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九話
小幡春と篠原美希の両名がこちらの世界に来てから1週間。
2人がある程度神殿での生活に慣れた頃だろうと見計らって、先日会話に出ていた「3人での食事」が催されることになった。
場所は人が少なく見晴らしのいい第三神殿の中庭。噴水や季節の花々が美しい一角に、簡易パラソルやテーブルを運んでのちょっとしたお楽しみランチ会だ。
「エンテさん!小幡さん!お久しぶりです」
エンテと春が先に来て待っていたところに、神官に案内された美希が到着し、笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「お久しぶりです、シノハラさん」
「…お久しぶりです」
「あ、お待たせしてしまいましたか?…神殿がどこも綺麗なのでついつい目を奪われてしまって」
「いえ、私たちも今来たところですよ。気に入っていただいてるようで嬉しいですね。景観を管理している者たちにもぜひその言葉を伝えてさしあげてください」
エンテが流れるように美希をエスコートして椅子にかけさせ、「こちらでの生活には慣れましたか?」と笑顔を浮かべて訊ねると、周りの給仕を担う神官たちが紅茶の用意に取り掛かった。事前に昼食はテーブルに並べ終えており、ミルクや砂糖も各々で好きに追加できる形式にしたので、これで三人のみで会話ができる。
「はい!皆さんとても親切な方ばかりで、私がなんでこんな良い待遇を受けてるのかわからないくらいですよ。元の世界ではこうやって紅茶を誰かに淹れてもらうような経験なんてできないですし、あっ、お金持ちの人はあるのかな」
そう言いながら、美希と春の二人は紅茶を注ぎ終えて下がっていく神官たちにソワソワとお辞儀をしている。突然の高待遇には一週間が経とうとまだまだ慣れないのだろう。微笑ましくその様子を眺めながらエンテも神官たちに礼を言って笑顔で見送る。
「それは何よりです。もし何か不便なことがありましたら気軽にお教えください。皆、異世界の文化に興味を持っているので、いつもより楽しそうにしていて私も嬉しいのですよ」
給仕が全て下がった後、最後に側近たちもその場を辞すのを見送って、エンテが改まって今日の本題に入る。
「さて、この一週間でお二人は大方この世界についての説明を受けてきたかと思います。そちらの世界とこちらの世界の関係や、この神殿のこと、神聖力という力のこと、まだ理解は追いついていないでしょうが、本日は一つ、私の口から直接説明するべき大事な話があるのです。ゆるりと食事をしながら聞いていただきたいのですが、聞いた後でお二人がどういった結論を出すのかはお任せすることになります。構いませんか?」
エンテの真剣な様子に、長閑なランチ会を予想していた美希と春の両名が驚いたように居住まいを正す。
「は、はい。…えっと、結構重いお話だったりするんですか?」
「…そうですね、まだ、落ち着いてからの方が心の整理もつくのでしょうが、内容が内容なので早めにするべきかと思い、この場でと」
「…わかりました!聞かせてください」
頷いた美希に感謝を込めて微笑み、次いで春に視線を移す。
「俺も、それは構わないんですけど、それよりえっと…食事のマナーとか全然わからなくって、食器の使う順番とか、サンドイッチって…手で掴んでもいいんでしたっけ?」
春が申し訳なさそうに眉を寄せているのを見て、美希もハッとした表情で「私もマナーわからないです!」と困り顔を浮かべた。エンテはこれから二人に嫌われるかもしれない「読心」という能力について話をする予定だったものだから、可愛らしい高校生たちによって少し緩んだ雰囲気につい口角が弧を描く。
「舞踏会でもないので、マナーは気にせずとも大丈夫ですよ。この場には私たち以外いませんし、何も考えず楽しんでください。お望みなら、この世界の基本的な勉学やマナーを学べるよう教師もつけます。…それから、サンドイッチはこのサイズであれば手で直接掴んで食べるのが一般的ですが、自由にナイフやフォークも使用していただいて問題ありません」
「手でいいんですね。ありがとうございます」
「ありがとうございます!その、教師の方から教えていただけるの、ぜひお願いしたいです!」
「そうですね、その方がいいでしょう。小幡さんもいかがですか?」
「あ、俺もよろしくお願いします」
「かしこまりました。お二人の希望も含めて、後日詳しく検討しましょう。…ではそろそろ食事をいただきましょうか。紅茶も冷めないうちにどうぞ」
美希と春相手に形式通りに進行する必要もないが、一応招待者側であるためエンテが一番に口をつけた。
二人が「いただきます」と口にして、それぞれ紅茶とサンドイッチに手を伸ばすのを確認してから、さっそく本題に入るため、まずは彼らがどの程度神聖力に対して理解しているかの確認をとる。
「そちらの世界には神聖力が存在しないと伺っているのですが、具体的にどんなものか、実感はまだ出来ていませんよね?」
