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プロローグ
第2話 転移の日
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「想像主になっちゃった!」
『………………』
ヒイロの突然の報告。
通話の相手、木下ゆかりは沈黙した。
しかしそれはすぐさま驚嘆の叫びに変わる。
『ええええええマジですかっ!!?』
「マジです!」
『え、お、おめでとうございますっ!!』
「ありがとうございますっ!」
よほど衝撃を受けたのか、電話の向こうからガチャガチャと物が崩れ落ちる音が聞こえる。
『ら、想像主になったのは今日!?』
「うん! ついさっき!」
『っ、こうしちゃいられない! 各所への報告から休載の準備から……何から何までやることは山積みですっ!』
かなり慌てている様子で、今度は荒っぽく職場の机を片付ける音が聞こえてきた。
『三日後くらいに、伺ってもいいですか!』
漫画の打ち合わせは大体ヒイロの家で行われる。
「おっけーですっ!」
二つ返事で了承するヒイロ。
これからゆかりも忙しくなるだろう。あまり時間を取らせては申し訳ないので通話を切る──前に一つ、重要な話を切り出した。
「……あー…………あとですね?」
リボンのような触角をクルクルと指に巻き付け、顔色を伺うように、遠慮がちに話題に上げるのはすぐそばまで迫っている締切の話だ。
「あの……今週の原稿のことなんですけどもね?
……やっぱ想像主化のこともあるしちょっとおやすみ──」
『ダメでーす! 必ず締切に間に合わせてくださいね!』
しかし、長年担当を務めたゆかりにヒイロの小賢しい目論見は見透かされており、提案は即座に却下される。
「……はぁい」
しょんぼりとして返事をすると、プツンと切られる通話。
想像主化のこともあるし今回は休載で……という甘い考えは通らなかった。
トボトボと歩いてリビングの食卓へ。
そこには『祝・想像主化』と書かれたタスキをかけ、ご馳走を用意して待っていてくれた母達。
ヒイロはまず彼女達に頭を下げる。
「原稿手伝ってくださいっ」
◇◆◇
そして原稿をなんとか終わらせて三日後。
竹町家の自室。
置いてあるゆかり専用クッションに座った彼女と、テーブルを挟んで向かい合うヒイロ。
「いやあ……先生もついに想像主ですか……!」
感慨深そうに言う狐目の女性。彼女こそがヒイロの担当編集である木下ゆかりだ。
ゆかりは待ち合わせてからずっとニコニコと上機嫌な様子でヒイロと話している。
それもそのはず、編集者として担当漫画家が想像主になるというのは最上の名誉であり称号だ。彼女は今、出世街道を爆進中なのである。
「『トライアルター』の人気から言ってそろそろかなー、とは思ってたんですが……改めておめでとうございます」
「ありがとうございますっ」
「いやぁー私、先生が初めて持ち込みをしてきた時から、この子は将来大成しそうだなーって思ってましたよー?」
「そんなー、えヘヘ……」
触角の先端を指でいじり、照れた様子を見せるヒイロ。
それに対し、ゆかりはおだてるような声色から少しトーンを落として、伺うように切り出した。
「それでね、先生? 連載のほうなんですがー……ぶっちゃけどのくらいで再開できますかね?」
これは非常に重要なことだ。
作品の人気が爆発すると作者が失踪する、という世界の性質上『想像主化した作者にいかに続きを描いてもらうか』と言うのが出版社の至上命題だった。
「……あー……ちょっと向こうの生活に慣れるのとかにも時間欲しいし……二年後くらい? には原稿をこっちに持って帰ってこれるようにしようかなーって……」
「ふむ、再開まで二年ですか……」
「……休みすぎ?」
顔を少し伏せて、目線だけチラリとゆかりに向けるヒイロ。
「いえいえ! 想像主になった途端に連載なんてほっぽって帰ってこない方もいるんですから、こっちとしては続きを書いてもらえるだけ有難い話ですよ!」
