もうこれ以上、許さない

よつば猫

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自分を許さない3

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「入るね?風人。
ほら、樋口さんも早く」

 混乱した様子でうろたえてる風人をよそに、そう中に進む玉城さん。

 気が気じゃなかったあたしも、すぐにそのあとを追うも……
お父さんの姿はどこにもなくて。

「ごめんね?
でも嘘つきはお互いさまだよね?」
その言葉で、はめられたんだと気付く!

 考えてみれば。
あれほどあたしとの接触を隠して、口止めしてた玉城さんが……
自ら風人に暴露する状況を作るなんて、おかしいに決まってたのに。
風人の家がバレてた事やお父さんの事で動転してたあたしは、そこまで気が回らなかった。

「座って?風人も。
大事な話があるから」

 ここまでするほど大事な話って……
嫌な予感で息苦しいほど胸が騒ぐ。

「……月奈《かのじょ》は関係ないだろ。
いいよ、帰って」
風人があたしの背中に手を添えて、逃がそうとすると。

「だったら戻って来てよ!
パパになるんだからっ」

 その瞬間、思考も身体もフリーズする。

 今、なんて?
衝撃的な告白に、耳を疑うと。

「……は?
なに言って……」
風人も同じくな状態を口にした。

「ほんとだよ?
今、10週なんだって」
そう言って玉城さんは、バッグから母子手帳を取り出して。
挟んでたエコー写真を差し出してきた。

 そこには数日前の日付と、10週を示すような10w2dが記載されていて……

 うそ……嘘だよね?
決定的な証拠と信じたくない気持ちで、わけがわからなくなる。

 そこで風人が「いやそんなワケっ、」と呟いてすぐ。
「あっ」と心当たりがある顔をして。
胸が思いっきり劈《つんざ》かれる。

 やっぱり玉城さんとはシてたんだ。
しかも、妊娠するような事までっ……
息が詰まって、苦しくなって、心がぐちゃぐちゃに捻り潰されて。
そんなあたしを追い打ちするかのように……

「そう、あの激しく求めてくれた夜だよ」
そう続ける玉城さん。

 その生々しい説明と、当事者の2人を前に。
想像したくないのに、それを連想させられて……
心がいっそう打ちのめされる。

「嘘だろ……」
口元を片手で覆って、愕然とする風人。

「きっと運命なんだよ、私たち。
何があっても、離れられない運命。
だからこうやって、愛の証を授かった。
やっぱり、記憶はなくなっても愛はなくならないんだねっ。
何度も何度も、芽衣愛してるって繰り返して。
深く深く、一番奥まで求めてきて。
いっぱいいっぱい、私の中に出すんだもん」

 やめて!もう聞きたくないっ。
たまらずあたしは、その場から逃げ出した。

「月奈っ!」
すかさず風人が、追いかけて来ようとしたのか。

「行かないで風人っ」
玉城さんの引き止める声がして。
ドキリ!と、フラッシュバックしたあたしは慌てて振り返る。

 つい逃げ出してしまったものの。
例のごとく、風人なら追いかけてくるに決まってて。
そしたらまた危険な目に遭わせてしまうかもしないからだ。

 だけど風人は、玉城さんに背中から抱きつかれてて。
追いかけて来れないと判断したあたしは、その隙に急いでこの部屋を後にした。


 なのに玄関を飛び出したところで。
再び呼び止められたと同時、ガシッと腕を掴まれる。

「っっ、ついて来ないで!」
なんでまた追い付かれるの!?

