記憶のない勇者

イブ&シルバ

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最終話 勇者の記憶

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衝撃の言葉にマリリアは思わず口を押さえる。アストリアが影丸を殺した?かつての仲間の梟影丸を?影丸を殺したのはもう一人の仲間の、ライネルという人ではなかったのか?
「ライネルもアストリアが殺したのさ‥」
月黄泉がマリリアの心を見透かしたように言う。アストリアは西の大陸で魔王ルーファウス討伐後、エザリアと影丸から東の大陸のドルギア帝国が不穏な動きを見せている、と聞かされていたのだ。当時、ヒルダは自分の故郷への長旅に出ていた為、アストリアは一人で調査する為に東の大陸への船に乗り込んだ。だがそんなアストリアの目の前に、妖華刺が現れたのだ。剣を抜こうとするアストリアに、妖華刺は魔香を充てた。虚な目をして大人しくなったアストリアに、妖華刺が魔王ルーファウスの討伐に関わった者全員の暗殺を命じる。そして使い魔のイービルアイをアストリアに付けた。イービルアイは非常に小さい目玉の悪魔で、羽が付いていて自由に飛べる。そしてその目で見た映像と音声を遠く離れた妖華刺や月黄泉に転送する事が出来るのだ。妖華刺達はそうやって、アストリアの行動を監視し、一部始終を見ていたのだった。そしてアストリアはその足で雅の国に渡り、ライネルの偽名を使い影丸を呼び出した。影丸はアストリアがライネルと名乗って訪問して来た事に、ただならぬ事態だと感じとり、二人で話しをしに外へ出た所を背後から斬られたのだ。次にヒルダを殺害する為に西の大陸に戻るが、ヒルダはまだ帰ってなかった。そこでライネルを呼び出し、自宅へ食事に誘い料理に毒を混ぜて毒殺したのだ。アストリアが見た夢はライネルが毒死する直前の出来事だったのだ。その後、アストリアは再度、東の大陸に渡る。妖華刺達によるオルタナの襲撃を知らないアストリアは、エザリアを殺害する為にオルタナへ向かったのだ。だが、オルタナに向かう途中のラズベリア国内で、アストリアは正気に戻りかけた。魔香の力に必死に抗うアストリア。自分の周りを飛ぶイービルアイを斬り殺し、意を決して自らの命を絶って止めようと滝壺に身を投げたのだ。だがアストリアは一命を取り留め、カマリア周辺の河原で記憶をなくした状態で目覚めたのだった。

月黄泉は勝ち誇ったように説明をする。ヒルダとマリリアは驚きながらも黙って聞いていた。
「いやぁ、カマリアで会った時は度肝を抜いたよ~。息絶えるイービルアイが最後に見たのは、滝壺に飛び込むアストリアの後ろ姿だったからさ~。てっきり死んだものだと思ってたよ」
月黄泉の話しは、どうやら作り話しなどではなさそうだ。ならば本当にアストリアが二人を‥。アストリアは無言で剣を構えながら近づいてくる。だが、この状況が何よりの証拠だろう‥。アストリアがヒルダに斬り込んだ。
「‥馬鹿者!目を覚ませ!」
ヒルダが必死に杖で防御する。だがアストリアは剣の使い手。ヒルダは剣術に関しては素人だ。手も足も出ない。ヒルダの杖は弾き飛ばされ地面に転がる。マリリアが杖をアストリアに構える。が、魔法を当てればアストリアを傷つけてしまう。そうだ!これなら‥。
「ライプラッシュ!」
マリリアが叫ぶと周囲が強烈な光に包まれる。普段は無明剣を使っている為、目を閉じて戦うアストリアだが、魔香に充てられ目を開けていたのだ。ヒルダも月黄泉も妖華刺も、一瞬目が眩む。そして目を閉じて光を見なかったマリリアが走り出した。マリリアは地面に落ちた白虎の剣を急いで拾うと、強い光で目が眩んでいるアストリアの左肩を叩きつけた。か弱い女性の力では、鎧に阻まれ怪我すら負わせる事は出来ない。だが白虎の剣は退魔の剣。魔の力を打ち砕く事が出来る。アストリアから黒い煙が立ち上がり、その場で跪いた。魔香が浄化され、僕は正気に戻った。魔香で意識はなかったが、月黄泉の話す一部始終は聞こえていたのだ。僕は跪いたまま両手で顔を覆った。
「‥‥そんな‥‥僕が‥‥僕が‥二人を‥‥」
僕の中で記憶が次々と蘇る。背中を斬られ血飛沫をあげて倒れる影丸。床に倒れ苦しんでいるライネル。僕はなんという事をしてしまったんだ‥。絶望に頭を抱える。
「‥うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥」
僕は絶叫して蹲った。するとヒルダが僕に近づく。そして僕を無理矢理起こすと、素手で殴りつけた。
「後で死ぬほど殴ってやる!でも今は戦うのじゃ!戦ってコイツらを倒す事が、影丸とライネルへのせめてもの償いじゃ!」
ヒルダが僕の胸ぐらを掴んで叫ぶ。涙を流す僕に
「なんじゃ!その情けない顔は!生きて戦え!生きて償え!でなければ、影丸とライネルに会わせる顔が本当になくなるぞ!」
