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第2章 潜入編
第40話 不審な二人組
しおりを挟む「少し不審な二人組が来ました。片方は想像主です」
時は少しさかのぼり、深夜。シヴァルンの部屋の前。
部屋の主が中でスヤスヤと寝息を立てる中、やって来た映愛はフタタにそう告げた。
家の当主が公的に招いたものではなく、その目的も不明とのことだ。
「今このタイミングで突然の想像主ですか……」
「ええ、不安でしょう?
補足すると、どうやらその二人組は『リガイア家』からやって来たそうです」
リガイア家。街で聞き込みをしていた時に、関わらない方が良いと言われた集団だ。
「後ろ暗い噂もある、という家でしたね。
そんな所からなぜこのフリザーファンス家に想像主が……」
フタタの言葉に、映愛は部屋の中に視線を向けた。
そして内緒話をするように小声になる。
「……ご令嬢がフタタ君を特定している件とは関係が?」
現状フタタの存在がイレギュラーだと知っているのはシヴァルンのみだ。
そこから情報が漏れ、想像主が自分たちを探しに来た可能性を示唆する映愛。
そんな彼女の問いにフタタは分からない、と首を振るジェスチャーをする。
「私に心は読めないので」
親し気なふるまいは全て演技で、裏でフタタたちを始末するための準備を進めていたとしても、フタタには分からない。
仮にそうだとしても元々こっちが騙している状況なので、フタタに彼女を責める資格は無いが。
しかし、
「私としては彼女はそんなことはしないんじゃないか、というのが感想です」
「なるほど。
まあ映愛の把握している範囲でも、あの子が当主に何かを報告したようなそぶりはありませんでした」
映愛がそう言った後、二人の間に沈黙が流れる。
もうだんだん恒例化してきた、選択の時間が来たからだ。
すなわち危なそうだからここを離れようか、どうしようか、の時間である。
「それで……一応聞きますがどうします?」
無表情ながらも言い辛そうな雰囲気を醸し出しながら聞いてくる彼女。
「映愛さんとしては?」
「もう色々キナ臭すぎてとっととここを離れたい、って感じですね」
確かに彼女の言う通り。
後ろ暗い噂のある一大勢力から想像主がやってくる。その目的は不明。そんな時どうするか。
とりあえず逃げを選択するのは不正解ではないだろう。
しかし、とまるで悪いニュースを告げるようにして映愛が言った。
「もう国家のデータベースにアクセスするためのパスワード……分かっちゃったんですよね……」
「おお、それは……!
ご苦労様です。ありがとうございます」
ここ数日寝ずの張り込みを続けてきた彼女に、素直にねぎらいと感謝の言葉を告げるフタタ。
「どうも」
口元だけ笑みを浮かべて誇らしげな雰囲気を出す映愛。
しかし彼女はすぐに笑みを引っ込めて言った。
「で、どうしましょうか」
「もう今夜にでもデータを奪いに行くことは?」
フタタの提案に首を振る映愛。
「いえ、当主は例の二人組と私室で何やら話し合っている様子。
今晩チャンスはなさそうです。
でも明日以降、当主不在の時間帯を狙えばいつでも目的の物が手に入る……」
だからこそ、映愛は微妙な感情を雰囲気で醸し出しているのだろう。
想像主の来訪でさらにリスクが倍乗せされた所で、目標達成のゴールが目の前まで来てしまった。
あとほんの少し、一歩分勇気を出して踏み出せば、望みのものが手に入る。
当然勇気を出したところでリスクが無くなることはないが。
「続行しましょう」
フタタの発言。
しかし彼は続けて言った。
「ただもう後は私が仕事をするだけで良いのですから、映愛さんは屋敷の外に出るという事でどうでしょう?」
アンチ想像主のシヴァルンは例外だが、フタタの擬態であれば想像主相手でも気づかれない自信がある。
化けているのが個性とは皆無の量産型ロボであればなおさらだ。
万が一の危険に備えて彼女だけは先にここを離れてもらう。
そんなフタタの提案に映愛は少し考え、言った。
「……映愛がいなくて不安じゃありません?」
「不安です」
正直に告げる。
あとは隙を見計らって当主の私室からデータを盗むだけ、とはいっても所詮フタタは素人である。
自分の経験からでは判断に余る事態に直面することもあるかもしれない。
そんな時相談できる人間がいなければ窮地に立たされるであろう、というのがフタタの本音だった。
「……ふふ」
その不安を包み隠さぬ様子に笑い声をこぼす映愛。
その後、映愛がフタタを見る。
「ではこうしましょう。
映愛はこれから小動物に化け、庭の茂みに潜伏することにします。
そうすれば万が一フタタ君が困った時には相談に乗れますし、危機を感じ取ったらすぐさま屋敷の外に逃げ出します。
それでどうでしょう?」
「ありがとうございます」
彼女の提示した折衷案に頷き、礼を言うフタタ。
その後、映愛はフタタを手本として小雀に化けた。
「健闘を祈ります」
小雀は窓辺からフタタにそうエールを送ると、月明かりの照らす庭へと飛び立った。
◇◆◇
そして、翌朝。
シヴァルンが昼近くに目覚めた後、シャワーを浴びてくると言って部屋を出ていった。
