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1-04見てみないと分からない

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「よっし、街に行ってみよう!!」
「あかり姉さん、持ってく物はこれで全部?」

「うん、そうよ」
「それじゃ、『魔法マジックの箱ボックス』に入れよう」

「ストーップ!! それっ、使える人が限られる特別魔法だから」
「えっ!? それじゃ、荷物を背負っていくの」

 うんうんとあかり姉さんは俺にむかって頷いていた、それから『魔法マジックの箱ボックス』の魔法がいかに一部の人間でしか使われてないか、どれだけ重要でそれが使える魔法使いが希少なのか説教されてしまった。だからあかり姉さんが持っていくもの、それはなるべく軽くて売れるものだった。例えば貴重な薬草の干したものや、あかり姉さんが作ったポーションなどだった。

 ドラゴンの落ちこぼれの俺でさえ使える魔法、『魔法マジックの箱ボックス』がそんなに貴重な魔法だとは知らなかった。この魔法は魔力量に関わらず習得できる者と、習得できない者がいると聞いた。そんなふうに魔法には相性があって、得意な属性なら魔力は少しで済むが、苦手な属性だと発動すら困難になるのだ。ちなみに俺は基本的に初級魔法しか使えないから、どれが得意なのかは分からなかった。

「それじゃ、魔の森を歩くのは危険だから途中までは飛んでいくよ。シエルくん」
「俺はどうするの? 今はドラゴンじゃないから飛べないよ?」

「シエルくんは『浮遊フロート』の魔法を自分にかけてて、そのシエルくんを私が『飛翔フライ』で引っ張っていくよ」
「なるほど、それでこの命綱か」

「空で離れたら大変でしょ」
「うん、落っこちたら大変だ」

 こうして俺とあかり姉さんは命綱で繋がれて街まで飛んでいくことになった、母であるセーメイオンにもそのことは伝えたが特に何も言われなかった。俺はあかり姉さんの『飛翔フライ』の魔法で飛びつつ、ワイバーンなど空を飛ぶ魔物にだけは警戒していた。でもあかり姉さんもそれは知っているようで、その生息域を避けて少し遠回りして俺たちは街の近くの森まで飛んでいった。

「よいしょ、もう命綱を外していいよ。シエルくん」
「ふうっ、自分の翼で飛ばないなんて変な感じだ」

「君が人間として生きるのなら、それが当たり前になるんだよ」
「やっぱり奇妙な感じだよ、あかり姉さん」

 あかり姉さんの『飛翔フライ』の魔法は安定していて心配がなかった、だが俺は自分の翼で飛ぶことを知っているから違和感が少しあった。でもこれから人間として暮らしていくのなら、これは慣れていかなくてはいけないことなのだ。森の中でから街に近づいていくと街の入り口があった、ドラゴンは家を作ることなんてないから、俺は人間が作った街という高くて頑丈そうな壁に驚いた。

「私は商人です、はい身分証です。こちらは弟で、身分証を作りにきました」
「そうか、通行料も問題ない。弟は早く身分証を作るように」

「はい、ありがとうございます」
「ラントの街へ、ようこそ」

 俺たち二人は何事もなく街に入れた。人間の作る街についてまた俺は驚きっぱなしだった、蟻が作る巣よりも芸術的な街というものがそこにはあった。あかり姉さんに手を引かれて歩きながら、あれは何だと質問を何度も繰り返すことになった。宿屋があり、飯屋があり、風呂屋があり、商店があり、露天商がいて、そして貴族が暮らす特別区というものがあった。

 あかり姉さんはフードを深く被って、俺に小声でいろんなことを教えてくれた。確かにこんなに複雑な世界なら人間として生きていくのは大変そうだ、俺はあかり姉さんが魔の森で暮らし続ける理由を知ったような気になった。あかり姉さんについていくとまずは商店で薬草やポーションを売り払ってお金にした、そうして代わりに別の商店で香辛料や布類それにお酒などをあかり姉さんは買っていた。

「魔の森で大体のものは手に入るけど、香辛料や布類は難しいからお酒はセーメイオン様にね」
「はぁ、凄い世界だな。ここと比べると森は単純だ」

「単純だからいいのよ、私は一生魔の森で暮らしたいわ」
「俺はちょっと世界を見てみたいかな」

「そう……、それじゃシエルくん。荷物をしっかり持ってついてきて」
「うん、分かった」

 それからあかり姉さんはあまり光のささない裏路地に入っていった、そこははっきりと言って暗くて空気も淀んでいて汚かった。俺たちはフードを深く被って顔を見られないように進んだが、うっかり目があってしまった人間は痩せていて酷い身なりをし、そして虚ろな目をしているか逆にこちらを睨み返してくるのだった。俺は本能的に危険を感じ、いつでもあかり姉さんが守れるようにしていた。

「シエルくん、人間はお金が無いとこうなるのよ」
「これはもうどうにもできないの、なにか良くなることはないの?」

「子どもなら運よく良い人に拾われることがあるわ、でも大人にはその機会すらもないわね」
「どうして? どうして他の人間は仲間である人間を助けないの?」

「そんなに余裕のある人間がいないのよ、いても関心がないというのが正しいかも」
「人間っていうのはそういうものなの? 仲間同士で助け合わないのか?」

 ドラゴンだって同族で争うことはある、だがもし縄張りに何かの理由で弱ったドラゴンが入ってきたら別だ。相手の誇りを考えて直接助けないことはある、でも助けを求められら基本的にどうにかして助ける、その弱った命を意味なく放っておいたりはしないのだ。そして相手も体が良くなったらお礼を言って立ち去る、そういうふうにドラゴン同士で助けあうのは当たり前のことだった。

「貴方がなりたがっている人間ってこんなものよ、シエルくんの将来はもっとよく考えて決めて欲しいわ」
「……うん、そうか。ありがと、あかり姉さん。俺はまだ何も知らないんだな」

「ふふっ、歴史の授業で寝てたりするからよ」
「うっ、寝ていけないと思うと余計に眠いんだ」

「さて、十分に見学はしたし。帰りましょう」
「分かった、あかり姉さん」

 一通り『貧民街スラム』と呼ばれる場所を俺が見てまわった時だった、俺とあかり姉さんの周囲に顔を隠した人間たちが集まってきた。俺とあかり姉さんは背中合わせになって死角がないようにした、そうして集まった人間は十数人くらいだった。俺にだけ聞こえるようにあかり姉さんが言った、俺は頷いてその言葉の意味を理解したことを合図で伝えた。

「よう、可愛いガキとねえちゃん。二人まとめて、俺らの商品になってくれ」
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