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3-22それほどまでに会いたい

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「僕の愛おしい人はやっと幸せになれました、彼女が本当に幸せに生きていけるのなら、僕に見返りなんて必要ありません」

 そう言って幸せそうに笑うリッシュは綺麗だった、男性に綺麗というのは少し変かもしれないが、リッシュの幸せそうな笑顔は本当に綺麗で輝いていた。リッシュはかけがえのない幸せを手に入れたのだ、そう愛する人であるソレイユの本当の幸せという、他には代えることができないものをリッシュは手に入れたのだ。

 エルフは大人しくて優しく気高い心を持った種族だと俺は聞いていた、確かにリッシュはエルフそのものだった。愛する人に出会っても自分の欲望を押し付けようとせず、むしろ愛する人がどうすれば本当に幸せになれるのかを考えて、そうして命をかけて戦って愛する人のその幸せを叶えた。リッシュは愛した相手に見返りは何も要求しようとせずに、ただ純粋に心から愛する人が幸せになったことを喜んでいた。

「リッシュ、ソレイユとはどうして出会ったんだ?」
「体が熱くて眠れず、僕は街をふらふらと歩いていました。そして夜の劇場で踊っている、そう美しいソレイユと出会いました」

「毎晩、ベッドを抜け出していたのも彼女の踊りを見る為か?」
「そうです、彼女が軽やかに風のように踊る姿はとても美しかった」

「盗賊退治の前に帰って来なかった夜はどうしてたんだ?」
「劇団がソレイユに借金の代わりに身売りしろと言っていたので、とりあえず三日分お金を出して僕が彼女を買いました、そうしてソレイユ自身から彼女の恋人のことを知ったのです」

「どうしてソレイユを抱かなかった?」
「他の人を想って泣く美しいが無力な女性、その時に僕は本当にソレイユを愛していると気づきました、だからそんな大切な彼女が望まないことなど僕にはできません」

 俺はリッシュに知りたいことをいろいろと聞いてみた、リッシュは本当に紳士的で優しく気高い心を持っていた。俺のようなドラゴンとは考え方が違っていたが、愛する者を大事にしたいという点は同じだった。ドラゴンが自分で相手を大事にしようとするのに対して、エルフであるリッシュは相手を大事にするが、その為に自分が相手の傍にいられなくても良いのだった。

 その後、リッシュはチヤナ国のその街を出るまで、毎日のように愛する人であるソレイユに会いにいった。でもそれは彼女に直接会うのではなく、それとなく劇場に顔を出して彼女の踊りを見るだけだった。リッシュはそれ以外にはルナと会いソレイユの応援者として話して、自分はもうすぐこの街を出るが何かできることがあるか、ソレイユが何か不自由することはないかと聞いていた。

 ルナからはソレイユと幸せに暮らしているとリッシュは聞けた、劇団への借金もなくなったので別のもっと良い、そう身売りをさせないような立派な劇団へ移るとルナは話してくれたそうだ。リッシュがソレイユとルナの借金を払ったのはルナも知っていることだったので、とてもリッシュに感謝していてその代わりに、彼女はリッシュにソレイユのいろんなことを話してくれた。

「アクア様、ソレイユは甘い物が好きだそうです。女性に贈るなら何がいいでしょうか?」
「リッシュったら堂々と恋バナするの、シエルに蜂蜜ケーキでも作って貰うといいの」

 そうしてこの街を出る最後の日に俺はリッシュに頼まれて、蜂蜜ケーキなど甘いお菓子をいっぱい作ることになった。リッシュはそれをもう最後だからと、新しい劇団で踊った後のソレイユに渡した。そうして貴女をもう見ることはできませんが、貴女の幸せを心から祈っていること、ルナと幸せに暮らしていって欲しいことなどを伝えた。

 ソレイユは借金から救ってくれた恩人から甘いお菓子を貰って、無邪気に喜んでリッシュの頬に軽いキスをしてくれた、リッシュは少しだけ赤い顔になってまた嬉しそうに微笑んだ。ソレイユは最後だからとリッシュと少しだけお話をした、そうしてリッシュの右手を彼女の両手でしっかりと握り締めて、彼女は真剣にリッシュにこう言ってくれた。

「リッシュ様、貴方は私とルナの恩人よ。だからずっと私は貴方のことを忘れない、きっと死ぬまで貴方を忘れることはないわ」
「…………そうですか、ありがとうソレイユ。貴女は僕に大切なことを教えてくれた人、僕もきっと死ぬまで貴女を忘れることはありません。そしてとても残念ですが、これで本当にさようならです」

