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3-13君が好きだから食べちゃいたい

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「さぁ、次はどんな街があるのかな」
「今度こそ、皆が仲良くしている街がいいの」
「だからそれは難しいんだよ、チビ」
「アクア様は世界への理想が高いのでしょう」

 大量の物を仕入れて街を出た俺たちは次の街を目指していた、だがいつの間にか道を外れてしまっていた。そうして魔の森に入りこんでしまった、魔の森は魔物がよく出る森だ。だから普通の人間はほとんど近づかなかった、やがて雨が降り出して俺たちはとても困った。雨避け用のローブを着て歩き続けたら、なんと魔の森の中なのに村があった。

「魔の森に村があるなんて、凄く珍しいことだな」
「雨宿りさせて貰いたいの」
「確かにチビを休ませてやりたいぜ」
「そうですね、村の方にお話を聞いてみましょう」

 俺たちはその村の中に足を踏み入れた、するとすぐに複数の視線を感じた。そうしてすぐに一人の男が姿を現した短い銀髪に青い瞳の男だった、俺たちにその男はついてくるように合図した。その他には何も男は喋らなかった、俺たちは警戒しながらその男についていった。そうしたら男はこの村の村長の家に案内してくれた、そうしてその男は無言のままで雨の中を去っていった。中には白い髪に灰色の瞳を持つ老人がいた、この人物がこの村の村長だった。

「これは、これは、この村にお客人が来るのは久しぶりです。私は村長のロガールと申します」
「俺はシエルです、よろしく」
「アクアなの、こんにちは」
「俺様はレンだ」
「僕はリッシュと申します」

「お客人たちはこの村に何をお望みでしょうか?」
「しばらく雨宿りできる空き家か何かを貸して貰いたいんですが」
「雨宿りとご飯が作れればいいの」
「そうだな、チビの言う通りだ」
「ええ、それ以上のことは何も求めません」

「そうでしたか、それでは空き家をお貸ししましょう。ですが、一つだけお願いを聞いてくだされ」
「空き家を貸してもらえると助かります、お願いとは何でしょうか」
「難しいお願いなの?」
「なんだ? なんか欲しい物でもあんのか?」
「どのようなお願いでしょうか」

 白髪に灰色の瞳をした不思議な威厳を持った村長はこう言った、それはたった一つだけの簡単な願い事だった。少しばかり食事が不便になるが、それ以外は特に問題のないお願いだった。どうしてそんな簡単なことをわざわざお願いするのか分からなかった、そうここの村長であるロガールは俺たちに対してこうお願いしてきたのだ。

「決してこの村の中で血を流さないでください、ですから生肉なども料理しない、そして何より怪我をしないでくだされ」
「ええ、分かりました」
「そうするの」
「俺様も分かったぜ」
「そんなことでしたら、大丈夫でしょう」

 こうして俺たちは魔の森にある村の空き家を借りた、一日銅貨五枚だというのでお礼もかねて銀貨五枚を支払っておいた。それは十日分の家を借りる金だったが、俺たちはそんなに雨が降り続くとは思っていなかった。実際には七日間、雨は降り続けた。その間は皆は俺が売り物用に買っておいた本を読んだり、アクアは自分とリッシュの服を直す裁縫をしたりしていた。

 血を流してはいけないというので、料理で肉を使う時には全て干し肉で済ませた。それでも十分に美味しいスープができたし、たった七日のことだったから肉を焼けなくても困ったりしなかった。俺がこっそり心配だったのはアクアの生理のことだったが、アクアにそれとなく聞いたらまだ先だと教えてくれた。そんな退屈な日々が続いて、やっと雨が止む日がやってきた。

「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」
「シエル、アクアもお手伝いしたほうがいい?」
「少しの間なら遊んでもいいぞ、でも怪我はするなよ」

「ありがとう、お兄ちゃん」
「それじゃ、遊ぶの。いってきます、シエル」
「ああ、気をつけてな。アクア」

 七日目に雨が上がると俺たちは久しぶりに太陽の光を見た、そして旅支度をはじめたがその間にアクアは村の子どもたちから遊びに誘われていた。旅支度といっても荷物を片付けて、借りた家の掃除をするくらいだったから、村の子どもたちとアクアを遊ばせてやった。アクアは俺たちの目の届く範囲で、地面にお絵描きしたり、村の子どもとなにか歌ったりして遊んでいた。

