含羞 〜在りし日の戀〜

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冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです

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 冬休みに入りました。そして、イヴです。
 わたしは午後になって、玲花のマンションを訪れました。
 午前中は自宅でケーキの準備をしていました。昨夜に焼いておいたスポンジを途中まで仕上げるのです。焼き上げたスポンジを三枚に切って、間にホイップした生クリームとイチゴを挟みます。周りに生クリームを塗るところまで仕上げます。いちごのトッピングは玲花にやってもらうつもりです。
 昼食を軽くすませて出かけました。玲花はきっと朝からなにも食べていないので、おにぎりをふたつほど握って持参します。
 ホワイトクリスマスなど期待もできないほど、からりと晴れ渡っていました。時折吹く北風が冬本番を実感させます。
 自転車のカゴにケーキを入れて、背中のリュックを背負い直します。
 今晩は玲花のマンションに泊まることになっています。母は受験生だということで、あまりいい顔はしませんでした。受験前の最後の息抜きだとか理由をつけて、なんとか説得をしました。本当は年末年始にも玲花のマンションに二年詣を計画しているのですが——。
 マンションには何度も訪れてはいるけれど、泊まるのはまだ二度目です。前回の反省を踏まえ、荷物は最小限にとどめました。歯磨きセット、パジャマ、下着類。化粧品などは普段ほとんどしないので、持ってきませんでした。化粧水くらいは借りるつもりです。
 自転車を漕ぎ出します。冷たい空気に体が縮みあがります。それを我慢して、ぐっとペダルに力を入れました。
 わたしは空を見上げました。抜けるような青さとはこの事を言うのでしょうか。冬の青空はどこまでも透き通るようで、わたしは昨夜の自分を後ろめたく感じました。
 昨夜は持ち物をリュックに詰めながら、一番悩んだのはあろうことか、下着なのでした。
 ベットの上にブラジャーとパンティを五、六枚並べていました。お気に入りはこれとこれ、可愛いのはこれ、大人びているのはこれ、上下の組み合わせはこれとこれ、いや、やっぱり揃えたほうがいいのか。
 その時は真剣でした。でも、いざベッドに入り、部屋の電気を消すと、冷静になってきました。わたしは着ていく洋服よりも、下着のほうを時間をかけて選んでいたのではないかということに思い当たりました。
 けして、ナニかの準備だとか覚悟とか、ましてや期待などあるはずもありません。——たぶん……。
 わたしは女同士だということを利用してはいないでしょうか。
 例えば、わたしたちの関係が男と女だとしたら、気楽に部屋に遊びに行ったり、外泊したりできたでしょうか。しかも、ふたりきりの部屋です。それは付き合っている、最後までいっていると見られても仕方がないかもしれません。
 けれど、女同士なら仲がいいと思われるだけなのです。わたしが玲花への特別な気持ちを吐露しないかぎり、友達という立場で、ふたりきりの空間にいることが許されてしまうのです。たとえわたしが玲花とキスをしたいとか、肌に直接触れてみたいとか、そんな望みを抱いていたとしても、口にしたり行動に移したりしない限り、友達という立場は揺るがないのです。
 だから、いっしょにお風呂にも入れます。いっしょのベットにも入れます。手を繋いたり、腕を組んだり、ハグをしたり、女友達だからできるのです。
 ツライ……。
 男女なら憚られることができてしまうのがツライ。
 友達としてという建前がなければ、些細なスキンシップですら、よこしまなものに思えてしまうのです。
 玲花が好きだという気持ちに嘘はありません。それ以上を求めてしまうのは、許されるのでしょうか。
 だからからこそ、友達の仮面をかぶっているのかもしれません。
 そうすれば許されます。
 手を繋いだことも、腕を組んだことも、いっしょにお風呂に入ったことも、ひとつのベッドで眠ったことも、悩みを打ち明けたことも、肩に歯形をつけられたことも、わたしの匂いを嗅ぐ玲花に体を熱くしたことも、全部友達だから——。
 わたしは今の立場を利用し続けるでしょう。気まずくなるくらいなら、壊れてしまうくらいなら、友達のままでいいと思うのです。
 そんなふうに考えながらも、リュックの中の下着はやけに気合が入っていて、我ながら矛盾しています。
 玲花のマンションが見えてきました。
 とくんと心臓が跳ねました。
 空はやっぱり青いままで、なのに北風は冷たく、玲花の部屋は暖かいだろうなと、自転車を漕ぎ進めていくのです。

 玲花のマンションに着き、部屋に通されると、荷物を置いてさっそく調理を始めました。
 まずはローストチキンの下味からです。数日前から動画で予習したことを思い出しながら、塩胡椒、香辛料、ハーブなど全体にまぶしていきます。タコ糸で脚を縛り、味が馴染むまで放置します。
