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刹那
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闇に染まりし森林の王者
鉄より硬く 風より疾く
騎士をも貫く角振りかざし
光の剣士を贄にせんとや迫り来る
「その詩、本当の事なのよね?」
「勿論ですよ!なんせこの目で見ていたんですからね!」
リュートをかき鳴らす光人はアリアの問いに笑顔で答える。
「わたくし、こう見えまして以前はハイランド軍の魔法師団に身をおいていたのですよ」
聖属性とされる光属性魔法こそ煌人族よりは劣るとされるが、光人族も魔法に優れた種族である。
特に風魔法を操る魔法師団は、魔神ガルナックの軍勢に対するハイランド解放戦団においても大きな役割を担っていた。
「光の神殿の一つである、深緑の神殿解放作戦にも加わっていたのですよ」
深緑の神殿は第二の神殿……森を司る大精霊が祀られた光の神殿である。
セスタス大森林の奥に存在する深緑の神殿も、魔神ガルナックの呪いによって魔の領域と成り果てていた。
美しい泉は毒の沼となり、樹木は螺くれた呪木となって踏みいる者を惑わせる。
そして神殿解放を阻む最大の敵が、最奥戦舞台で待ち受ける大怪甲虫ゼグノートであった。
「小山のような一本角甲虫の怪物でした」
地にあっては騎士の剣を容易に弾いて傷一つつかない甲殻に守られ、牛のように角を振りかざして突進してくる。
小山のような巨体のパワーと、騎士鎧すら易々と貫く角に、いったい何人の犠牲者が出たのか……
「だけど、本当の恐ろしさは、奴が飛んだ時でした」
まさに矢の如きスピードで飛び回るゼグノート
盾で弾こうとした者は盾ごと貫かれて死んだ。
風の魔法を置き去りにして飛び回り、空高くから広範囲に障気の塊をいくつも降らせる。
矢は殆ど当たらず、希に当たってもその甲殻に弾かれてしまう。
「解放軍は神殿奪回を四度試み、四度失敗しました。攻める度、殆ど壊滅に近い被害が出ていたのですよ」
障気に侵された者は病を得て、しばらくは復帰もままならない状態になる。
「……皆が絶望に沈みそうになった、その時でした。ショテル平野の第一神殿、薫風の神殿が解放されたとの朗報が届いたのは……」
俊敏にして凶猛たる大髑髏魔犬を討ち果たし、平原の大精霊が解き放たれた。
「……それは、希望の光そのものでした」
その者は、ある日ふらりと現れた。
対応した砦の警備兵は、最初避難民の子供だと思ったのだと言う。
愛想もなく、俯き加減に歩く少年。身体に目立った傷は無いが、着ているものはサイズがあっておらず、手にした小剣は手入れもされていない程傷だらけ。
どこで手に入れたのかと訊ねれば、言葉少なに矮鬼から奪っただけだと答えたという。
だから第五次神殿奪還戦に、その少年が参加していた事など、誰も気付きもしなかった。
神殿前に群れをなす巨鬼に、解き放たれた矢の様に少年が突っ込んでいくまでは。
「まるで、冗談の様でした。巨鬼は一体につき兵士十数人でかかるのが普通です。魔法使いの援護があっても、群れを相手に単騎で挑むなんて正気の沙汰では無いのですよ」
矮鬼や骨鬼も、セスタス大森林を埋め尽くすのではないかと思うほどの大群だった。
盾と槍で、矢と魔法で慎重に潰さないといけない。
だが……
「ディーゴは違いました。彼が突撃していくと、魔物達が次々に撥ね飛ばされて宙を舞い、瞬く間に数を減らすのです」
刃が欠け歪んだ剣が使い物にならなくなると、手近な矮鬼から奪い取り、野ざらしになって錆びていた槍を振るい、落ちていた鏃を蹴って魔物を仕留めていく。
「神殿前の魔物が全て倒されるまで、半日とは掛かりませんでした」
「そんな……」
「……正直に言えば、ディーゴの方が恐ろしい化け物に見えた位でしたよ」
「……」
アリアが知るディーゴとは、まるで別人に思える。