 そうして俺たちはその街を出た、新しい世界へとまた旅だったのだ。リッシュは街を出た後で少しだけ目に涙を浮かべていた、アクアから心配されたが悲しくはないから良いのだとリッシュは言っていた。さてそうして俺たちが次に向かうのは面白そうなところだった、なんでもチヤナ国のあの街で聞いた噂だったが、千年近く生きている竜がいるという魔の森に俺たちは向かっていた。

 ドラゴンの寿命は大体は千年だが、そうだとすればそれだけ生き残ったドラゴンは、きっとそれなりに強いはずだった。そうでなければ千年も生き残れないからだ、俺とレンはその噂にわくわくしていた。そんなに強いドラゴンがいるのなら、是非二人とも戦ってみたかったからだ。俺たちドラゴン族において戦いとは喜びであり他にもいろんな意味があった、自分が戦って生き残っているのは誇りそのものでもあった。

「レン、千年近く生きるってどんな感じだろうな!!」
「きっと、そのドラゴンは強いんだろうぜ!!」

「そんなドラゴンと戦うなんて、すっごくわくわくするな!!」
「ああ、俺様もどれだけ強くなったか試したいぜ!!」

 俺とレンはとてもそのドラゴンに会うのを楽しみにしていた、アクアは俺が危ないことをしないかとだけ心配していた。リッシュもアクアと同じように俺とレンの心配をしていた、だがドラゴンが決闘で命までとることはほとんどないのだ、命の危険があるのは発情期にメスを巡って戦う時くらいだった。その時ばかりはドラゴンも興奮しているので、メスを巡っての決闘となると命がけだった。

「大丈夫だよ、アクア。発情期でメスを巡って戦うんじゃないんだからな」
「シエルが強いって知ってるの、でも千年近く生きてるドラゴンなら強そうなの」
「俺様の心配はしてくれねぇのかよ、チビ」
「アクア様は本当にシエル様が好きですから、レン様それ以上おっしゃるのは野暮ですよ」

「千年も生きているならドラゴンとしては、その性格もそれなりに円熟しているはずだ」
「つまりどういうことなの?」
「落ち着いているってことさ、チビ」
「エルフも時には千年を超えて生きますが、やはり年をとるほど性格は落ち着いたものになります」

「だからアクア、俺とレンがそのドラゴンと決闘しても、ほとんど命の危険はないんだよ」
「ほとんどっていうのが心配なの!! シエルもレンもこれだから男の子なの!!」
「そんなに怒るなよ、チビ。男でも女でも戦わなきゃならねぇ時ってあるんだよ」
「シエル様もレン様も十分にお気をつけて、アクア様のためにも決して命を賭けてはいけません」

 そんなふうに賑やかにお喋りしながら俺たちは魔の森に入っていった、噂で聞いたのが本当だったらこの森の中に千年近く生きたドラゴンがいるはずだった。俺は世界の大きな力と接続してみたが、確かに大きな反応がこの森の奥にあった。それはとても大きな力を持つ点だった、世界の大きな力と接続でこれだけの反応があるなら、それはやっぱり強いドラゴンに間違いなかった。

 そうして時々出てくるデビルベアなどの強い魔物、そいつらを俺とレンとで交代で倒しながら、俺たちは真っすぐドラゴンに向かっていった。そしてその住処に俺たちが近づいた時だった、森の奥からドラゴンの咆哮が辺りに響き渡った。これは確実にドラゴンがいると俺とレンは頷き合った、そうしたら案の定向こうのドラゴンから俺たちは警告された。

「私の住処に近づく愚かな人間たちよ、それ以上この住処を汚すなら死をもって償って貰おう」

 俺とレンは頷き合ってその声に返事をすることにした、最初はどう返事をしようかと二人で話し合った。俺が相手を敬って礼儀正しく決闘を申し込むべきだと言うと、レンはとにかく相手の住処に突っ込んでいって戦ってみるべきだと言った。そうして俺とレンは少しだけ喧嘩をした、強そうなドラゴンに会えるのが嬉しくて浮かれていたのだ。俺たちがそんなことをしていたら、向こうのドラゴンから更に警告されてしまった。

「私を恐れぬ愚かでか弱き人間たちよ、千年を生きるドラゴンの怒りがどういうものか知りたいのか」
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