とヒルダは叫んで突き飛ばした。僕はゆっくり立ち上がり涙を拭いた。僕は落ちるとこまで落ちた。魔香のせいとはいえ、大事な仲間を二人もこの手で殺してしまった。取り返しはつかない。許してもらおうとも思わない。でも僕がここで落ちぶれて、ヒルダとマリリアが殺されたら‥。グングニルがまた発射されて大勢の人々が犠牲になったら‥。それこそ取り返しのつかない大罪だ。もう過ちは犯したくない‥。もう二度と‥。するとマリリアが僕に近づき、白虎の剣を渡す。
「‥私はアストリアを人殺しだとは思わない。神楽の事もそう‥。その手で人を殺してしまったのは過ち。大小はあるけど、人は誰でも過ちを犯す。過ちは償える。一生かけて償う事はできる。生きて償う事を私に約束してね?」
そう言うマリリアに僕は頷く。最初に出会った頃の幼い少女の印象はもうない。立派な女性であり、立派な一国の主だ。
「‥きっとエザリアも同じ事を言うはず‥」
と言ってマリリアは妖華刺達に杖を構えた。そしてヒルダが僕の隣に来て
「‥お主は一度正気に戻り、自ら命を断とうとした。充分、苦しんだはずじゃ。これ以上は誰もお主を責めはしない。それにお主は生きて川岸で目覚めた。それにはきっと意味がある。妾には、影丸とライネルがお主を生かし、ここまで連れてきたとしか思えてならん‥」
と言った。僕は滝壺に身を投げて、激しい激流にのまれながら身を任せた。だが、僕は生きて河原で倒れていた。そしてアデルやデンゼル親方に助けられ、ヒルダと再会し、色々な仲間と出会い、ここまで来た。ヒルダの言う通り、それにはきっと意味がある。本当に影丸とライネルが導いてくれたのかも知れない。ならば、僕の手でこの件にケリをつけなければならない。僕は白虎の剣を静かに構え目を閉じた。月黄泉はそれを見て
「‥じゃあ、そろそろ余興は終わりかな~。演者も揃ってきたしね~。アンダカも解放したし、エンペラー達リカオリオンも放った。いよいよ宴も大詰めだよ?混沌と破滅の宴のさ!」
とニヤけながら長くて大きな鎌を構えた。するとヒルダが杖を構えながら
「‥こんな事をして、何がしたいんじゃ?それにお主は何者じゃ?なぜ妾の事も知っておる?」
と叫ぶ。月黄泉は真顔になると、ヒルダを見ながら
「‥業火のヒルダ‥。実はボクもね‥‥千年前から来たんだよ‥」
と言った。


月黄泉は千年前の東の大陸、オルタニアのゴドラスという街に住んでいた。両親も兄弟も他界して、一人で海で漁をして暮らしていた。男性として生を受けたが、心は女性だった。男性の服装をしたくなかったが、周りに変な人間だと思われたくなくて、仕方がなく男性の服を着ていた。月黄泉という名も本名ではない。男性らしい本名が嫌で、月黄泉という名を自分でつけたのだ。周りの人間とほとんど交流を持たず、友達もいなかった。いつも一人で小さな船を出して、細々と魚を獲っていた。ゴドラスの近くには小さな無人島がいくつかあった。その内の一つに、一人の女性が住んでいた。東の島国から来たらしく、とても美しい女性だった。小さな小屋で占いを生業としており、少し変わり者でも有名だった。月黄泉が島の近くで漁をしていると、たまに声をかけてくれた。月黄泉は余った魚をその女性にあげたりした。女性はアヤカという名だった。自宅である小さな小屋には、何やら怪しい祭壇があったが、それほど変わり者という訳でもなかった。アヤカは不思議な力があった。天気の変化を当てたり、魚が沢山いる場所を教えてくれたり、驚かされる事が多かった。なのでアヤカには、自分が見た目は男性だが心は女性だという話しをした。アヤカは心と体が一致しないのは辛い事だと言ってくれた。蔑んだり馬鹿にしたりしなかった。何より自分を認めてくれたような気がして嬉しかった。月黄泉は、ずっと自分を『出来損ない』だと思って生きてきた。普通の人間ではなく、何かが欠損している出来損ないだと‥。誰が悪い訳でもない。親が悪い訳でもない。何がいけなかったのか教えて欲しいぐらいだ‥。ただ普通に生きてるだけなのに、普通の人のように生きられない‥。そんな自分を初めて認めてくれた人がアヤカだった。だがある時、ゴドラスの男達数人が、アヤカの住む島に来た。そしてよって集ってアヤカに乱暴したのだ。島に一人で住んでいる変わり者の女には、何をしても許されるとでも思ったのだろう。月黄泉はその日は漁に出ていた。漁から戻り、いつも通り余った魚を届けに行くと、小屋でアヤカが裸で泣き崩れていた。月黄泉は、なんと声をかけていいのか分からなかった。自分が男性でもなく女性でもない、中途半端な人間なのではないか?と思ってしまったのだ。次の日からアヤカは、取り憑かれたように何かの祈祷を始めた。自宅の祭壇に籠り、出てこなかった。そして数日が経ち、月黄泉は小屋へアヤカの様子を見に行った。小屋に入るとゴドラスの男達数人が、血まみれで死んでいた。小屋の中は男達の血で壁も天井も真っ赤だった。前回ので味をしめて、またアヤカを襲いに来たのだろう。アヤカは祭壇の前で立ち尽くし、こちらを見ている。目は赤く肌の色は死んだ人間のように青白かった。だが、凶器となる物は持っていなかった。そして小屋全体が黒い煙のようなもので包まれる。するとどこからか男性のような低い声が聞こえてきた。
