美貌のファンタジー神官に転生した。

誤魔化

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七話

他視点【 神官ナナ 】



「ねぇ、ナナったら!あなた渡り人様のお世話役になったんだって!?」

 今年のマグナが二人の人間だったという大ニュースが神殿の敷地内を駆け巡った日の夜、エンテの邸宅に配属されている女神官のナナが神殿の廊下を歩いていると、別部署で働いている友人の神官が話しかけてきた。

「ああグリンダ、情報が速いですね」
「そりゃあ、噂の的にもなるわよ!あなたきっとこれからひと月は質問攻めだわ。…それより、至上の聖君をお近くで支えられるどころか、信頼までされて渡り人様のお世話を任されるなんて、どれだけの幸運を掻き集めたらそんなことになるの!?」
「羨ましいんですか?」
「羨ましいわ!」

 グリンダは走った影響で自慢の髪が乱れているのも気にせずに間髪入れず断言する。
 彼女が所属する部署だって高給で仕事内容も楽だと人気のある場所なのだが、エンテ邸宅はそれらとは一線を画す最上級の倍率なのだ。

「私が童顔なので、渡り人様も親しみやすいように、という人選なだけだと思いますが」
「そんなこと無いわよ!あなた優秀だもの、みんなに信頼されてるじゃない」
「お褒めいただきありがとうございます」
「私だって負けてないけどね!あー、羨ましくて今夜は眠れそうにないわ!」

 なんてったってあの国中の憧れ聖君エンテ様を毎日間近で直接お支えできる場所である。当然の結果だ。あの場に加わるのは最側近の方々が出す幾重にも連なる難解な試験を乗り越えられたエリート中のエリートばかり。そしてここにいるナナもそんな猛者のうちの一人なのだ。
 神殿では基本的に保有する神聖力の量で位が決まるのだが、それとは関係なく神聖力自体あまりないナナでも、羨望の的として一目置かれる存在である所以はその所属故だった。

「それで、どちらの渡り人様に付くことになったの?もう顔合わせはしたんでしょ、どんな方だった?」

 興味津々といった様子で顔を近づけてくるグリンダの肩をやんわりと押し返しつつ、他の神官たちの通行の邪魔にならないように廊下の端に移動する。

「私は男性の方の、小幡春様が担当です。女性の渡り人はレズリーが担当してますね」
「ん!?レズリー中級神官ってあなたの旦那でしょ!?夫婦揃ってってどれだけ幸運なのよ!」

 グリンダは羨ましいわ羨ましいわと地団駄を踏んでいるが、レズリーに関しては、本人は絶対に口には出さないが、聖君のお側を離れることに関しては少なからず悲しんでいるはずなので、まああとで勝ち誇りつつ温かいミルク酒でも差し入れてやるかと予定を立てる。一応愛を誓い合った夫婦ではあるものの、聖君のファンとしてはライバルなのだ。

「小幡様がどんな方だったのかという質問に関しては、まだ少しご挨拶させていただいただけなので何とも言えませんが、年齢の割に落ち着いた方でしたね。私たちにまでとても丁寧に接してくださいましたし」
「あら、まだお若いの?」

 ナナは記憶の中に鮮烈に焼きついた黒髪と共に、まだ記憶に新しい渡り人の姿を思い浮かべた。

「一見すると見習い卒業間近ほどの年齢に見えるのですが、実際は18つだそうです。おぐしも瞳も混じり気のない黒色で、聖君の白髪とは真逆のような色合いながら、同様に神秘的な印象を受けました」

 この神殿内にいる全ての人間に渡り人の姿形を瞬時に共有することは難しいので、少しでも噂で伝わっていくようにとなるべく細かく思い出す。渡り人の周りには常に人が沢山つくはずなので滅多なことはないかとは思われるが、少しでも渡り人様の安全を守るには敷地内の大勢に周知させることが先決だろう。
 その点、社交性の面で頭ひとつ抜けて秀でているグリンダは適任と判断した。

「私もいつかお会いしたいわ。本殿の書房にいらっしゃる予定はないかしら?」
「聖君の邸宅にも書房はあるので直近で実現する可能性は低いかと思いますが、それとなく勧めておきましょうか」
「最高ねナナ!またひとつ楽しみが増えたわ」

 整った顔を上機嫌に緩ませて笑っているグリンダの横を通る男性神官が、思わずといった風にその笑顔に目を縫い付けているのを横目に見つつ、ナナが手に持っていた荷物を抱え直すと、グリンダの視線が今度はその荷物へと向いた。

「それ、聖君の湯浴み道具よね?今日はいつもより早い時間に執務を終えられたの?」
「いえ。これは小幡様用にご用意させていただいたものです。聖君のご厚意で小幡様にも良かったら、と勧められ、あの方もそれはお喜びになられていましたよ」
「まあ~、流石は聖君ね。果てしなくお優しい気配りだわ」

