ハイランド英雄譚

荒谷創

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男は星空を指差した

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 打ち払われた炎弾の残滓が銀髪の剣士の周囲に火の粉と舞う。

 小柄な剣士だ。
 尖った耳、白い肌、蒼い瞳の青年は、その細い腕で長剣を振い、玉座の間を縦横無尽に駆け回っている。
 時折柱や瓦礫の影から涌き出る巨鬼や骨鬼、幽鬼を殆ど見もせずに切り捨て、時には高速の魔法弾を打ち返してくる事すらやってのける。

 強い。あまりにも。
 その強さは正に、お伽噺で魔神を倒した『剣の神』の様だ。
 自分の中で、魔神ガルナックが身悶えし、激しい嫌悪感をくる。
「煩いぞガルナック。不完全な過去の遺物は大人しく力だけを寄越せ…っと !」
 余計な所に意識を割いた瞬間に剣士に肉薄される。
 放たれた矢、などという表現では到底追い付かない、一切の躊躇無き突進。
 辛うじて受け止めた障壁は一瞬で破壊され、だがその一瞬を使い闇に潜る。
 魔物共を生み出してけしかけ、距離を取る。
 仕切り直し……いや。
「見事なジリ貧だな」
 魔神の魔力で強化している筈の肉体が悲鳴を上げているのが、判る。
 元々が純粋な煌人ハイエルフ族でない自分の身体では『神の器』足り得ない。
 物理的には純潔の煌人ハイエルフ族よりは頑健な肉体を持つ光人エルフ族の血が、しかし魔神の魔力を引き出しきれない事で完全な状態の魔の神ガルナックよりも弱体化しているのは自明の理だ。
 それでも
「姫様を見るな魔神。貴様などが望んでいい方じゃ無い ! 」
 この身が滅び去っても、魔神ガルナック煌人ハイエルフの、姫様アリアの肉体を得る機会を与えるつもりは無い。
 ガルナックの意識を強引に閉め出し、目の前の剣士に集中する。
 剣士の振るう破邪の力を秘めた剣は、魔力障壁すら容易く切り破る。ガルナックの意識などに拘ってなどいる余裕は到底無かった。

 永遠とも思える攻防は、唐突に終わる。
 しかしそれは魔神ガルナックの魔法弾が剣士ディーゴを捉え、打ち倒したのでも、剣士ディーゴの剣が魔神ガルナックを切り伏せた訳でも無い。

「ホホホ ! 我が主の為に残しておきたかったですが 仕方ない……ギャッ!?」

 嗤いながら玉座に姿を現したのは、隠形魔法で隠れていた奇怪宰相クロマスだ。
 常に浮かべるニヤニヤ笑い。
 歪な六本角の怪人は、その短い腕を傍らの石像アリアに伸ばし……次の瞬間、仕掛けられた不可視の刃で切り刻まれた。
「バッ、バカな !?」
 クロマスは無論、魔神ガルナックの依り代である魔術師ハガルが当代の巫女アリアに執着しているのを知っていた。
 魂を抜いた石像脱け殻を玉座の横に置き、昼夜を問わず恋慕し、称賛し、崇拝する様を見て知っている。
 城内に放っている魔物の中には知能の低い矮鬼や巨鬼も居る為、石像アリアの周囲に幾重もの魔法罠を仕掛けている事も。
 だが、まさか玉座からもしてあるとは想定外だった。
 傷ついた腕を抱えながら玉座から転がり落ちた途端、背後から頭を鷲掴みされ奇怪宰相クロマスの血の気が引く。
 お得意のニヤニヤ嘲笑も浮かべられず踠く矮軀に、強烈な怒気が叩き付けられる。
「貴様ごときが……」
「ヒ、ヒィイィィィ !! 」
 悲鳴を上げながら魔神ガルナックの手から逃れる為に、魔人クロマスは無数の魔法弾を周囲に生み出す。