「‥我は人ならざる者‥人は悪魔と呼ぶ。この女は悪魔と契約した。悪魔は実体を持たない。だからこの女の肉体を借りる事にした。いわゆる共存ってやつだ。その代わり我の力を使いたい放題だ。ついさっき、この男達を八つ裂きにした。相当恨んでいたらしく、返り血を浴びて喜んでいたぞ。お前も悪魔と契約したいのか?」
月黄泉は周囲を見渡す。周りには男達の死体以外、アヤカと月黄泉しかいない。悪魔の声はどこから聞こえるのだろうか?だが不思議と恐怖は感じなかった。
「‥ボクは悪魔と契約はしない。でもこの人と一緒にいたい」
と月黄泉が答える。すると
「お前は知らないだろう?この世界は今消えかけている‥」
と悪魔が言う。悪魔の話しでは、この世界はいくつもの世界が重なっているのだという。同時進行している世界もあれば、少しずれて流れている世界など、無数にあるらしい。だが何かのきっかけで消えてなくなる事もあるそうだ。現在、西の大陸は恐ろしい魔女『業火のヒルダ』が支配していた。だがヒルダが魔女になる前に、別の世界に転送した者がいるらしい。なのでこちらの世界が不要となり、消えてなくなると言うのだ。
「数年後に魔導兵器グングニルが使われ、この世界は火の海と化す」
と悪魔が言うと、月黄泉は少し考え
「‥でボクに何をしろと?」
と聞く。
「‥お前は欲しくないか?世界を消せるぐらいの魔導兵器を‥」
黙っている月黄泉に悪魔が続ける。
「消えてなくなるこの世界を捨て、ヒルダが行った世界をお前がグングニルで支配する。今までお前を見下してきた奴らが全てがひれ伏すぞ?」
アヤカが祭壇から降りて月黄泉の前に来る。そして月黄泉の手を取った。
「‥ボクに力をくれるなら‥ボクは喜んで手伝うよ」
月黄泉はニッコリと微笑んだ。するとアヤカが月黄泉に
「月黄泉様‥あなたに力を授けます。私の事は妖華刺とお呼びください」
と言うと、妖華刺の体が黒い闇に包まれ、月黄泉の体も包み込んだ。そして気づくと月黄泉は長い大きな鎌を手にしていた。これも悪魔の力か‥?と、その時背後から声がした。
「‥‥ひっ!‥な、なんだ!」
ゴドラスから来た男達を乗せた船の船頭が、男達の様子を見に小屋まで来たのだ。そして小屋の扉を開けた船頭が、男達の死体と月黄泉達を見て声を上げたのだった。月黄泉は船頭を見てニタリと笑う。次の瞬間、月黄泉はもの凄い速さで船頭を斬りつけた。血飛沫をあげて船頭は倒れ、月黄泉は驚いた表情で自分が持つ大鎌を見る。武器など扱った事がないのに、達人のような身のこなし。力が漲る。これも悪魔の力‥?‥‥‥‥だとしたら、素晴らしい!素晴らしすぎる!大の大人を虫ケラのように、何の苦労もなく殺せる。ボクが人より優位に立てる!人を支配出来る!ニンマリ微笑む月黄泉に、悪魔の声が
「我が名はサタン。気に入って貰えたようだな?ならば、行くぞ。人の子らよ‥」
と言うと、小屋を取り囲む黒い煙が、大きな竜巻のように天に昇る。そして轟音と共に黒い煙と小屋は跡形もなく消えたのだった。


「で、千年前からこの世界に来た訳‥。とりあえず、魔香を使ってドルギアの国王ハーディングを虜にして、将校達を取り込んでいったんだ。なかなか言う事を聞かないヤツらもいたけどね~。大きな事をするのには、国一つぐらいあったほうが楽だからさ~。そしてようやくドルギア帝国を手中に収めたぐらいに、西の大陸で魔王ルーファウスが討伐されたって言うじゃない?そしたら、討伐組の中に『業火のヒルダ』がいるし‥。だからアストリアを使って密かに『英雄の全員抹殺』を計画したんだ。ボクがグングニルを探してるのに気づいたら、絶対邪魔してくるってわかってたからさ」
月黄泉がニヤつきながら得意げに言う。
「‥ちょっと待て‥‥。妾が魔女になって西の大陸を支配してるなんて‥」
ヒルダは驚きを隠せない。
「つまり『キミがこっちに転送されなかった後の世界』から来たんだよ。キミは転送されなければルバルディの屋敷で魔女となり、恐るべき力で西の大陸を支配したんだ。まぁ、その後グングニルによって『そっちの世界』は滅亡するけどね~」
月黄泉の目が冷たい光を放つ。
「そして『こちらの世界』をボクと妖華刺で支配する。グングニルは手に入れた。後もう少しだ。ボクさぁ、思うんだよね~。特別な力のある人って昔はもっと沢山いたんじゃないか、って。でもそんな人達を『普通の人』は、無意味に恐れ無意味に迫害したんじゃないかな?自分達にはない力を、恐れ怖がり妬んだ‥。徒党を組んで自分達の数が多いのをいい事に、消していったんじゃないかな?人間って自分と違う人間に嫌悪感を示す、って言うじゃない?つまり『普通の人』以外は消されていったんじゃないかな?そして、そんな特別な人達は絶滅していった‥」
月黄泉は一息つくと
「ならボクは『普通の人』だけを消し去ってやる!キミ達は普通じゃないから残念なんだけどね~。普通の人の味方するからだよ。じゃあ、話しは終わり!」
話し終えた月黄泉は妖華刺に近づく。そして二人は手を取り合った。
「‥いでよ、サタン」
二人が同時に呟く。すると二人の体が黒い煙に包まれた。その煙は大きくなり、巨大な黒い化物へと姿を変えたのだ。牛の様な角が生えており、目が赤く光っていて牙も生えている。全身から黒い煙が吹き出し、化物の体を包む。あれが闇の魔力なのだろうか?

