パルドールズ

石尾和未

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第一部一章「廻る運命の輪」

1話

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 目覚まし時計のベルが部屋に鳴り響く。緩慢な動作で布団の中から手を伸ばして目覚まし時計を止めた。時間を確認し、小さく伸びをした利江は布団から出る。若干疲れの残る体に昨夜の記憶が蘇ってきた。
 プロト。そう名乗ったパルドールを助けた利江は彼と契約を結んでしまった。左手を見ると中指に指輪は収まり、桜色の石は自然光の下で美しく輝く。プロトを助けた事に関しては後悔していない。きっと分かっていたとしても飛び出していた。だが、また追いかけていた男たちのような怖い人たちが来るのではないか、と彼女は恐ろしくなる。そこまで考えてから諦めたように目を伏せ息を吐いた。
 そのプロトはどこへ行ったのだろうと部屋を見回すが見当たらない。
「……利江、入るぞ?」
 ノックの音がし良樹に声をかけられる。部屋の中に入ってきた彼の肩にはプロトの姿があった。その姿に安心する。利江の肩へとプロトは移動した。
「どうしてお兄ちゃんのところに?」
「こいつと少し話がしたかった。……お前は疎そうだからな」
 利江が尋ねると彼は鼻を鳴らす。利江は苦笑した。良樹が話が終わるタイミングを見計らって話し出す。
「人形師関連で俺が分かってる事を話してた。さっき話した事ぐらいしか知らない。あとはネットの噂とかだろうが……そこまで行くとキリが無いからな」
「十分だ」
 そんな二人に利江は目を瞬かせた。
「よしきー! りえー! 朝ご飯できたから降りてきてー!」
 一階から悠美が二人に声をかける。
「んじゃ、先に下行ってる」
 軽く手をひらつかせて良樹が部屋から出て行く。利江も急いで準備を始めた。制服に着替え、乱れた髪を手早く整える。充電していた携帯端末のコードを外してポケットに入れる。利江がカバンに入るように言うとプロトは渋々という様子で入った。忘れ物がないか軽く確認して部屋を出た。
 一階のリビングには美味しそうな香りが漂い、机の上にはトーストとハムエッグ、サラダが置かれていた。
「おはよう」
「おはよう、利江。時間大丈夫?」
 キッチンにいた悠美が尋ねる。床にカバンを置き、椅子に座りながら答える。
「まだ大丈夫だよ」
 良樹と孝則は既に食べ始めていた。慌てて手を合わせる。いただきますと言って食べ始めた。脇ではテレビがニュースを流している。
『……次のニュースです。国がパルドール反対派の動きが活発になっている事を受け注意喚起……』
「はあー……物騒だな……」
「そうねえ、早く捕まってくれないかしら」
 孝則がなんとなしに流れたニュースを横目に見て呟く。キッチンから自分の分の朝ご飯を手に持ち、悠美が相槌をうつ。テレビでは芸能人のコメンテーターが長々と話をしていた。無言でリモコンを手にした良樹がチャンネルを変える。
『……インフィニティカンパニーが経営不振で……』
 あからさまに顔をしかめ、良樹は電源を消す。
「ごちそうさま」
 良樹はそのままキッチンへと食べ終わった皿を運ぶ。時計を見るとそろそろ出なければいけない時間だった。慌てて利江も手を合わせる。
「ごちそうさまでしたっ」
 流し台の水の貯められた桶へと皿を入れる。身支度をすませて、カバンを手に玄関へと向かった。
「いってきます!」
 ドアを開けて学校へと向かう。今日も良い天気だ。

