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2-09お留守番をしてほしい

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「アクア、世界に決まった形はないんだ。お前も大きくなって大人になったら、自分たちのために安全で優しい世界を作れよ」
「…………ひっく、ひっく」

 俺はアクアが泣き止むまで彼女を抱きしめていた、大通りにあった子どもの遺体はやがて街の役人、人間たちの手によって片付けられていった。アクアはその後しばらく元気がなかったが、俺は何と言っていいのか分からずただ傍にいてやった。それからはアクアは路上に死にそうな子どもが倒れていても、悲しそうな顔はするが俺に助けてとは言わなくなった。

「アクアは強くなる!! シエルを守れるくらい強くなる!!」
「はははっ、それはいいな!!」

 アクアは俺との鍛練をまたより一層、真面目に丁寧にするようになった。アクアはこのドラゴンの俺を守るくらいに強くなるつもりだった、俺はその可愛くていじらしい決意を尊重して、アクアがやりすぎないように気をつけながら鍛えた。アクアはずっと鍛練を続けて少しだけ強くなった、手足の皮は鍛練によって固く強くなっていった。

 攻撃魔法は相変わらずアクアは苦手だったが、初級魔法だけだったらもう一人前というくらい、命中率が良くなり狩りも失敗しないようになった。幼い子どもであるアクアの成長は早かった、人間はドラゴンより生きる時間は短いが、その分その成長速度はとても早かったのだ。出会って半年が過ぎる頃にはアクアはもう俺の仲間と言ってよかった、だからいつもは盗賊退治にも一緒に連れていった。

「ゴードン盗賊団の合同での討伐依頼か」
「シエル、行くの?」

「そうだな、なになに二百人を超える盗賊団だと!?」
「うわぁ、盗賊の人がいっぱい」

「これは行くしかないだろう」
「シエル、とっても嬉しそう」

 商業ギルドで一際大きな盗賊団がいるという情報が入った、その盗賊団は街の中でもかなりの噂になっていた。なんでもかなり強い戦士がいるらしかった、しかし俺にとってはいい獲物だ。でももうすぐ領主が本格的にそのゴードン盗賊団、その討伐隊を組んで行かせるらしいとも言われていた。俺は領主などより早く盗賊団を壊滅させる予定だった、だが今回はさすがに危ないからアクアを街に置いていこうとした。

「嫌!! アクアも一緒に行く!!」
「でもアクアは俺と同じくらい強くはないだろ」

「シエルがアクアの見えないところに行くのは嫌!!」
「今度の盗賊団はとても強そうなんだ、だからお願いだ宿屋で留守番をしててくれ」

「………………嫌だけど、どうしてもって言うならいい」
「どうしてもだ、頼むよ、アクア」

 俺はアクアを説得するのに一日を使ってしまった、でもアクアはそれで大人しく留守番をすることになった。俺は街で一番の警備が厳重で値段が高い宿屋で部屋を借りた、宿屋を守る警備の冒険者がいるようなところだ。これでひとまずアクアの心配はなくなった、そうして俺は下調べした山の盗賊団がいるところに夜に紛れて走っていった。

「誰だ、合言葉を言え!!」
「そうだな、『このくそやろう』かな」

「ふざけんな、ここはゴードン盗賊団だぞ」
「自己紹介ありがと、それじゃ、『電撃槍ライトニングストライクスピア』」

 俺は珍しく盗賊団の裏口から中に入っていった、夜だったので空から盗賊団の全容を見ることができなかったのだ。だから間違えて裏口からゴードン盗賊団に入ってしまった、でもやることはいつもと同じだった。俺のことを敵だとみなして襲ってくる、そんな相手を倒していくだけだった。しばらくはその作業が続いた、そうして百人くらい倒した時のことだった。

「子どもとはいえやるな、その剣をこのカロー様に見せてみろ」
「いやそれほどでも、『電撃ライトニング』」

 俺は人間の中で強そうな奴にあった、長い銀の髪に赤い瞳をした戦士だった。だがこの戦士はなんと防御魔法も使わずに俺の初級魔法を躱してみせた、それでちょっと面白くなって俺は剣だけで純粋にその戦士と戦ってみた。何度も何度も俺のショートソードと、相手のロングソードがぶつかり合った。俺はそいつだけの相手をしていたわけじゃない、隙を見せたら横から襲ってくる盗賊も切り殺していった。

