第二王女と年下国王

miki

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5 地雷

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引越しから、結婚式と慌ただしい時期がすぎ、やっと落ち着いた日常を過ごせるようになりました。

私とアノンさんは同じ部屋の同じベッドで寝るようになりましたが、アノンさんは忙しく、いつも私より早く起き、わたしよりも遅い時間にベッドに入ってきます。
いくら大人びてようと体はまだ十分な睡眠を必要とする幼い子供です。私はアノンさんにもう少しお休みして欲しいのですが、そうもいかないようで、少し心配です。
したがって、結婚はしたもののアノンさんとはなかなか話す時間が取れず、彼について知らないことは多いままです。


ですが、アノンさんの妻として、王妃としてなすべきことをなそうとは思っています。
ギールさん曰く、基本王妃としての仕事は儀式や招宴に参加することだけで、政治的な仕事はないそうですが、私はアノンさんを支えると決めましたし、また、結婚式で王妃という存在がどれほど国民に大きなものなのか実感しました。
アノンさんのためにも、この国の人たちのためにも知っておかなければいけないことをきちんと知っておかなければと思いました。


まず、どのような経緯で、誰を相手にアノンさんがクーデターを起こしたのかについて詳細まで把握したいと思い、ギールさんにお願いして記録資料のコピーを用意してもらいました。
以前から、子供のアノンさんをクーデターに追い込んだものはなにかと疑問にも思っていました。

記録資料の内容を要約するとこうです。
・スメクタイト王国では貴族による腐敗した政治が行われていた。
・民衆には重税を課し、特に上級貴族はそのお金で優雅な生活を送っていた。
・当時、国王の息子であったアノンさんはこのことを憂い、現在の腐敗政治に反感を覚える下級貴族など有力者を集め、クーデターを起こすことを決める。
・このことを知ったドレライト王、つまり私のお父様は、アノンさんのグループを支援することに決め、クーデター成功のための情報提供等を行った。理由はお父様がアノンさんの政治理想に同意したためだそう。
・約1年前、アノンさんを中心としたグループが起こしたクーデターは成功し、国王、つまりアノンさんの父上含め、多くの上級貴族は国外追放となった。
・現在でも、いまだ情勢は悪く、反アノン派による襲撃が警戒されているらしい。

資料を読み終わってなるほど、私は知らず知らずのうちに思ってよりきな臭いところにきてしまったようだと思いました。お父様はこのことを承知で結婚を認めたのでしょうか。
それともそれほどアノンさんのことを信用しているということでしょうか。


それよりも私が気になったのは、クーデターを起こす理由として腐敗政治を浄化するため、と書いてありますが、本当にアノンさんが決意した理由がそれなのかということです。いくら大人びてようと子供であるアノンさんがクーデターを起こす理由が政治にあるのでしょうか。

私はなんとなく、アノンさんの家族に原因があるのではと思いました。
詳しい理由は知らないのですが、アノンさんのお母様は今ここにはいません。
一度、アノン様にお義母様に挨拶しなくていいのか、と尋ねたところ、私を鋭い目つきで睨んだ後、
「ここにはいない」
と一言静かにつぶやくだけでした。
私は普段は温厚なアノンさんが放つ殺気に気圧され、それ以上聞くことが出来ませんでした。
ただ、私もお母様を幼い日に病気で亡くしています。そこについては私はアノンさんの気持ちに共感できると思っていました。


資料を読んで数日後、いつもはアノンさんは疲れているので何も話さず、そのままベッドの上で私の隣で寝るのですが、思い切ってアノンさんに聞いてみました。
「アノンさん、アノンさんってお義母様のこと…どう思っているのですか?」

しばらくの沈黙の後彼は口を開きました。
「特になんとも思っていませんよ」
「私のお母様も私が10歳の時に病気で亡くなってしまいました。ちょうどアノンさんと同じような時です。私もあなたの苦しみを分かち合えると思います。」

彼は背を向けたまま無言でいます。
私はアノンさんに言い聞かせるようにゆっくりと続けます。
「もし…アノンさんがして欲しい、というのなら、私はあなたのお母さんになります。私はあなたを支えたい。」

彼はようやくこちらに体を向けました。
やっと心を開いてくれたと思い、ほっとしたのも束の間、彼は体をバッと起こすと私の上にまたがり両手で首をきつく絞め始めました。

彼の顔は今まで見たことのないほど怒りで燃え上がり、その苛烈さたるやまるで別人格のようでした。
私は驚きと苦しみの中、アノンさんを叩きます。しかし、やめようとする様子はありません。

彼は私にその怒気とは裏腹に静かな声で私に話しかけます。
「お前に私の気持ちがわかるはずがない。そして、どんな人であろうとも母上の代わりにはならない。二度とこんなことを言うな。わかったか?」

私は苦しさに涙を流しながら首を必死に縦に振ります。
すると彼は我に帰ったかのように、いつもの表情に戻ると
「すまなかった」
と私の目を見ずに呟くとそのまま背をこちらに向け寝てしまうのでした。
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