美貌のファンタジー神官に転生した。

誤魔化

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十二話


 ふと、空を見上げた。

 頭上には、ただ一つ存在感を増している大きな月が一つ。今日は丁度満月の日のようで、どうしてかいつもより大きく近くにあるような錯覚を覚える。

 春は、そういえば数日前にもうすぐ満月だとエドが言っていたな、と頭の端で考えながら、カーテンが開いた窓に近寄った。

 目にゴミでも入ったのか、頬が濡れていく。

 この世界にきてから数日、泣くのははじめてだった。

 止まらないどころかどんどん量を増していくそれを、拭うことも忘れて、滲む視界に負けないようにただ目を開いて外の景色を見た。

 …呼ばれてる?

 何に、とか考える余裕もなく、頭の中は変な衝動に支配されていく。

 幸いこの部屋は一階だ。窓にも鍵がかけられていないし、特別な構造でもないので、男の体格でも苦もなく外に出ることができる。逸る衝動にドアを使う思考すら奪われて、ただ一点を見つめたまま手を伸ばした。

 カチャ、キー、と窓を開き、片足を乗り上げてそのままの勢いで外に出る。先ほど入浴したばかりなので室内履きすらも履いていないのだが、そんなものは気にならなかった。

 くるぶし程まで伸びた、よく手入れされている草庭に足をおろし、そのまま歩を進めていく。

 呼ばれている。

 誰に?

 わからない。けど、無視できない、重要なもの。

 熱に浮かされたように、あるいは夢遊病のように、ただ足だけが意思を持って、フラフラと一点を目指して突き動かす。

 知らない通路を通り、知らない庭を横切り、知らない建物の間をすり抜けていくのをどれだけ繰り返しただろうか、春は、気づけば木々が立ち並ぶ一角を歩いていた。

 下を見ればもう腰ほどまで伸び切った草花に絡まれ、足元すら見えない暗い夜道で何度も足を取られながら歩いたからか、石や砂利を踏んで傷だらけになっている足や衣服が目に入った。

 痛い。

 痛みに気づいた途端、理性が頭に戻ってやっと現状を把握する。

 この先に凄く気になる何かがあるのだが、さすがに一度戻って靴は履いて出直すべきだと思い直す。一人で行動しないというのも約束だ。誰にも言わずに出てきてしまったし、もうそろそろ就寝の準備をしに、見習い神官のヘジさんとチェキさんが来てくれる時間帯だ。部屋にいなければ心配をかけてしまう。

 それに、たしかここは立ち入り禁止の区域と説明された場所だった気がする。

 止まらない涙でグシャグシャになっている顔を袖で拭って、戻ろう、と体を翻すと、再び背後から強い気配を感じた。


『に~ぃちゃんっ!』


 は?

 目を見開いて、すぐに後ろを振り返った。

『兄ちゃん、はやく!』

 見覚えのある人影に、呼吸が止まり、瞬きを繰り返す。


「…お、うすけ?」


 そこには、桜介が、つい先日に死んだはずの弟が立っていた。

「なんで、…こんなところに、?」

 震える声で問うても、桜介は答えずにこりと笑って背を向け、森の奥へと走り出す。

『兄ちゃん、はやく!』

 もう、ダメだった。戻りかけた理性などとっくに霧散して、衝動のままに追いかける。

「待って!」

 幸いにも、不自然なくらいに満月の光が森の中を照らしてくれている。

 そしてまた、どれだけの距離を走ったのか。

 足の裏からはとっくに血が流れていて、それ以外も擦り傷だらけだ。

 気づけば桜介は沼の中を進んでいた。

 そしてそれを追いかける春も既に膝程までの深さに入っている。

「桜介、ダメだ、それ以上は。こっちに来い!」

 沼の広さは大して広くない。深さも何メートルもあるようには見えないが、春くらいの身長なら沈むことはありえそうだし、桜介の身長ならさらにだ。あれ以上進むとまずいかもしれない。

