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2-13我を忘れることもある

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「今はまだ眠っていてくれ、希望のある未来がくるその時まで」
「リタ様……」

 もちろん今すぐにここの本達を外に出せば助かる命もあるかもしれない、だがそれ以上に失われる命が多いだろうと僕は思ったんだ。これは僕一人の勝手な判断だったかもしれない、それが正しいのか間違いか分かるのはこの図書室が開かれることになる遠い未来だ。僕はどうか正しい判断であって欲しいと祈りつつ、更に魔法を唱えてこの図書室の扉を隠すことにした。

「ここの扉を隠しておかないとね、『硬石槍スートンスピア』」
「わぁ凄い、もう壁の石の装飾の一部にしか見えません」

「扉としてあれば開けようとする者がいる、扉でなければ誰も気がつかないだろう」
「さっすがリタ様、でも私たちがしっかりと覚えておかなくてはいけませんね」

「いつか遠くない未来に、できれば僕が生きているうちに、この扉が再び開けるように」
「はい、その時も私がリタ様といられますように」

 僕は石を操る魔法で壁と床の石材を操り加工した、もう扉があった場所はちょっと変わった装飾がある、その程度のただの石の壁にしか見えなくなった。注意深く見る者がいれば気がつくだろうが、この石材をどけて僕以上の魔力を持つ者が『開錠アンロック』を唱えなければならなかった。僕以上の魔力もちとなるとソアンはオラシオン国に一人か二人と言ったが、そもそも一人いるのかどうかも怪しかった。

 僕の魔力量は他のエルフと比べると圧倒的に多過ぎるのだ、だから中級魔法を約50回も行使できたりしていたのだ。だが世界は広いからもしかしたらそんな人間や他の種族がいるかもしれない、どうか次にここを見つける力を持った者が、理性ある判断ができる人物でありますようにと僕は改めて祈った。この図書室はある意味ではエリクサーよりも危険だった、高度過ぎる知識は本当に毒にしかならないこともあるのだ。

 さて図書室の前に出てそこを調べた僕たちだったが、次は他の部屋も調べてみることにした。色んな部屋があったが危険を考えてソアンと一緒に調べた、多くは居住することができる研究室のような部屋ばかりだった。だがその中に一つだけ変わった部屋があった、透明なガラスで囲まれている大きな部屋だった。その部屋の中を見た途端、僕は思わずその部屋に飛び込んでしまった。

「うわぁ!? なんて珍しい薬草だ!! ソアン、これはエルフの森でも滅多に手に入らない物だよ!!」
「リタ様!? 罠があるかもしれないのに、勝手に入らないでください!!」

 僕たちが入ったのは薬草が生えている温かい部屋だった、何千年か何万年か過ぎているだろうに、薬草たちは生き残り繁殖を続けていた。幸いなことに罠などは何もなかったが、僕は軽率な行動をしたことをソアンに怒られた。これば僕が本当に悪かった、つい珍しい薬草があったので我慢ができなかったのだ。それは本当に採れることが珍しい薬草で、これがあれば様々な薬の効果を高めることができるのだ。

 つまり僕が今使っているクレーネ草の薬も改良できる、ソアンに一通り怒られた後に僕は採りつくさないように気をつけて、そうしてその大事な薬草を持ち帰ることにした。他にもいくつか高級ポーションに使える薬草があったので、同じように必要なだけ持って帰っても大丈夫な分を採っていった。見たことがない薬草もあったが、それは危険な毒草かもしれないので触れなかった。

「まったくもう、リタ様は何かに夢中になると、すぐに我を忘れますよね!!」
「……ごめんね、ソアン」

「あー!? その顔は卑怯です。だって許しますとしか、私には言えないじゃないですか!?」
「え? 僕は一体どんな顔をしているんだい」

「いつもどおりの綺麗なお顔ですよ!! でも私はその顔にとても弱いんです!!」
「よく分からないけど分かった、僕にソアンは優しいんだね」

 ソアンは最初は怒っていたが、ちょっと僕にお説教をすると、次は薬草の採取を手伝ってくれた。ソアンは基本的に優しいのだ、優しいから僕のためを思って怒る、でもその怒りは長続きしないのだ。僕は可愛い養い子を見て微笑んだ、胸の中がぽかぽかと温かい気持ちになったからだ。僕がそうするとソアンの顔がポッと赤くなった、そうして次は真っ赤になって黙って薬草をむしっていた。

 さてこれで僕たちはこの建物を全て見てまわったようだ、他に出口もなかったので僕たちは帰ることにした。せっかく珍しい薬草もとれたことだし、早く薬に加工しておきたいという気持ちもあった。だから僕とソアンはエテルノのダンジョンを出た、危険がなかったわりに大きな収穫があった冒険だった。僕とソアンはこの場所を覚えておかなくてはならない、いつか僕たちがいやもしくは僕らの子孫がここの図書室を開放するのだ。そうして出口から出たとたん、僕たちはよく知っている人物に会った。

「おう、リタとソアンではないか」
「ジーニャス、ちょうどいいです。お会いしたいと思ってました」

「何か遭ったのか、それともエリクサーでもみつけたか?」
「どちらも違います、できれば人目のない場所で話したいですね」

 僕がそう言うとジーニャスは剣士たちを下がらせてくれた、そうして僕たちはエテルノのダンジョンの近くにある休憩所、その一角を借りて誰にも聞こえないように話をはじめた。

「ジーニャス、貴方はシャールさんのためにエリクサーを探しているのですか」
「うむ、表向き父上には国に献上するため、そう言って剣士たちを自由に使わせてもらっている」

「ジーニャス貴方が次期領主になるのは無理なのですか? そうすれば見つけたエリクサーを堂々と自由に使えるでしょう」
「ふはははっ、聞きにくいことをはっきりと聞いてくるな。そうだな、確かに俺が次期領主になったほうが良いと父上と皆は思っている」

「御父上と皆はということは……、貴方自身は違うのですね」
「兄も昔は優しい良い人間だった、俺はその補佐ができれば良かった。今も実はそう思っている、兄上が昔のような人間に戻ってくれるならな」

 ジーニャスは相変わらず堂々と自分の気持ちを素直に語ってくれた、僕はそのことに感謝してジーニャスには誠実に接しようと改めて思った。とても短い時間の会談だったが、十分にジーニャスが考えていることが分かった。だが彼の願いは叶わないと僕は思った、あのフォルクがたとえ昔は良い人間だったとしても、あそこまで歪んでしまっていてはそう人は簡単に元には戻らないのだ。

「ジーニャス、貴方の願いを叶えるのは難しそうです」
「ああ、兄上は権力欲にとりつかれているからな」

「一度歪んでしまった者を治すのは、本当にとても難しいことです」
「分かっている、分かっているが希望を持つのも悪くあるまい」

「ええ、ですがプルエールの森の者としては、貴方と今後もお付き合いを続けたいです」
「ふはははっ、それは光栄だ。…………そうだなぁ、俺もそろそろ本気で決めねばな」

 そう最後にジーニャスは寂しそうに言った、彼が何を決めようとしているのかは分からないが、それは後継者争いに関わることだとは推測できた。僕はジーニャスが勝ち残ることを選んでくれることを望んだ、その方がプルエールの森も僕やソアンの平和が保たれるからだった。だがジーニャスにとってはそう簡単なことではあるまい、兄弟の情というものは深く他人には分かりにくいものだからだ。

「俺にとっては大事な兄上なのさ、俺は父も兄もそして妹も大事にしたい」
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