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2-06貴方のためなら構わない

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「いい神殿で育って、良い人間になれよ。なぁ、アクア」
「すー、すー」

 そう言って俺は眠っているアクアの頭を撫でた、おっとどうやら俺はアクアをそれなりに可愛がっていた。こうしてアクアともうすぐお別れだと思うと、少しだけ俺の胸が痛むくらいには、アクアは俺の大切な何かになっていたのだ。俺はそれが何だか分かっていなかった、だからアクアが俺を怖がるようになったら、俺は本気でアクアを孤児院に連れて行くつもりだった。

「えっと、この商隊護衛を受けたい」

 そうして俺は商業ギルドで荷馬車の護衛依頼を受けることにした、この商隊の隊長はとても優しそうな男で、幼いアクアを荷物の間に動いている間ずっと座らせてくれた。おかげで商隊の足を引っ張らなくてすんだ、商隊の隊長がそうしてくれなかったら、俺がアクアを背負って行く予定だった。その優しい人間のおかげで俺は楽をすることができた、アクアの傍について荷馬車の傍を歩いていくだけですんだ。

「盗賊だ!! 皆、気をつけろ!!」

 そんな声が上がったのは次の街まで半分ほどの行程を進んだ時だった、俺はアクアに荷馬車を離れないで俺をしっかり見ているように言った、アクアは大人しく頷いて俺のことを見ていた。冒険者たちはもう盗賊と戦っていた、俺もその戦いにショートソードを持って素早く参加した。そうして何人もの盗賊の首をはねたり、首が無理な時にはその手足をわざと切り落とした。

 そんなふうに俺はいつもより残酷に戦った、生きたまま盗賊を解体していったようなものだった。冒険者たちも俺の戦い方に少し驚いていた、十三歳くらいの男の子が何人もの大人を解体したんだ、当たり前だが彼らの俺を見る目には恐れが含まれていた。そうやって俺は無駄についた返り血まみれで荷馬車に戻った、そうしたらアクアは俺が血まみれなのにも構わず、ぎゅうっと強く抱き着いてきて魔法を使った。
 
「シエル、死なないで!! 『大治癒グレイトヒール』!!、『大治癒グレイトヒール』!!」
「おいっ!! 返り血だ。俺は死なないから、魔法を使うのを止めろ」

「本当!? シエルは死なない!?」
「そうだよ、まったくお前にまで返り血がついたじゃないか」

「………………シエルが死ななくて良かった」
「このくらい俺は平気なんだよ、『洗浄ウォッシング』と『乾燥ドライ』」

 俺はアクアの服についた盗賊の返り血を素早く洗い落とした、俺のローブについた血もそうしているうちにすぐに消えた、俺のローブには自動洗浄という珍しい付与魔法がついていたからだ。アクアは返り血にまみれていた俺のことを怖がらなかった、俺が人間を何人も殺したところを見たのに怯えなかった、俺のどうもアクア自立計画は上手くいかなかったようだった。

「アクア、ちゃんと見てるか!?」
「うん、シエルを見てる!!」

 それから二度ほど同じように襲われて盗賊たちを切り殺して見せたが、アクアは俺のことを全く怖がらなかった。いつも怪我をしていないかと凄く心配されたが、それだけで俺に怯えることは少しもなかった。それで俺は自棄になってアクアを背負って、近くの盗賊団を残酷な方法で退治しに行った。わざわざそこにいた数十人の盗賊を全員、それを手間暇かけてショートソードで切り刻んだ。

「シエル強い、すっごく強い」
「このくらいの奴は雑魚だからな」

「アクアも手伝いたい、シエルの役に立ちたい」
「ああ、そうか。それじゃあアクア、俺と一緒に戦う時は状況を見て、上級魔法を使うことを許す」

「うん、分かった!!」
「………………」

 でも、やっぱりアクアは俺に対して少しも怯えることはなかった。一体アクアには世界はどう見えているのだろうか、俺が天使にでも見えているのかとアクアの目を疑った。アクアは相変わらず俺以外の大人を怖がった、アクアを荷馬車に乗せることにしてくれた、商隊のあの優しそうな男ですら駄目だった。もう俺はアクアの気が済むようにさせることにした、というかそうするしか何も方法が見つからなかったのだ。