 必死になって手を伸ばすが、桜介はなおも春を呼びながら笑顔を浮かべて奥へと進んでいく。


 そう時間をかけず、沼は春の腰までの深さになってきた。

 桜介はすでに肩まで沈んでいる。

「桜介!」
『兄ちゃん、はやくー!』

 桜介に手が届きそうで届かない。

 必死になって追いかけるも、もう首の下までの深さになっていた。

 桜介が何故か、今もなお首から上以上沈まずに歩き続けられているのか、疑問に思う余裕すらなく、必死で追いかけた。

 あいつはなんとしてでも救わなければならない。

 "死なせてしまった"のは全て俺の責任なんだから。今度こそ、ちゃんと救わなければならない。


 瞬きをすると、桜介の姿が消えていた。

「桜介!」

 左右を見てもいない。どうやら沈んでしまったようだと思い至って焦りに呑まれる。

 先ほどまで桜介がいた場所まで急いで数歩進むと、急に沼が深くなっている場所のようで、躊躇う判断力もなく、春は息を頬に溜め込んで沼に潜る。

 無我夢中だった。

 息が苦しいのも忘れ、ずっと探し続ける。

 意識が遠のきそうになったその瞬間、急に左腕を掴んで持ち上げられて、顔が沼の外に出た。

「ッ、カヒュッ、げほっ」
「春!聞こえるか!?」

 霞む目を開くと、ぼやけた白い人が自分を抱き込んで覗いてくるのが見える。

「ごほっ、お、おうすけが!おうすけがまだ!」

 自分を支える腕を振り解いてまだ探そうと抵抗するけど、力強い腕が解けなくて、沼の外まで引っ張られる。

「それは幻覚だ!…その人は、ここにはいない。だからこれ以上探す必要はないんだ」

 げんかく?…幻覚があんなにもリアルなのか?あれは間違いなく、自分がよく知る弟だった。

 しかし、もう探さなくて良いという言葉に安堵する自分もいる。

 何がなんだかわからないし、頭がぼーっとして思考が働かないけど、この人に身を任せる安心感が、変な焦燥感を崩していった。

 すぐに陸地に引っ張り上げられ、すぐさまランタンを持った大勢の神官たちが囲んでくる。

「毛布を」

 脱力する春を支えながら、春が冷えないようにと毛布でぐるぐる巻きにするエンテをサポートするように、神官たちが火を当てたり、泥を拭き取ったりしてくれる。

「ヘジとチェキは急ぎ湯船の準備をお願いします。あと、温かい飲み物と甘いものを。ヨハンは皆に春さんが見つかったとの通達を。ここ100年被害報告が上がっていなかったので油断していました。すぐにでもこの池は埋め立てましょう」
「「「かしこまりました」」」

 やっと視界が安定してきて、周りの状況が見えてくる。

 みんな、慌てて春を探しに出たようで、薄い室内着だ。さらにエドは自分を助けるために沼に入ったため、自分と同じくらい泥だらけになっている。普段の完璧な様子からは想像もつかないほど、息を荒げて自分を抱きしめてくれるのが酷く罪悪感に駆られるのだが、それを超越するほどの安堵感と安心を与えてくれる。


「…めんなさい」

 消え入りそうな声でポツリと呟く。

「…ごめ、んなさい」

 またとめどなく涙が溢れて止まらなくて困ってしまう。

 しかし、一番困っているのは彼らだ。こんな時間に迷惑をかけて、申し訳なくて仕方がない。

「ごめんなさい、皆さんに…ご迷惑を」

 エドの顔が見れなくて、下を向いて謝っていると、綺麗な布で泥を拭われながら、顔を上に向けられてしまった。

「春、君は今とても危ないところだったんだ。もう少し見つけるのが遅ければ、手遅れだったかもしれない。皆、とても君のことを心配した。今もしている」
「…ごめんなさい」

 もう一度俯いてしまった頭を、エドが優しく撫でてくれる。

「だけどね、誰一人春のことを責めていないよ。無事でよかったと安堵し、明日春が風邪を引かないようにと案じている。むしろ説明不足だった私たちの責任なんだ。怖い思いをさせてごめんね。もう少しはやく助けることができればよかった」
「それは違う、俺が、軽率だった」

 涙を拭いてくれる優しい手が離れないことを祈りながら、エドの心臓の音を聞いて安心してきた。

「ほら、お願いだから顔を見せてくれないかな。せっかく出来た友人をこんなにもはやく失うのかと、気が気ではなかったんだよ」

 上を見上げると、こちらに優しく微笑みかけるエドが眩しすぎて、また涙が出てくる。

 抱きしめて支えながら神聖力もかけ続けてくれているようで、いつの間にか足の裏や全身の傷も治り、体温も温まってきていていた。

「いっぱい歩いて疲れたよね、はやく帰って休もう」
「うん」

 エドが、自分を抱き上げたまま立ち上がる。いつもなら姫抱っこは羞恥ゆえに断るだろうが、今はそんなことを考える体力も言う体力もなかった。


「…来てくれて、助けてくれてありがとう。…心配かけて、ごめんなさい。エド」
「ううん。いいんだ」

 感謝を伝えると、エドが瞳を揺らして笑って、抱きしめる力を強めてくれる。


「いいんだよ」


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