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十一話
「失礼致します。聖君」
夜も深まった頃、静まり返った邸宅の中の、一つだけ明かりがついた執務室に、美希の住む一角を任されている、元エンテ側近であったレズリー神官が定期報告にやってきていた。
「どうぞレズリー、遅くまでご苦労様です」
「お気遣いいただき恐縮にございます」
礼をして頭を上げたレズリーを見て、エンテは少しだけ予想していたものの、扱いにくい事案についてそろそろ考えなければならないな、と億劫に思いながらもいつも通り笑みを深めた。
「少々浮かない顔ですね。シノハラさんについてなにか?」
「はい。定期報告については書面の通り、特段問題なく経過は順調にございます。今日は少し気になることがございまして、シノハラミキ様について、聖君にお伺いしたい点がありまして。貴重なお時間を頂戴すること、申し訳ございません」
レズリーはとても優秀な人材だ。美希について誰よりもはやく違和感に気づくだろうとは思っていた。だからこそ彼にあそこへの移動を命じたのもあるが、どこまでを話して、どこまでを隠すべきか。難しいラインではある。
「構いませんよ。詳しく聞きましょう」
「感謝いたします。…それが、どうにもシノハラ様の言動の節々に怪しい点が見られるのです。あの方は、本当に異界からの渡り人で間違いないのでしょうか?」
レズリーは完璧な姿勢を保ちながらも、エンテの顔色を伺うように瞳を伏せがちになっており、緊張感が伝わってくる。
「彼女は間違いなく渡り人ですよ。それは私が保証しましょう。しかし、貴方が怪しいと断定するほどですから、余程なのでしょう。具体的に、要因を聞かせていただけますか?」
マグナで人が複数来るのは初めてのことなので、真面目なレズリーならば、片方に怪しい様子があった場合に、他国からの間諜である線など様々な想定をしてしまうのは想像に難くない。
「はい。…私が見る限り、どうやらシノハラ様はこの世界の特定の事柄について、既に知識を持っているような素振りを見せます。例えば、アステカ学園都市の存在、ここ数十年使用停止されていた隠し通路の開閉条件、未信者が初見で辿り着くのは困難な旧神殿跡地へのルート、それから、シノハラ様の護衛にあたっている神殿騎士の一人であるアルベルト。彼について、最初は見目のいい容姿を特別気に入って側に置いているのだと推測しておりましたが、彼の好物や家族構成、趣味までぴたりと当てて見せていたのです。シノハラ様がそれらについて全て偶然だという返答を返されているので、流石に無理があるのではと」
どうやら美希は少しやらかしているようだ。
読心の能力で事柄の全容全てを把握することは無理だが、ある程度は既に知っている。
一応この世界の住人であるため認め難くはあるが、この世界は美希曰く『乙女ゲームの世界』であるらしい。実際には日本で発売されている乙女ゲームと酷似した世界線といった方が近いだろうが、今の日本ではその現象も”流行り”らしいので美希自身には戸惑いも見られない。
とにかく、その乙女ゲームの舞台が例の”学園都市アステカ”。ヒロインというプレイヤーが様々な能力、性格、地位を持つイケメンたちに囲まれて学生生活をおくるものらしいのだが、美希自身はヒロインではなく、乙女ゲームが始まるのも数年後。ゲームの内容とは関係ないのかと思いきや、留学としてアステカに行く攻略対象の一人に神殿騎士のアルベルト青年がいる。やけにイケメンでハイスペックだったため、今までも目立っていたそのアルベルトが美希の”推し”のうちの一人であるらしい。
状況を整理しても、理解するのを頭が拒むが、まあ美希の中ではそうなっている。
レズリーの報告を聞く限り、それを裏付ける行動を隠しきれていないのだから信憑性も上がってしまった。
エンテは取り敢えず、複雑な心境を表に出さないように「そうですか…」と笑みを浮かべる。
「その…、聖君が全てをご存知の上で静観されているということは、シノハラ様が危険な存在ではないと判断されているのだと承知の上なのです。しかし、私があの方の元に配属された真意が別にある可能性も、と暫く自分で考えたのですが想像力が足りず、直接お言葉を頂くことが最善であるとの帰結に達しました。ご期待に添えず申し訳ございません」
レズリーが固く目を閉じて頭を下げる。
「いえ、貴方の推察通り、シノハラさんは難しい存在なのです。貴方の能力を信頼するからこそ任せられると信じ、その期待に応えられている証拠に今ここに立っている。全く頭を下げる必要はありません。ですが、まだ詳しく説明することも叶わないのです。一先ず私もシノハラさんと話す席を設ける予定ではあるので、レズリーには彼女が何か問題を起こしそうになった時に、それとなく手を貸して差し上げてください。…もし詳しく知りたいなら、シノハラさんに直接伺っていただく方が良いかもしれません」
「いえ。聖君が問題ないと判断なされているのであれば、私は私の為すべきことを為すまででございます」
エンテのことを信頼し切った、真っ直ぐな瞳で見つめてくるレズリーに苦笑して、少し遠くを見つめたまま紅茶を手に取り口に含む。
「渡り人が今まで暮らしていたのは、こことは全く体系の違う世界です。知らないものは想像力に頼る他ないですが、シノハラさんに私と同じような能力があるわけではないので安心してください。しかし、あくまでも彼女らがまだ成人にも満たない庇護対象であることを前提にしても、今のように疑うのはとても正しいことですよ。常に己の目で見、自身の尺度を疑いながらも信じること。私ばかりを正解に置くのは危険ですから。レズリーにはそれだけの能力があります。矛盾するようですが、まあ、先入観に囚われず、臨機応変にいきましょう」
神殿の者は皆、エンテのことを信じすぎるきらいがある。
守護のため読心の能力を与えられた聖君であるため、全てを知っている正しい存在だと依存されて判断力を失う者が多い中、それでも自分の頭を使うことができる神官とたまに出会えるので、自分は彼らがとても好きだ。
「そのお言葉、肝に銘じます」
毎回何度もぴっしりと完璧な礼をしてみせるもんだから、真面目だな~という感想が浮かんでばかりだが、それが彼の良いところなのだ。
「他にも何か訊きたいことはありますか?」
レズリーは再びバシッと上半身を持ち上げて軍人のように綺麗な姿勢で立つ。
「いえ」
「そうですか。なら今日はもう下がって、ゆっくり休んでください。肌寒くなってきたので、風邪をひかぬように」
部下たちからの過剰な尊敬にももう慣れたものなので、いつものように聖職者らしい穏やかな笑みを浮かべた。
「かしこまりました。ご深慮いただきありがとうございます。それでは、御前失礼致します」
再度レズリーが一歩下がって退室の礼をする。
「…これから暫く、彼女を頼みますね」
「はい。未熟ではございますが、聖君のご期待に添えるよう精一杯努めて参ります」
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