「‥これがサタンの姿か?」
凄まじい闇の魔力に、流石のヒルダも驚く。
『グハハハ!力がみなぎる!』
サタンの声は複数の人の声が重なった様な声だ。
「メルデゼリア!」
ヒルダが特大のメルデゼリアを放つ。大きな屋敷でも破壊出来そうな大きさだ。だが、サタンを取り囲む黒い煙に掻き消された。
『グハハハ!メルデゼリアか?お返しだ!』
今度はサタンがメルデゼリアを放つ。
「ディザイアード!」
マリリアが大きな魔法壁で僕らを防御する。
『ならば、これではどうだ?』
今度はサタンが無数のメルデゼリアを放った。まるで流れ星のように次々と放たれる。
「‥‥くっ!‥みんな避けて!」
しばらく耐えていたマリリアだったが、あまりの数の多さに魔法壁が破壊された。僕は一、二発くらいながらも避けきるが、ヒルダとマリリアはメルデゼリアが何発も直撃してしまった。
「であぁぁぁぁ!」
僕は白虎の剣を振るう。するとサタンは、巨大な体からは想像出来ない素早さで避けてみせる。連続で斬りつけるが、見事にかわしてみせた。
「我が名、ヒルダの名において命ずる‥」
後方ではヒルダが立ち上がり、炎を全身に纏った。
「灼熱の業火で焼き尽くせ!クリメイション!」
凄まじい炎がサタンに襲いかかる。だが、サタンは片手で払いのけた。
「ライトライデン!」
今度はマリリアが光の魔法を放つ。連続しての光の帯を、サタンは素早い身のこなしで避けきる。だが避けた先にはヒルダが待ち構えていた。
「業火爆炎!」
先程の数倍の大きさの、巨大な炎がサタンに襲いかかる。サタンは両手を広げ前に突き出し、黒い大きな魔法壁を出した。巨大な炎が黒い魔法壁にぶち当たる。そして炎は消えてしまった。
『今度はこっちの番だ!暗国世壊(あんこくせかい)!』
サタンが叫ぶと全身を包んでいる黒い煙が、みるみる小さく縮んでいく。
「‥危ない!」
マリリアが叫んで僕とヒルダの前に、大きな魔法壁を出す。その瞬間、縮んでいた黒い煙が一気に広がり、黒い大爆発を起こした。魔法壁は砕け散り、僕ら三人は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。なんという力‥。ヒルダがいて、三人がかりでもこのザマだ。これがサタン‥悪魔の王か‥。
「‥‥一人づつでは敵わん‥。同時にいくぞ‥」
ヒルダが起き上がりながら言う。頭からは血が流れている。
「‥僕の白虎の剣とマリリアの光の魔法を、執拗に避けている。やはり、退魔や聖なる光が苦手なんじゃないかな‥?」
僕が言うと
「‥後はどう当てるか‥?って事ね‥‥」
マリリアも起き上がりながら言う。マリリアは左足を引きずっている。どこかで痛めたのだろう‥。
「‥‥妾とマリリアで動きを止める。妾が合図したら、アストリアが飛び込んでトドメを刺せ‥‥」
ヒルダは深く息を吐き出すと、目を閉じてゆっくりと杖を構えた。きっと全ての魔力をぶつけるつもりだろう。マリリアも両足を開いて杖を構えた。こちらも深呼吸をしている。僕は白虎の剣を構えた。三人ともボロボロだ。一撃で決めよう。
『なんだ?もう限界か?こちらは湯水のように、力が溢れ出てくると言うのに!』
サタンはそう言うと
『暗国世壊!』
と叫び、またもや黒い煙が縮んでいく。ヒルダとマリリアは、目を閉じて杖を構えたままだ。そして黒い爆発が起こる瞬間、
「業火・天照(ごうかてんしょう)!」
ヒルダが先に叫び、マリリアが続けて叫んだ。凄まじい炎と光が融合して、黒い爆発とぶち当たった。
「くっっ!」
「うぅぅ‥」
ヒルダとマリリアが呻く。
『ぐうぅぅ‥』
サタンも呻いている。魔力による力比べだ。
「アストリア!行けぇぇぇ!」
ヒルダが叫ぶ。僕は走り出す。両者の力は拮抗している。だが、ここに白虎の剣の退魔の力が加われば‥‥均衡は崩れる!僕は剣を振り上げた。
「白虎の剣!退魔刃(たいまじん)!」
僕は飛び込んで、黒い爆発と炎と光の融合体がぶつかっている所を斬り裂いた。すると炎と光の融合体が黒い爆発を押し破った‥‥‥かに見えた。
『舐めるなぁぁぁぁ!』
サタンの大きな咆哮と共に、全身に纏う黒い煙が炎と光の融合体とぶつかり、両方とも掻き消えたのだ。そしてサタンの目の前には、無防備な体制の僕がいた。
『これで終わりだ!』
サタンが右拳を振り上げた。まずい!避けられない!ヒルダもマリリアも、さっきの一撃で魔力はもう残っていないはず‥‥。その時、僕の背後から声が聞こえた。
「‥ライプラッシュ!」
マリリアが最後の力を振り絞り唱えた。周囲が強い光に包まれる。
『ぐおぉ!』
目が眩み怯むサタン。僕は無明剣を使っている為、目を閉じていた。
「‥比較的、魔力の低い魔法ならまだ打てるんじゃ‥。妾達の魔力を舐めるなよ‥」