 わたしの横では、玲花がなにやらキャーキャーと騒いでいます。間近で目にした丸鷄の生々しさにドン引きしているようです。よく触れるねとか鳥肌キショなどとディスってきます。
「そんなこと言ってると食べさせないから!」
 そう脅しをかけると「いえ、いただきます」と真顔に戻ってきっぱりと言い切りました。その激変にわたしは思わず失笑してしまいました。
 わたしが調理している時には、常に隣に玲花が立っていました。普段から料理をしない玲花は疑問や賞賛を口にはするけど、ほとんど手を出すことはありませんでした。初めていっしょに料理をした日から、自分は食べ専だと宣言した玲花です。わたしとしては、玲花の不器用さを認めながらも、そのアクシデントやハプニングすら楽しかったのです。だから、簡単な野菜の切り出しなどは頼んだりします。玲花もおずおずながらも、頼られたことが嬉しいのか、嬉々として包丁を握ります。多少形は歪でも、味に影響はしません。それよりも共同作業をしているという実感のほうが、わたしにとって大切なことなのです。
 今日も玲花はわたしの隣に立っています。あれこれと話しかけてきます。チキンの生々しさには引き気味だったけれど、総じて楽しそうでした。
 なのに、違和感——。
 いつもなら、わたしが作業しづらいくらいに密着してくるのに、今日は半歩距離を感じます。時に邪魔だなと思いながらも、わずかながらでも距離を置かれると物足りなく感じてしまいます。
 改めて、玲花はいつもわたしの隣にいてくれるのだと実感します。当たり前の日常なのだと実感できるのです。
 なのに、隙間風さえ感じるこの空間はなんなのでしょう。
 玲花はいつも通りに見えます。
 好奇心旺盛に質問を浴びせて、そんなこともできるのと驚き、褒めてくれます。手伝って欲しい時は、喜んで手伝ってくれます。
 わたしもいつもと同じように振るまいます。ただし、イヴなので特に気合は入っていますが、空回りしないように気をつけます。
 なのに、わたしにはわかってしまう違和感はどうしても拭えませんでした。
 玲花の息づかい、香り、体温、全部が足りません。作業がやりやすいとか、そういうことではないのです。
 わたしは問いただそうかとも思います。もやもやとした違和感にいたたまれなくなります。
 でも、なんて聞けばいい?
 この微妙な距離感、きっと玲花は無意識なのです。心のどこかに気まずさを抱え、それがわたしとの距離を取らせることになっているのだと思います。
 事件を起こした真相、スマホの着信を待ち続けていること、そして、このクリスマスの日に、なにかを心に秘めていること。
 わたしは玲花と楽しそうに会話しながら、違和感という不安に押しつぶされそうでした。
 それでも、時間は過ぎていきます。そして、料理は出来上がっていきます。
 玲花にはエビの皮剥きやサラダの盛り付け、カナッペなどを手伝ってもらいました。基本的に料理をしない玲花に手伝ってもらうと時間が想定外にかかってしまいます。
 それでも、騒ぎながら、はしゃぎながら、玲花と同じ作業をしていることが、楽しかったのです。
 オーブンが温まった頃合いに、ローストチキンを焼き始めます。
 オーブンに入れてしまえば、あとはオーブンまかせなので楽といえば楽です。でも、さらに美味しくしたいので、少しは手間をかけます。
 十分ほどで一度取り出し、天板にたまった油をチキンにかけていきます。動画サイトで、より美味しくなると紹介されていたのでわたしも真似てみます。
「もう焼けたの?」
 気の早い玲花がチキンを覗き込んできました。まだまだ皮は白く、生っぽいままです。
「まだだよ。こうするとね、皮がパリッと焼けたり、香りを移したりできるんだって」
 わたしは動画サイトで得た知識を披露します。
「おー! なんかテレビで見たことがある。ステーキを焼く時とかでもやるよね」
「そうそう、それと同じ感じかな。こうやって食材に熱い油をかけるのって、アロぜっていうんだって」
「なにそれ? 専門用語?」
「フランス料理の技法なんだって」
「すごいね。日向はちゃんと勉強してるなぁ」
「だって失敗したくないし、美味しく食べたいしね」
「気合い入ってますねぇ」
「もちろん! なんたってクリスマスですから」
 全体的に油をかけ終えたら、再びチキンをオーブンに戻します。
「日向、料理人ぽいね。——うん、日向シェフって感じ」
「そうだよ」
 わたしは玲花の顔を見て言います。「わたしは玲花の専属シェフだからね」
 玲花は顔を逸らしました。わたしの直球に照れているのかと思いました。
 でも、そうではなさそうです。
 困惑と気まずさと、照れ臭さ以外の感情が垣間見えます。
 積み重なる不安。積み重なる違和感。
 玲花はなにかを隠している。わたしに言えない何かを胸に秘めている。
 それが確信的に募っていきます。
 玲花は返す言葉を探しあぐねているようでした。
 沈黙の時間が過ぎていきます。その長さの分だけ気持ちがざわつきます。
 いつもみたいに返してよ。——あれ、いつもみたいってなんだっけ? 玲花はいつもどんなふうに返してくれたっけ? わたしもどんな態度を取っていたっけ?