エンテからの質問に、美希が小首を傾げながら答える。
「そうですね、…主神アウル様?からの祝福の力ってことと、人によって持っている総量が違うってこと、神聖力が多い人が偉い…ってこととかを聞きました」
「その通りです。主神アウルからの祝福は全ての人が受けていますが、その量は異なります。神聖力とは奇跡の力であり、治癒や鎮静、免疫力の向上などの効果がありますが、それらの力を可視化して発言できるのはひと握りの神聖力を多く保有する者のみ。そしてその神聖力の多い者が多く神殿に勤め、この国、この大陸を支える役割を担っています。実際にやって見せましょうか」
百聞は一見にしかず。
実際にやると言った瞬間、春と美希の目が輝いたことにふふっと笑い、軽く布で手を拭ってから、テーブルの上に掌を持ってくる。
「まずは神聖力を可視化します。体内を巡る流れを手のひらに集めて圧縮することで、こうやって視覚でも感じ取れるようになるのです」
そう言いながら、手の上で発光しながら白っぽい粒子のようなものが渦巻き、シュルシュルと音がしそうなほど高速で形を作っていった。
「おぉ…」
「うわぁ!魔法みたい!」
圧縮された神聖力が無数の魚の形に変化し、まるで生きているかのように宙を泳いでいるのを見て、二人は声をあげて喜ぶ。
「魔法…たしかにそうですね。この世界には魔力も存在するので、似たような現象も起こすことができると思います。ただ、魔力と神聖力は別物なので、信仰心の厚い神官たちの中には、その言葉を快く感じない者もいるかと。あまりここ以外では言わない方がいいかもしれません」
純粋な気持ちで美希が言ったのだとわかっているため、気を使わせないよう茶目っ気のある笑みで口元に人差し指を当てる。
「ああ!すみません、悪気があったわけではなくて!」
「ええ、それは勿論わかってます。お二人が我々のことにも心を砕いてくださる素敵な人物だということは、この神殿の誰もが知っていることですので。…では、次は効果についてやってみましょうか」
空気を戻すように、魚たちがグルリと広く宙を旋回して、テーブル横の芝生に飛んでいき、それぞれが草にぶつかると共に染み込んでいく。途端にその辺りの草はみるみると背丈を伸ばして成長していった。
「こうして見ると分かりやすいですね。神聖力はこのように、主に生命力などを司っています」
ひとつひとつに感嘆の声をあげて驚く春と美希に笑いつつ、あまり草を伸ばしすぎても担当の庭師に悪いため、神聖力の効果を打ち切って空中に霧散させる。
「個人が保有する神聖力の量によって位が分かれることはご存知の通り。未成人の神官見習いをはじめとして、一般神官の中でも位が細かく区分されており、他にも司教や大司教、枢機卿などの役職があります。それらは、年齢や貢献度、総合的な能力なども関係しますが、基本的には神聖力順に相応の位と役目が与えられるのです」
そこで一度区切り、ゆっくりと紅茶を含んで唇を湿らせる。
「そして今回は、最も神聖力を多く保有する神官職についての説明をいたしましょう」
ティーカップをテーブルにおき、ゆったりと両の指を絡ませて握る。
「シノハラさん、コハタさん、私が他の神官たちから、”聖君”と呼ばれていることは覚えていますか?」
「「…はい」」
春は一週間同じ屋敷にいるだけあってよく覚えていたようで、美希も思い出しながら確かに気になっていたことだと頷く。
「聖君というのは私個人だけの呼び名というわけではなく、同時代に三名存在する特別な神官の役職名なのです」
「…役職名?」
「はい。通常の神官たちとは一線を画した神聖力保有量も特徴的ですが、もう一つ、主神アウルから受ける特別な恩寵がありまして、それぞれ特殊な固有能力を持ちます」
エンテは右側に顔を向け、この場からも見える、美しくそびえ建つ白亜の邸宅を手で指し示して紹介する。
「あちらの邸宅におわす教皇聖下がこの代の一人目の聖君、ダンテ教皇。豊穣を司る力をお持ちで、長年この大陸を神アウルの代行者として支えて下さっています」
「豊穣?」
「ええ。教皇聖下は現在お年のこともあり今は控えておられますが、災害や不作に陥った各土地を巡って、大地に恩恵を与えることができます。しかし、人々が神聖力ばかりに依存せぬようにと、土地や作物の研究にも力を入れている素晴らしい方ですよ」
今度は、その斜め左の方向を手で指し示す。
「二人目のシンリー聖君は、ここからは見えませんがあちらの方角にある、モデロー神殿で暮らしています。時を司る聖君であるシンリー・ヒリテ様は、400年ほど前から聖君として任に就いておられます。現在は数年間の休眠期間中のため、まだお二人とお会いすることはできませんが、そのうち顔を合わせることになるでしょう」
「えぇ!?まってください400年前って言いました?」
「…じゃあ、400歳ってことですか?」
美希も春も驚きの表情で、視線がモデロー神殿がある方向とエンテの顔とを行ったり来たりと忙しい。
「400年程前に聖君に任命されたという記録が残っているだけなので、正確な年齢は発覚していません。本人も飄々とした性格の方なので笑って躱されることが多く、私も少し気になっています」
