喫茶店フェリシア夜間営業部

山中あいく

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エビピラフ

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人間社会に紛れ込むのは大変すぎる。世の中そんなにうまくは行かないことをこの日をまざまざと実感させられた。
今時流行りが過ぎたメイド姿に猫耳、尻尾という出で立ちの少女が街をとぼとぼとひとり歩いていた。
真っ黒な髪を不器用にふたつに結び、無理矢理作ったツインテールがやけに痛々しい。薄いピンクのメイド服は、バイト先のものなのだろう。手にしたチラシの数が尋常じゃない量であり、これを捌くまでは店には戻れない。
髪と同じ色の艶やかな耳はピンと立ち、左右へぴくぴくと動いている事から意識と連動しているようだ。
二本に別れた尻尾が他のメイド達と差別をはかっているのかゆらゆらと揺れている。
彼女は猫又だ。こうして人間社会に紛れてはいるが、立派な妖怪。ただ、無駄に年を取って妖怪化したところで、四半世紀もあれば世の中はがらりと様変わりしてしまう。ものの価値も変わるし、前まで隠さなければならなかったこの耳と尻尾も今ではこうして外に出しても構わない時代になった。
たまに指をさされることもあるが、石を投げられる事はなくなった。
代わりに変な男の人に付き纏われたりと違うトラブルは増えたが、持ち前の素早さもあるせいか容易にまくことはできる。
彼女の名前はミヤコ。
メイドカフェの面接の時から猫耳をしていた意気込みを買われ、その場ですぐ採用となった。しかし、アニメやゲームなどには詳しくもないし、要領もけっして良くはない。すぐさまボロが出てしまい、こうしてビラ配りという雑用を任されることになったのだ。
駅から離れた雑居ビルの一室という悪い立地にあるメイドカフェは一部の熱狂的なファンにより支えられているが、新規の客は増えることは少ない。
だいたい皆一見さんで、次はないのだ。
「メイドカフェきゅーるぷらすです。よろしくですにゃ~」
キャラ付けでにゃーにゃー言うように指示されているミヤコは精一杯振り絞った声で街行く人にビラを配るが、消え入りそうな声では見向きもされない。
せっかく仕事につくことができたんだ。しがみついてでも辞めるわけにはいかない。
「あの……きゅーるぷらすです……にゃぁ」
昼前から配っているというのに、日が沈もうとするこの時間ですら捌ききってはいない。腕につけた時計が7時近くを指し、閉店の時間を告げている。
結局半分もチラシを配ることは出来ずに店に戻ることとなってしまった。
「入ったばっかだからしかたないけど、明日は頑張ってよね」
店長からそう嫌味を言われ、しょんぼりと耳を垂らす。
「もう少しだけ、チラシ配ってきます。終わったら帰るんで、やらせて下さい」
どうしてもそんな自分に納得がいかず、制服姿のまま飛び出して来たまでは良かったのだが、社会人の帰宅の時刻はとうに過ぎていて、雑居ビル周辺にはもう人の姿はまばらだった。
そうだ。住宅街の方ならまだ人がいるかもしれない。
そう思い、昼前とは逆の方向へと足を向けた。
街灯がぽつんぽつんとまばらに淡い光を放っている。公園の方まで来てしまったが、配るようなあてはなかった。
「ううぅ……どうしよう」
バッグの中には輪ゴムで留められたチラシが入っている。これを配り終えるまでは帰れないと、自分の中で高いハードルを作り上げていた。
きゅぅっとお腹がなり、体が悲鳴を上げる。
そういえばお昼食べてなかったんだっけ。
プレッシャーで張り詰めていた気持ちが、いくらか外に出て和らいだのか空っぽになった胃袋は何か入れろと催促してくる。かと言ってこの辺の事は詳しくないし、安いお店なんかひとつも知らない。普段コンビニでおにぎり程度で済ませてしまっているミヤコのお財布事情はそれほど良いとは言えなかった。最後にお腹いっぱい食べたのはいつの頃だろう。
今の仕事のお給料が入るのは半月以上先だ。貯金するほど余裕もなく、また野良猫生活に戻るのかと思ったら途端に血の気が引いていく。