しっかり続きを描き切ろうと思わない想像主もいるのだ。
特に初めから想像主になることが目的で創作を始めた人間にはその傾向がある。
そういう意味では、想像主志望で目的を達成した後でも作品をきちんと完結させるつもりのヒイロは偉い子だと言えた。
そう言ってフォローするゆかり。
「……まあ、帰ってこれなくなった人もいるんでしょうけどねー」
業界柄そういった話を聞くこともあるのだろう。
ほんの少しその声色が硬くなる。
喉が渇いたのか、彼女は出されていたテーブルの上のコーヒーに手をつけた。
そして瞬きを一つすると、ヒイロを真っすぐと見た。
「いくら想像主になったからって向こうの世界にも危険はあります、『人罰』とか。
だから調子にのったらダメですよ?」
「うんっ」
しっかりと頷きを返すヒイロ。
しかしゆかりの目から見て、この娘は分かってない時でも分かったように返事をするから油断ならない。
そばで面倒を見てくれる信頼できる人間が、せめて一人いればいいのだが……
そう、目の前の十年来の付き合いの想像主を案じる担当編集だった。
◇◆◇
「またね~!」
「ええ、よろしくお願いしますね」
諸々の打ち合わせを済んだのちにゆかりが帰宅し、自室でくつろぐヒイロ。
自分が想像主になったことを褒め讃えるネットの反応を視察し承認欲求を高めるという、宇宙最高クラスの有意義な時間を過ごす。
そんな時、隣の部屋から誰かが倒れ込むような大きな音が聞こえてきた。
「なにごと!」
驚いた様子で立ち上がる。
音がしたのはヒイロ、ヒイロの母に加え、竹町家三人目の住民である亜久井再の部屋からだ。
「なんか大きい音したけど!?」
そう言って大急ぎでフタタの部屋のドアを開ける。
そこには口元が血まみれの状態で倒れ込んでいる黒髪の男性の姿があった。
「フタさん!? 大丈夫!?」
大急ぎでフタタに駆け寄るヒイロ。
床に丸まるようにして倒れた彼の視線は、両手に持ったタブレット端末に注がれていた。
「ゲホッ……ああ、すまない。大丈夫だ……」
そう言いながらもタブレットから視線を逸らさないフタタ。
そして目は動かさず、何気ない提案のように言った。
「……後に出来ないだろうか?」
「いや後には出来ないよ!?」
全く大丈夫じゃ無い様子で何を言うか。うろたえたヒイロが瞬きをする。
その時、さらなる異変が起こった。
「……!」
心配した様子から一転、ヒイロは目を見開いて停止する。
さっきまでフタタが倒れていたはずの場所に、【ヒイロ】が倒れていたからだ。
もちろん部屋に来た方のヒイロは変わらぬ位置にいて、もう一人の自分を呆然と見つめていた。
「……ええっ!?」
しばらく惚けていたが、ギョッとして目をパチパチとさせるヒイロ。
「…………」
すると、もう一人の自分はフタタの姿に戻っていた。
「もしかして……」
瞬きの間に姿を変化させた彼。
それは彼の作品の『主人公』の能力だ。
口元の血の跡を見れば、急激な身体の変化による負担があったのだと見て取れる。
ヒイロは確信をもって問いかける。
「フタさんも想像主になった?」
期待を込めた視線で、自分と同じ漫画家であるフタタを見つめるヒイロ。
「……そのようだ」
その言葉にヒイロはパッと表情を輝かせた。
「わあああああすごいすごい同期じゃん!!」
そう言って触角でベシベシ叩きながらフタタを助け起こそうとする。
しかし、
「……ああ、でもすまない……今、非常に重要なところなんだ……このクライマックスに至るテンションのまま読み切りたい……」
ヒイロのはしゃぎ様とは対照的に、今までの会話で一度もタブレットから目を離していないフタタ。
その画面に表示されているのは彼が最近推し始めた漫画だ。
ヒイロも布教されたから知っている。
長年共に過ごしたヒイロの目から見ても、物語を読むために生きていると言っても過言ではないフタタ。