 頭が真っ白になっていくようです。今まで築き上げてきたものが崩壊していく予感が支配していきます。
「わたしの専属だっていうのなら、わたしを満足させるものを作ってね、日向シェフ」
 ようやく、冗談めかした口調で、口元に微笑さえ浮かべる玲花。
 わたしもそれに応えなければなりません。
「ウィ、マドモアゼル」
 わたしたちは声を出して笑いました。いつもみたいに戻れるように。いつもと同じ、いえ、クリスマスなので、いつも以上に楽しく過ごせるように、わたしたちは、それまでの空気を払拭する勢いで笑い合ったのです。
 チキンが焼けるまでの間に、ケーキの仕上げです。イチゴを飾ったりするだけなので、それは玲花に任せました。市販品ほどとまではいかなくても、なかなかセンスのいい飾り付けです。綺麗で美味しそう、テンションが上がります。
 ローストチキンもなんとかそれらしく焼けました。狐色で皮がパリッとした感じが食欲をそそります。立ち昇るスパイスとハーブの香りが鼻腔をくすぐります。あとは中までしっかり火が通っているかどうかです。切ってみるまでのお楽しみです。
 気がつけばもう六時を回っていました。慣れない作業や途中休憩、ふざけ合いなどを挟んでいたので当然といえば当然でした。
 チキンを茹で野菜などと共に、お皿に盛り付けます。リビングのテーブルに運んで、スタンバイ完了です。
 ローストチキンを中心にテーブルを彩る料理を眺めて、我ながら感心してしまいます。やればできるものだと。
 さっきから、玲花は写真を撮りまくっています。わーきゃーと歓声を上げながら一皿づつ、そして全体を撮影しています。わたしも記念にと何枚か撮影しました。
「そろそろ食べようか。冷めちゃうよ」
「そうだね。でもその前に——」
 料理をバックにふたり並んで自撮りしました。
 わたしが席に着くと、玲花がキッチンに戻っていきました。冷蔵庫を開けて、なにやら取り出します。後ろ手に隠し持っているのは、わたしも気になっていたものです。冷蔵庫を開けるたびに目に入ってきていたのですが、あえて触れずにおいたのです。
 じゃーんと言って顔の前に掲げたものは、シャンパンでした。もちろんお子様用のアルコールフリーではなく、本物の、わたしでも知っている銘柄のシャンパンでした。
「クリスマスだしね。奮発しちゃった」
 ちょっと悪戯っ子のような笑顔を浮かべました。
「そうだね」
 わたしも笑顔を返します。玲花も楽しみにしてくれていたのだなと、実感しました。もちろん未成年なのでイケナイことだとはわかっています。それでも、初めての、ふたりきりの、特別なクリスマスです。今日だけは見逃してください。
 玲花が少々手こずりながらもシャンパンを開けます。ぽん! と軽い音がして、コルクが天井まで飛んでいってしまいました。ふたりで大笑いしました。でも、それだけではなくて、ジャンパンがビンの口から静かに溢れ出していました。慌ててタオルを持ってきて、テーブルを拭きます。そんな失敗すらも楽しくて、わたしたちはずっと笑っていました。
 シャンパングラスなんて用意してなかったので、いつも使っているグラスに注ぎます。少し演出が足りないけれど、注がれたシャンパンはピンク色で、泡がしゃわしゃわと弾けて、綺麗で華やかでした。
「白じゃないんだね」
「うん、ロゼって言うんだって。薔薇色っていうのかな」
「かわいい——」
 グラスを手にして、軽く打ち合わせます。
「メリークリスマス!」
 口に含んだ瞬間、泡が弾けて、苦いような辛いような、そして甘いような、鼻に抜けていく香りは果物のようで、喉を焼くように通り過ぎていきました。お腹の中に火が灯ったみたいに温かくなってきました。この一口だけで、酔ってしまいそうです。
 と、思いつつ、もう一口。
 酔ってしまう前にチキンを切り分けてしまいます。
 さすがに覚えきれなかったので、動画サイトを見ながら解体していきます。玲花はスマホをかまえて、動画撮影を始めました。
「ちょっと、緊張するじゃない」
「まあまあ、シェフ、これも記念ですので、お気になさらず」
 覚束ない手捌きでしたが、なんとか切り分けることができました。火もしっかり通っています。途中、これはもも肉、これは胸肉、これが手羽などと解説を加えました。その度に、玲花は感心して声を上げます。
 無事切り終えて、もう一度乾杯です。
 早速、玲花はチキンを口に運びました。
「美味しい!」
 玲花は目を見開いて叫びました。「ちょっと薄味だけど、スパイスとハーブの香りが最高!」
 なんだかグルメリポーターのようなことを言い始めます。上々の反応です。わたしもつられるようにチキンに手を伸ばしました。パクりと口に含みます。その瞬間に香りが口の中に広がり、噛み締めると肉汁が染み出てきました。玲花の言う通り、塩味が少し足りていません。初めて作ったからだと大目に見ていただき、次回頑張ります。
 反省点はありますが、目の前で玲花が美味しいと言って食べてくれているだけで満足です。
 小さなクリスマスパーティーは進んでいきます。他の料理も、玲花は絶賛して堪能してくれています。
 ふたりきりでも、充分楽しい。
