ハイランド英雄譚

荒谷創

文字の大きさ
2 / 9

刹那

しおりを挟む
闇に染まりし森林の王者

     鉄より硬く    風よりはや

騎士をも貫く角振りかざし

     光の剣士を贄にせんとや迫り来る

「その詩、本当の事なのよね?」
「勿論ですよ!なんせこの目で見ていたんですからね!」
リュートをかき鳴らす光人エルフはアリアの問いに笑顔で答える。
「わたくし、こう見えまして以前はハイランド軍の魔法師団に身をおいていたのですよ」
聖属性とされる光属性魔法こそ煌人ハイエルフ族よりは劣るとされるが、光人エルフ族も魔法に優れた種族である。
特に風魔法を操る魔法師団は、魔神ガルナックの軍勢に対するハイランド解放戦団レジスタンスにおいても大きな役割を担っていた。
「光の神殿の一つである、深緑の神殿解放作戦にも加わっていたのですよ」
深緑の神殿は第二の神殿……森を司る大精霊が祀られた光の神殿である。
セスタス大森林の奥に存在する深緑の神殿も、魔神ガルナックの呪いによって魔の領域と成り果てていた。
美しい泉は毒の沼となり、樹木は螺くれた呪木となって踏みいる者を惑わせる。
そして神殿解放を阻む最大の敵が、最奥戦舞台で待ち受ける大怪甲虫スカル・オクスタン・ビートルゼグノートであった。
「小山のような一本角甲虫オクスタン・ビートルの怪物でした」
地にあっては騎士の剣を容易に弾いて傷一つつかない甲殻に守られ、牛のように角を振りかざして突進してくる。
小山のような巨体のパワーと、騎士鎧すら易々と貫く角に、いったい何人の犠牲者が出たのか……
「だけど、本当の恐ろしさは、奴が飛んだ時でした」
まさに矢の如きスピードで飛び回るゼグノート
盾で弾こうとした者は盾ごと貫かれて死んだ。
風の魔法を置き去りにして飛び回り、空高くから広範囲に障気の塊をいくつも降らせる。
矢は殆ど当たらず、希に当たってもその甲殻に弾かれてしまう。
解放軍レジスタンスは神殿奪回を四度試み、四度失敗しました。攻める度、殆ど壊滅に近い被害が出ていたのですよ」
障気に侵された者は病を得て、しばらくは復帰もままならない状態になる。
「……皆が絶望に沈みそうになった、その時でした。ショテル平野の第一神殿、薫風の神殿が解放されたとの朗報が届いたのは……」
俊敏にして凶猛たる大髑髏魔犬スカル・ハウンドを討ち果たし、平原の大精霊が解き放たれた。
「……それは、希望の光そのものでした」

その者は、ある日ふらりと現れた。
対応した砦の警備兵は、最初避難民の子供だと思ったのだと言う。
愛想もなく、俯き加減に歩く少年。身体に目立った傷は無いが、着ているものはサイズがあっておらず、手にした小剣は手入れもされていない程傷だらけ。
どこで手に入れたのかと訊ねれば、言葉少なに矮鬼から奪っただけだと答えたという。
だから第五次神殿奪還戦に、その少年が参加していた事など、誰も気付きもしなかった。
神殿前に群れをなす巨鬼ブル・オーガに、解き放たれた矢の様に少年が突っ込んでいくまでは。
「まるで、冗談の様でした。巨鬼ブル・オーガは一体につき兵士十数人でかかるのが普通です。魔法使いの援護があっても、群れを相手に単騎で挑むなんて正気の沙汰では無いのですよ」
矮鬼や骨鬼も、セスタス大森林を埋め尽くすのではないかと思うほどの大群だった。
盾と槍で、矢と魔法で慎重に潰さないといけない。
だが……
「ディーゴは違いました。彼が突撃していくと、魔物達が次々に撥ね飛ばされて宙を舞い、瞬く間に数を減らすのです」
刃が欠け歪んだ剣が使い物にならなくなると、手近な矮鬼から奪い取り、野ざらしになって錆びていた槍を振るい、落ちていた鏃を蹴って魔物を仕留めていく。
「神殿前の魔物が全て倒されるまで、半日とは掛かりませんでした」
「そんな……」
「……正直に言えば、ディーゴの方が恐ろしい化け物に見えた位でしたよ」
「……」
アリアが知るディーゴとは、まるで別人に思える。
確かに彼が戦う所は、魔神ガルナックと対峙した一度しか見ていない。
だがこの二年、近衛として側に居るディーゴは些かならず無口だが、面倒見も良く、新人騎士に対する指導は丁寧だ。
第一、そんな化け物の様な者が、皆の中心で楽しげに宴に興じているなどあり得ない。
「……話が逸れてしまいましたね。ともかくディーゴは強かった。でもそんなディーゴでも、ゼグノートは攻めあぐねました」
鋼鉄の様な外殻に弾かれ、ディーゴは何度も剣を砕かれた。
「誰もが、諦めかけました」
だが
ディーゴを掠め、再び空に舞い上がろうとしたゼグノートに何者かの投げた鎖が巻き付いたのだ。
「支えろ!」「引っ張れ!」
疲労困憊で、息も絶え絶えで、満身創痍の騎士達、兵士達
死闘の邪魔にならない様にと地面に転がっていただけの、最早戦えぬ筈の者達までが鎖に飛び付いた。
引き摺られ、それで傷付いた者も多かったが、それでも誰もが必死に鎖を握り、死に物狂いでしがみつく。
木々の高さを越えて空へと飛んだ大怪甲虫ゼグノートは、空中で一瞬だけ静止して、次の瞬間弧を描き、流星の如く戦舞台石畳へと墜ちた。
その振動で転がる兵士達。
もうもうと立ち込める土埃。
その真ん中に雲間から射し込んだ陽光が、まるで舞台照明の如く照らし出した姿。

地に伏せながらも、半ば折れた角を振り上げる大怪甲虫ゼグノート
その背に飛び乗ったディーゴの手には、しかし剣は無かった。

「その刹那」

なにかに導かれる様に

    光の剣士はその手を伸ばす

風を切り     闇を裂き     吸い込まれる様に

    飛び来るきたるそは朽ちたるつるぎ

無念に倒れた騎士戦士

    護国の想い    正義の誓い

烈帛の一撃    刃は闇の魔虫を貫いて

「勝鬨は神殿の外にまで響き渡り、かくて深緑の神殿の闇は祓われたのです」
「ゼグノートが風に消えた時、そこに残されていたのは第一次奪還戦の際に倒れた戦人ヒュム族の隊長の剣でした」
戦人ヒュム族の中でも勇猛果敢で知られる大戦士でしたよ」
「……あの瞬間。まるで剣が自らディーゴの手に飛び込んだ様でした」
「きっと、彼の魂がディーゴと共に魔を討ったのだと、わたくしは思っているのですよ」



























    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...