彼にとっては想像主化にはしゃぐ以上に目の前の作品を読むことの方が重要なようだった。
「こんな時も漫画優先、かーい!」
「うっ……」
立ち上がることすらせず作品を読み続ける彼を、抱っこして無理やり立たせる。
成人男性を一人で持ち上げるには相当の力が必要だが、想像主となったヒイロには軽い作業だ。
「物語狂いめ」
フタタを抱えながらヒイロが呆れたようにして言うと、部屋の外から声が聞こえてくる。
「大丈夫~?」
騒ぎを聞きつけて現れたのは、桃色の髪の中から合計六本の『触角』が顔をのぞかせるヒイロによく似た糸目の女性。
母である竹町木ノ子が心配そうに部屋に入ってきた。
「ママ! フタさんも想像主になった!」
一転、嬉しそうな顔で母親に報告するヒイロ。
「まぁ~!」
フタタ君も一緒なら安心ね~、などと二人が喜び合う中でも、フタタは抱っこされたまま作品を読み続けるのだった。
◇◆◇
それから──
新たな想像主となったヒイロがメディアに出演しまくったり、
地球とミディタリア間での物資の輸送の依頼を受けたり、
学生時代の友人たちと思いっきり遊んだり、
想像主になったらやりたいことリストの入念な確認をしたりしながら日々を過ごしていく。
そして来たる日──四月十二日。
「とうとう来ました! ミディタリアへの転移日ですっ!」
興奮で頬を紅潮させて宣言するヒイロ。
「とうとうミディタリアだよ! 私の冒険を元にした漫画を描く! その夢の第一歩!」
ぴょんぴょん飛び跳ねてテンションマックスなヒイロ。
今日のヒイロは黒いインナーに、お気に入りのピンクのパーカーを羽織った服装をしていた。
新たに想像主となりメディアに出演しまくって一躍有名人となったので、変装用のサングラスと帽子も着用済みだ。
「フタさん、荷造りはちゃんとできた!?」
楽し気なオーラを陽光のように発しながら、フタタに振りかえるヒイロ。
「ああ」
黒のシャツにジーパンとシンプルな服装のフタタが答える。
彼が持って行きたい物はデバイスの中にこれでもかと詰められた小説やアニメ、漫画のデータだけなので、持っている荷物の中身は半分近くがヒイロの私物だった。
「ヒイロちゃんも忘れ物ない~?」
白いセーターを着た木ノ子が問いかける。彼女も今日は見送りで一緒だ。
「五回は確認しました!」
ヒイロが元気よく手を上げて答え、用意が出来たことを確認した三人。
「じゃあ集合場所の『ミディタリア博物館』にしゅっぱーつ!」
ヒイロは意気揚々と玄関のドアを開け、暖かな春の陽気が感じられる街並みへと歩き出した。
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第三話は19時に投稿します~
『………………』
ヒイロの突然の報告。
通話の相手、木下ゆかりは沈黙した。
しかしそれはすぐさま驚嘆の叫びに変わる。
『ええええええマジですかっ!!?』
「マジです!」
『え、お、おめでとうございますっ!!』
「ありがとうございますっ!」
よほど衝撃を受けたのか、電話の向こうからガチャガチャと物が崩れ落ちる音が聞こえる。
『ら、想像主になったのは今日!?』
「うん! ついさっき!」
『っ、こうしちゃいられない! 各所への報告から休載の準備から……何から何までやることは山積みですっ!』
かなり慌てている様子で、今度は荒っぽく職場の机を片付ける音が聞こえてきた。
『三日後くらいに、伺ってもいいですか!』
漫画の打ち合わせは大体ヒイロの家で行われる。
「おっけーですっ!」
二つ返事で了承するヒイロ。
これからゆかりも忙しくなるだろう。あまり時間を取らせては申し訳ないので通話を切る──前に一つ、重要な話を切り出した。
「……あー…………あとですね?」
リボンのような触角をクルクルと指に巻き付け、顔色を伺うように、遠慮がちに話題に上げるのはすぐそばまで迫っている締切の話だ。
「あの……今週の原稿のことなんですけどもね?