 通学路を利江が歩いていると後ろから声と共に小突かれる。
「よっ! おはよう!」
「おはよう、大地」
 元気の無さそうに利江が小さく笑うと大地が少し引っかかったような顔をした。利江の隣を歩きながら真面目な顔で尋ねる。
「……どうした、利江? 何かあったのか?」
 心配している彼に利江は言い淀む。昨夜の出来事は端的には言い表せなかった。どう言おうかと考えていると前の方から杏子が駆けて来た。
「おはよ! ……そんな顔してどうしたの?」
 二人の心配そうな顔に利江は心を決め、話し始める。男たちに追われていたパルドールを助けた事、そしてそのパルドールの所持者になった事を伝えた。すると話を聞いていた大地が気がついたように話し始める。
「ってことは利江! 今パルドール持って来てるのか?」
 目を輝かせた大地に圧されながらも頷く。話を聞いていたのかプロトがカバンから出て利江の肩に飛んだ。そして、余計なことを言うなとばかりに利江を睨みつける。
「おおおっほんとだ! メーカーどこ?」
「あんな既製品と一緒にすんな」
 上から目線で言うプロトを大地と杏子はまじまじと見つめる。頭から爪先まで見て先に声を上げたのは大地だった。
「うおおおおっすげええ! めっちゃ作り込まれてんのな! てか、人工知能やばくないか! もしかして天然鉱石で出来てんじゃねえっ?」
 大興奮で大声を上げる彼を周りの人が驚いて振り返る。利江とプロトも彼の反応に驚き目を丸くした。京子が軽く大地を小突く。
「もう落ち着きなさいよ……でも、確かにスペック高そうね!」
 状況はよく分からなかったが、プロトは二人に歓迎されてるようだった。安心した利江が肩の力を抜く。とりあえずは一安心だ。
 パルドールには人工知能が搭載され、所持者との自然な対話が可能だ。昔より人工知能の精度は上がった。が、更に上回る性能を持つものがある。それは天然鉱石を使用したパルドールだ。彼らは強い自我を持っており、生きているかのように振る舞うのだ。だが、天然鉱石は非常に高値な上に加工が難しい。数も少ない為、市場に全く出回っていなかった。
 かわりに市場に出回っているのは人工鉱石を使用したパルドールだ。天然鉱石と違い若干スペックが劣るが、安価で加工のしやすさから企業から販売されているものは人工鉱石のものばかりだった。
 教室に着くと自分の席にカバンを下ろす。ホームルームが始まるまでまだ時間があった。大地と杏子も同じようにカバンを下ろして利江の元へ近寄る。思い出したように大地が携帯端末で何かを検索し始めた。不思議そうにした利江に画面を見せる。
「提案なんだけど! 利江! 今年のBDA、一緒に出ようぜ!」
 明るく笑う大地の携帯端末には『第16回BDA参加者募集』と書かれたサイトが表示されている。
「えっと、名前は聞いたことあるんだけれど」
 そう言うと利江は申し訳なさそうに目を伏せる。杏子が説明を入れる。
「BDAっていうのは大会の名前なの。Battle Doll Arenaばとるどーるありーなの略称で、この辺りでやってる大会では大きい方なのよ」
「そうなんだ、BDAかあ……」
 しかし、そうなると問題がある。利江が所持しているパルドールといえばプロトだ。彼が拒否するようなら利江は参加したくない。元々、バトルも苦手であったので参加には消極的だった。窺うように机の上のプロトを見る。彼は話を聞きニヤリと笑った。
「当然、参加するだろうな? オーナー?」
「へっ? 参加するの?」
 虚をつかれた利江が驚く。その顔を見たプロトが怪訝そうな顔をする。
「なんだ、その顔は?」
「いや……参加するとは思わなかったから……」
「目的の為だ。動いてもらうと言っただろ?」
 忘れたとは言わせないとばかりに利江を見据える。咄嗟に彼女は目を逸らした。
「そんじゃ、放課後サザナミホビー行こうぜ! あそこに申し込み用紙あるし! 杏子も参加しないか?」
「良いわよー? まあ、勝つのは私なんだろうけどね?」
 揶揄するように笑う杏子に大地が高らかに言う。
「いーや! 次勝つのは俺だ! 負けないからな、二人とも!」
 そして三人で笑いあった。
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