 否

 生み出そうとした。
死の舞踏ダンス・マカブルだったか?余の手の内で使えると思うな」
 そして
「ふふふ……それでこそよ」
 ジタバタ暴れる小男クロマスを鷲掴みした魔神ガルナック石像アリアの間に立ち、油断無く王の剣を構える剣士ディーゴの姿に、思わず笑みを浮かべる。
 たとえ小男クロマスめの魔法が発動していたとしても、全てこの剣士が切り払うのは間違い無い。
「……さて、クロマス。余は一つ捜していたものがあってな……」
「は、はひぃ……ギャァァァ!!」

 奇怪宰相クロマスの六つの角。
 その一番大きな角に手を掛けた魔神ガルナックは、ボキリとその角をへし折る。
「……やはりか。小心な貴様の事だ。隠すなら己の目が届かぬ所に隠しはすまいと思っていたぞ!」
 小男クロマスの大きな頭と比しても大きな黒い角は魔神ガルナックの手の中で砂の様に崩れ、温かな光が残る。
アリア様の魂、返して貰う!」
「ぎゃあああぁぁぁ!」
 錯乱したかの様に叫び、短い腕の爪を刃物の様に伸ばして滅茶苦茶に振るう小鬼クロマスを、ガルナックハガルは無造作に火達磨にして外に放り捨てた。
「……どいてくれ、剣士よ。アリア様に魂を返さねばならん」
 献上されたアリアを石像のままにしていた理由がコレだ。
 魂を抜かれた肉体は朽ちる。
 それ故に石化の魔術を解く事が出来なかった。
 邪魔をしないでくれ、内心の思いを口に出来れば、それはとても楽な事であったろう。
 だが、ただでさえ身に余る力を持つ魔神ガルナックを内に押し留めているのだ。
それを打ち倒す剣士にこれ以上懇願する訳にはいかなかった。

 果たして

 一方、火達磨となって外に投げ捨てられた道化クロマスは、恥も外聞も無く城外に張り巡らされた水路に飛び込んで火を消し止めた。
かつては美しく澄んだ水を湛えた水路も、魔物達が占拠する様になってからは汚物と腐臭に塗れた汚水溜めに近い。
「ゲホゲホゲホ……うっぷ、うぇえぇ……ち、ちくしょう……」
口に出すのも憚られるすらへばりついて、すっかり見窄らしくなった奇怪宰相クロマスは、憎らしげに先ほどまで居た玉座の間決戦場を見上げた。
「たかが不完全な魔神ガルナックの器如きが!」
地団駄を踏んで悔しがっても、その不完全な器ガルナックに勝てないのは事実だし、神に選ばれた剣士にも届かないのは自覚していた。
していたが故に、余計に腹立たしい……が
「……あの半端な魔神では、今代のには勝てない。気配から見て、も復活した様です……なら、もう今回は見切りを付けた方が得策ですねぇ……なに、冥神、魔神以外にもこの地に封じられた亜神デミゴッドは居ます。何百年かほとぼりを冷ませば……」
「そうはいかん。貴様には用があるからな」
「な、だ、誰だ!?」

ジャラララララ!

次の瞬間、奇怪宰相クロマスの全身に薄紫色の鎖が巻き付いて締め上げる。
「く、こ、この!ま、魔力が、使えないだと…?」
「久しぶりだな、奇怪宰相クロマス
「だ、誰です……?」
空から舞い降りて来たのは、三白眼の男。
その左腕は機械手甲クローアームに覆われている。
「……二千年、貴様の事は一日足りとも忘れた日は無い……貴様が俺を忘れたというなら、思い出させてやろう」
そう言って男は星空を指差した。
満天の星空に、雲では無い巨大な物が浮いている。
「……?……あ……アマツイクサブネ?…バカな……」
それはかつてと戦う為に作られ、しかし、他ならぬ奇怪宰相クロマスの策謀によって消し去られた筈の遺物。
その最後の一隻を駆り、冥神ギルトラムを冥界へと押し戻したのは……

「ディ、ディーゴ勇者!!?」







     
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