もうあんな生活はコリゴリだ。せっかくこうして仕事につけるようになっただけありがたいんだ。ここで挫けちゃおしまいだ。
きゅるるる……
しかしそんな気持ちとは裏腹にお腹は空腹を訴えてくる。
とにかくどこかへ入ろう。そして何か食べないと。
あたりを見回していると、先程まで気にもとめなかったひとつの灯りが見えてくる。
窓からは光が漏れ、まだ営業しているだろう一件の喫茶店。かけられた札にはオープンと書かれ、一足が少ない夜なのにそこは営業していた。ミヤコの勘が働く。ここは違うと。
何がどう違うとは説明できないが、何かが他とは違うのだ。それを確かめたくもなり、お財布の中身を確認しその扉のノブへと手をかけた。
カララン、ラン
「いらっしゃいませ!…………メイド…さん?」
「え、えっと……その」
「失礼致しました。おひとり様でしょうか?カウンター席へどうぞ」
ついどもってしまったが、給仕は慣れた手つきで案内してくれる。
自分も早くこんな風になれたらいいのになと恐縮しながらもカウンターの椅子を引き、そこへ腰掛けた。
周りは繁盛店らしく様々なお客さんで溢れかえっている。しかし客層が変だ。
フードを目深に被った怪しげな人や、冒険者風のコスプレをしている人までいる。自分と同じような獣の耳をもつ者までいる始末だ。
「えっ……?」
ちがう。そうじゃない。
よく見るとそれは人間ではなく自分と同族の化物だ。全身毛で覆われた獣に下半身が蛇の魔物や、ゼリー状の魔物までいる。
「あ、あの。この店なんなんですか?」
水を持ってきた給仕にそう訪ねると、給仕は不思議そうな顔をして店主らしき男性へ助けを求める視線を送った。
「ああ。お客様はこちらの扉から来たのですね。すみません。珍しくて」
代わりに店主がそう言うと「どういうことですか?」と給仕が続ける。
「クドラクさんがこっちの扉から来るのと同じ原理だよ」
「ああ、なるほど。でもこのお客様メイドさんですよね?私は行ったことないんですけど、そういう趣旨系の…」
「うーんと……猫又って知ってるかな」
「はい」
「彼女はそれだね」
なるほど。と給仕は納得する。どうやら私以外の化物も少なからず人間社会に紛れているようだ。
うまれてこのかた同族とすら出会ったことのないミヤコにとってはそれが驚きでしかない。こんな近くに人間と分け隔てなく会話できてしまう所があったなんて。
そして自分以外にもこうして人間社会に頑張って溶け込もうとしている人がいると聞いただけでも勇気がわいてくる。
「あ、あの」
店に来たからには何か頼まなければいけない。ミヤコはご飯系の中で比較的安く設定されていたエビピラフを指さして注文した。
「このエビピラフ下さい」
「かしこまりました」
本当なら魚が食べたかったけど贅沢もしていられない。同じ海鮮だし、なによりも他のご飯メニューより安い。これならお財布にもだいぶ優しいだろう。お昼抜きだったし、夜ご飯とあわせたくらいで済む。あとは出来上がるのを待つだけだ。
その間ミヤコは少しでも技を盗もうと給仕を目で追っていた。忙しそうに厨房と往復したり、お客さんと二、三言会話をしたり。それでいてカフェ系のオーダーが入るとカウンターの中でオーダーを作る。料理こそはしないものの店主をしっかりとサポートしているのは目に見えて分かる。
どうして自分はこんなにもスマートにできないのか。メイドカフェという特殊な舞台であるからスマートよりキュートを要求されるのだが、いかんせんお客さんの会話のレベルについていけなさすぎる。ピンクのメイド服だって、好みというものではなかった。ツインテールだって、店長にそうしなさいと言われやっていることだし、そもそも個性と呼べるものが何一つとしてなかったのだ。向いてないのは重々承知の上で入ったこの業界だが、しがみつくだけでいっぱいいっぱいなミヤコには、安らげる場所なんてなかった。
「お待たせ致しました。エビピラフです」