「シエル、ただいまなの!!」
「お帰り、アクア」

「この村の子どもはちょっと面白いの」
「そうなのか、どう面白いんだ」

「あのね、初めて会ったのに変なことを言うの」
「変なこと?」

 村の子どもたちはまだアクアのことを見ていた、それは男の子ばかりで女の子はいなかった。彼らはとても残念そうにアクアのことを見ていた、そうまるで獲物を逃した狩人のような顔をしていた。そうしてアクアは俺の耳にアクアの口を近づけて教えてくれた、俺たち二人だけで内緒話をするみたいにこっそりとこう教えてくれたのだ。

「アクアのこと食べちゃいたいくらい好きっていうの」
「――――!?」

「ふふっ、ねぇ少しだけ変なの。でもアクアは男の子から、初めて好きって言われたの」
「そうだったっけ、アクア。この村から出るまで、もう俺の傍から離れるな」

「うん、分かった。アクアはシエルと一緒にいるの」
「おい、レン、リッシュ。もう支度はすんだな、早くここを出て行こう」

 俺とレンはもう気がついていた、アクアが遊んでいたお友達から僅かな殺気がしていた。その子たちだけじゃなく大人の男たちからも、よく見ると同じような目で俺たちは見られていた。アクアとリッシュは不思議そうな顔をしていた、やがてリッシュは俺とレンの様子を見て何か気づいたようだった。アクアは最後まで気がつかなかった、いやそれで良かったかもしれない、下手に怯えるほうがアクアにとっては危険だった。

「それでは俺たちは旅に出ます、空き家を貸して頂きありがとうございました」
「貴方たちは良き隣人でいてくれた、この村のことも忘れてくださいますな」

「俺たちは人間の味方じゃない、だからこの村のことも忘れることにしますよ」
「ああ、本当に貴方たちは良き隣人でした。でも正直に言えば残念です」

「何が残念なのですか、いやもうお聞きしないほうがいいですね。それじゃ、さようなら」
「………………」

 俺たちは慌ただしく旅支度を終えてこの村を逃げ出すように出た、いやそれでお互いのために良かったのだ。何故ならそうしていなければ、あの村長のお願いを俺たちが破っていたら、そうしたら俺たちはあの村人たちと戦わなければならなかった、そうお互いに命をかけて戦ってどちらかが勝利しなければならなかった。あの村長は最後に俺にこう言ったのだ、とても残念そうに笑いながらこう言ったのだ。

「貴方たちがお願いを破ってくれたら、久しぶりに肉を食うことができました。特にあの女の子は美味しそうでした、思わずこの年よりでさえ村の決まりを破るところでした」

 俺たちが宿を借りた村はやっぱり普通の村ではなかった、魔の森の中に普通の村なんてあるわけがなかった。俺たちが宿を借りたのはワーウルフの村だったのだ、ワーウルフは人間の肉を好んで食らう種族だが、人間から狩られるのを恐れてこんな魔の森に住みついているのだ。そんな彼らにとって旅人はご馳走だったが、人間に狩られるのを恐れて彼らなりに考え、ある程度の決まりを作って暮らしているようだった。

「シエル、どうしたの?」
「なんでもないよ、アクア」

「シエルもアクアのこと、食べちゃいたいくらい好き?」
「俺は生きているアクアが好きだよ、生きていて元気に笑っているアクアが好きだ」

「はうぅ、シエルが凄いことを言うの!?」
「そうかな、俺はアクアのことをいつもそう想っているよ」

 アクアは俺の言葉を聞いて何故か顔を真っ赤にしていた、レンは無自覚なのは怖えなぁと俺のことを笑っていた。リッシュはあの村のことに気がついたのだろう、村から追っ手がついてきてないかとまだ警戒していた。アクアはしばらくの間、恥ずかしがって俺と話をしてくれなかった。俺は何も気がついていないアクアが可愛くて、同時にアクアが無防備過ぎて心配になった。

「アクア、もっと警戒してくれ。アクアはとっても可愛い、俺の大切な女の子なんだから」
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