パルドールズ

石尾和未

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第一部一章「廻る運命の輪」

4話

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 茹だりそうな暑さに利江は頭がくらつくような感覚を味わう。八月に入り本格的な暑さが街を襲っていた。流れる汗を彼女はハンドタオルで拭い、先に家を出ていた良樹の元へ向かう。
 ガレージに置かれている黒い軽自動車の脇に良樹は立っていた。利江の姿を確認すると彼は車に乗り込む。彼女もその後を追うように助手席側のドアを開けた。
「もうじきクーラーきき始めるから。少し我慢しろよ」
 シートベルトを着用しながら良樹の言葉に利江は頷いた。確かに車の中は蒸し暑さを感じるが外ほどではない。外は日差しが強く、帽子を被っていたとしても具合が悪くなりそうだった。
 利江は幼少時からあまり体が強い方ではなかった。風邪で寝込んだこともあるし、熱中症で倒れたこともある。その度に良樹は寿命が縮む思いがした。今でこそ少なくなったがそれでも心配で、良樹は今回も送り迎え役を引き受け今に至る。
 運転しながら良樹が横目に利江の様子を窺うと、緊張からか手を握りしめていた。その様子が彼にはいつもと違うように見えた。
 利江は自分でも体のことを意識していたのか、人が多いところに近寄らない。それは彼女なりの配慮だったが、明るかった性格はなりを潜め、引っ込み思案な性格となったのだ。そんな彼女がBDAに参加を決めたことは良樹にとって驚きだった。
 始まりは利江が拾ってきたパルドールのプロトだろうと容易に想像がついた。そのくらいプロトは良樹にもインパクトを与えていたのだ。パルドールの調整、改造、修理を行うメカニックをしている良樹だからこそ、プロトの性能は計り知れない。得体の知れない恐怖感と、それが目の前にあるという高揚感。入り混じった二つの感情に動いていた。
 同時に何故、利江が選ばれたのか。と、良樹の中に小さな嫉妬心もあったことも事実。人形師の作ったパルドールの所持者が何故自分ではないのか。きっと納得のいく答えはない。
 利江にちょっとした変化があったのも、良樹には何かが起こる前触れのように感じた。
 もともとは意志の強い利江のことだ。きっと良い方向に進んでいくはず、そう良樹は願わざるを得なかった。
 良樹は考えを振り払い、助手席の利江を再度窺う。彼女はいつのまにか小さく寝息をたてて眠っていた。彼は安心し息を吐く。目的地まであと少しだ、と良樹は前に向き直り運転に集中するのだった。
 利江が良樹に起こされた時、車は予選会場に到着していた。慌てて彼女は荷物を持ち、車を降りる。
「そんじゃ、帰る時になったら電話しろよ。迎えに来るから」
 良樹が予選を見に来るものと思っていた利江は少し驚いた。
「お兄ちゃんは?」
「本戦ってなったら見に行くが、予選だしなあ。お前が勝つとも限らないし。ま、頑張れ」
「う、うん」
 軽く笑ってから良樹は車を走らせた。去っていく車を見送った後、利江は息を吐く。
 強い日差しが降り注ぎ、気温はかなり高めだ。暑さと人の熱気に中てられてしまいそうだと利江は会場内に入る。
 屋内はクーラーが効いているものの、人が大勢いるため利江は気持ちが悪くなる感覚に陥った。人の少ない廊下の壁に寄りかかるようにして座り込む。その様子に気が付いたプロトがカバンから顔を出して彼女に声をかけた。
「これから予選だっていうのにもう休憩か?」
 軽く嫌味を言ったプロトは利江の表情を見て顔色を変える。利江の顔は青白く血の気が引いており、目を閉じて荒く息をしていた。通りがかる人々はその様子を横目に見るだけで素知らぬ顔をする。
 プロトは舌打ちをしてカバンから出ると、利江に声をかけた。
「……ここで待ってろ。今、人を呼んで……」
「どうした?」
 そこに通りかかった青年がプロトに話しかける。薄い桃色の髪に透き通った青色の目の彼にプロトは既視感を覚えた。が、記憶にないためすぐに考えをかき消す。
 力なく座り込んでいる利江を見て青年は顔をしかめた。状況を把握した青年は彼女を抱きかかえる。
「お前ら、この大会の参加者だろ。まだ時間あるし休んだ方が良い。運んでやる」
 その言葉に一瞬驚きすぐに顔を引き締め、プロトは青年の肩へと跳んだ。それを了承と受け取った青年は利江を抱えて仮設の救護室へと向かう。
 救護室のドアを開けると担当の女性が驚いたように青年たちを見た。奥にはベッドが並んでおり、どれも空いている。
「あら。その子、顔色が悪いわね。ベッド使っていいわよ」
「……ありがとうございます」
 礼を言って青年は奥の簡易ベッドへ向かい、利江を寝かせた。息を吐くとそのまま足早に立ち去ろうとする青年にプロトが話しかける。
「なあ、あんたも参加者なのか?」
 その言葉に青年は立ち止まった。不機嫌そうではあるが彼は少し考えてから話し出す。
「……この予選じゃないがな」
「そうか。正直なところ、助かった。ありがとな」
 礼を言うプロトを青年は無表情で見つめて目線を逸らした。
「大したことはしていない」
 青年はそのままドアを開けて出ていく。彼を見送ったプロトは利江のカバンから携帯端末を取り出して探しているであろう大地と杏子に連絡をし始める。連絡をもらった二人は連絡をして間もなくやって来た。一気に騒がしくなった救護室にプロトは顔をしかめる。
「お前らうるさいぞ……」
「プロト! 利江は? 大丈夫か?」
「具合悪くなったって……! 大丈夫なの?」
 プロトはベッドから降りて、利江と杏子に近づくと静かにとジェスチャーをする。ハッとして二人が自分で口をふさぎ、それを見てプロトは呆れたようにため息を吐く。
「もう、大丈夫だよ」
 後ろから声がしプロトが振り返ると、利江の姿があった。その顔は先ほどより良くなっており彼は安堵したように胸を撫でおろす。
「利江! お前、心配させんなよなー!」
「本当に大丈夫? 無理しないでね?」
 二人に言われ苦笑しながら利江が頷いた。
「心配かけてごめんね」
 時間も迫ってきていたためそろそろ行かなければならなかった。女性に礼を言って救護室を出る。長い廊下を三人並んで歩きながら他愛のない話をしていると突然大地が立ち止った。利江と杏子も立ち止まり、不思議そうに彼を見る。
「……あー! わくわくしてきたあ!」
 手をぶんぶんと回しながら大地が目を輝かせる。その様子に利江は苦笑し、杏子は呆れた顔をした。
「もう、利江が緊張しないように別の話をしてたのに! ……でも、私もわくわくしてる!」
「ありがと。でも、気を使わなくて大丈夫だよ? 私も、楽しみ」
 その言葉に二人は嬉しそうに笑い、利江も照れ笑いをした。
「よーし! 三人で頑張りましょ!」
「負けねえからな! 二人とも!」
 二人の言葉に利江が強く頷いた。
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