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よつば猫

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11月ー2

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 キミの寝顔を映して、不意に愛しさに襲われる。
その頬にそっとキスを落として、ゆっくり離れると……

「……もっと」
寝言のように呟くキミ。

 ふと、今月もらった本が思い浮かぶ。
それはもうタイトルから面白い、実際の変な寝言を集めた本。
2人して、涙が出るほど笑って楽しんだ。

「面白くないな」
寝たふりの澄ました顔に投げかけると。

 その唇をニマニマ緩ませながら、考えてる様子。

「……エロいの、おかわり」 

 思わず吹き出した!
面白いとゆうより、あまりにも可愛いくて……
リクエスト通り。
甘くて濃厚なキスを、溢れるほど注いだ。






 思い出をなぞって、その時の本をパラとめくった。


《同棲の記念に、メッセージ本を贈ります。

「頼みがあるんだけど、俺と一緒に暮らして欲しい」
この言葉は私の胸キュンランキングで、圧倒的1位になりました!
あっ、照れましたか?
私も書きながらデレデレですっ。

一緒に新しい家具を買ったり、配置争いのジャンケンをしたり……
同棲準備はものすっごく楽しかったけど。
これからはきっと、もっと楽しいと思います。
いいえ、この本以上に絶対楽しいです!

ねぇ道哉、同棲ありがとう》


 胸が、引き千切れそうになった。

 その時の愛しさが甦って……
例えようもない虚しさと、どうしょうもない寂しさに潰されそうで……

 パタンと本を閉じて、家を出た。


 何処に行く訳じゃなく。
息苦しさから、外の空気を思いっきり吸い込んだけど……
何度深呼吸しても、息が詰まる。

 秋愁に誘われて、思い返したりするからだ……

 いや違う。
荒ぶる感情が落ち着いて。
思い込みが通じなくなって。
その結果、結歌と過ごした部屋や色んな場所が寂しさを訴えて。
既にその渦に引きずり込まれてたんだ。

 キミなんか忘れてしまいたいのに……
この環境じゃどうしょうもない。
こんな思いをするくらいなら、出会わなければ良かった!

 俺達の過ごした時間に、いったい何の意味があったんだ!?
キミは俺の心を奪うだけ奪って、無残に切り捨ててっ……

 ああそうか、俺が今までやって来た事だ。
キミは俺に、罪科を下しに現れたのか……
なら仕方ない。
バチが当たったんだ……


「早坂さん?
わっ!すごい偶然っ」
フラフラ歩く俺に、突然声掛けて来たバイトの染谷さん。

 途端、面倒くさい気持ちになる。

「あぁ……今日仕事は?」

「休みですよ?
だからココにいるんじゃないですかぁ!」

「まぁ、そっか」

 ふと、周りの視線を集めてる事に気付いて。
すぐにその理由が判明する。

「なんか意外に天然なんですねっ」
そう笑う染谷さんは、かなりの美人で。
道行く人の視線を片っ端からさらってく。

「そうかな、まぁ何でもいいけど……
じゃあお疲れ」

「ああっ!待って早坂さんっ。
この前オープンしたそこのイタリアン、もう行きましたっ?」

 指差された場所には、有名シェフの話題店。

「……まだだけど」

「良かった!
じゃなくて、良かったら一緒に行きませんっ?
なんか、味も接客も評判よくて、勉強したいなって思ってたんですけど。
なかなか1人じゃ入りずらくて」

 確かに1人じゃ入りにくい雰囲気だ。
だから俺も気になってたけど行けてない。
けど……

「友達と行ったら?」

「地元、こっちじゃないし。
大学の友達誘うには、ちょっと高めでしょ?」

「え、大学生?」

「え、今さらですかっ!?
ひどーい!どんだけ興味ないんですかぁ!
S大の3年ですよっ?」

 いや興味無いのはもちろん、聞いてねぇよ。

「なので、お願いしますっ」

 そう熱願されても、面倒くさい。
だけど面倒くさくて……
気付けば寂しさが紛れてた。

「……いいけど、奢らないよ?」

「当然です!
てゆうか、ありがとうございますっ」

 まぁ俺も勉強したかったし、一石二鳥か。


 高級ホテルに就職したいという彼女は、発言通り勉強熱心で……
イタリアンで働く同士、意外と話も盛り上がった。

 結歌以外の女と食事なんて、久しぶりだな……


 それから染谷さんとは、店でもよく話すようになった。
休みを合わせてるのか、毎週被る休日は他店への勉強に誘われ続け……
一石二鳥の俺は、毎回それに付き合った。

 女なんか憎んで見下して来たし、結歌との別れはそれを追い打ちしたのに……
今はどうでもよくなってた。

 ただ心に大きな穴が空いて、そこを寂しさが通り抜けてて……
親父が死んだ時もそうだったけど、その時は女への憎しみや罪科で紛らわせてた。

 だけど今回は……
結歌を憎めない。

 憎んでた筈なのに。
許せないと思ってたのに。
挙句、これで良かったと思ってたのに……
忘れられない。

 自分の事みたいに怒ってくれた巧には、今さら打ち明けられなくて……
気を紛らわしてくれるのは、料理への興味だけだった。
だからその延長線上にいる染谷さんの誘いも、今は有難い。

 だけど、どんなに紛らわしても……
寂しさは日に日に強くなっていった。



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