……やっぱ想像主化のこともあるしちょっとおやすみ──」
『ダメでーす! 必ず締切に間に合わせてくださいね!』
しかし、長年担当を務めたゆかりにヒイロの小賢しい目論見は見透かされており、提案は即座に却下される。
「……はぁい」
しょんぼりとして返事をすると、プツンと切られる通話。
想像主化のこともあるし今回は休載で……という甘い考えは通らなかった。
トボトボと歩いてリビングの食卓へ。
そこには『祝・想像主化』と書かれたタスキをかけ、ご馳走を用意して待っていてくれた母達。
ヒイロはまず彼女達に頭を下げる。
「原稿手伝ってくださいっ」
◇◆◇
そして原稿をなんとか終わらせて三日後。
竹町家の自室。
置いてあるゆかり専用クッションに座った彼女と、テーブルを挟んで向かい合うヒイロ。
「いやあ……先生もついに想像主ですか……!」
感慨深そうに言う狐目の女性。彼女こそがヒイロの担当編集である木下ゆかりだ。
ゆかりは待ち合わせてからずっとニコニコと上機嫌な様子でヒイロと話している。
それもそのはず、編集者として担当漫画家が想像主になるというのは最上の名誉であり称号だ。彼女は今、出世街道を爆進中なのである。
「『トライアルター』の人気から言ってそろそろかなー、とは思ってたんですが……改めておめでとうございます」
「ありがとうございますっ」
「いやぁー私、先生が初めて持ち込みをしてきた時から、この子は将来大成しそうだなーって思ってましたよー?」
「そんなー、えヘヘ……」
触角の先端を指でいじり、照れた様子を見せるヒイロ。
それに対し、ゆかりはおだてるような声色から少しトーンを落として、伺うように切り出した。
「それでね、先生? 連載のほうなんですがー……ぶっちゃけどのくらいで再開できますかね?」
これは非常に重要なことだ。
作品の人気が爆発すると作者が失踪する、という世界の性質上『想像主化した作者にいかに続きを描いてもらうか』と言うのが出版社の至上命題だった。
「……あー……ちょっと向こうの生活に慣れるのとかにも時間欲しいし……二年後くらい? には原稿をこっちに持って帰ってこれるようにしようかなーって……」
「ふむ、再開まで二年ですか……」
「……休みすぎ?」
顔を少し伏せて、目線だけチラリとゆかりに向けるヒイロ。
「いえいえ! 想像主になった途端に連載なんてほっぽって帰ってこない方もいるんですから、こっちとしては続きを書いてもらえるだけ有難い話ですよ!」
しっかり続きを描き切ろうと思わない想像主もいるのだ。
特に初めから想像主になることが目的で創作を始めた人間にはその傾向がある。
そういう意味では、想像主志望で目的を達成した後でも作品をきちんと完結させるつもりのヒイロは偉い子だと言えた。
そう言ってフォローするゆかり。
「……まあ、帰ってこれなくなった人もいるんでしょうけどねー」
業界柄そういった話を聞くこともあるのだろう。
ほんの少しその声色が硬くなる。
喉が渇いたのか、彼女は出されていたテーブルの上のコーヒーに手をつけた。
そして瞬きを一つすると、ヒイロを真っすぐと見た。
「いくら想像主になったからって向こうの世界にも危険はあります、『人罰』とか。
だから調子にのったらダメですよ?」
「うんっ」
しっかりと頷きを返すヒイロ。
しかしゆかりの目から見て、この娘は分かってない時でも分かったように返事をするから油断ならない。
そばで面倒を見てくれる信頼できる人間が、せめて一人いればいいのだが……
そう、目の前の十年来の付き合いの想像主を案じる担当編集だった。
◇◆◇
「またね~!」
「ええ、よろしくお願いしますね」
諸々の打ち合わせを済んだのちにゆかりが帰宅し、自室でくつろぐヒイロ。
自分が想像主になったことを褒め讃えるネットの反応を視察し承認欲求を高めるという、宇宙最高クラスの有意義な時間を過ごす。
そんな時、隣の部屋から誰かが倒れ込むような大きな音が聞こえてきた。
「なにごと!」
驚いた様子で立ち上がる。
音がしたのはヒイロ、ヒイロの母に加え、竹町家三人目の住民である亜久井再の部屋からだ。
「なんか大きい音したけど!?」
そう言って大急ぎでフタタの部屋のドアを開ける。
そこには口元が血まみれの状態で倒れ込んでいる黒髪の男性の姿があった。
「フタさん!? 大丈夫!?」
大急ぎでフタタに駆け寄るヒイロ。
床に丸まるようにして倒れた彼の視線は、両手に持ったタブレット端末に注がれていた。
「ゲホッ……ああ、すまない。大丈夫だ……」
