地仙、異世界を掘る

荒谷創

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34.地仙、調伏する

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「…なんか居るな」
そろそろシンハを抜け、ホルクへと至る街道に差し掛かった辺りで地仙はその歩みを止めた。
【……主様?】
「旦那?どうした?」
「ちょっとな」
言いながら蛇乱は木沓でコツンと地面を打つ。
「……ふん。巣があるな……」
潜るか。
と、そこまで思ってから同行者の事を思い出す。
子の陽精である竺転は兎も角、仙人に片足突っ込んではいるけれど、リュウグウはあくまでも人間。どこまで大丈夫なのかの見極めが必要だが、生憎と蛇乱は単なる人間の限界をよく知らなかった。
「ここに、淀みがあってな。おそらくは妖共の巣が出来ているんだ。殲滅しておきたいが、お前はいけるか?」
リュウグウが手にしている槍は、何らかの力を秘めているのが判るが、それを有効に使えるのか、そして妖の存在に中てられないかが問題だ。
「大丈夫だぜ、旦那。主のお陰でモンスターには慣れてる。それに…」
「それに?」
「俺の先祖には女好きが高じて、人食い鬼を口説いたうつけがいるんだぜ?」
【……】
「……なんだ、そりゃ」

やや街道から外れ、人の目に触れない所に行くと、蛇乱は徐に手を叩く。
「さあ、疾く道を開けよ。地はこの蛇乱の領分ぞ」
地仙の命に地が震え、口を開ける。瞬く間に開いた地底への穴に蛇乱達は飛び込んだ。
「おお!?旦那、流石に真っ暗だと何も見えないんだが」
「竺転、光を喚べ」
【御意】
陽の精は光を喚ぶ。本来、光そのものでもあるのだ。地底の暗黒と言えども、駆逐するのは容易い。
「おわっ!?」
「なかなか広いな」
照らし出されたのはごつごつした岩肌の洞窟……ではない。
館の内のごとき廊下が続き、扉の無い小部屋が点在する。
「こりゃ、まるで主の迷宮みたいだ……」
「そりゃ、そうだ。妖も多いし、そこそこの力を持つものが居るみたいだ。そいつの意識が造り出すんだから、こいつも迷宮と言えなくも無い」
まあ迷宮見習い位かと言われて見ると、確かに造りが甘い所が見えてくる。
「そんで、旦那。どう動く?」
「任せろ。地はオレの専門だ」
コツンと木沓で床を叩けば、何処に隠れていたのか血色の悪い人擬きに浮かぶ魚に似た何か、目玉の付いた肉の塊に、毛の無い獣状の怪物やら宙に浮かぶ錆びた剣やら槍やらがわんさか湧いて出る。
「こりゃ、大歓迎だ」
先祖伝来の豪槍『龍貫』を構えると、リュウグウは不適な笑みを浮かべた。

突き、薙ぎ、払い。
繰り出す槍は変幻自在、肉体は躍動し、小物を文字通り蹴散らしていく。
【ちう】
一鳴きすれば、光の弾が乱舞して標的を孔だらけにする。影を使って忍び寄ろうとする妖は、光である竺転に近寄る事も出来ずに炙り出され、光に焼かれて消え去った。
もっと酷いのは地仙であろう。
なにせ、腰の刀は抜いてすらいない。妖を蹂躙しながら進む傍ら、時折床を蹴る。壁に、床に、天井に潜み身を隠そうとする事も許されず、殲滅者の目の前に吐き出される妖こそがもっとも悲惨な被害者かもしれない。とは言うものの、蛇乱は悪意と障気を持たない地の精などには、一切危害を加えていない。時には障気に侵されているだけの精から、悪いものだけを切り離して回復させている程だ。
「……大地は、全てを包み込む。そこには善も悪もない。ただ、地の底には光が届かない分、陽の気を嫌う者共が潜みやすい」
そういった者共は、時として大地の気脈を傷付ける。
「迷宮主や、大地属性の竜、そして勿論地仙はそういった者を誅し、地を清めるも大事な役目だ」
忘れる奴も多いがな。
そして…
「…人が弔われる関係で、地と冥府は近しい存在とも言える」
通路を進んだ奥の奥。最奥の行き止まりには、蒼みを帯びた扉が据えられていた。
「ここが気脈に通じる所だ」
「主の部屋とは、少し違うな……」
リュウグウの主である迷宮主も地の底に住まうが、その部屋の入口の扉はこんな冷たい印象は無かった。
【陰の気を感じます。仙の気も少し】
「だろうな。屍解仙だろう」
「シカイセン?」
東方言語に近い為、蛇乱達の言葉の大半は理解出来るが、父親から習っていない単語は流石に解らない。
「気脈と冥府の気を浴びた死体だ」
「アンデッドか?」
蛇乱の説明に思い当たるのは、かつて主もよく召喚したという死霊系モンスターだ。
「屍解仙は、そうだな……リッチとか言う奴に近いか……」
迷宮擬きを造っている以上、知能はあるのだろう。
リッチと違うのは己の内包する力ではなく、気脈と冥府の力を常に受けなければ存在すら出来ない所だ。
「その分、力が尽きる事は殆ど無い」
「じゃあ、どうやって倒すんだ?」
直接倒そうとしても、すぐに回復される。それはリッチも同じだが、リッチにある限界は屍解仙には無い。
「…そうか、竺転の光で浄化とかするのか」
「いや?」
まあ、ここは見ておけと蛇乱は扉を押し開けた。
荒削りだが、霊廟を模した造りの部屋。
その中央に佇むのは、古い戦装束の骸骨だった。手にしているのは禍々しい骨で作られたメイスだ。
その柄元に刻まれたのは支配の女神コッズの印。
元が王族なのは間違いないだろう屍解仙は、侵入者に怨嗟と怒りの声を上げる。
『オオオオオオオ!!』
青白い燐光を帯びた屍解仙。
対するは地仙の蛇乱。
『オオ…』
「紛い物は、地獄に帰れ」
屍解仙が何事かを為す、その前に蛇乱が手を打ち鳴らす。
柏手一つ
「なっ!?」
次の瞬間、屍解仙はその場に崩折れる。リュウグウは、そこに何の力も感じなかった。
「終わったぞ」
「…………いったい……何が……」
あまりにも呆気ない幕切れに、リュウグウの理解が追い付かない。
「簡単な事だ。こいつら屍解仙は冥府の気を、地の気脈に乗せて掠め取っている。地の気脈を閉じてしまえば、それで終いだ」
屍解仙は、仙人として天の名簿に記載されない単なる怪異だ。
地に潜み、見掛け上迷宮に似たものを構築する為に、一緒にされがちな地仙にしてみれば迷惑以外の何者でもない。
「リュウグウ、お前の主が気脈から力を得られないのは、多分他にも屍解仙なんかが巣食ったせいだな。そいつらを潰せば、主とやらも元気になるだろう」
「マジか!」


















    
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