確かに彼が戦う所は、魔神ガルナックと対峙した一度しか見ていない。
だがこの二年、近衛として側に居るディーゴは些かならず無口だが、面倒見も良く、新人騎士に対する指導は丁寧だ。
第一、そんな化け物の様な者が、皆の中心で楽しげに宴に興じているなどあり得ない。
「……話が逸れてしまいましたね。ともかくディーゴは強かった。でもそんなディーゴでも、ゼグノートは攻めあぐねました」
鋼鉄の様な外殻に弾かれ、ディーゴは何度も剣を砕かれた。
「誰もが、諦めかけました」
だが
ディーゴを掠め、再び空に舞い上がろうとしたゼグノートに何者かの投げた鎖が巻き付いたのだ。
「支えろ!」「引っ張れ!」
疲労困憊で、息も絶え絶えで、満身創痍の騎士達、兵士達
死闘の邪魔にならない様にと地面に転がっていただけの、最早戦えぬ筈の者達までが鎖に飛び付いた。
引き摺られ、それで傷付いた者も多かったが、それでも誰もが必死に鎖を握り、死に物狂いでしがみつく。
木々の高さを越えて空へと飛んだ大怪甲虫は、空中で一瞬だけ静止して、次の瞬間弧を描き、流星の如く戦舞台へと墜ちた。
その振動で転がる兵士達。
もうもうと立ち込める土埃。
その真ん中に雲間から射し込んだ陽光が、まるで舞台照明の如く照らし出した姿。
地に伏せながらも、半ば折れた角を振り上げる大怪甲虫
その背に飛び乗ったディーゴの手には、しかし剣は無かった。
「その刹那」
なにかに導かれる様に
光の剣士はその手を伸ばす
風を切り 闇を裂き 吸い込まれる様に
飛び来るそは朽ちたる剣
無念に倒れた騎士戦士
護国の想い 正義の誓い
烈帛の一撃 刃は闇の魔虫を貫いて
「勝鬨は神殿の外にまで響き渡り、かくて深緑の神殿の闇は祓われたのです」
「ゼグノートが風に消えた時、そこに残されていたのは第一次奪還戦の際に倒れた戦人族の隊長の剣でした」
「戦人族の中でも勇猛果敢で知られる大戦士でしたよ」
「……あの瞬間。まるで剣が自らディーゴの手に飛び込んだ様でした」
「きっと、彼の魂がディーゴと共に魔を討ったのだと、わたくしは思っているのですよ」
鉄より硬く 風より疾く
騎士をも貫く角振りかざし
光の剣士を贄にせんとや迫り来る
「その詩、本当の事なのよね?」
「勿論ですよ!なんせこの目で見ていたんですからね!」
リュートをかき鳴らす光人はアリアの問いに笑顔で答える。
「わたくし、こう見えまして以前はハイランド軍の魔法師団に身をおいていたのですよ」
聖属性とされる光属性魔法こそ煌人族よりは劣るとされるが、光人族も魔法に優れた種族である。
特に風魔法を操る魔法師団は、魔神ガルナックの軍勢に対するハイランド解放戦団においても大きな役割を担っていた。
「光の神殿の一つである、深緑の神殿解放作戦にも加わっていたのですよ」
深緑の神殿は第二の神殿……森を司る大精霊が祀られた光の神殿である。
セスタス大森林の奥に存在する深緑の神殿も、魔神ガルナックの呪いによって魔の領域と成り果てていた。
美しい泉は毒の沼となり、樹木は螺くれた呪木となって踏みいる者を惑わせる。
そして神殿解放を阻む最大の敵が、最奥戦舞台で待ち受ける大怪甲虫ゼグノートであった。
「小山のような一本角甲虫の怪物でした」
地にあっては騎士の剣を容易に弾いて傷一つつかない甲殻に守られ、牛のように角を振りかざして突進してくる。
小山のような巨体のパワーと、騎士鎧すら易々と貫く角に、いったい何人の犠牲者が出たのか……
「だけど、本当の恐ろしさは、奴が飛んだ時でした」
まさに矢の如きスピードで飛び回るゼグノート
盾で弾こうとした者は盾ごと貫かれて死んだ。
風の魔法を置き去りにして飛び回り、空高くから広範囲に障気の塊をいくつも降らせる。
矢は殆ど当たらず、希に当たってもその甲殻に弾かれてしまう。
「解放軍は神殿奪回を四度試み、四度失敗しました。攻める度、殆ど壊滅に近い被害が出ていたのですよ」
