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二話
「ーーー神聖力の増加が急速に進んでいます!マグナの出現、間もなくです!」
この大陸内で最も空気中の神聖力濃度が高まっている場所である本聖堂地下空間、通称マグヌスの間。
そこに現在集っている面々は全部で三十人ほど。何かを測る道具や記録用の荷物を持って慌ただしく動いているマグナ観測班の数名の他、大司教や枢機卿を含めた位の高い者や、渡り人が訪れた場合に必要となる側付き用の神官、そして白銀の鎧に身を包んだ神殿騎士が立ち会うために集まっていた。
教皇は都合がつかなかったためこの場には不在となるので、現在この場で最も位の高い者はエンテである。
エンテが品のある動作で静かに入室すると、その場にいた全ての人間が動きを止めて頭を下げようとしたので、「どうぞ作業を続けてください」と穏やかに言って微笑みを向けた。
しかし笑みを浮かべつつも、エンテの胸中は今だに恐らく地球からやってくるのであろう異世界人のことでいっぱいだった。一先ずこの世界に所属する人間として、そして聖君として目の前の仕事に集中しなければ、とは思ってこの場に足を運んだものの、やはり少しばかりソワソワと落ち着かない感情が存在している。態度には決して出さないが。
そしてエンテが入室して数分と経った頃、ついに神聖力の収束がどんどんと高まり、眼に見えるほど光が実体化して幻想的な光景が出来上がってきた。誰もがその光景に目を吸い寄せられ、どこからともなく感嘆や驚きの声が聞こえてくる。
それはエンテも例外ではなく、緊張に汗ばむ手のひらを握り、次に訪れるであろう光景を見逃すまいと、光の中心に静かな視線を縫い付けた。
次第に強さを増した光が様々な色に変化し、まるでその空間に光の柱を立てたように凝縮した後、ゆっくりと放射線状に広がっていく。
(…地球からの、渡り人)
誰もが呼吸を忘れて見守る中、神聖力で構成された光の中から若い女性の驚くような声が聞こえてきた。
「え、何!何これ!?」
聞こえてくる少女の声に、場を囲む一同が渡り人の出現を予測から確信に変えて、その姿を確認しようと薄くなっていく光の柱を尚も見守っていると、やがて中から黒髪黒目の10代後半ほどの少女が姿をあらわした。
「なになに、誰!?どこよここ」
混乱の真っ只中にいる黒髪の少女の視線もまた、揃って白装束に身を包んでいる我々に向けられる。
アジア風の容姿に流暢な日本語、恐らく日本人で間違い無いだろう。言語に関しては今までの渡り人の文献に書かれていた通りならば、自動でこちらの言葉も翻訳されてわかるらしいのだが、口の動きからしてエンテが前世で住んでいた日本の言葉を喋っているのだと確信できる。エンテは動くことも忘れて驚きに形の良い目を見開いた。
そしてエンテと同じく、それ以外の他の神官たちも驚きに口を閉じ、全く動けないでいる。それにはまた別の理由があった。
「……二人?」
誰かがポツリと疑問を溢す。
神官たちの驚きの正体は、黒髪の少女の後ろに、似たような黒髪をした少年も佇んでいたことにある。
渡り人が二人。それは歴史上なかった、初めてのことだった。
その少年は声をあげたり不安にキョロキョロと周りを見回すようなこともせず、ただぼうっとハイライトのない暗い瞳で、夢でも見ているかのようにゆっくりと瞬きを繰り返してこの場を見ている。
”神マグヌスが連れてくる渡り人は、元の世界に未練のない者である”という法則の通り、彼らは何か過酷な境遇を生きていたのかもしれないなと想像した。
周囲と同じく呆気に取られていたエンテは、そこで自らがやるべきことを思い出し、再び計算しつくした慈愛の微笑み浮かべて立ち尽くす彼らに向かって歩き出した。
混乱しているところを威圧しないよう、後ろに着いてきていた側近のルトガーとクレヒトをそっと手で制して、歩み寄りながら右手を胸の前に当て、安心させるように笑みを深める。
「マグヌスの客人よ、ようこそお越しくださいました。我々は心よりあなた方を歓迎します」
人畜無害そうな笑みや、人の信頼の中にスルりと入っていく空気造りはこの地で生きるにあたって身につけたものの中でも特に自信がある。
少女の方の渡り人もエンテは大丈夫だと判断したのか、現状に理解を追いつけようと不安ながらもエンテの目を見て問いかけてきた。
「…あの、ここってどこですか?私さっきまで横断歩道歩いてたと思うんですけど」
エンテは困ったように眉を下げて、高校生くらいの年齢の二人の顔を見る。
「ここはアウレリウス神聖国の本聖堂です」
「…アウレ?」
疑問符を浮かべる彼らを横目に、後ろに控える神官たちに目配せをして指示を出し、再び元気付けるような笑みを向ける。
「とても混乱されているでしょうから、私から出来る限りの状況の説明を行いたいのですが、ここは地下なので少し冷えますし、一度別室へ移動しますが問題ありませんか?」
「え、あ…はい……」
少女は混乱の中すぐに頷いたが、何故かその視線はエンテの顔に集中して離れない。彼女は眉を寄せて何やら考え込んだかと思うと、部屋内にいる神殿騎士たちにパッと目を向け、そのうちの一人にまた視線を固定したかと思うと目を見開いたりと一人で忙しそうにクルクルと表情を変えている。
エンテはそんな彼女の様子には気づいていないかのように、少年の方も同意するかどうかを確認して出入り口の方に体を向けた。
「それでは、あちらへ。お二方とも私に着いてきてください」
笑顔で移動を促し、先頭を歩くため道を開けてくれている神官たちの間を進む。
(…どういうことだ?)
エンテは前を歩きながら、縫い付けた柔和な微笑の下で新たな混乱に眉を寄せていた。
その混乱は渡り人が二人だったことが理由ではい。
(おとめげーむ、って恋愛シミュレーションとか言うあの乙女ゲームのことで間違いないよな。…この世界が?)
実を言うと、エンテには読心という特殊能力がある。
それは聖君の位に就く条件である、主神アウルから賜った恩寵、謂わばファンタジーでお馴染みのチートに該当するようなものなのだが、その力が発動して先ほどの少女の思考の一部が聞こえてきたのだ。
(…まあ、この娘の妄想だろう)
とは思うものの、内容が内容なのでやはり完全にスルーできる問題でもない。加えて彼女の妄想通りならば自分まで攻略対象とやらの一人に入っている可能性もあるのだが、それは嫌すぎる。
まあ現時点では彼女も完全に乙女ゲームだと確信しているわけではなさそうなので、要観察といったところだろうか。
加えてエンテはこっそり静かに歩いて着いてくる少年の方の渡り人を盗み見た。
先ほど彼にも近づいたが、彼の思考はあまり読めなかったのだ。
この能力は相手が周りに心を閉じていればそれだけ効力が薄くなるのだが、この少年は若いのにとても苦労しているのだろうか。
目には活力の欠片も見えないし、隈は酷く、当人に取っては非常事態だろうに終始表情が暗すぎる。
誰にも気づかれない程度にそっとため息をついたエンテは、また忙しくなりそうな事態に遠い目をした。
一先ずは聖君として、この二人をここでの生活に適応させるサポートをしなければならない。
(この二人が面倒なタイプじゃないことを祈るばかりだな…)
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