 玲花は普段と変わらないように見えます。最近抱いていた違和感も感じられません。
 それどころか、いつも以上によく喋り、よく笑っています。クリスマスはやはり特別で楽しい日なのだと実感させられます。
 お酒の影響もあったのかもしれません。シャンパンのボトルは飲みやすさもあって、瞬く間に空になってしまいました。
「レモンサワーがあるけど、飲む?」
「えー、いいよ。これ以上飲むと、酔っちゃいそうだし」
 ただでさえ、すでに頭はふわふわとしています。やたら楽しくて、やたら寂しくて、気持ちは捉えどころがなくて、だからゆるんだ笑顔を浮かべていました。
 玲花はそれ以上お酒を勧めることもなく、自分もソフトドリンクに変更しました。
 やはり、わたしは少し酔っていたのでしょう。玲花以上に饒舌で、大袈裟に笑っていたと思います。
 やがて、お腹もいっぱいになり、笑い疲れて一息入れます。テーブルにはまだチキンやサラダが半分ほど残っていました。
「お腹いっぱいだね」
「お料理、どうする? これ以上食べられないよ」
 お腹をさすりながら、玲花が尋ねます。
「明日、サンドイッチにするからだいじょうぶ」
「きゃっ、サンドイッチ⁉︎ 美味しそう!」
 なんだか、用意すればすぐにでも食べてしまいそうな勢いです。
「お腹いっぱいじゃなかったの?」
「それはそうだけど……、それはそれ、これはこれというか——」
「まあまあ、まだケーキもあるからね」
「そうだった! 日向、早くケーキ!」
「はいはい」
 わたしは苦笑しながら、腰を上げます。玲花にも手伝ってもらって、一旦テーブルの上を片付けました。
 冷蔵庫にしまってあったケーキをテーブルに運びました。
「わたしがデコったんだよ」
 玲花が少し誇らしげに言いました。
「うん、可愛くできてる」
 へへへと笑う玲花を、わたしは抱きしめたくなります。これはなんというか、母性というのでしょうか。自慢する我が子を褒めてあげたいというような——。
 まずは撮影です。ケーキを撮って、ケーキを掲げる自分たちを撮って、これは灯りのついた下での撮影。
 次は蝋燭を一本立てて、灯りを消して、さらに撮影します。
 雰囲気あるねなどと言いながら、何枚も撮りました。
 それは聖夜という言葉がぴったりな雰囲気で、たった一本の蝋燭が非日常を灯し出してくれたような感じがします。その非日常の中には、玲花も含まれていました。ゆらゆらと揺らぐ心許ない蝋燭に照らされる玲花は、まるで幻影のようです。
 幸せなぶんだけ不安になる。
 儚げに揺らぐ玲花の手を、わたしは知らず握りしめていました。玲花は何も言わずに、握り返してくれました。どちらともなく、体を寄せ合って、しばらく小さな炎を見つめていました。
「あ、蝋がたれてきちゃった」
「そろそろ消さなきゃね。——その前に」
 玲花はそう言うと、立ち上がって、スマホをテーブルの端のケーキの前に立てかけました。
「これくらいかな?」
 ケーキを前に、わたしたちふたりが画面におさまるように角度を微調整しました。「消すところは動画で撮ろう」
 わたしも即座に賛成しました。
 ケーキを前に並んで座って、もう一度、
「メリークリスマス!」
 ふたりで勢いよく蝋燭の炎を吹き消します。
 小さいとはいえ、明るさに慣れた目に、部屋の中は真っ暗になってしまいました。
「これって、最後までちゃんと写ってるかな?」
「だいじょうぶ、最近のスマホは性能いいから」
 無責任な玲花の発言に、わたしは早速動画を再生してみました。
 案の定、炎を吹き消した直後、画面は暗くなり、顔も判然としないふたりがなにやらはしゃぐ声だけが撮れていました。やっぱ撮れてないよなどと笑い合って、部屋の電気をつけます。
「ちょっと待ってね」
 ケーキを切り分けるのを、ワクワクしながら待っている玲花を制して、わたしは立ち上がりました。そして、キッチンではなく、寝室のほうへ向かいました。そんなわたしをきょとんと見送っていた玲花でしたが、なにか思い当たったようでした。
「わたしも!」
 と、慌てて寝室についてきました。
 わたしは自分のバックを開けて、玲花は机の引き出しを開けて、目的のものを取り出しました。
 わたしの手にも玲花の手にも、可愛くラッピングされた小箱が握られていました。
 少し照れくさそうに顔を見合わせて、わたしたちは手を繋いでリビングに戻りました。
「改めて、メリークリスマス——!」
 プレゼントの交換です。
「いっしょに開けよう」
 どちらともなくそう言って、丁寧にリボンと包装紙を解いていきます。
 リボンも包装紙も、相手のことを思って選んでくれた、大切なプレゼントの一部だから。
 箱の表面には有名なコスメブランドのロゴがあります。蓋を開けると、口紅が入っていました。
 口紅を取り出し、キャップを外します。鮮やかな少し濃いめのピンク色です。普段化粧などしないわたしですが、口紅やグロスのなどは何本か持っています。淡い色合いのものが多いのです。
 どんな想いでこの口紅を、そしてこの色を選んでくれたのでしょう。わたしに似合うだろうかと、少し不安になります。わたしにはまだ大人っぽいのではないのかなと——。