ヒルダが僕の背後で杖を構える。
「メルデゼリア!」
ヒルダの魔法がサタンを直撃する。サタンの全身を覆っていた黒い煙はない。まさに直撃だ。サタンは後方に吹き飛び、後ろにあった大きな扉を突き破って仰向けに倒れた。僕はすかさず飛び上がる。そして両手で白虎の剣を握り、着地と共に倒れているサタンの心臓に突き立てた。


「‥ふぅ」
シーマは一息つく。周りにはリカオリオンの死体が無数に転がっている。負傷者の退避もあらかた片付いた。アルバトスも剣をしまう。死神の紋章がなくても、剣の腕は確かだ。神楽も剣をしまった。すると
「シーマ!神楽!」
ミルコの声がした。声のした方を見ると、ミルコが誰かを肩に担いで通路から出てきた。どうやらルドガーを担いでいる。後ろにはリカオリオンが数匹、ミルコを追いかけてきていた。
「でえぇぇぇい!」
左吽がミルコを追いかけてきたリカオリオンを蹴り飛ばし、一瞬で片付ける。
「ミルコ!大丈夫か?」
神楽はミルコに近寄り、二人でルドガーを地面に寝かせる。シーマもミルコに近づき
「刃はどうした?」
と聞く。ミルコは俯きながら
「‥‥刃は‥‥大怪我して‥‥そのせいで病気が発症して‥‥俺達を逃してくれて‥‥」
その先は声にならない。
「‥‥くっ!」
シーマがミルコの来た通路の方へ走り出すが、すぐに立ち止まる。見るとミルコが来た通路から人影が複数見え、こちらに向かってきた。ドルギアの兵士達だった。先頭にはリーゼルがいる。
「‥リーゼル」
アルバトスが小さく呟く。リーゼルはミルコの側に行く。
「‥君の仲間の遺体だ。感染に注意して、手厚く埋葬してくれ‥」
後ろには口を布で覆っているドルギア兵が二人、簡易担架のような物を持っている。担架には布で厳重に巻かれた人のようなものが乗っている。どうやら刃の遺体のようだ。泣いているミルコに神楽がそっと手をかける。そしてシーマがリーゼルの前に行き
「仲間の遺体を運んでくれて感謝する。後はこちらで引き取らせてもらう」
と伝えた。するとリーゼルがドルギアの軍医を呼び
「‥この者も手当てしてやってくれ。まだ助かるはずだ」
と、ルドガーの手当てを指示したのだ。軍医達が急いでルドガーの手当てをする中
「‥‥あれ、見て」
神楽が空を見上げる。トルメキア城の空は深い霧に包まれていたのに、一筋の光が見えた。その光はみるみる広がり、霧が晴れていったのだ。
「‥霧が‥‥晴れた‥‥」
ドルギア兵達が口々に呟く。すると、途端に我に返る者も現れだした。全員ではない所が、魔香の効き具合が人それぞれ違う所なのだろう。そこまで効いていないのに、その場の空気に飲まれた者もいるはずだ。村八分の心理と言うヤツだろう。
「お、おい。見ろ!」
一人の兵士が遠くを指差す。指差す方には地平線に横に広がる、旗を掲げた無数の軍勢が見えた。旗印は宝来の紋章、漢白が率いる宝来の大軍だ。
「あっちにも!」
違う兵士がまた違う方向を指差す。そちらにはラズベリアの旗を掲げた軍勢が見えた。ジェラルドが率いるラズベリア軍。その隣にはマルセルトやダルビア連邦諸国の旗も見える。そして‥‥オルタナの国旗も。先頭にはジェイガンが立っていた。
「‥降伏しろ。ドルギアにもまだまだ兵力はあるが、これ以上無駄な血を流す必要はない」
シーマがアルバトスとリーゼルに言う。
「‥本来ならハーディング国王の意思で決められる事だろう‥。だが、今は不在で君達が指揮官だ。時には、兵達の命を守るのも務めだ‥」
シーマが続ける。するとリーゼルは少し考え
「‥‥わかった。もう我々に戦闘の意思はない。無血開城しよう‥」
と言った。ドルギア兵にどよめきが起こる。
「ハーディング陛下には我々から説明する!各自、武器を捨てよ!」
ワグナスがどよめく兵士に伝える。そして
「‥行け。月黄泉は地下だ」
アルバトスがシーマに言う。シーマは軽く頷くと、走り出した。神楽も立ち上がり
「左吽、ミルコとルドガーを頼みます」
と左吽に言う。左吽は腕組みしながら頷く。それを見た神楽もシーマの後を追って走り出した。



『ウガアァァァァァァ‥!』
心臓に剣を突き立てられたサタンが、断末魔の叫び声を上げる。そして化け物の姿は煙と共に消えてなくなった。すると、白虎の剣が胸に突き刺さった妖華刺の遺体が現れたのだ。月黄泉は少し離れた所に倒れている。部屋の奥には巨大な化け物が佇んでいた。地面に固定されているようで、こちらに襲いかかってくる感じはない。凄まじい魔力を周囲に放っているのが、魔法を使えない僕にもわかる。

「‥魔獣ヒュドラじゃ‥」
ヒルダが呟く。部屋の扉はサタンが吹っ飛んだ時に吹き飛び、壁も大きく破壊されていた。ヒルダはそこに立っていたのだ。月黄泉が頭を振りながら起き上がる。そして妖華刺の遺体に気付いた。すると妖華刺の遺体は煙となって消えていった。
