何時もの

bossriki

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いちわ

何時もの

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『寒いなー。雨も冷たいしお腹は減るし。』
実耶は、キョロキョロと周りを確かめながら冷たい雨の中をさまよい歩く。
通りの向かい側にぼんやりと明かりが灯っている。
『あっ!お店?』
通りを横断し角に明かりが灯る看板に目を凝らす。
『DINER Darley Arabian ダイナーだから飲食店だよねー』
実耶は恐る恐る黒く重い扉に手をかける。
"OPEN"とゆっくりと引くと、隙間から暖色系の灯りが漏れてくる。中に入ると1メートルほどの通路があり、左側の壁には鏡がある。開け閉めした際に少し鈴の音がかすかにする。
足を進めると開けた正面には大きなディスプレイが埋め込んであり、ミュート状態でバイクのレースを流している
カウンターが10席と、左右にボックスシートが全部で3テーブルある右にはボックスシートと古ぼけた機械が置いてある。
実耶には何の機械かは、わからない。ジュークボックスがわかる世代ではないのだ。今年ようやく21歳になる。
実耶はカウンターの左側の端の席に決めて歩き出す。
ボックスの方がいいかと考えても見たが、むしろ初めての環境に少し戸惑う自分を悟られないために端の席に座ると、コートとバッグを膝の前にある棚に乗せた。
カウンターの中には、一瞬息を飲みそうになるスキンヘッドの店員がゆっくりと会釈して、
「いらっしゃいませ」と微笑む。
手には水の入ったタンブラーとオシボリを持って来てくれる。
黒いメニューブックを渡してくれる。
受け取り開いて実耶は驚く。
"Ask him!"
と書かれたページだけが挟まれている。
スキンヘッドの店員は少し悪戯っぽい笑顔で頭を下げた。

「ほら、マスター思いっきり惹かれてるじゃん。」
右端のカウンターに座る女性が突然声をかける。
「すみません。スボラなもので、メニューと同じものができないんで。どんな気分でしょうか?」
「気分?」
「はい、食事とか飲み物だけとか、甘いものとか。」
「あっ。そうですね。お腹が空いていて、オムライスなんか食べたいです。なんてないですよね。」 
「 ございます。お飲み物は?お飲みになりますか?」
「オレンジジュース下さい。」
「かしこまりました。」マスターと呼ばれた人は左側の扉を開け中に入っていった。
実耶はホッとした。こんなの初めてだ。
「困るよね。こんなシステム。ないよね。」
実耶は、『むしろこの瞬間の会話すらないよね。』と心の中つぶやく。
「でも、何でこんなところに入ったの?」
カウンターの3番4番目のカップルはそれを聞いて笑う。
「こんなところなんですか?」
「私たちはそうじゃないけど。貴女みたいな若い娘にはねー。」
実耶は答えに困り、水を飲む。

「麻希さん、彼女かわいそうですよ。」
カップルの女性は右端の席の女性に笑いながら言った。

扉が開き、
「麻希ちゃん、営業妨害だよ。」
マスターはオムライスと、オレンジジュースを持って出てくる。

「はい、お待たせいたしました。」

綺麗なプレートにデミグラスソースをひきつめ、
トロトロの卵の乗ったオムライス。
オムライスも包み込むタイプもあるが
花咲のオムライスはやはりお店屋さんらしい。
金色の縁取りのさらに、色が映える。
オレンジジュースも、ブラディーオレンジジュースだ。
これも、あってる。

『素敵』

小声で実耶はつぶやく。

「マスター、珈琲下さい。いつもの」
麻希さんと呼ばれる人は、長めの髪をかき上げながら、テーブルの上のノートにペンを走らせながら、大人なセリフを素敵にいいトーンでつたえた。

『カッコイイ』
実耶はまた、つぶやく。

実耶は毎日のように、バイト先の家庭教師を終えると、スターバックスに駆け込みcafe mochaを頼む自分を、素敵に思っていた。

『完敗だ』

この不思議な店のカウンター越しにいつもの。が素敵だ
自分が毎日のように通うスターバックスでも顔なじみなのに、さりげなく、
「いつもの」
と言えなかった。
常連振ったりしちゃダメだとか考えすぎる自分がいる。

麻希さんは素敵に使いこなしていた。

スピーカーから、気だるい女性vocalのJAZZが流れる。
マスターは真剣に細口のケトルから、一定の量のお湯をペーパーの中に注ぎ込む。淀みない姿と香る匂いがまた、スターバックスでは感じたことのない香りだ。
マスターは手慣れた手つきで、ペーパーをドリッパーから浮かせて外しゴミ箱に捨てる。 
人の仕草は不思議な魅力がある。
実耶は流れるような動きに魅了される。

口の中には、柔らかく広がり少し乾いた感じのチキンケチャップライスに少し多めのブラックペッパーがスパイシーでその強さを
とろける卵が上手につなぐ。仕草にみとれながらも手は止まらない。ジュースの苦味も心地よく不思議なハーモニーとなる。

麻希さんはマスターに差し出された珈琲をノートから目を離さずブラックのままゆっくりと口に運ぶ。
熱さのために少しだけすするとノートから身を離し、マスターの方を見つめる。
「うまし! マスターありがとう」

マスターは静かに会釈しながら使い終わったドリッパーを洗い続ける。

「いいなーマスター。俺にも珈琲下さい。」
「はい、どんな感じですか?」
でた、どんな感じ。
「麻希さんのよりも、あと少し苦いものがいいな。」
「かしこまりました。」

『ってか、どんな感じと聞く以上初オーダー?だとすると、何故麻希さんのよりも苦めが分かるの? 何時ものと頼んだだけなのに。きっと豆のキャニスター缶の銘柄が見えたんだ。』
 
「真斗は何で麻希さんのよりもって知ってるの?」
『ナイスクエスチョン!』
実耶は真斗の彼女に伝えたかった。
「ん? 香りだよ。マスターの淹れていた珈琲から立ち上がる湯気と一緒に届いた香りさ。」
「香りさーって真斗は心地よくソムリエか!」
『ナイスつっこみ!』
「みちるは、コート飲まないもんね。結構俺は飲むからね。」
「知らない!そうなんだ。マスター」マスターを見ながらみちるは口を尖らせながらそういった。
「いいえ、うちで飲まれるのは初めてです。」
「今迄、24回来店されて初めてです。」
「そっかぁ24回かって回数覚えてるの?マスター。スゴっ!てか、きも~」
「みちるちゃん、きも~は失礼でしょう。貴女の回数もしってるわよ。マスターは。」
「えっ!そうなんですか?」
「はい、19回です。」
「スゴっ!でも、正解かわからないよね~。」
「当たりですよマスター。流石!みちると出会ってからここにきた回数と同じです。ホッとした。」
みちるさんは頬を赤らめた。

『なんかいいなー、ここ。』
実耶は自然と不思議な店の雰囲気を気に入ってきた。

曲は、Waltz for Debbyが流れ出した。
実耶は背伸びして聴いたJAZZのアルバムのお気に入りがこの曲だった。

『また、来よう。マスターに数えてもらおう。そして、、、、、
何時ものって頼もう』

実耶はこんなとこが好きになった。
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