フタタはその間、映愛から聞いた当主のスケジュールを思い出し、いつ頃忍び込むか考えながら屋敷を歩いていた。
すると、考え事をして集中していなかったのが悪かったのか、曲がり角で何者かとかち合う。
ぶつかる、というほどではないがお互いの足が止まった。
「失礼いたしました」
マニュアル通りの言葉、マニュアル通りの角度で頭を下げるフタタ。
「なんだお前危ねえなあ」
相手、短髪に赤いメッシュを入れたディノーエムの青年が、フタタの肩を掴む。
「(おっとっと……)」
ロボットらしく特に抵抗せず、そのまま体勢を崩して倒れるフタタ。
「おら、鉄屑がっ」
メッシュ男の足が、ダンッ、と倒れたフタタの背中を踏みつける。
「(痛……たくないな。全然痛くない)」
青年の体重を乗せた踏みつけ。
しかし今のフタタにとっては、マッサージ程度の刺激しか感じない。
「(そう言えば昔ヒイロがこうして背中に乗って、マッサージをしてくれたことがあったな……)」
フタタの脳裏に脱線した思い出が浮かんでいると、メッシュ男の背後からもう一人現れる。
背中まで伸びた長髪の男だ。
「(二人の特徴……映愛さんが行っていた二人組の特徴と合致する)」
どうやら考え事をしていたらエンカウントしてしまったようだ。
うかつにうろつくべきではなかったか。
やはり自分は能力任せで抜けている、と本職の映愛が早くも恋しくなるフタタ。
そんな中フタタを踏みつけるメッシュの男に、長髪の男はあきれる様にして言った。
「おいおい、おんぼろPCにブチ切れるうちの母ちゃんかお前は。
機械相手にキレてる人間様の姿は滑稽だぜー?」
その発言に特に気を悪くしたわけでもなく、メッシュの男はフタタの背から足をどける。
「えー? でもここまで人間そっくりだと気にならなくないですか?」
「感情移入が上手だねぇ。
お前昔ベッドにお人形さんとかならべてたタイプ?」
「今も枕元に置いてますが?」
軽口のような会話を聞きながら、フタタは思い出した。
「(そう言えばここのロボは予期せぬ行動不能状態に陥った時、アラームを鳴らすんだったな」
危ない、忘れるところだった。
フタタの身体から甲高いアラームが鳴り始める。
「あーほらほら面倒なことになった」
長髪の男はそう言いながら、フタタのところまでやってくる。
メッシュの男がフタタの背から足をどける。
長髪の男がフタタの首根っこを片手でひっつかみ、立たせて見せた。
『再起動しています。しばらくお待ちください……』
フタタの身体から機械的な音声が流れる。
ちなみにこれは事前に予習していた動作を再現しているだけだ。
具体的にどこからどうやって音を出しているかは、フタタにも分からない。
長髪がメッシュに対して言う。
「他人様んちの道具は大事にしろよなぁ」
「別に良くないですか? どうせすぐ俺の家にもなるんですし」
「まだなってないだろ」
会話をしながら去っていく二人の男。
「(俺の家にもなる……?)」
フタタは直立不動で二人の会話を聞きながら、思考を巡らせる。
「(メッシュの彼が婿に入るとか……そういうことか?)」
今までディノーエムの街に潜入していて集まった情報。
それによればリガイア家は、想像主の血筋をその家に迎え入れることで栄えてきたらしい。
「(しかしそれなら、シヴァルンを養子にするなどしてリガイアの家に迎えるのでは?)」
メッシュの彼が婿として送り込まれてきたなら、聞いていた話と逆パターンだ。
この家、フリザーファンス家とリガイア家の勢力バランスも関係しているのかも知れないが。
「(シヴァルンがもうすぐ想像主になる。だからお見合いとしてやって来た……?)」
だがそれにしては、特に正装でもない二人の姿が気になる。
昨日の夜にやって来て、現在までシヴァルンとはノータッチ、彼女を待つでもなく屋敷をブラついているというのもどうなのだろうか。
そもそもシヴァルンはお見合いがあるなどという話はしていなかった。
知っていたのなら前日にオールなど敢行しないはずだ。
「(ではやはり私たちの存在を嗅ぎつけ、その調査のためにやって来た……か?)」
そう考えるフタタだが、彼には二人が真面目に調査しているようには見えなかった。
重要なデータへのアクセス権を握っているこの家の主人を護衛しているわけでもない。
先ほどのように明確な隙を見せても大した攻撃もしてこないところを見るに、フタタの正体にも気づいていないのだろう。
「(……彼らは何をしに来た?)」
あと少しで目当てのデータは手に入る。
だから昨夜の報告会でも、撤退の選択は取らないことにした。
もう三回目だ。
リスクを前に、もう少しで任務が達成できるから、と続行を選ぶことは。
本当に大丈夫なのか?
フタタの真理に一抹の不安がよぎる。
「(……何か……嫌な感じだな……)」
真意の読めない二人組の行動も相まって、フタタは自らの選択に不安を募らせた。
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小話を載せています。
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