 玲花はと見ると、私が渡したプレゼントを目の前に掲げて、嬉しそうに微笑んでいました。
 玲花の手元で揺れるそれは、シルバーのネックレス。小さな猫のチャームがついています。それとさらに小さな星形のチャーム。揺れるたびに猫が星と戯れているようです。
「可愛い——」
 呟きから溢れる嬉しそうな感情。猫好きな玲花が喜んでくれているようで、ほっとします。
「でも、わたしには可愛すぎないかな?」
「そんなことないよ。——じゃあ、つけてあげる」
 わたしは口紅をテーブルに置くと、膝立ちになって、玲花の背後に回ります。玲花からネックレスを受け取り、
「髪を上げてくれる」
 玲花は素直に髪を上げます。
 あらわになる白く細いうなじ。後れ毛が艶っぽく、唇を触れたい衝動に駆られます。
 しばらく見とれてから、ネックレスをつけました。わたしは玲花の正面に戻り、にっこりと笑いかけます。
「うん、似合ってる」
「鏡、持ってくるね」
 玲花はいそいそと寝室から卓上ミラーを持ってきました。
 そこに映る自分の姿に、満面の笑みを浮かべます。
「素敵——。可愛いけど、シンプルで大人っぽいって感じ。——ありがとう」
 猫のチャームをゆらゆらと揺らします。
「お星様と遊んでるみたい」
 目を細め、喜びを全身で現してくれる玲花に、わたしまで嬉しくなります。
 しばらくして、玲花がテーブルの上にある口紅を手に取りました。
「次は日向の番。——つけてあげるね」
 わたしの隣に移動してきます。「こっち見て」
 言われた通りに玲花と向き合うように体を動かします。玲花はキャップを外し、わたしと口紅の色を見比べているようでした。うん、と確信を得たようにひとり頷いています。
「わたしに似合うかな? なんだか大人っぽくない?」
「だいじょうぶ。わたしが日向のためにじっくりと選んだ色なんだから」
 玲花の中のわたしのイメージは、少し濃いめのピンク色なんだと思うと、ちょっとくすぐったい感じがしました。
「じゃあ、つけるね」
 口紅を持った玲花の腕が伸びてきます。わたしは思わず目を閉じていました。真っ直ぐにわたしを見つめる玲花の瞳に耐えられませんでした。
 左手が顎に添えられるのがわかりました。なんだかキスをされるみたいだと、緊張してしまいます。
 してもいいのに——むしろしてほしい、などと考えてしまうわたしは——。
 玲花がぷっと吹き出したようでした。
 目を開けると玲花は笑いをこらえているようでした。
「日向、力みすぎ。口をぎゅっと閉じてちゃ、塗れないよ」
 わたしもつられて笑ってしまいました,
 これではキスもしてもらえないな、なんて思って——。
 仕切り直しで、改めて玲花に顔を突き出します。やっぱり正視はできなくて、目を閉じてしまいました。
 玲花の手がわたしの顎に添えられます。
 どきっとするのは止められません。口元をさっきより弛緩させている分、玲花の唇を受け入れやすいのではないかと、あらぬ妄想が湧き上がります。
 目を閉じてから十秒か二十秒ほど間がありました。唇にひんやりと冷たく、柔らかな口紅が触れました。そっと撫でるように、口紅が動きます。それと共に潤っていく感覚が気持ちいいと感じます。
「目を開けて」
 玲花は満足そうに微笑んでいます。「んってしてみて」
 言われた通りに、上唇と下唇を、んっとつぐみました。
「ほら、似合ってる」
 その時、わたしを見つめる玲花の瞳に宿るものはなんだったのでしょう。潤み、揺れる瞳は、なにを見ていたのでしょう。
「ほんと? 鏡、見せて」
 鏡に映ったわたしは、今まで見たことのないわたしでした。ピンク色の唇だけが浮き上がったようで、そこだけが大人びて見えて、なのにわたしの顔はどちらかというと子どもっぽくて、全体的になんだかちぐはぐな印象がありました。
「ほんとに似合ってる?」
 わたしは不安に玲花の顔に視線を移します。
「わたしが選んだんだから、間違いないって。似合ってるから、自信を持っていいよ」
 わたしは再び鏡に映る自分に視線を戻します。真面目な顔をしてみたり、微笑んでみたり、唇を少し突き出してみたり——。
 すると、玲花がふふふと笑うのがわかりました。
 顔を上げると、玲花は目を細めて、包み込むような眼差しをむけていました。
「可愛い、ほんと、日向って可愛いね。思わず、チューしたくなっちゃう」
 少しおどけた口調。でも、わたしにはけして聞き逃すことのできない内容でした。
 わたしはまじまじと玲花を見つめます。こくっと小さく唾を飲み込みました。
 いいよ——、その一言を発しようとした刹那、玲花は大袈裟に手を振ってみせるのです。
「あ、えーと、冗談だからね。それぐらい日向が可愛いってこと」
 わたしは言葉を飲み込みます。
 冗談、ただ、からかわれただけなのか。
 けれど、ここで落胆した様子を見せるわけにもいきません。わたしは笑顔を作ります。
「なーんだ、冗談なんだ。わたしならチューくらいしてくれてもよかったのに」
 ことさら明るく、ことさら冗談めかして、からかいにはからかいで、お返しします。
 なのに、玲花の頬が染まるのがわかります。
 冗談、だよね——?
