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2-04覚えるのが異常に早い

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「美味しいよぉ、昔のお母さんのご飯だぁ」
「………………昔のお母さん?」

 うんうんと言いながらアクアはご飯を全て食べた、そうして俺も食べて食器類を洗って片づけた。それから泥沼に足を突っ込むような気がしたが、俺はアクアに詳しい家族の話を聞いてみた。アクアは俺の聞いたことに素直に何でも答えた、アクアの頭はどうやら悪くないように見えた。十歳にしてはアクアは賢くはっきりと答えた、おかげでアクアの家族のことが大体はよく分かった。

「昔のお母さんは今はどうしてる」
「天国にいったって」

「父親、お父さんは今どうしてる」
「新しいお母さんを連れて来た」

「新しいお母さんのご飯は美味しくないのか」
「うん、新しいお母さんはご飯をなかなかくれない」

「お父さんは何も言わないのか」
「家にお父さんがいる時はご飯をくれるの」

 つまりアクアの実の母親はもう亡くなってしまっている、それで父親が新しい女を継母として連れてきた。アクアはその継母から虐待を受けて育った、飯も碌に食べさせてもらえないこともあった。それに体中についていた大小の古い傷跡からして、継母から叩かれたり殴られたり蹴られたりもしていたようだった。その傷跡はもう俺が魔法で消してしまったが、どうりでよく知らない大人を怖がるわけだ。

「こりゃ、すぐに孤児院にやるわけにはいかないな」

 俺はこっそりと小さい声で呟いた、まだ成人して間もない十三歳の子どものような姿、アクアがそんな姿でいる俺に懐くわけだ。アクアとしては新しいお友達ができた、もしくは新しい兄ができたとか、そんなふうに俺の事を思って慕っているのだ。アクアを大人に慣れさせるのはゆっくりやらないと無理だ、今すぐに孤児院に預けたら食事も碌にとれず、きっと死んでしまうだろうからだ。

 俺は完全にしばらくの間はアクアを孤児院に入れるのは諦めた、初めて会ったあの時に見殺しにせずに世話をした時点で、俺にはアクアに対して大きな責任がうまれたのだった。でもあの状況で見殺しにできたか、いやそれは俺には難しかった。仕方がないまいた種は収穫するしかないのだ、たとえ中身が何であってもそれが育てた者の責任なのだ。

「つーか、俺って責任重大じゃねぇか!!」

 いきなり大声をあげた俺にアクアはビクッと飛び上がっていた、だが俺はそんなアクアに向かってこう宣言した。最強のドラゴンになるこの俺が育てるのだ、だったらそれなりに強い人間に育てることにした。

「とにかく俺が一時的にでも育てる以上、アクア。お前にはいろいろと覚えてもらうぞ!!」
「うん、アクアは覚える」

「弱音を吐いて覚えられないなら、今度こそ孤児院に放り込むからな」
「こっ、こじいん!? アクアは絶対に覚える!!」

「それじゃ、まずは読み書きと計算からかな」
「アクア、読み書きはできるよ。国語もできたし、算数もできる」

 そういえばあかり姉さんとアクアがいた国、そのにほんという国は勉学がすすんでいる国だった。それにアクアは迷い人だったから、だから改めて文字は教えなくても読み書きができる、何故かは知らないが迷い人はどんな文字でも読み書きできるのだった。算数というのもアクアは街人なら十分なくらい理解していた、あとはこっちのお金の単位を教えてやるくらいのものだった。

「あとはお前に魔力があるのか調べるぞ」
「魔力?」

「ちょっとお前の胸をさわるってことだ」
「うん」

 俺は魔力があるのかどうかアクアの胸に右手で触れてみた、魔力を調べる方法は統一されていないが、俺が知っているのはこの方法だけだった。心臓が近い部分の体に触れてみる、そうしてこっちの魔力を流してやると、相手が魔力をもっているなら反発があるのだ。俺が少しだけ自分の魔力をアクアに流した瞬間、俺は強烈な反発を感じて思わず手を放した。アクアに少しの間だけ触れた右手が、それが火傷しそうなくらい熱かった、アクアはそんな俺を心配そうに見ていた。

「はははっ、どうやらアクア。お前には魔力があるぞ」
「魔力ってなに?」

「魔法が使えるってことだ」
「それってアニメの魔法少女ってこと?」

「あにめ? まほうしょうじょ? それは分からないが、特別な力があるってことだ」
「それはシエルにとって良い事?」

「ああ、俺にとっても良い事なんだ」
「じゃあ、アクアは頑張る!!」

 俺はその日からアクアに魔法を教えることにした、最初は基本中の基本の『ライト』からだった。『ライト』は簡単に言って光を生み出すだけの魔法だ、アクアはその魔法をあっという間に覚えた、次に中級魔法の『幻のヴィジョン火炎フレイム』を教えてみた、火炎と名がついているが幻の炎で周囲を炎のように照らす魔法だ。時間が経つまでは水をかけても消えない魔法だった、アクアはその魔法もまたあっという間に覚えてしまった。

 アクアの魔法のあまりの覚えの早さに俺はびっくりした、それからも地面に水が染み込んでいくように、アクアは驚異的な早さで魔法を覚えていった。俺が子どもだった時には難しかった初級魔法を次々と覚えていった。それは『ファイア』や『ウォーター』などの生活魔法から始まって、火や水に土や風の中級魔法などだった、だがただ一つ問題があった、アクアは攻撃魔法を覚えられなかったのだ。

「誰かを攻撃するのは怖いのか?」
「こわいよ!! だって誰かが怪我をするよ!!」

「この世界では殺さないと殺されるぞ」
「………………ごめんなさい」

「まぁいい、とにかく生活魔法と防御魔法それに回復魔法を覚えろ」
「うん、頑張る!!」

 そうして俺と出会って一カ月が過ぎる頃にそれは起こった、なんとアクアは上級魔法まで覚えてしまったのだ。防御と回復の両方だった、俺は慌ててまたアクアに約束させた。上級魔法が使えることは誰にも教えないこと、使いたい時には俺の許可をまずとることを約束させた。ただし俺はアクアの命に危険がある時、つまり死ぬと思った時には迷わず魔法を使うことを覚えさせた。

「俺が許可するか、死ぬって思う時まで。上級魔法は絶対に人前で使うな!! 約束だぞ、アクア」
「うん、アクアは上級魔法をシエルの許可が出るか、もしくはアクアが死ぬって思うまで、絶対に人前で使わないと約束する」

 俺は本当は命の危険がある時以外は使うなと約束したかった、だが俺のあかり姉さんはその条件で約束したばかりに、俺のために約束を破棄するためだけに死んでしまったのだ。だからアクアの上級魔法を使う条件はわざとゆるめておいた、こうしておけば本当に死にそうな時に、アクアは上級魔法を使うことができるはずだった。

「シエル!! 死ぬ!! アクア死んじゃう!!」
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