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1-07挑んだものは逃げられない

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「母さんも忙しいだろうに、食いしん坊だなぁ」
「ああ、最近また冒険者が来るのよねぇ」

「そうそう、母さんに勝てるわけないのさ。近頃、馬鹿な種族が多いよ」
「ドラゴンスレイヤーになれたら、それでもう国の英雄らしいものね」

「そんな理由で殺されたら堪らない、俺の母さんは強いから心配いらないけどさ」
「ドラゴンからしたら、どうしてそんな理由で狙われるのってところなのよね」

 俺とあかり姉さんは食後のんきにそうお喋りしていたが、母さんの魔の森は結構深い森の奥にあるのに、本当に人間の冒険者が来ることがあるのだ。母さんがしてることなんて精々、時々おやつにデビルボアとかデビルベアとか、小腹が減るから近くのものを食べるだけの無害な生き物なのにだ。でも人間にとってはドラゴンスレイヤーという称号が、それはもう喉から手が出るほど欲しいものらしかった。

「俺こそドラゴンスレイヤーになる戦士だ!!」
「この世の全てを知る賢者です」
「魔を焼き尽くす魔法使いなのよ」
「遠距離攻撃は任せて、弓使いだよ」
「皆さんのご無事を神に祈ります、神官です」

 とまぁこんな感じで大体は四、五人でパーティを組んで母さんのところに人間がくるんだ。時には獣人族や竜人族なんかが混じってたりすることもある、お前の母さんとやらはちゃんとドラゴンが怖いものだ。そう本当にこの世で一番怖いものはドラゴンだって、そんな簡単なこともこいつらは教えてもらってないのだろうかと俺はつくづく思った。そうしてこそこそっと秘密の抜け道を使って、母さんの洞窟の広場にいる冒険者というものを観察した。

「戦士はそこそこ剣術ができそうな馬鹿」
「魔法しか知らない賢者って馬鹿」
「ドラゴン相手に炎とか魔法使いって馬鹿」
「運よく目とか当たらないと無駄な弓使いの馬鹿」
「助けてくれない神様なんかに祈る神官っていう馬鹿」

 俺は偶々出かける時に冒険者という馬鹿者の集まりがきたから、偶には母の雄姿を見るのも良いかなと思って見学することにした。母さんであるセーメイオンはゆったりと広場に座っていたが、相手が名乗り終えるのを待っていたかのように立ち上がった。そして、即座にその長くて凶悪な棘がついている尾で冒険者たちを打ち払った。

 戦士が、賢者が、魔法使いが、弓使いがそれで一気に広場の端に吹き飛ばされた。ただ一人残っていたのは辛うじて魔法で防御していた神官だけだった、彼女は真っ青な顔色のままキョロキョロと仲間たちを見た。だが誰も起き上がってはこなかった、僅かな最期のうめき声が聞こえるそれくらいだった。そして母さんの容赦ない尾の二撃目で、神官も防御しきれずに広場の端に弾き飛ばされた。

 母さんは五人の人間を順番に見てまわり、まだ息がある者はきっちりと止めをさしていた。殺しに来た者は殺されても文句は言えない、そうあかり姉さんからも聞いたことがある、俺はその言葉を思い出しながら母のすることを見ていた。俺もいつかああやって人間を殺すことがあるのか、そもそも狙われるようなドラゴンになれるのかなとちょっと思った。そんな時、不意に俺は名前を呼ばれた。

「………………アルカンシエル、彼らの遺品で美しい物を奥の間に運びなさい」
「はっ、はい。母上!!」

 あははは、俺がこっそり覗いていたこともバレてました。まぁ戦闘中のドラゴンは微かな気配にも敏感だから、俺がいることくらい母さんは最初から分かっていたのだ。俺は五人の遺体を確認して、綺麗に残っている指輪や防具それから武器をかき集めていった。この時、時々呪われているものもあるから注意だ。そいうやつは大概黒いもやがかかっているので、触らないようにして木の棒などでつついて外に捨てて放置するのだ。

「母さんの宝物庫は立派だなぁ、それに比べると俺のなんてしょぼい」

 長年の間、冒険者に狙われ続けた母の宝物庫はその分だけ宝物を貯めこんでいた。これに比べたら俺の宝物庫なんてしょぼい、それはもうしょぼすぎるんだ。森の中に盗賊団ができた時とか、母が気紛れにこれを掃除するのだ。そして母はめぼしい宝物だけ持って帰る、俺はそのおこぼれである銀貨とか銅貨とかを拾い集めていた。偶に金貨が混じっていた時はラッキーなのだと、そんな俺を見たあかり姉さんは笑って言っていた。

「しっかし、そんなにドラゴンスレイヤーになりたいものかなぁ」
「………………愚かな息子よ、強者は常に強者に狙われるものだと知りなさい」

「はっ、はい。母上」
「………………お前のような下位のドラゴンでも、倒した者はドラゴンスレイヤーなのです」

「ええ? 俺みたいなしょぼいドラゴンでも??」
「………………とにかく気をつけなさい!! そしてドラゴンとしての誇りを忘れないこと!!」

 今日は久しぶりに母さんと会話ができたような気がする、一方的に俺が怒られてるだけかもしれないけど、一応は会話になっていたような気がした。あははは、ヤバいこんな小さなことが凄く嬉しいのだ。俺ってちょっと変なんだろうか、あとであかり姉さんに聞いてみようと、俺は母さんの宝物庫を出るとまた小動物退治に向かっていった。そして、帰ったら忘れずにあかり姉さんに事の次第を話して聞いてみた。

「シエルくんは全然変じゃない、まだ母親がこいしい年ごろだもの」
「え!? もうすぐ俺はここをポイっと追い出されるんだよ」

「ううん、ただ大人になるために旅に出るだけよ。絶対に無茶はしないでね、寂しくなったらいつでもここに帰ってきて」
「うん、あかり姉さん。そうする、絶対にそうするよ」

「私もその時はセーメイオン様を、シエルくんと一緒に頑張って説得するわ」
「あははは、母さんに怒られるのは怖いから二人で行こうね」

 俺の旅立ちの時が近づいていた、俺はあかり姉さんから難しい魔法の講義を受けたり、森の動物を狩りに行ったりして過ごしていった。どんなに来て欲しくなくてもその時は訪れる、どんなに嫌がったって時は平等に流れていくのだ。それはある日のことだった、俺は母さんに洞窟の広場に呼び出されてこう言われた。

「われに挑みこの地を治めるドラゴンになるか、それか新しい住処を求めて旅立ちなさい」
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