった。
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