 わたしたちは見つめ合って、気まずいような、甘酸っぱいような空間が生まれました。
 わたしは吸い寄せられるように、ふわふわと顔を近づけていきます。
 もう、いいよね。
 なにがもういいのかわからないまま、玲花の顔が、そして唇が近づいてきました。
 キスする時は、目を閉じたほうがいいんだっけ。
 目を閉じようとした瞬間、玲花が顔を背けました。
「もうひとつ、プレゼントがあるの」
 避けられた?
 わたしは一瞬固まり、離れていく玲花の顔を見つめていました。
 そうだよね、冗談だもんね。なにを本気になってんだろ——。
 わたしは心の中で苦笑いを浮かべました。
 玲花は洋服のポケットを探り、小さななにかを取り出しました。握り拳の中にすっぽりと包まれて、なにを取り出したのかはわかりません。
「手を出して」
 言われるがままに手を差し出しました。
 手のひらに渡されたものは、鍵。——一本の鍵でした。
「これって——?」
 玲花は柔らかく微笑んで、こくりと頷きました。
「うん、この部屋の鍵。日向が持っていて」
「いいの⁉︎」
 今度は大きく頷いてくれました。
「え、わっ、えーっ、え」
 言葉にならない言葉で、歓声のようなものをあげるので精一杯でした。それほど突然で驚きで、そして嬉しさで溢れ出しそうなのでした。
 あまりに愛おしくて、両手で鍵を包み込みます。
「大切にするね。絶対なくさないから」
 これから一緒に暮らし始めるみたいだ——!
 胸が高鳴ります。これでいつでも玲花の部屋に来れるのです。
 色々な想像が広がります。
 玲花がいらっしゃいと迎えるだけでなく、わたしが玲花におかえりなさいと言うこともできるのです。
 料理を作って、お風呂も沸かして、おかえりなさいなんて、ほとんど新婚さんじゃないか——!
 想像ではなく、妄想が膨らんでいきます。
「日向、にやにやしすぎ。ちょっとキモいよ」
「なんとでも言って。だって嬉しいんだもん」
 玲花は呆れた風に見えながらも、どこか微笑ましそうな笑みを浮かべていました。
「ケーキ、食べよ」
「うん、ナイフを持ってくるね」
 ケーキを切り分けて、紅茶を入れて、うきうきでケーキを食べ始めました。
 はしゃぎすぎで、少々疲れました。
 紅茶に砂糖を普段より多めに入れます。過度な甘さが、じんわりと癒してくれるようです。徐々に気持ちが落ち着いてきます。でも、まだケーキに手をつけるほどではありません。
 そんなわたしを尻目に、玲花はぱくぱくとケーキを口に運びます。さっきまでの出来事がなかったかのようです。
 わたしは呆れ気味に、
「よく入るね」
「だって美味しんだもん」
 屈託のない笑顔。まるで子どものようです。
 私もようやくひとくち、口に運びました。
 あら、美味しい。
「まだ食べる?」
 玲花はお皿に残っていたイチゴを頬張りました。行儀よくイチゴを食べ終えてから、にこっと笑いました。
「やめとく。さすがにお腹いっぱい」
 また小休止を挟んで、今度は片付けです。あまった料理はタッパーなどに詰め替えて、食器を洗っていきます。片付けがなきゃ最高なのになぁ、などとぶつぶつ言いながらも、玲花も手伝ってくれます。
 とは言っても、さっと汚れを落として、食洗機に入れていくだけです。片付けはあっという間に終わりました。
 時刻を見ると、十時を過ぎていました。ずいぶんと時間をかけて食事していたようです。
「お風呂、入れてくるね」
 玲花が何気なく言って、席を立ちました。わたしの心臓がどくんと跳ねました。
 前回のお風呂での出来事が思い出されます。
 真っ先に浮かんだのは、玲花の裸身でした。完璧なまでに美しく、女性らしいライン。
 艶やかで、張りがありながら、そのうちに秘めた柔らかさに思わず手を伸ばしてみたくなります。
 実際、触れてみた肌は、しっとりとして指先に吸い付くようで、そして敏感で、いつまでも触れていたいと願ってしまいます。
