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よつば猫

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10月ー2

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「どうした?辛そうだな……
体調でもわるいのか?」

 しまった!結歌の事は考えないようにしてたのに……

「あ、いえ、大丈夫です」

「……そうかぁ?
ここ最近、ずいぶん根詰めてるようだけど……
無理はするなよ?
彼女も心配してるんじゃないのか?」

「……ほんとに、大丈夫です」
微かに浮かべた愛想笑いは……
すぐに消された。

「別れたのか?」

 驚いて一瞬戸惑うも。

「でも、ほんとに大丈夫なんで」
そう取り繕うと。

「えっ!早坂さん彼女と別れたんですかっ?」
料理の受け渡しカウンター越しに、俺と店長の会話に割り込んで来たバイトの染谷さん。

「……別れたけど、それがどうかした?」
不快を露わに、素っ気なく答えたにもかかわらず。

「や、だって……
早坂さん人気だから、ホールの子達がほっとかないですよっ?」
臆する事なく、どうでもいい話を投げかけてきた彼女。

 当然スルーすると。

「とにかく、道哉。
大丈夫って連発してる奴ほど心配になるぞ?
愚痴でも料理の話でも、何でも聞くから無理するな?」
店長がそう締め括った。

 その言葉は嬉しかったけど……
無理してる訳じゃない。
今はのめり込む何かがあった方が救われるんだ。

 なにより料理は、ささやかでも生き甲斐で……
大丈夫、俺には料理の道がある。

 それに……
今となっては、少しホッとしてるんだ。

ー家族が持てるかっー
結歌の父親にぶつけられたその言葉に、胸を鋭く突き刺されたのは……
俺自身、ずっとそう思って来たから。

 俺なんかに家族が持てるはずがない。
ずっと女を憎んで、見下して来て。
家族って関係に不信感を抱いて、諦めて来たのに……


 物心ついた頃、親父が痴漢で捕まった。
だけどそれは冤罪で。
急ぎでたまたま電車を利用した親父は、運悪く女子高生のゲームターゲットにされたようだ。

 無実を主張したものの、経営してた教材卸の会社は倒産。
それにより、離婚に至って家族は崩壊。

 俺は母親に引き取られ……
親父とは、どんなに会いたくても会えなくなった。

 そして子煩悩だった親父も、いつか俺と会える日を夢見て……
倒産で抱えた借金と請求された慰謝料や養育費を払う為に、ひたすら仕事に明け暮れてたらしい。

 それがある日、一変する。

「ここでお父さんを待ってなさい」

 6歳の時だった。
少ない荷物と一緒に、その家の前に置き去りにされた俺は……
夜が更けるまで親父を待ち続けてた。
何月だったのか、寒さに凍えそうだったのは覚えてる。

 でも待つのは慣れてた。
いつも家で1人、母親の帰りを待ってたから。
それに、親父に会えるのが嬉しくて頑張れた。

 だけど帰って来た親父は喜ぶどころか、驚いて困惑してた。
その様子に俺は、不安で一杯になったけど……

 たぶん親父は何となく状況を察したんだろう。
ぎゅっと抱きしめて来て……
何度も何度も「ごめんなぁ」と、冷え切った身体を摩り続けてくれた。

 後で解った話。
俺はその日、捨てられたんだ。
事の経緯は、母親の至って身勝手なものだった。

 親父への腹いせから、俺との面会を拒絶し続けてたくせに。
裕福な暮らしからの転落は、慰謝料や養育費・母子手当をもらっても不便だったようで。
再婚に励んでたら、出会った男にどっぷりハマって、俺が邪魔になったらしい。

 とはいえ、借金だらけの親父が引き取る可能性は低いと考え。
話し合う時間も惜しんで、強行突破に出たようだ。
しかも、3日間ほど連絡すら取れなかったらしい。

 それから俺は、施設に預けられた。
不安で堪らない日々を過ごしてたけど……
しばらくして、親父はちゃんと迎えに来てくれた。

 仕事を変えたり、正式に引き取る手続きをしていたらしく。
「今日から一緒に頑張ろう!」
そう言われた時の嬉しさは、今でも忘れない。

 そんな親父は、俺が高校に入学してすぐ他界した。
長年蓄積した疲労と、加齢の追い打ちによる過労死だった。

 親父の借金は、相続放棄で支払い義務が無くなったけど。
未成年の俺は、伯父に引き取られる事になった。

 娘が既に成人した伯父夫婦は、我が子のように接してくれたけど……
血が繋がってない伯母は俺に色目を使うようになって来て、ある日突然迫られた。

 露骨に拒んだら、逆に俺から迫られたと伯父に嘘を告げられ。
激しい罵りとともに、形だけの保護者に変わった。

 バイトで生計を立てて来たし。
卒業したら家も出るように言われて。
そのつもりだったし、それ以来会ってない。

 女を憎むのなんて当然なんだ。
下らないゲームで親父を陥し入れて、会社を倒産に至らせた女子高生に始まり。

 家族なのに信じも支えもせず離婚して、挙句俺を切り捨てて。
親父に全部背負わせて、死に追いやった最悪な母親。

 そしてあり得ない欲求で伯父を影で裏切り、拒まれた腹いせに俺を陥し入れた伯母。

 どいつもこいつもなんなんだ?
女なんてあまりにも下らない生き物だ。
いや、俺がそんな女としか関われないだけか……

 かつては母親の事も大好きだったのに。
親子の愛は絶対的だと感じてたのに。
許せないと思いながらも、心のどこかで……
迎えに来てくれるのを待ってたのに。

 母親ですら……
自分の保身の為なら、息子だって平気で裏切る生き物だった。

 それらは俺の心に傷を創って、憎しみと痛みを発し続けた。
そしてその傷薬だと思ってたものは毒に代わり……
結歌との結末は、傷を化膿させる追い打ちになった。


 だけど、これで良かったんだ……
傷がもっと酷く、立ち直れないくらい悪化する前で。

 あっさり捨てた母親、突然亡くなった親父、簡単に裏切る伯母に、家族がいかに脆くて残酷なのかを思い知らされてた俺は……
また失うのが怖くて、心をガードする壁を作ってたように思う。

 そんな俺に何の覚悟が出来てただろう……
きっと、ちゃんとした家族なんか築けない。
だからこれで良かったんだ。


 でも本当は…
良かったと思い込もうとしてるだけかもしれない。



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