「おおっと、そこまでだ。この人質を……」
「今は取り込み中だ、『強電撃ライトニングストライク』」

「ぐはぁ!!」
「全く、うるさいな」

 俺とカロ―とかいう奴の剣だけの勝負を、それをわざわざ邪魔する奴は多かった。剣で切りかかってくる奴もいたし、時には矢や魔法も降ってきた。

「くくっ、このカロ―様相手に少しはやるな」
「なかなかお前は強いな、剣だけだったら俺も負けそうだ」

「それではこれでどうだろう、『火炎嵐フレイムストーム』!!」
「――――ッ!!」

 俺が戦っていたカロ―という戦士がいきなり剣だけじゃなく魔法を使ってきた、俺は素早く魔法の軌道を見切って『火炎嵐フレイムストーム』を咄嗟にその場から飛んで上手く避けた。だがそこにまたこの戦士が突っ込んできた、俺との剣術では互角の腕をもっていた、まだまだ人間に化けている俺の体は鍛える必要があるのだ。俺は相手も剣だけじゃなくて魔法を使ってきたし、剣術だけで純粋にこの戦士に勝つことは諦めた、そうして次に俺と相手の剣がぶつかり合った瞬間を狙った。

「ぎゃあああぁぁぁ!!」

 俺は無詠唱で『強電撃ライトニングストライク』を使い剣に電流を流して、戦っていた戦士を感電させて殺した。時間があれば純粋に剣術だけで勝ってみたかったが、それにはまだ俺の剣術を磨く必要があったから諦めたのだ。俺としては勝負に勝ったが、なんだか少しだけ負けたような気もした。だから俺は続けて広場に集まっている盗賊団に、彼らに向かって八つ当たり気味に魔法を使った、それはちょっと集中が必要な上級魔法だった。

「『抱かれよエンブレイス煉獄ヘルの熱界雷ライトニング』!!」

 俺の魔法の一撃で五十人くらいの盗賊が、触れればボロリッとくずれる黒焦げの体になって死んでいた。『抱かれよエンブレイス煉獄ヘルの熱界雷ライトニング』は本来なら戦争用の広範囲魔法だった。試しに使ってみたが少しばかり魔力を消費し過ぎた、だから残った盗賊団たちは魔法を使わずにショートソードで、俺は最低限の動作で地道に切り殺していった。

 やがて動いている人間は一人もいなくなった、こんな程度の意外と小さい盗賊団だったのかと思った。いいや噂で聞いていたよりも人の数が少なくないか、そう五十人くらい少ないと俺が疑問を抱いた時だった。俺は足元の地面から遠くにいる馬の走る音と、それに乗る人間たちの気配を感じ取った、どうやら盗賊団の一部はどこかの村か街を襲っていたようだ。帰ってきたら返り討ちにしてやろうと、俺はショートソードを持ったまま屋根の上で待っていた。

「なっ、アクア!?」
「ひっく、ひっく、シエル、シエル……」

 やがて五十人ばかりの盗賊団が帰ってきて大騒ぎになった、街を襲いに行ったらアジトが滅茶苦茶に、それもあちこちから火を上げて燃えているのだから無理なかった。だがそれよりも俺は盗賊団の一番大きい男が、縄で体を縛られているアクアを連れていることに驚いた。そうか奴らはとうとう大きなあの街を襲ったのだ、高級な宿にわざわざアクアを置いてきたことが仇となった。

「貴様ら、早くこんなことをした奴を見つけやがれ」
「はっ、はい。お頭、すぐに探しやす」

「俺はこれからお楽しみだ、さっさと火を消しやがれ」
「分かってまさ、すぐに火も消しておきます」

 俺はローブの色を黒に変化させて、闇夜に紛れてアクアの気配を探った。そして『隠蔽ハイド』の魔法で完璧に気配を消しつつそっと屋根から降りた、そうしてお頭と呼ばれた男の後についていった。そうしたら大きな寝室のベッドにアクアを放り込んで、それからズボンを緩めてアクアをこの男は襲おうとしやがった。

「嫌ああぁぁ!! シエル!! シエル!!」
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