障気に侵された者は病を得て、しばらくは復帰もままならない状態になる。
「……皆が絶望に沈みそうになった、その時でした。ショテル平野の第一神殿、薫風の神殿が解放されたとの朗報が届いたのは……」
俊敏にして凶猛たる大髑髏魔犬を討ち果たし、平原の大精霊が解き放たれた。
「……それは、希望の光そのものでした」
その者は、ある日ふらりと現れた。
対応した砦の警備兵は、最初避難民の子供だと思ったのだと言う。
愛想もなく、俯き加減に歩く少年。身体に目立った傷は無いが、着ているものはサイズがあっておらず、手にした小剣は手入れもされていない程傷だらけ。
どこで手に入れたのかと訊ねれば、言葉少なに矮鬼から奪っただけだと答えたという。
だから第五次神殿奪還戦に、その少年が参加していた事など、誰も気付きもしなかった。
神殿前に群れをなす巨鬼に、解き放たれた矢の様に少年が突っ込んでいくまでは。
「まるで、冗談の様でした。巨鬼は一体につき兵士十数人でかかるのが普通です。魔法使いの援護があっても、群れを相手に単騎で挑むなんて正気の沙汰では無いのですよ」
矮鬼や骨鬼も、セスタス大森林を埋め尽くすのではないかと思うほどの大群だった。
盾と槍で、矢と魔法で慎重に潰さないといけない。
だが……
「ディーゴは違いました。彼が突撃していくと、魔物達が次々に撥ね飛ばされて宙を舞い、瞬く間に数を減らすのです」
刃が欠け歪んだ剣が使い物にならなくなると、手近な矮鬼から奪い取り、野ざらしになって錆びていた槍を振るい、落ちていた鏃を蹴って魔物を仕留めていく。
「神殿前の魔物が全て倒されるまで、半日とは掛かりませんでした」
「そんな……」
「……正直に言えば、ディーゴの方が恐ろしい化け物に見えた位でしたよ」
「……」
アリアが知るディーゴとは、まるで別人に思える。
確かに彼が戦う所は、魔神ガルナックと対峙した一度しか見ていない。
だがこの二年、近衛として側に居るディーゴは些かならず無口だが、面倒見も良く、新人騎士に対する指導は丁寧だ。
第一、そんな化け物の様な者が、皆の中心で楽しげに宴に興じているなどあり得ない。
「……話が逸れてしまいましたね。ともかくディーゴは強かった。でもそんなディーゴでも、ゼグノートは攻めあぐねました」
鋼鉄の様な外殻に弾かれ、ディーゴは何度も剣を砕かれた。
「誰もが、諦めかけました」
だが
ディーゴを掠め、再び空に舞い上がろうとしたゼグノートに何者かの投げた鎖が巻き付いたのだ。
「支えろ!」「引っ張れ!」
疲労困憊で、息も絶え絶えで、満身創痍の騎士達、兵士達
死闘の邪魔にならない様にと地面に転がっていただけの、最早戦えぬ筈の者達までが鎖に飛び付いた。
引き摺られ、それで傷付いた者も多かったが、それでも誰もが必死に鎖を握り、死に物狂いでしがみつく。
木々の高さを越えて空へと飛んだ大怪甲虫は、空中で一瞬だけ静止して、次の瞬間弧を描き、流星の如く戦舞台へと墜ちた。
その振動で転がる兵士達。
もうもうと立ち込める土埃。
その真ん中に雲間から射し込んだ陽光が、まるで舞台照明の如く照らし出した姿。
地に伏せながらも、半ば折れた角を振り上げる大怪甲虫
その背に飛び乗ったディーゴの手には、しかし剣は無かった。
「その刹那」
なにかに導かれる様に
光の剣士はその手を伸ばす
風を切り 闇を裂き 吸い込まれる様に
飛び来るそは朽ちたる剣
無念に倒れた騎士戦士
護国の想い 正義の誓い
烈帛の一撃 刃は闇の魔虫を貫いて
「勝鬨は神殿の外にまで響き渡り、かくて深緑の神殿の闇は祓われたのです」
「ゼグノートが風に消えた時、そこに残されていたのは第一次奪還戦の際に倒れた戦人族の隊長の剣でした」
「戦人族の中でも勇猛果敢で知られる大戦士でしたよ」
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