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覚醒4

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「嫌あぁーーーっっ!!」

 嫌だ嫌だ!嫌なのお願いっ……
無理だよもう無理、耐えられないっ!
誰か助けてっ、神様お願いっっ……
私を一真の所に連れってって!

 叫び声と共に目覚めて、そんな思いで激しく泣き喚いてると。
誰かに揺さぶられて、その声が聞こえた。

 滲んだ視界にその人を映して、すぐさま縋り付く。

「ここどこっ!?
一真はっ?ねぇ一真はっ!?
一真はどこにいるのっ?
ねぇっ、もうすぐ戻って来るよねぇ?
どこかでトリップしてるだけだよねぇっ?
ね、そーだよねぇっ!?
なんとか言ってよっ……
ねえぇっ!」

 いつもそれから戻って来てた……
戻って私に微笑んでくれたのに!

「っっ……
っ、っっっ………」
なのにその誰かは黙ったままで……

 私はその場に泣き崩れた。
そして再び、埋もれてた記憶の欠片が甦る。

 泣いて、泣き叫んで、放心して……
ふとまた涙が溢れて、泣き崩れて。
泣き疲れて、意識を手放し……
泣きながら目覚めて。
起きてるのか寝てるのか、夢なのか現実なのかもわからずに……
彼の死への拒絶なのか、自分の生への拒絶なのか、わけもなく嘔吐を繰り返す。
そんな日々の断片が、脳裏を駆け巡る。

 それでも生きていて……
生きていて……

「ねぇ私っ、なんで生きてるのかなぁ……
なんで生きなきゃ、いけないのかなぁっ……」
そう泣き潰れると。

 途端、身体が圧迫されて痛みを覚える。

 どうやら私は、きつくきつく抱き締められているようで……
その痛みが、意識をじわじわと現実に呼び戻す。


「っっ、ごめん……
ごめんっ、憧子さんっ……」

 憧子、さん?
ようやく届いた声に、ハッとする。

「っ、響?」
混乱の最中、確かめるようにその名を呼ぶと。

 ビクッと圧迫の腕が緩んで。
その人も確かめるように、再び私の名前を口にした。

「なんで……
なんで響が、謝るの?」

「んっ、ごめん……
何も出来なくてごめんっ……
けど俺っ、憧子さんに生きてて欲しいっ」

 その言葉で、再び涙が堰を切る。

「っっ、響っ!
私、苦しいよっ……」
あの頃の絶望に飲み込まれそうで、その身体にしがみつく。

「んっ、苦しいねっ……
でも俺っ、一緒に受け止めるからっ。
支えられるもんは、全部支えるからっ……
生きてて欲しいっ」
さっきからの涙声で、痛切に訴えられて。

 たまらなく胸を締め付けられながら……
私はその腕の中で、ただただ泣き声をあげ続けた。



 あの頃の記憶が、一部覚醒したその日から……
なんとか普段通りの生活は送っていたものの、私は塞ぎ込んでいた。

 夢で思い出した母さんと秀人の姿は、あまりにも辛く苦しそうで……
罪悪感で遣り切れなくなってたし。
これ以上心配をかけるわけにもいかないのに……
きっとこれからも、どんどん思い出すのだろう。
その度にまた絶望に飲まれて、おかしくなって……
あの頃からずいぶん立ち直ったとはいえ。
今は安定剤も断薬したし、眠剤も減薬してるのに……
私はそれを乗り越えられるだろうか。

〈怖い、怖い、怖い〉
響が傍にいない時は、ツイッターに依存した。

 そして、ロゼとモスを眺めた。
このコ達が来て、もうすぐ2か月。
背が伸びて、葉も大きくなっていて……
その成長が、心を元気づけてくれる。

 手に取って、そうっと撫でると。
こけ玉の部分が固くなってる事に気付いた。
それは水やりのサインで……


「ただいまっ」

 ちょうど帰って来たその人に確かめる。

「おかえり。
ねぇ、ロゼとモスに水あげた?
今回は響の当番だよね?」

「あっ……
ごめん、そこまで気が回らなかった」

「いーけど、大丈夫?
あんなにハードだった繁忙期でも忘れなかったのに、異動準備で根を詰め過ぎてるんじゃない?」
そのせいか、ここ最近眠そうだし……

「……俺は大丈夫。
けどごめん、ありがとう。
今あげるから、手伝ってもらっていいっ?」

 そうして、水を張った器にそのコ達を入れると……
しばらくして、それらがブクブク沈み始める。
なんだか今日はその様子が、生きてるよって呼吸してるように見えた。

 そんな姿に胸を打たれて、切ない思いで眺めてると……

「俺1人じゃ枯らしちゃうとこだったよ」
底から取り出されたロゼを、そう手渡される。

 それをギュッと絞って水切りしてると……

「こいつらも、憧子さんがいないとダメだね」
そう呟かれた言葉。

 こいつら、も?
それは、響もって事だろうか?
前に必要だと言ってくれたけど。
私はまたおかしくなったり、迷惑や心配をかけてしまうかもしれないのに……
それでもいいのだろうか?
そんな思いで、モスの水切りをしてる響を見つめると。

 夕陽の笑顔が向けられて……
いいよって、全部包まれた気がした。



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