「‥‥き、貴様ぁぁぁぁ!」
立ち上がると、僕に大きな鎌を振る。僕は自分の剣を引き抜き応戦する。月黄泉の連続しての斬りつけ。僕は受け太刀しながら下がる。
「‥よくも!よくも!ボクの大事な人を!」
月黄泉は怒り狂っている。
「いつだってそうだ!ボクらのような『はみ出し者』が淘汰される!ボクらのような者は、まともになんか生きられない!なら、どうやって生きてきゃいいんだよ!」
月黄泉は怒りに任せて鎌を振り回す。
「みんな色んな物を抱えて生きている!見た目からは分からないだけで、色々な事を考え、思い、悩み、苦しんで生きている!何もキミだけじゃない!みんな必死に生きているんだ!だから、神であろうが悪魔であろうが、人の命を奪う事は許されない!」
僕は斬り返しながら叫ぶ。
「人殺しの癖に偉そうに説教するなぁ!」
月黄泉も応戦しながら叫んだ。
「僕は償う!影丸とライネルに、この一生をかけて償う!許される事はないから、一生かけてだ!」
僕は月黄泉の大鎌を弾き返した。月黄泉は飛んで下がる。
「今だってアヤカを殺したじゃないか!お前は人殺しだ!」
月黄泉が地面に突き刺さったままの白虎の剣を指差して叫ぶ。
「よく見るんだ!遺体は煙となって消えた!もう人ではなかったんだ!こちらの世界に来る前に、もうすでに人ならざる者だったんだ!」
と、僕は剣を構え直して叫ぶ。
「うるさい!うるさい!うるさい!キミの大切な仲間を殺してやる!同じ思いを味わえ!」
月黄泉は振り向いて僕に背を向ける。目の前には巨大な魔獣ヒュドラが佇んでいる。月黄泉は飛び上がり、ヒュドラの額を大鎌で斬りつけた。そしてヒュドラの額から何かを引っ張り出す。エザリアだった。エザリアは一糸纏わぬ姿で、体中にはヒュドラから伸びた血管のような管が食い込んでいる。こういう形でエザリアとヒュドラを結合していたのか‥。そしてヒュドラの額に埋め込み、頭脳として動かしていたようだ。月黄泉はエザリアとヒュドラを繋げる管を引きちぎる。そしてエザリアを地面に降ろし、自らも地面に降りた。
「エザリア!」
背後でヒルダが叫び、僕の隣に駆け寄る。マリリアは魔力が尽きて動けないようだ。
「‥動くなよ。少しでも動けばコイツの喉を掻き切る‥」
月黄泉が僕とヒルダに言う。エザリアは意識がない。痩せ細っていて、ガリガリだ。その時、ヒュドラが大きな呻き声を上げた。そして大きな口を開け、凄まじい吸引を始めたのだ。突風が吹き荒れるように、色々な物がヒュドラの口に吸い込まれていく。僕とヒルダは慌てて地面に伏せ、吸い込まれないようにする。月黄泉もエザリアから手を離し、地面に伏せた。月黄泉の大鎌が吸い込まれた。三人は地面に掴まろうとするが、掴める所がない。ヒュドラに一番近い月黄泉の体が浮き上がっていく。すると月黄泉と僕は目が合った。月黄泉は悲しそうに微笑む。
「‥結局、あれやこれや考えても上手くいかない‥。きっと、能天気で何も考えてない奴らが一番幸せなんだろうな‥‥。そんなバカ共にならないと、この世界で生きられないというなら‥‥ボクは遠慮するよ‥‥」
月黄泉はそう言うと、地面から手を放した。
「‥じゃあね」
月黄泉はそう言い残し、ヒュドラに吸い込まれていった。僕とヒルダは必死に地面を掴もうとする。だが、掴める所がないのだ。ズルズルと引きずられるようにヒュドラの口へと近づいていく。
「ヒュドラの腹の中は異空間に繋がっているという!吸い込まれれば、二度と出られん!」
ヒルダが叫ぶ。だが、エザリアの体も引きずられている。僕とヒルダは自分の体を支えながら、エザリアの体も押さえていた。なんとか吸引を止めないと、このままでは三人共吸い込まれてしまう。
「アストリア!ヒルダ!大丈夫?」
マリリアが叫ぶ。どうやら部屋の入り口付近で壁に掴まっている。そこまで離れると、吸引の力は弱いようだ。
「マリリア!こっちに来ちゃダメだ!」
僕が叫ぶ。ここからマリリアまでは距離がある。この凄まじい吸引力の中、這ってあそこまで行くのは不可能だ。
「でも、このままじゃ‥」
マリリアが心配そうに叫ぶ。だが僕らとマリリアとの間に、白虎の剣が床に突き刺さっていた。深く刺さっているようで、この吹き荒れる突風の中、微動だにしない。あそこまでなら、行けるかもしれない‥。僕は這って白虎の剣を掴みに行こうとする。が、凄まじい吸引力に、さらに体がヒュドラへと引きずられる。まずい‥‥このままでは。するとヒルダが
「‥‥お主をメルデゼリアで吹っ飛ばす!エザリアを絶対に離すなよ!」
と叫ぶ。
「‥!‥そんな事をしたらヒルダが‥!」
僕が驚いて聞き返す。