ことりと置かれた大きめの器から、ふわりと優しい湯気がたつ。ふんわり香る浜の匂いが溶けたバターと絡み合い、ミヤコの食欲を刺激する。贅沢にもたくさん使ったエビがバターで黄色く炒められた米の脂を吸い、つやつやと輝いている。刻まれたピーマンとパプリカの色も鮮やかでところどころマッシュルームまで顔を覗かせている。
温かい食事は久しぶりだ。
ミヤコはスプーンを手にし、ゆっくりとエビピラフの器に手を添えた。そのまま丁寧に掬うと口へ運び、ゆっくりと咀嚼する。一噛み一噛み丁寧に。確かめるように。
バターの柔らかい味からぷりぷりのエビの旨みがじわりと溶けだし、口の中を支配していく。ピーマンの苦味もなく、歯応えだけを残しただエビの旨みだけを高めていく。
こんなにも優しく温かい料理。ミヤコの瞳にはいつの間にかいっぱいの涙が溜まっていた。
ほろりと添えた手の甲に涙が落ち、自分が泣いている事に気がつくが、それを止めることは彼女にはできなかった。
「お客様、大丈夫ですか?」
心配そうに駆け寄ってきた給仕が顔を覗き込んでくるが、ミヤコは顔を上げることができない。ただ、そっと。静かに泣くだけ。
我慢していたものがどんどん溢れてきてしまい、止めることなどできなかった。
ぐずぐずになり、口に入ったままの味の分からなくなってしまったピラフを飲み込み、スプーンをピラフの皿に埋め、手を止めてしまう。空腹で仕方がないというのに、どうしても次のひとくちが進まなかった。
「お客様……」
困り果てた給仕に、これ以上の迷惑はかけられない。おしぼりで顔を拭いて平然を装おうとした瞬間、そっと給仕はミヤコを抱き寄せた。
「えっと……すみません。だけどこうさせて下さい」
店内が静まり返り沈黙が流れるが、ミヤコの啜り泣く声だけは静かに響いた。
この状況でも誰も責めたりはしない。沈黙はあるのになぜかその場は暖かかった。
次第にお客さんたちの口数は戻り、5分も経たずに普段のフェリシアへと戻っていった。もうその頃になるとミヤコの涙もだいぶおさまり、涙で腫れた目元をハンカチでそっと拭う程度までに落ち着いていた。
「あの、ごめんなさい。わたし、つい……」
「いえいえ、私こそ失礼なことをしちゃってすみません」
給仕に謝るべきなのは自分だというのに、給仕は出過ぎた真似をと頭を下げた。
「わたし、仕事でうまくいってなくて……それでここにはたくさん私の仲間がいて…」
言葉を拾うようにひとつひとつ説明していくがどうしてもうまく伝えられない。
「君、接客業してるの?見た感じそれ、駅近くの雑居ビルにあるメイドカフェのだよね」
「マスター行ったことあるんですか?」
「テレビでやってたんだよ」
そう。ミヤコの働いているメイドカフェは積極的に新規のお客さんを増やそうとCMを流していた。何号店だか存在するこのメイドカフェは全国展開しているらしく、そこそこの実力がある。しかしミヤコはそれに見合う力はなく、ただ雑用をするだけなのだ。
「はい。ほとんど雑用ですけど……」
声が小さくなってしまう。そんな自分が情けなくなり、冷めきったピラフがまた涙で滲んで見えてしまう。
「あのさ、ものは相談なんだけどさ、週一だけでもいいんだ。うちの店手伝ってくれない?」
「本気ですか?!マスター。
お客さんにいきなりこんな事……っていうか私に相談とか何もなかったですよね!?」
他にもまだお客さんは残っているというのに、ふたりは付きっきりで自分に話しかけてきてくれる。そして願ってもないことだった。週一とはいえ、安らげる場所に居られるのだ。
「わたし、ここで働きたいです……!!」
それは強い意思表示。ミヤコの精一杯の主張だった。
「よし決まり!良かったぁ、金曜日の人手が増えて」
「やっぱりそこでしたか……」
なんだかよくはわからないけど、ミヤコは新しい職場を見つける事になった。ここは自分と同じ化物がお客さんとして来る特別なお店。気兼ねなくありのままのわたしでいられる貴重な空間。
人間社会に縋るように生きていた自分に神様は最高のプレゼントをくれた。
冷めきってしまったが、その日食べたエビピラフの味はこの先もずっと忘れない特別な味となった。
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