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六話
神聖力アイマスクを初めて数分程経っただろうか、春からゆっくりと感謝が呟かれたあと、ほどなくして掌の下からスゥスゥと規則的な寝息が聞こえ始めた。
エンテは春が眠り出したことを確認するとそっと手を離して、軽く彼の前髪を整えてから自身の顎下に手をやって思案する。
思いつきの行動でこういった状況になったため、この後は完全にノープランであった。
今日は面会関連の仕事は入れてなかったのが救いだが、まだまだ自分の執務室に残してきた書類の仕事もある。しかし、今動くのは流石に酷だろう。
(どうしようか…)
その後数分固まっていたエンテであったが、少しして部屋まで来た神官に書類や必要な道具を持ってきてもらうことに成功して、それから5時間ほど、春を膝枕したままの状態で静かに仕事をこなすことになった。
たまに痺れてくる足に、その都度神聖力を使いながらの作業となったが、一人の苦労少年の睡眠を守るためなので安いものだろう。
◇ ◇
5時間後。
「…え、………あっ、すみません!…俺、寝ちゃったみたいで」
起き抜けに状況を思い出して、顔を青くしながら身を起こして謝る春に、エンテは室内にいる数人の神官たちの目もあるため敬語に戻して笑みを送る。
「全然気にしないでください、私が始めたことですので。…調子はいかがですか?こちらこそ、事前に承諾も得ず、突然あのような体勢にしてしまってすみません」
「あ、えっと、体勢については全然。凄くすっきりしましたし、久しぶりにちゃんと眠れたので頭痛が和らぎました」
言葉では全然と言いつつも、膝枕という行為自体に対してか、長時間そのまま寝てしまった自身の失敗に対してか、春は恥じいるように目を伏せて焦っている。
神殿、特にエンテの周囲には、優秀で感情の起伏があまりなく、焦ることをしない者ばかりなので、そんな春の反応が新鮮で微笑ましかった。春自体も表情の動きは少なく、まだ笑っているところも見たことないほどだが、彼本来の気性ゆえかは不明だが、その分感情は手に取るように伝わってくる。
小動物みたいだな、と思ったりするも、流石に出会って二日目の相手にそれは失礼なので喉の奥にグッと押し込む。
「それは良かったです。…あ、でしたら、宜しければ、今後も定期的に同じような処置をさせていただけませんか?神聖力なので副作用なども心配ありませんよ」
春の睡眠障害の理由が精神的なものなら、一度軽く眠れたからといって今後改善されるというわけではないだろう。エンテはカウンセラーではないので根本の問題をどうにかすることはできないが、対処療法としてその都度力を貸すことはできる。
「それは流石に申し訳ないです…。エンテさんもお忙しいでしょう」
エンテは、先程までの上質な眠りに思いを馳せながらも遠慮がちに首を振る春に、安心させるように得意の聖属性笑顔を向けた。
「貴方が快適に過ごされることこそ、我々の喜びなのです。どうかご遠慮なさらず、就寝前の数分だけ、寝台の横にお邪魔させていただけませんか」
説得に強い穏やかな笑みに押されてか、春は目を瞑って悩むように沈黙してから、おずおずと首を縦に振った。
「…じゃあ、ご迷惑でないのなら」
承諾してもらえて良かった。満面の笑みを浮かべるエンテの後ろでは、他の神官たちも喜んでいるのが伝わってくる。
「はい、迷惑などということは決してないですよ。…ああ、勿論、私でなくとも他の者に頼みたいことがあれば遠慮せず言ってくださいね」
「…いえ、その、エンテさんにお願いしたいです。あ、でも忙しい時は無理せずに…時間がある時で大丈夫なので」
エンテは、最近の高校生は良い子ばかりなのか。と孫を見守るおじいちゃんみたいな心境になりながらしみじみと頷いた。
「わかりました。ではさっそく今夜、就寝前にお邪魔しますね。タイミングは追って連絡をください」
「はい。ありがとうございます」
春は礼儀正しく一度立ち上がって深々と頭を下げているので、同じようにエンテも立ち上がった。
何度も思うが、突然見知らぬ場所に来て心細いだろうに、当たり前のように周りを見て振る舞っている、この渡り人二人は本当に凄いと思う。高校生とは思えないほど成熟した対応を見せる様子からは相応の苦労が伺えるが、その分こちらも出来うる限り助けてあげたいと思わせられるのだ。
エンテはもう一度春の顔に視線を落とす。
いつか、この子の心が癒えて、自然と笑みを浮かべることができるようにサポートすることが、聖君として生きる今の自分の仕事なのだと心に刻んだ。
こうして、エンテの日課に「毎晩春の部屋を訪ねる」という項目が一つ追加されることとなった。
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