「‥‥さっき、月黄泉の話しを聞いていて思ったんじゃ‥。月黄泉も妖華刺も妾も千年前の人間‥‥ここにいる事自体が間違いなのではないか?と‥‥。だから、妾よりもお主やエザリアがこの世界で生きねばならん!この状況で其方達を助けられるのは、妾しかおらん!」
ヒルダが叫ぶ。
「ダメだ!ヒルダも生きるんだ!後で僕を死ぬほど殴るんだろう?僕は‥‥」
僕は叫ぶが、ヒルダはニッコリ微笑んだ。
「‥楽しかったぞ‥‥みんなと旅が出来て‥‥妾は一人ぼっちではなくなった‥。一人ぼっちだと、恐ろしい魔女になる所だったんじゃ‥‥感謝しとる‥」
僕は力の限り叫ぶ。
「ダメだぁ!ヒルダぁ!やめろぉぉぉ!」
ヒルダは立ち上がり両手で杖を構えた。
「アストリア!其方に会えて良かった!メルデゼリアァァ!」
ヒルダは叫んでメルデゼリアを放つ。
「ヒルダァァァァァァ!」
叫ぶ僕の胸にメルデゼリアが当たった。凄まじい衝撃に耐えながら、必死にエザリアを抱き抱える。僕とエザリアは吹っ飛ばされた。そしてもう一撃。ヒルダが吸い込まれながらメルデゼリアを放つ。二発目も空中の僕に直撃して、僕らはさらに吹っ飛ぶ。そしてマリリアのすぐ側で倒れ込んだ。そしてヒルダは化け物の口の中へと吸い込まれていったのだった。
「ヒルダ!」
僕は痛む胸を左手で押さえながら、すぐに起き上がる。
「ヒルダ?」
マリリアもヒルダの姿を探す。だがそこには誰もいなく、ただ巨大な化け物が全てを吸い込んでいた。呆然とその場に佇む僕とマリリア。しばらくすると
「アストリア!」
シーマと神楽が背後から走ってきた。そして神楽が朱雀の弓をヒュドラに放つ。矢がヒュドラの眉間に突き刺さると、ヒュドラは呻き声をあげ絶命し、凄まじい吸引は収まった。僕は力なく立ち上がった。フラフラとヒュドラの死骸に近づく。背後ではマリリアが泣き叫んでいる。
「‥‥ヒルダ?‥‥ヒルダ?」
僕は譫言のように呟きながら、ヒュドラの口を開けようとする。きっと口の中に閉じ込められてるんじゃ‥。今、助けるよ‥。だがそこには、ただの化け物の死骸があるだけだった‥‥。




そして、二ヶ月が経った。あの後、トルメキア城は無血開城され、ドルギア帝国は降伏した。ハーディング国王は行方知れずとなり、どこを探しても見つからなかった。今回の件は、月黄泉、妖華刺、そしてハーディング国王の責となり、リーゼルやアルバトスなどの将校の罪は不問となった。そしてドルギアは、後継として十七歳の長男のカリウスが王位を継ぐ事となり、後見人としてリーゼルが付く事となった。新たな体制の元、国を立て直していかねばならない。青龍の鍵は石板と共に、ヒュドラのいた部屋の右隣の部屋から見つかった。石板から青龍の鍵が抜かれると、グングニルは地下へと沈み、その巨大な姿を消したのだった。その後、青龍の鍵はマリリアへと返却されたのだ。そしてマリリアはオルタナ王国へと凱旋する。ジェイガンと神楽を引き連れ、オルタナに戻ったマリリアは、ゴルドー伯爵をあっという間に退け、オルタナの王位を継承する事となった。エザリアはなんとか一命を取り留めた。漢白率いる宝来軍の中に、太政や内大師が率いる法力医達が同行していたのだ。法力医達はトルメキア城開城後、すぐにエザリアやルドガーの手当てをしてくれたばかりか、ドルギア兵達の治療もしたのだ。ルドガーも命に別状はなかった。だが、エザリアはかなり衰弱しており、通常の生活が出来るようになるまでしばらく時間が掛かるという事だ。ラファエルは、神楽と共にオルタナでマリリアを支えるようだ。ヴリトラは消えてしまったが、きっとマリリアの側に居たがるだろう、とラファエルは言っていた。ラファエルも最初に会った時のような、頼りない感じは無くなっていた。立派な青年へと成長していたのだ。そんなラファエルと神楽がいれば、オルタナも安泰だろう。ミルコは紅都でドロシーと暮らし始めた。ラズベリアのシーキャットで、ルドガーや仲間達との暮らしも考えたが、なによりドロシーが紅都で法力の勉強を始めたのだ。刃のように体を張って病人を助けたい、と言って頑張っているようだ。刃の兄弟には、ミルコが訃報を伝えに行ってくれた。遺体はトルメキア城で火葬されたので、遺骨を持っていって家族の隣に埋葬したそうだ。シーマはラズベリアに戻った。ジェラルドに懇願され、軍に戻る事になったそうだ。指導者として、主に新人の育成に励むそうだ。左吽は竜鱗寺に戻った。刃と同じく阿右の遺体もトルメキア城で火葬してもらい、遺骨を持って帰り竜鱗寺に埋葬したそうだ。そして僕は‥‥。