 熱い吐息と、少し淫らな声。
 わたしは左肩に手を置きました。そこだけが熱く脈打っているように感じます。
 ああ、もう一度噛んでくれないだろうか。
 おかしな妄想だと思われても仕方がありません。けれど、あの時感じた痛みと恍惚は忘れられないものでした。
 玲花が戻ってきました。わたしの顔を覗き込みます。
「どうしたの?」
「え、なにが?」
「ぼーっとしちゃって、なんか顔も赤いし」
 少し心配そうに眉根を寄せます。「酔っ払っちゃった? 具合悪くない?」
 わたしは焦りました。玲花の心配はまったくの杞憂なのですが、正直に話すこともできません。まさか淫らな妄想に耽っていたなんて——。
「全然平気。ちょっと酔ってるかもだけど、どっちかというとほわほわして気分いいくらい」
 玲花の言葉に乗っかってみました。玲花はほっとしたように、微笑みました。
「十五分くらいでお湯がたまるから、先に入りなよ。さっぱりすると思うよ」
「え、先に——」
 予想外の言葉に、わたしは声を詰まらせました。完全にいっしょに入るものだと確信していました。先に入れということは、ひとりで入れということで、つまりいっしょには入れないということなのです。
「うん、先に入って、ゆっくりあったまってくればいいよ。でも、ゆっくりしすぎて、のぼせない程度にね」
 肩すかしを食らった形のわたしは口をもごもごと動かしていました。
 言いたいけれど言えない。
 言えば変な誤解をされるかもしれない。
 なぜと聞かれて、正直に答えられるわけがない。
 かといって、上手な言い訳を思いつくこともできない。
 でも、誤解されてもいい。
 言ってしまえ。
 いっしょに入りたい、と。
 そんなわたしの葛藤を察したのか、玲花が尋ねてきます。
「どうしたの? なにか言いかけてた?」
 わたしはそれを得意の笑顔で誤魔化します。なんでもないと言って、残念な気持ちを隠してしまいます。
 どうしてわたしはいつもこうなのでしょう。わたしにだって望みや欲はあります。それを曝け出してしまえば、せめて玲花の前だけでも——。
 わたしはこう言えばよかったとか、ああすればよかったとか、そんな後悔ばかりしていかなければなりません。
 相手の気持ちを慮ることも大事だけど、そればかりだとわたしの希望はことごとく叶わなくなります。
 お風呂のお湯がたまる間、玲花は先ほどの料理を褒めちぎってくれていました。わたしは玲花の言葉に反応しながらも、内容はほとんど覚えていませんでした。
 どうにかしていっしょに入ることができないかと、そればかり考えていました。
 たった一言、いっしょに入ろうと誘えばいいだけです。
 ためらい、悩んでいるうちに、お風呂が沸いたことが知らされます。
「ゆっくりあったまってね。ただし、ほどほどに」
 玲花に促されるままに、パジャマと下着を持ってお風呂場に行きました。
 前回のように、やっぱりいっしょに、なんていう一言を待っていました。でも、今回はそれもない。
 無造作に置いた着替えの中から、下着がのぞいていました。一番可愛い、お気に入りの下着です。
 玲花に見てもらいたいとか、そして褒めてもらいたいとか、そういうつもりで選んだわけではなくて、身だしなみのひとつとして、慎重に選んだだけ——。
 わたしは着ていたものを全部脱ぎ捨てて、脱衣場からお風呂場に行きました。湯船に浸かり、大きく息を吐き出しました。
 わたしはずっとこんなふうに生きていくんだろうか——。
 何事も受け身で、気味の悪いへらへら笑いを浮かべて、自分の本当の気持ちも希望も誤魔化して、後悔ばかりして、自己嫌悪に陥って、——せっかく玲花には正直に素直になろうと決めたはずなのに、そんなことすらできないなんて——。
 どんどん落ち込んでいきます。頭の中もぼんやりとして、なんだか悲しくなってきます。自分で自分を憐れむだなんて、なんとも惨めです。
 ぱんぱん!
