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覚醒6

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 そうして。
到着したコンビニの駐車場で、ドリンクを買いに行ってくれた響を待っていると……

「っ、響っ」
開けてた窓から、女の人の驚く声が飛び込んで来た。

 思わず前方に身を乗り出して、その声の方を覗き込むと。
刹那、胸がありえない衝撃で貫かれる。

 そのショートボブの女性が、ちひろさんだとすぐに判った。
なぜなら私は、その人の身代わりで……
私たちの顔は、とてもよく似ていたから。

 当然響は、思わぬ再会に酷く動揺していて……
だけどハッとこっちに視線が向けられて、バチッと目が合う。

 とっさに私はそれをかわすように、乗り出してた身体を引っ込めた。
そうすると私の姿は隣の車に隠されて……
それが救いだと思った。


「っっ、戻って、来てたのっ?」

「っっ、ごめんっ……
本当にごめんっ」
苦しげにそう告げて。
その場を振り切ったのだろう。

「響っ!」
呼び止めるような声の後に、すぐにその人が戻って来た。

 早々と車を出す響に……
せっかく会えたのにこのまま帰っていいの?とか。
向こうから声かけて来たんだし、ちゃんと話さなくていいの?とか。
そう背中を押してあげたかったのに……
辛そうな響を受け止めてあげたいのに……
その時の私には、そんな余裕がなかった。

 そう、出会ったあの日。
私に声をかけて来たのも、身代わりの恋人関係を持ち掛けて来たのも、かくまってという図々しい頼みに応じてくれたのも……
全部、私がちひろさんに似てるからで。

 響はその瞳に私を映しながら、ちひろさんを見てたんだ。
だからあんなにも優しくて、寄り添って支えてくれたんだ。
私が必要なのもきっと、ちひろさんのコピーだからで……

 どうしよう……
胸が痛くて、壊れそうっ……


 だけど、響は何一つ悪くない。
最初から身代わりだと提言してた。
それを、今になって私が……
私がっ……

 今、自覚してしまった。
こんなに胸が痛いのは……
身代わりじゃ嫌だと傷付いてるのは……
響を、好きになってしまったからだ。

 だけどその人は、ちひろさんの事で頭がいっぱいなんだろう。
車内はずっと沈黙で……
声を出すと泣き声になりそうだったから、ちょうどよかった。

 今の響は、私どころじゃないだろうし。
それに……

ー「愛が欲しいけど、実際もらうとしんどくない?」
「うん、無理」
「だよね。
求められるのなんて輪をかけて無理だし」ー

 この気持ちがバレるわけにはいかない。


 ごめんね、響……
肝心な時に支えてあげられなくて、ごめん。
好きになってしまって、ごめんなさいっ……




 マンション下の駐車場に着くと。

「憧子さんっ!」
降りようとした私の腕を掴んで、引き止める響。

 ここまでの数時間、なんとか気持ちを落ち着かせはしたものの。
突然の行動に、言葉を詰まらせると。

「ごめんっ……」
その人が辛そうに顔を歪めて項垂れた。

「なんで響が、謝るの?」

「なんでって……」
今度はその人が言葉を詰まらせる。

 それはそうだろう。
自分に落ち度はないんだから、弁解のしようがない。

「……響は何も悪くない。
それより、大丈夫?」

「えっ?」

「……ちひろさんの事、辛かったんじゃない?」

 途端、その人は目を大きくして。
そのあとたまらなそうに唇を噛んで、俯いた。
腕を掴むその手には、ぎゅっと力が込められる。

「……俺は、大丈夫。
けど憧子さんに、申し訳なくてっ……」

「だから響は悪くないっ。
私はちひろさんの身代わりとしてここにいるんだし、その真意を知っただけなんだから……
気にしてない」

 そんなの嘘、ほんとはすごくショックを受けてる。

「だから響も、気にしないで?」
それは本当。
勝手に好きになって傷付いてる私が悪いのに、申し訳ない思いをさせたくない。

 なのにその人は、悲しそうな顔を覗かせる。

「……それでもごめん。
だけど俺っ、憧子さん事をっ……」
そこで一旦言葉が切られて。
一呼吸挟んで、事の経緯が語られる。

「……初めてあのクラブで見かけた時、心臓が止まるかと思った。
千景とすごく似てたし。
その荒んだ状態や憂いた様子が、俺のせいで苦しんでる、千景の姿みたいに思えた。
それからなんとなく気になって……
声をかけたあの日。
永遠の片想いをしてるって言われて、むしろ自分と重ねた。
逃げてるって事とかも、他人事には思えなくて……
なんだか、ほっとけないと思った」

 そう、だったんだ……

「もちろん最初は、そのビジュアルが千景と重なったりして。
どこか罪滅ぼしみたいに思えた事もあったけど……
でもすぐに、憧子さん自身が気になって。
だんだん戦友みたいに思えて、色んな事に救われて。
今は心からっ……
……っ、支えたいと思ってる」

 今までも言われてきた、その言葉を前に……
もう似ている事なんか、どうでもいい気がした。

 私だって、一真を愛しながらも響を支えたいと思ってるし。
身代わりでもなんでも、私の方が救われて。
支えられて、助けられて来たのは事実なのだから。

 そんな日々が頭を巡って……
改めて気持ちを実感する。

「……ありがとう。
私も響を、心から支えたいと思ってる」

「っっ、ありがとうっ、憧子さん……」
その言葉と同時、ぎゅううと苦しいほど抱き締められて。

 いつもされてる事なのに……
胸がやたらと高鳴って、嬉しくて仕方がなかった。



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