 ナナ自身、聖君の指示で湯浴みの準備はしたものの、その旨を伝えて小幡様があれほど嬉しそうな表情をするとは予想外だった。
 この国では基本的に湯船に浸かるという文化がない。他の国では貧しい庶民でもよく入浴するという場所が多数あるとは、隣国出身のグリンダから聞いたことがあるのだが、この国の中で湯浴みを好むのは耳に入る限りで聖君一人くらいなものだった。そのためあまり感情を表に出さないタイプであるらしい渡り人様が湯浴みにご興味を示されたのも新鮮な驚きを感じた。

 流石は我らが聖君。
 エンテ様の能力である読心についてはあまり詳しく詳細は知らないが、やはりそのお力は素晴らしいものだと感じ入る。
 他国の人間からしてみれば心のうちを読まれることに恐怖を覚えるというのが通常なのだが、最早この国で聖君エンテ様のことを知らぬ者など存在せず、その誰もが、今まで治安や識字率の向上、経済の安定、自然災害への対処に力を注いでこられた聖君の存在に信頼を寄せているため、特にこの神殿内に読心を苦に思うような人間は存在しなかった。

 聖君が当時、この神殿に配属されてすぐの頃は勿論、彼の存在に難色を示す神官たちや排除を企てる派閥なども存在したらしいのだが、すぐに聖君のお力の前からは姿を消していったという。読心がなくとも神聖力の保有量もずば抜けているお方だ。それも当然なのだろう。

 しかし、ご本人の身としては何と寂しい宿命だろうか。

 そんな能力があっては真に心を預けられる存在など出来ないのでは、とナナも夫のレズリーと嘆いていたのだが、当の本人は「怪しい人物などがいれば、それを炙り出すのに丁度いいではないですか」などと笑ってばかりいるので何度涙を堪えたことでしょう。

 聖君ばかりが我々に等しくお優しく、末端の神官たちの名前まで把握なさっていて、有ろうことか私たちの誕生日まで祝ってくださった日には昇天するかと思いました。

 ああ…聖君、素晴らしゅうございます、エンテ様。

 いつになったら、あの深い海のような瞳に真の安寧が訪れる日が来るのやらと眠れなかった日々。いえ、海の底なぞ見たこともありませんが、きっとあのように穏やかで吸い込まれるような色合いは聖君だけの持つ魅力だと若い女子たちの間で騒がれています。


 ですが。

 本日少し、そんなエンテ様の安寧のための予感がビビッと反応しました。

 件の、異界よりいらっしゃった渡り人の小幡春様。聖君とは真逆の色合いを持つ静かな少年でしたが、どことなく聖君と似た雰囲気を感じます。

 湯浴みを好むこともそうでしたが、今日お会いした短い時間だけでも、”廊下で曲がり角を曲がる際に、進行方向とは逆の道を一度目視で確認してから曲がる”という、お二人の小さな癖の一致を発見しました。
 聖君の元への配属になった当初、聖君のこの行動を知ってからは、なんて思慮深い方なのだと感動し、私もこっそりとその行動を真似していたのですが、小幡さまは本日この世界に来られたばかり。お二人の共通点を見つけた時の私の昂りといったらもう言葉では説明できないほどです。
 今日は夜、夫にこのことを報告して一緒にはしゃがねばと今から楽しみに感じてます。

 もしこの渡り人様が聖君にとって良い刺激となるのならば、そして、小幡様もまた聖君によってお心が軽くなられるならどんなに素敵でしょうか。

 聖君が心を許せるのなら、友人でも恋人でも、形はなんだっていいのです。

 近い未来、二人が互いに良い影響を与え合う未来が少し想像できたかもしれません。



「…ナ。ねぇ?、……ナ~~ナ~~」

 窓の外を見ながらぼうっと考えていたナナは、そこでやっと自分を呼びながら顔を覗き込んでくるグリンダの存在に気がついた。

「ああ、すみません。考え事をしていました」
「ふーん。聖君のこと?貴女が勤務時間中に笑ってるなんて珍しいわね」

 ナナは首を傾げ、笑っていただろうかと頬に手を当てる。

「笑ってましたか?」
「ニッコニコだったわよ。ナナはもっと普段から笑った方が絶対にいい」
「善処します」

 それは改善しない返事じゃない、と頬を膨らませているグリンダの顔に見惚れている別の神官の顔がまた視界に入り、グリンダも大変なんだなと心の中で労いつつ、窓の外から見える塔の時計に視線を流す。

「そろそろ行かないといけないので、ここで失礼します」
「あら、ナナはまだ仕事があるんだったわね。頑張ってー!今度クッキー差し入れるわ!」
「ありがとうございます。グリンダも、お疲れ様でした。」
「ええ、お疲れ!」

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