 両手で頬を思いきり叩きました。爽快な音が風呂場に響き渡りました。
 頬が赤くなっているかもしれませんが、のぼせたことにしてしまえばいいのです。
 わたしは湯船から出ると、髪をがしがしと、体をごしごしと洗いました。後悔も悲しみも哀れみも、全部洗い流すつもりで、シャワーは全開です。
 わたしはある決心をして風呂場から出ました。
「お先に。お湯が冷めないうちに玲花も入ってね」
「うん」
 玲花はさっきまで見ていたスマホから顔を上げて、わたしの顔をまじまじと見つめました。「やけに顔が真っ赤だけど、だいじょうぶ? のぼせちゃったんじゃない? お水飲んだほうがいいかも」
 わたしは言われるがままにキッチンで、冷たい水を飲みました。玲花はその間に風呂場に消えてしまいました。
 わたしは水を飲み干し、シンクに置きました。リビングに戻り、テーブルの上に置きっぱなしになっている玲花のスマホを手に取ります。もちろんロックがかかっているので開くことはできません。なんとなく手にしただけで、盗み見るつもりはありませんでした。ただ、あわよくばという気持ちがなかったとは言えませんが。
 玲花が風呂場に行って五分ほど過ぎたでしょうか。今頃湯船に浸かっている頃合いだと思います。
 わたしは自分を奮い立たせるために、さっきよりは手加減をして頬をぺしぺしと叩きます。決心を鈍らせないためにも、迅速に行動しなければなりません。
 わたしは風呂場に向かいました。
 脱衣場に行き、浴室のドアの前に立ちます。中は静かで玲花が湯船に浸かっているのがうかがえます。一、二度深呼吸をして、ノックしました。
「玲花——」
「あ、日向。どうしたの?」
 少し慌てている様子でした。わたしにはそんな玲花を気にかけている余裕もなく、口早に告げていました。
「お風呂、入っていい?——」
「え? どうして? さっき入ったばかりじゃない」
「だって——」
 ここまできて、今更言い淀んでいます。
 正直に、素直になれ——!
「玲花といっしょに入りたいんだもん……」
 玲花からの返答はありません。しんとした空気に耐えられず、わたしはさらに声をかけます。
「ダメ——?」
 玲花が湯船で体勢を変えたらしく、湯面が波立つ音がしました。
「えーと、ダメじゃないけど——」
 わたしはその言葉に顔を明るくしました。けれど、続く言葉に落胆してしまうのでした。
「今、生理中で。やっぱ、あまり見られたくないっていうか、女の子同士だとしても、ね」
 その懇願するような、諭すような声音に、わたしは硬直してしまいました。
 それでも、なんとか声を絞り出して抵抗してみます。
「わたし、気にしないよ」
 あまりにもデリカシーに欠けた発言でした。けれどその時はまったく気付きもせず、それほど必死になっていたのだと思います。
「わたしは気にするよ!」
 強い拒絶の口調。でも慌てて謝罪を口にします。
「あ、ごめんね。見られるのって抵抗あるの。——わかって」
 わたしはすごすごと風呂場を後にしました。リビングに戻り、膝を抱えて座り込んでしまいました。
 じわりと悲しみが押し寄せてきました。
 玲花に嘘をつかれた——。
 それがショックでした。嘘をついてまで、拒絶されたのが、さらにショックでした。
 玲花は生理なんかではありません。はっきり言われたことはなくても、女の子同士です。なんとなく様子で察することができます。今は生理の時期ではないはずです。
 そんな嘘なのか言い訳なのかを言われてまで、断られてしまいました。悲しさや悔しさが込み上げてきます。
 前回は自分から誘っておいて、今回わたしがお願いすると断るなんて、納得がいきません。なぜと詰問したい気分です。
 いっしょに入りたかっただけなのに、今度は拒絶した玲花に腹が立ってきました。
 わたしはすっくと立ち上がって、キッチンに行きました。冷蔵庫を開けて、一本、レモンサワーの缶をつかみ出しました。リビングに戻りながら栓を開けて、そのまま一口飲みました。
 酸っぱいのか苦いのか、よくわかりません。炭酸がぷちぷちと弾けます。喉の奥に痛みにも似た刺激を感じながら飲み込みました。さっき飲んだシャンパンよりは飲みやすい感じがします。
 アルコールの度数は六%、強いのか弱いのかもわからないし、シャンパンの度数も覚えてはいません。
 リビングの床にぺたんと腰を下ろして、また一口。
 酔えば、さっきみたいにほわほわと気持ちよくなれるのかな?
 酔えば、このイライラも少しはおさまるのかな?
 酔ったことがないからわかりません。
 でも、これってやけ酒っていうやつじゃないかな?
 そっか、お酒のせいにして、玲花に絡むのも楽しいかも。
 わたしは知らず知らず、ニヤニヤしていました。酔っ払ったわたしにうざ絡みされている玲花を想像すると、楽しくなってきます。
 怒るのかな?
 困るのかな?
 それとも無視されるのかな?
 どんな玲花でも見てみたいと、思います。
 わたしは不満をぶつけてやるのです。
 文句をたくさん言ってやるのです。
 気分が良くなってきました!
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