コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

第64話 イトーヌ、危機一髪！？

　○○市地域活性化イベントは、イトーヌの登場で一気にヒートアップしていた。サイトウは、着ぐるみの中という安全地帯（と本人は思っている）から、子供たちとの交流を楽しんでいた。

「イトーヌ！　ぎゅーして！」
「イトーヌ、お菓子あげる！」

　子供たちは、イトーヌのふわふわの体に抱きついたり、小さな手を振ったり、持っていたお菓子を差し出したりと、無邪気にイトーヌに群がる。サイトウは、コミュ障の自分では決して経験することのない、純粋な好意の嵐に戸惑いつつも、不思議と心地よさを感じていた。
　イトーヌは、子供たち一人ひとりに丁寧にお辞儀をしたり、優しく頭を撫でる仕草をしたりと、その愛らしさで瞬く間に人気者になっていく。その場にいた奥様方も、イトーヌの虜になっていた。

　観客席でイトーヌの活躍を見ていた結菜は、スマホを取り出し、満面の笑みでイトーヌの写真を撮っていた。

『兄さん、イトーヌ姿のサイトウさんも可愛いね！』

　結菜は、イズミに送るつもりで、写真にメッセージを添えた。

　その頃、イズミと小西くんは、少し離れた場所からその様子を観察していた。

「サイトウ先輩、本当に人気者ですね！　あんなに囲まれて、さすがです！」

　小西くんが感動したように言うと、イズミは腕を組み、ニヤリと笑った。

「全く、とんでもねぇコミュ力だな。これじゃあ、社長も気に入るわけだ」

　イズミはそう言いながら、イトーヌの周りを駆け回る子供たちの姿に、どこか満足げな表情を浮かべていた。

　しかし、その平和な時間は、突然のハプニングによって打ち破られる。
　一人の元気な男の子が、イトーヌに抱きつこうと勢いよく飛びついた、その時だった。サイトウが子供を受け止めようと身をかがめた拍子に、着ぐるみの頭部が、『スポン！』と音を立てて外れてしまったのだ。

「あ……」

　サイトウの素顔が、白くてふわふわの胴体の上から、突然現れた。彼は、一瞬何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くす。
　その瞬間、会場にいた子供たちが一斉に「あっ！」と声を上げた。そして、その場の空気が、それまでとは全く違うものへと変化した。

　イトーヌの中身が露わになったことに気づいたのは、子供たちだけではなかった。イトーヌの周りにいた奥様方も、その光景を目撃して目を丸くする。

「あらやだ！　中の人、意外と可愛い顔してるじゃない！」
「え、本当！？　若い男の子じゃないの！」
「しかも、なんか、すごく困ってる顔がたまらないわねぇ！」

　奥様方の視線が、一斉にサイトウに集中する。サイトウは、突然の事態に顔面蒼白になり、慌てて外れた頭部を拾い上げようとするが、時すでに遅し。

「ねぇ、お兄さん！　可愛い顔してるわね！」
「ちょっと、お兄さん、こっち向いてよ！」

　子供たちからの純粋な好奇の目と、奥様方からの熱烈な視線と質問の嵐が、一斉にサイトウに降り注いだ。コミュ障のサイトウにとって、これほど恐ろしい状況はなかった。彼は、まるで獲物を狙う猛獣に囲まれた小動物のように、ガタガタと震え始めた。

「ひっ……！」

　サイトウは、悲鳴にも似た声を上げ、着ぐるみの頭部を抱えながら、その場から逃げ出そうとする。しかし、奥様方の猛攻は止まらない。

「あら、逃げないでよ、お兄さん！」
「もっとお話しましょうよ！」

　奥様方は、まるでサイトウを捕獲するかのように、彼を取り囲んでもみくちゃにした。サイトウは、着ぐるみの胴体だけになった姿で、奥様方の波に飲まれていく。

　観客席で一部始終を見ていた結菜は、目を丸くして立ち上がっていた。

「ええっ！？　サイトウさんのお顔が！？」

　結菜は、慌ててどうしたものかとあたふたしている。
　イズミと小西くんは、その一部始終を見て、固まっていた。

「イ、イズミ先輩……サイトウ先輩が……」

　小西くんが呆然と呟くと、イズミは額に手を当てて、深くため息をついた。

「……まさか、こんな形でコミュ力が暴走するとはな……」

　イズミは、サイトウの新たな災難に、同情と呆れが入り混じった複雑な表情を浮かべるのだった。