「すご~い金貨がいっぱい、銀貨もいっぱい」
「宝石とかは止めとけよ、やっぱり金貨や銀貨が一番使いやすい」

「うん、持っていくのは金貨と銀貨だけ」
「俺の『魔法マジックの箱ボックス』を置いていく、そして何か遭ったら俺を呼べ」

「シエルはどこに行くの?」
「捕まってる女どもを解放してくる」

 俺は最後には何かを悟ったような気になって、盗賊の残したお宝の部屋にアクアを置いていき俺の『魔法マジックの箱ボックス』に宝物を入れさせておいた。その間にいつものように凌辱されていた裸に近い女たちを牢から解放しておいた、アクアは俺がいない間も一生懸命に金貨や銀貨を拾いあつめて、拾った物の全部を俺の『魔法マジックの箱ボックス』に入れていた。

「なぁ、アクア。俺のことは怖くないのか?」
「アクア、シエルの事は怖くないよ」

「でも神殿に行けば、俺より優しい人間がいるぞ」
「こっ、こじいんはいや!!」

「そうか、でも神殿に行きたくなったらそう言えよ」
「アクアはシエルといたい、だから神殿なんてどうでもいい」

 俺はアクア自立計画は別の意味では効果があった、なんと初級だがアクアが攻撃魔法を覚えたのだ。そして人間相手には無理だったが、小さな兎や鳥などの狩りができるようになった。はじめは失敗ばかりしていたし、魔法が当たっても兎がぐちゃぐちゃに潰れてしまっていたりした。だからアクアにそれでは兎の命は何の役にも立たないからいけないと、命を貰おうとする以上はその命に感謝して食べる努力をするべきだと教えた。

「アクア、お前は兎を殺したな」
「うん、アクアが殺した」

「だったらその命は大切にすべきだ、だがこれではお前は食えない」
「…………アクアは兎さんの命を無駄にした」

「だからまずは『衝撃インパクト』の完璧な手加減を覚えろ、そうしたらお前も兎を食べれる」
「うん!! アクアは頑張る!!」

 ちなみにその潰れた兎も俺が食ってみせた、俺はドラゴンだから美味くはなかったが、生来の本性から小動物を丸のみするのには慣れていた。アクアはそんな俺にびっくりしていたが、怖がることはなくむしろ尊敬するような目で見られた。俺はもう一つアクアに教えなければならなかった、この世界では殺すものは殺される覚悟を持たなければならない。いや、もっと世界は厳しいのだと俺は知っていた。

「アクア、お前はいつも殺されるかもしれないと覚悟しておけ」
「だっ、誰がアクアを殺すの!?」

「それが分からんから世界は危険なんだ、誰が敵なのか分からないのがこの世界だ」
「敵が誰だか分からない、ならアクアはよく気をつける」

「俺がアクアの敵かもしれないぜ」
「シエル?」

 俺は出来損ないのドラゴンだった、まだ世界の大きな力から貰うものだけ、それだけの力では生きていけなかった。成長しきった本物のドラゴンなら、世界の大きな力だけで生きていけるのに、俺の体はまだまだ魔物やその他の食事を必要とした。もし俺が餓死するほど飢えて死にかけていたら、俺はアクアのことだって殺すと決めて迷わない、そうしてアクアを殺して食べてしまうかもしれなかった。

「大丈夫、シエル」
「何が大丈夫なんだ?」

「アクアはシエルに食べられても大丈夫」
「お前、言っていることが分かっているのか?」

 俺は何をアクアが言いだしたのか分からなくて、そうしてついにアクアの頭がおかしくなったのかと思った。だがアクアはいつかどこかで見た笑顔で、そう悲しくなるほど愛おしい懐かしい笑顔でこう言った。

「アクアはシエルが大好き、だからきっとシエルに食べられても大丈夫」

 俺はあかり姉さんの最期を思い出した、あかり姉さんもそうだ俺のことを大好きだと言って、そうして自分の命をさしだして俺を救った。ああっ、くそ。俺はまた大切なものを手に入れてしまっていた、そうアクアという大切な失いたくない家族を手に入れていたのだ。俺はそんなことにも今まで気がついていなかった、そうだ気がついたらいけなかったのだ、だってそうしたらもうアクアのことを俺は手放せなかった。

「――――――!!」

 俺は右手で顔を覆って泣きそうな顔をアクアに見せないようにした、俺はあかり姉さんの最期の言葉を思い出して涙が出てきた。でもアクアの前で泣くようなことはしたくなかった、あかり姉さんのことをアクアに上手く説明できる自信がなかったのだ。そしてアクアは俺の様子が変わったのでオロオロしていたが、やがて強く決心したかのようにこう言った。

「でもシエルがアクアを食べるなら、できるだけ痛くないようにして!!」
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