沢山の綺麗な服を着た人達に囲まれていた。ここはオルタナ王国の首都、ニーブルデンにあるメルヘイム宮殿だ。今日はマリリアの戴冠式。これでマリリアは、正式なオルタナの女王になるのだ。僕は少し前まで、西の大陸にいた。ヒルダのいたルバルディの屋敷跡地に行ったのだ。ルバルディの事だから、ルビウスの紋章をもう一個ぐらい隠し持っていないか?と言う安易な考えだった。もちろんそんな物はあるはずもなく、無駄足だった。ただヒルダがいなくなった事を痛感する旅になってしまった。ヒルダが隣にいるのが、当たり前だった。失ってから気づく。当たり前の事などないのだ。僕は失意と虚しさで佇んでいた。戴冠式は無事終わり、祝賀会が宮殿で盛大に行われていた。気品のある音楽が流れ、マリリアも綺麗なドレスに身を包み、立派な女王様として来賓者と会話している。その傍には、こちらも綺麗な服を着た神楽とラファエルが護衛にあたる。ミルコもドロシーと、今日の為に買い揃えた服で料理を食べていた。隣の席の椅子には玄武の盾が置いてある。きっと刃の代りだろう。シーマはラズベリアの正式な軍服を着ている。とても立派な将校だ。
「‥いつまでも気を落とすな‥。これからどうするんだ?」
シーマが僕に聞く。僕は軽く微笑むと
「‥‥そうだな。ラズベリアのラムールにお世話になった鍛冶屋がいるから、訪ねてみようかな‥‥」
と言う。デンゼル親方とアデルの事だ。ヒルダの事も伝えないとな‥。周りは笑い声が溢れている。もちろん、マリリアの戴冠はおめでたい事だし、心からお祝いしている。だが、この幸せ溢れる空間で、ポツンと一人になってしまう気がした。ヒルダなら食べ物にばかり、がっついているんだろうな‥などとばかり思ってしまう。みんなと会うのも久しぶりだ。だがみんなの顔を見ると、その隣にヒルダや刃の顔がチラついてしまうのだ。僕はグラスをテーブルに置くと、テラスへ向かった。テラスはニーブルデンの街の夜景が一望できる。この一つ一つの明かりに人が住み、明かりの数だけ物語がある。そしてさらに絡み合い、新たな物語を作っていく。だが、そのほとんどの人と僕は出会う事なくすれ違い、他人として生きていく。『出会い』とは本当に不思議なものだ。今の僕は、暗闇に一人取り残されたようだった。ヒルダも月黄泉も、こんな気持ちだったのかな‥。
「‥一人ぼっちはもう沢山‥‥『ルーメルステリクトルム・デ・ベセルダ』か‥」
僕は呟く。ヒルダがそう願ったのが、今は少しわかる気がする。どんなに面倒でも、誰かと関わる事で自分自身も生きる為に欠かせない栄養源を貰えるのかも知れない。
「‥ヒルダ‥‥楽しい旅だったね‥‥僕は絶対に忘れないよ。ヒルダやヴリトラや刃や阿右さんの事を‥‥沢山の人と出会ったこの旅の事を‥‥」
僕は呟くと、軽く微笑んでテラスから会場へ戻った。












会場へ戻る僕の背後で何か気配がした。僕は何気なく振り向く。ヒルダによく似た服の人がいる。‥‥‥‥‥あれ?ヒルダだ‥‥。その時、僕の後ろの会場からミルコが来た。
「アストリア!何してんだよ。料理が冷めちゃ‥‥」
ミルコが僕が見ている人を見て立ち止まる。
「ヒルダ!」
ミルコが叫ぶ。そこにはボロボロの服だが、ヒルダが立っていたのだ。
「‥地獄から舞い戻ったぞ」
ヒルダがニンマリと笑う。ミルコの声を聞きつけ
「お前!大丈夫なのか?」
「心配したんだよぉ!どこにいたの?」
「よくご無事で‥」
シーマとラファエルと神楽が駆けつけ、それぞれ声をかける。そして‥‥マリリアが走ってきて、無言でヒルダに抱きついた。
「‥‥こら。せっかくの綺麗な服が汚れてしまうぞ‥」
ヒルダが少し困った表情をする。
「‥でも、どうやって‥」
僕がヒルダに聞く。ヒルダは
「‥‥あの時、お主にメルデゼリアを放ったのは、遠くへ吹っ飛ばす為と、もう一つ‥‥」
と言う。僕は少し考え
「‥‥ルビウスの紋章‥?」
と答える。すかさずヒルダが
「その通りじゃ。お主の胸にある、ルビウスの紋章にメルデゼリアが当たれば、紋章は周辺の魔力を吸引し始める。短時間とはいえ、ヒュドラが放つ膨大な魔力を吸い続けた結果、妾を化け物の腹の底からここへ引き戻すぐらいは、なんとか溜まってたようじゃな‥」
と言う。僕は
「‥でも僕が『あの言葉』を言うとは限らないんじゃ‥」
と言うと
「‥まぁ、賭けではあったがな‥。でも寂しがり屋のお主の事じゃ。すぐに妾が恋しくなって『あの言葉』を言うじゃろうと思ってな」
ヒルダが意地悪な笑みを浮かべて言う。僕はヒルダを見ながら
「‥‥ヒルダ‥‥本当に良かった‥‥。僕こそヒルダと会えて良かった‥‥」
と言った。するとヒルダが満面の笑みで
「‥‥一人ぼっちはもう沢山、じゃ‥」
と言ったのだった。


                       
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