地仙、異世界を掘る

荒谷創

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1.地仙、降り立つ

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その日、若き地仙は乾いた大地に降り立った。
ジロリと睨み上げる先には、荒野の彼方に翔び去って行く金ぴかな鳳。
事前の説明通りなら、荒野の中心点まで『丁寧に』送迎された筈。
冗談じゃない。
向かう先に荒れ狂う力は、尋常のものでは無かった。迂闊に近づいたら上級の神でさえ、無傷では済まないだろう。
彼の様な低位の仙人程度なら、瞬く間に分解され、魂すらも残らない。
上辺だけは上品だった女神どもは、どうやら師匠が言う以上にクズだったらしい。
文句の1つも言ってやろうと懐から符を取り出し息を吹き掛けて、地仙は顔をしかめた。
反応なし。
「…世界を閉じやがった!」

「ま、いいか。」
どのみち、やる事は変わらない。
「まずは、把握しないとな。」
呟いて目を閉じ、木沓の踵で地面をコンと軽く打った。

さて、この地仙。
背中の半程に届くざんばらの黒髪、頭に黄色い平布をバンダナの様に巻き、端は右にダラリと下げている。
前合わせで、袖口がやたら広い白衣じみた上着には、蒼と翠の二匹の蛇が絡み合う柄が施されており、腰を赤い平布で縛って左にダラリ。
開いた襟元から覗く肌着は青みがかった鱗のある皮を鞣した物だ。ゆったりと膨らんでいて、裾が絞られた下衣と木沓は共に黒。
腰には半月刀と小振りの鉤縄が吊られ、何故か背中に酒の甕を背負っているという、かなり変わった成りをしている。
そして、当の本人はと言えば、些かひょろりとした印象。
だが、痩せぎすではなく、むしろ引き締まっている。やたらと背が高い為に、そう見えてしまうのだろう。
それなりに整った面構えだが、ただ一点、目付きの悪さが台無しにしていた。
10人中、30人が逃げ出すであろう凶眼である。
声の方も変わっている。
どこか金属が擦れる様な韻が残る悪声。
地仙の名を『蛇乱(じゃらん)』

齢三百歳の若輩者である。

暫し耳を澄ませて、蛇乱は肩を落とした。
予想より大分悪い。
「とりあえず、土地の寿命を伸ばすか」
気を取り直し、袂に手を突っ込んで短杖を取り出す。そのまま一回しすれば、蛇乱の身長程にも伸びる。
「トンビがくるりと環を描いたっと。」
言葉と共に乾いた大地に杖を突けば、地が震え、たちまちの内にぽっかりと洞窟が口を開けていた。
「さあ、助けてやるぜ。」

地は地仙のテリトリーだ。
わざわざ何をしなくても、地仙の思う様に姿を変えて行く。
とりあえず、落ち着ける場所があれば出来る事も増えるというものだ。
ちゃっちゃと必要な部屋を作っていく。
作業場に、客間、倉庫、使いはしないが竈も必要だし、寝台を置く寝室も要る。水場代わりに風呂は凝る。師匠が風呂好きな為だ。
例え、あの女神達が世界を閉じようと、師匠程になれば何の問題も無い。
風呂に入りに来るだろうし、それから準備したのではそれこそ『面倒』だ。

基本の部屋が出来たら、更に掘る。
ここは細心の注意でもって、術を施す。
「ここを、礎とする。」
言葉を持って、定義する。
後は洞窟に名を授けて、一先ず完成となる。
「絶界の蛇乱が、名を定める。この地は…」

蛇乱が荒野に降り立って、半年程が過ぎた。
ナカーラ世界には3つの大陸がある。
1つは極地であり、氷に閉ざされた無人の大陸だ。この世界の技術では、到達出来るまで後、数百年は掛かるだろう。
1つは最大の大陸ダロス。
千年前に、無人の荒野と化した。かつて繁栄した都は、今では見えない力の嵐が渦巻き、誰1人近づく事も出来なくなっている。
そして、1番小さな大陸。
ミゼットと呼ばれている大陸には最大の大陸ダロスと僅かに繋がる地峡があった。
ダロスから始まったとされる大地の荒廃は、この地峡からミゼット大陸にも広がり続けている。
千年掛けてダロスから移り住んだ人々と、元からミゼットに住んでいた者達は、ミゼット東側の土地を巡って争い、力弱き人々は地峡のあるミゼット西側に追いやられていた。
そんな西側の、最も西に位置する小国シンハに、いつからか、ある噂が流れ始めた。
地峡に、草が生えてきた。
ダロスに向かって歩くと、更に草の丈がのびていく。
遥か先にうっすらと見えるのは、森ではないか。

その噂が、噂では無いとの報告が王宮に届いたのは、それからすぐの事だった。












    
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