エンテは、自分がまだ幼い頃に会った、休眠期間に入る前のシンリー聖君を思い出す。外見は十代後半から二十代前半にしか見えず、着崩して裾を引きずっている神官服や、木に登って何日も降りてこない姿、責任感のある長男のような、悪戯好きな末っ子のような、なんとも言えないまとまりのないキャラクター性が印象的だった。
まあ一言で言うなら「変人」という言葉が似合うような人だが、流石に長年神の下に仕えているだけあって良い人だった記憶だ。
「それから三人目が私、神アウルより守護の任を与えられた聖君エンテです。…私が持つ能力は『読心』。自分が望む望まないに限らず、近くにいる人間の心の声を読むことができます」
「どくしん?エスパーみたいな?」
突然の聞き慣れない単語に、美希が目を見開いて首を傾げる。
「読心は…言葉や身振りで相手が表さずとも、直接心中の内容が流れ込んでくるのです。エスパーというものが、そちらの世界での似たような存在なのかもしれませんね」
今どういった表情を浮かべるのが正しいのかわからず、居心地の悪さを少し感じながら曖昧に苦笑する。
「じゃあ、今も俺たちの心の声…が聞こえてるんですか?」
春がこちらを真っ直ぐ見て質問した。その表情には困惑も嫌悪も見えず、ただ偏見もなくエンテのことを見ていることが伝わる。
「そうですね。人によって程度に差は出ますが、これほど近い位置にいると聞こえます。勿論、私がこの能力によって知り得たことを口外することは決してありませんが、まだ出会って数日、信頼するというのも難しいですし、誰であっても自分の心の声まで他人に聞かれるのは嫌なことでしょう。この神殿にいる者たちは皆、私の特性を受け入れた上でともに働いてくれていますが、何も知らず先に関わってしまったお二人には後出しの情報になってしまったこと、深くお詫びします。今更にはなりますが、二人が読心を厭うならば、私と関わらない選択肢を持つのは当然の権利なのです。…今すぐに離れた邸宅を用意するというのは少し難しいですが、情や遠慮に縛られず、素直な気持ちをお聞かせ願いたい」
瞼を伏せ、頭を下げる。
この若い高校生たちにとって、自分は見知らぬ世界に来て初めて出来た知り合いだ。こちらの都合でさらに不安を与えてしまうことになって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「え、顔をあげてください!なんで謝るんですか?その力って切ったりつけたりできるわけじゃないんでしょう?」
「はい、常時発動の能力です」
「なら仕方ないことじゃないですか!そりゃあいきなりなんでビックリですし身構えちゃいますけど、悪くないエンテさんが謝ることじゃないですよ。むしろ早めに話そうって考えてくれてありがとうございます」
あたふたと両手をふる美希に続いて、春も頷く。
「俺も、一週間だけどエンテさんのこと見てます。周りの神官さんたちから本気で信頼されて慕われているのが凄い伝わってくるし、俺は特にやましいこととかもないので大丈夫ですよ」
「私もまだ全く実感とかないし、流石に慣れるのには時間がかかるかもしれませんが、大丈夫です!今後もエンテさんも揃ってご飯食べたりしたいですよ!」
コクコクと頷きあってエンテを慰めるかのように親指をたてる二人に、流石のエンテも余裕のある微笑みを崩して目を見開く。
二人が良い子だ良い子だとは思っていたがまさかここまでとは。
「…ありがとう。そう言ってもらえて、とても…嬉しいです。もう一度言いますが、私がこの能力で知ったことは絶対に口に出さないと誓いますので」
「はい!」
「わかりました」
エンテが気を使わないようにと、笑顔を浮かべて紅茶のおかわりをする美希と、口いっぱいにサラダを頬張って美味しそうにもしゃもしゃと食べている春に癒される。
この世界には基本、神に最も近い位置にいる自分を神格化し盲信して崇拝する者ばかりであるが、こうして一人の人間として扱われるのは、自分でも気づかなかった心の疲れていた部分が顕になるようで、こそばゆいような心地になる。同郷という存在は、こんなにも心の表面を軽く突破するものなのかと驚きながらも、この二人が特別良い人物であることがどんなに嬉しいことかと自然な笑みがこぼれた。
「話を聞いてくださってありがとうございます。次はお二人のことを聞きたいです。この一週間どうお過ごしになりましたか?」
再びティーカップを手に取りながら訊ねると、美希がキラキラとした表情を浮かべて、この一週間の間に体験したことや、元の世界との違いで驚いたこと、見学に行った神殿騎士の訓練場での話など、様々なエピソードを話し始めた。
過ごしやすい季節の太陽の下で、変わり映えのない仕事の合間にできた昼食会というひととき。春とエンテが揃って美希の話に穏やかに相槌をうつ時間は、この世界に新鮮な空気を感じて、予想以上に楽しい時間となった。
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