そう言いながらもタブレットから視線を逸らさないフタタ。
そして目は動かさず、何気ない提案のように言った。
「……後に出来ないだろうか?」
「いや後には出来ないよ!?」
全く大丈夫じゃ無い様子で何を言うか。うろたえたヒイロが瞬きをする。
その時、さらなる異変が起こった。
「……!」
心配した様子から一転、ヒイロは目を見開いて停止する。
さっきまでフタタが倒れていたはずの場所に、【ヒイロ】が倒れていたからだ。
もちろん部屋に来た方のヒイロは変わらぬ位置にいて、もう一人の自分を呆然と見つめていた。
「……ええっ!?」
しばらく惚けていたが、ギョッとして目をパチパチとさせるヒイロ。
「…………」
すると、もう一人の自分はフタタの姿に戻っていた。
「もしかして……」
瞬きの間に姿を変化させた彼。
それは彼の作品の『主人公』の能力だ。
口元の血の跡を見れば、急激な身体の変化による負担があったのだと見て取れる。
ヒイロは確信をもって問いかける。
「フタさんも想像主になった?」
期待を込めた視線で、自分と同じ漫画家であるフタタを見つめるヒイロ。
「……そのようだ」
その言葉にヒイロはパッと表情を輝かせた。
「わあああああすごいすごい同期じゃん!!」
そう言って触角でベシベシ叩きながらフタタを助け起こそうとする。
しかし、
「……ああ、でもすまない……今、非常に重要なところなんだ……このクライマックスに至るテンションのまま読み切りたい……」
ヒイロのはしゃぎ様とは対照的に、今までの会話で一度もタブレットから目を離していないフタタ。
その画面に表示されているのは彼が最近推し始めた漫画だ。
ヒイロも布教されたから知っている。
長年共に過ごしたヒイロの目から見ても、物語を読むために生きていると言っても過言ではないフタタ。
彼にとっては想像主化にはしゃぐ以上に目の前の作品を読むことの方が重要なようだった。
「こんな時も漫画優先、かーい!」
「うっ……」
立ち上がることすらせず作品を読み続ける彼を、抱っこして無理やり立たせる。
成人男性を一人で持ち上げるには相当の力が必要だが、想像主となったヒイロには軽い作業だ。
「物語狂いめ」
フタタを抱えながらヒイロが呆れたようにして言うと、部屋の外から声が聞こえてくる。
「大丈夫~?」
騒ぎを聞きつけて現れたのは、桃色の髪の中から合計六本の『触角』が顔をのぞかせるヒイロによく似た糸目の女性。
母である竹町木ノ子が心配そうに部屋に入ってきた。
「ママ! フタさんも想像主になった!」
一転、嬉しそうな顔で母親に報告するヒイロ。
「まぁ~!」
フタタ君も一緒なら安心ね~、などと二人が喜び合う中でも、フタタは抱っこされたまま作品を読み続けるのだった。
◇◆◇
それから──
新たな想像主となったヒイロがメディアに出演しまくったり、
地球とミディタリア間での物資の輸送の依頼を受けたり、
学生時代の友人たちと思いっきり遊んだり、
想像主になったらやりたいことリストの入念な確認をしたりしながら日々を過ごしていく。
そして来たる日──四月十二日。
「とうとう来ました! ミディタリアへの転移日ですっ!」
興奮で頬を紅潮させて宣言するヒイロ。
「とうとうミディタリアだよ! 私の冒険を元にした漫画を描く! その夢の第一歩!」
ぴょんぴょん飛び跳ねてテンションマックスなヒイロ。
今日のヒイロは黒いインナーに、お気に入りのピンクのパーカーを羽織った服装をしていた。
新たに想像主となりメディアに出演しまくって一躍有名人となったので、変装用のサングラスと帽子も着用済みだ。
「フタさん、荷造りはちゃんとできた!?」
楽し気なオーラを陽光のように発しながら、フタタに振りかえるヒイロ。
「ああ」
黒のシャツにジーパンとシンプルな服装のフタタが答える。
彼が持って行きたい物はデバイスの中にこれでもかと詰められた小説やアニメ、漫画のデータだけなので、持っている荷物の中身は半分近くがヒイロの私物だった。
「ヒイロちゃんも忘れ物ない~?」
白いセーターを着た木ノ子が問いかける。彼女も今日は見送りで一緒だ。
「五回は確認しました!」
ヒイロが元気よく手を上げて答え、用意が出来たことを確認した三人。
「じゃあ集合場所の『ミディタリア博物館』にしゅっぱーつ!」
ヒイロは意気揚々と玄関のドアを開け、暖かな春の陽気が感じられる街並みへと歩き出した。
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