「違うんだ!
俺の話聞いてっ!?」

「違わないよっ!
妊娠させた事に違いはないよねぇ!?」

 すると風人は唇をぎゅっとして、一瞬言葉を失った。

 やっぱり否定、出来ないんだ……

「でも俺はっ」

「でもじゃないよ!
でもですむ問題じゃないしっ……
今話さなきゃいけないのはあたしじゃないっ!」

「っ、そうだけど……」
返す言葉もないけど、離したくないといったふうに。
腕を掴む手に、ぎゅっと力がこもる。

 やるせなくて、もうどうしたらいいのかわからなくて……
涙がぼろぼろこぼれ出す。

「……痛い、離してっ?
どのみち今は、冷静に考えられないし……
しばらく1人で考えたい」

 風人はたまらなそうにまた唇を噛みしめて……

「っっ、ごめん……」
泣きそうな声で呟いて。
渋々といった様子で、だらりと掴む手を下ろした。



 それから、どうやって帰ったのか……
気付けばあたしは、自分の部屋にいた。

 頭の中はぐしゃぐしゃで……
ただただショックで……
考えるたび、涙に襲われる。

 そしてふと思う。
だから、あたしの事を抱いてくれなかったんだ……

 婚約者である限り、その行為は避けられないかもとは思ってた。
そして中途半端な状態を気にしてた風人だから、両方に手を出すわけにはいかないんじゃないかとも。

 だからって、絶対ちゃんとするとか言っといて、妊娠するほどの事までしてたなんて!

ー「違うんだ!
俺の話聞いてっ!?」ー
やむを得ない事情があったんだろうけど。

ー「いいよっ、抱いて?
一緒に駆け落ちするんだから、もういいじゃんっ」
「でもまだしてない!
まだ中途半端なままだからっ」ー

 大事にさせて?とか言っといて……
ほんとは玉城さんに避妊してなかったから、あたしの事は責任取れないかもと思って抱けなかったんじゃん!

 やりきれないと思ってた推測は、状況的にその通りに違いなくて……

「ほんと口だけっ……」
ぶわりと涙があふれ出す。

 だって、それでも風人が好きで好きでたまらないから。
風人じゃなきゃダメだから。

 だけどさすがに、自分がどうしたいかで済まされる問題じゃなくて……
あたしは数日、悩み続けた。

 違う、たぶん答えは最初から決まってて。
必死に、自分の気持ちに折り合いをつけてたんだと思う。

 そう、子供に罪はない。
それでも風人は、あたしが望めば一緒に駆け落ちしてくれるかもしれない。
だけど、父親に捨てられた子供はどんな思いをするだろう。
あたしみたいに、自分は要らない存在だと思うかもしれない。

 そんな気持ちで苦しんできたあたしが、風人の子供にそう思わせるわけにはいかないし。
子供好きで優しい風人も、罪悪感で一生苦しみ続けるだろう。

 あたしは風人のためなら、どんな罪でも一緒に背負うし、どんな苦しみでも受け入れる。
けど風人には、あたしのためにそんな思いをさせたくなかった。

 あたしと離れても、その辛さは一時的なもので……
一生続くわけじゃない。

 そして、今は玉城さんへの気持ちがなくても。
子供が生まれたら、自然と家族愛が育まれるだろうし。
なにより、記憶が戻れば……
その結末を心底よかったと思うはずだ。

 だからもう、身を引くしかなかった。
ただそうなると……
風人の事だから、今度はあたしに申し訳ないと思うだろう。

 そう思わせたくなかったあたしは……
「身を引く事にしたから、口実にさせてほしい」と、誉に作り話の協力を頼んだ。


 そうして、風人に「話がしたい」と連絡すると……
家にはまだ玉城さんがいるらしく、またパーミットホテルで落ち合うことになった。

 見張られてるだろうけど、もう隠れて会うのは不可能だと思ったし。
関係が終わってない事も、どうせバレバレだと思ったから。

 そう、あんなふうに取り乱して逃げたり。
玉城さんを振り切ってまで追いかけたりしたら、一目瞭然だし。
その時の会話も聞かれてただろうから、言い逃れなんて出来っこない。

 今になって。
なんで玉城さんが、あたしとの接触を暴露してまで3人で話そうとしたのか……
わかった気がした。

 同時に話せば、言い訳する隙を与えないし。
裏で都合よく説明される心配もない。
挙句、取り乱してボロが出れば、関係が終わってない証拠にもなるからだ。

 だけど、これで本当に最後だから。
今度こそ、ちゃんと身を引くから。
どうか玉城さんは、これ以上風人を苦しめないで……

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