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八話
他視点【 新人神官メイヤ 】
本日、私、メイヤは渡り人様に初めてお目通りすることができます。
他の先輩神官たちは昨日のうちに顔合わせを済ませたようなのですが、全員が仕事をあけていられるわけもありませんから、まだエンテ様の側近として勤めて半年も経っていない新人の私は、執務室に残って作業を続けるしかなかったのでご挨拶させていただくことはかないませんでした。
しかし、一度だけ遠くからお見かけしたかぎりでは、目立つ混じり気のない黒髪にお若い容姿を拝見することができたので、次の目標は直接お声を聞くことです。
まさか実際にこんなに近くで人間のマグナを見ることができるなんて、どんな確率なのでしょう。家に帰ったら両親と兄弟たちに真っ先に話そうと心が躍ります。
「メイヤ」
「はい、ナナ様!」
執務室の扉をあけて名を呼んできた上司のナナ神官に驚き、別のことを考えているのがバレたのだろうかと身を固くして反応する。
「聖君が書類処理の続きを客室でなさるそうです。私たちもあちらの部屋に映って補佐を行うので、必要なものを運ぶのを手伝ってください」
「え?あ、わかりました!」
突然の予定変更に戸惑うも、既に書類や必要な道具をまとめ始めているナナ神官に質問を投げかけることができずに急いで動く。
しかし、客室ということは十中八九渡り人様のお部屋だ。本来の予定ではご挨拶に伺うのは夕方以降のはずだったため、前倒しで会うことになるのかと理解した瞬間、緊張で手や背中にじっとりと汗が浮いてくる。
必要な荷物を全てワゴンに乗せ終えて、心を落ち着ける間もなく客室へと歩き出したナナ神官の後をワゴンと共に着いていく。
(…落ち着いて、落ち着くのよメイヤ。聖君のお邪魔にならないように、感情を落ち着けて有能執務マシーンになるのよ)
客室につくまでの道中、自分にそうやって暗示をかけながら歩いていると、早くも客室の扉前に到着した。
「メイヤ、静かに入室してくださいね」
指を口の前に持ってきて小さな声でそう告げるナナ神官にコクリと頷きつつも、渡り人様にお会いする緊張で、どんな状況でそんな指示がでるのかなどを考えることもできない。
ゴクリと生唾を飲み込んで、扉を開くナナ神官の後ろに続いて部屋に入り、指示通り静かに礼をするだけにとどめる。
ナナ神官が頭を持ち上げる気配がしてから、自分も頭を上げてさりげなく部屋を見渡すと、何故か室内には数人の他の神官と、ソファに腰掛けるエンテ様の後ろ姿しか見当たらなかった。
(…あれ?…渡り人様は?)
頭の中が疑問符でいっぱいなままだけど、こちらを振り返って微笑みを浮かべられたエンテ様の元に歩いていくナナ神官の後ろを黙ってついていく。
(朝もお会いしたけど、聖君はやはりいつ見ても輝かしい笑顔だわ…)
表情や態度には出さないけれど、半年経とうとも全く見飽きない聖君の笑みに気を取られていたから、大分近づくまで聖君のお膝の辺りに視線が向かうのが遅れた。
(………ん?)
何か。誰かが、そこにいる。
(え、……………あれ?んんん?)
これは、いわゆる、アレではないか?
恋愛小説や歌劇で稀に目にする、アレではないのか?
(ど、どどど、どういう状況なのでしょうか?…聖君が、あの聖君が高貴なお膝を枕にしていらっしゃるの?しかもお相手は、もしかして、渡り人様?……何で??)
反射でがん開きになった視線がナナ神官に向かうものの、彼女は気づかないふりをしてスルーを決め込み、鉄面皮でエンテ様の笑みのみを見ている。
激しく説明が欲しい状況だが、聖君の前で取り乱すわけにはいかない。状況把握もままならない中で許可なしに口を開くわけにもいかない。
そこでやっと、聖君が形の良い唇を開いて、静かにとても心地いいお声を出された。
「すみませんが、今日はこの部屋で作業をすることになりました。…見ての通りの状態なので、私はここから動くことができません。何かと不便はかけますが、なるべく入退出や会話は小さな声でお願いできますか?」
見ての通りの状況。もう少し情報が欲しいところだが、聖君の穏やかな視線の下にはスヤスヤと寝息をたてる黒髪の少年がいるため、あまり喋ることもできないのだろう。
(…このお方が、渡り人様なのですね)
返答の代わりに胸に手をやって頭を下げつつ、心の中で静かに初邂逅に対して感動する。しかし、ずっと突っ立っているわけにもいかないので、他の神官たちが既に執務を始めている場所にワゴンの中身を持って向かった。
他の先輩神官たちはこの状況の理由を把握しているのだろうか、と見渡してみるも、皆んなすました顔をして仕事をしながら、チラチラと聖君たちのいる方向へと視線が向いていることは隠しきれていない。
というか、皆んな見過ぎだ。
もの凄く気になるのは自分だけかと思いきや、この光景は先輩神官たちからしてもレアなものらしい。
いったいどういうことなのだろう。と頭の中で首を傾げていると、急に先輩のうちの一人が目を見開いて聖君たちの方へと顔を固定した。他の先輩数人がそれを見て「見すぎだ」と嗜めるように視線の先を追い、同じように固まっていく。皆、仕事は無口にこなしながらも雰囲気だけがザワザワと浮き足立っていくのが感じられ、私もついに振り返って聖君の方を向いてしまった。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
一同、声にならない歓声があがる。
聖君が、我らが聖君が、渡り人様の頭を撫でておられる!!
聖君は真剣なご様子で書類に目を縫い付けたまま、テーブルの下では渡り人様の艶やかな黒髪を指先でクルクルと弄び、数度してから形の良い白い手で直すように梳いている。さらには、眠る渡り人様のお顔をたまに確認するように視線を落とし、そっと指の背で安心を与えるように目尻を撫でられている。
聖君、あれは無自覚なのでしょうか。聖君の性格上、我らの前でご自身からあのような行動をされるとは思えません。無自覚なのだとしたらなんて尊い光景なのでしょう。
ああ、なんということだ。なんて神々しいんだ。あの空間だけ別世界だと言われても誰もが首肯してくれるだろう。この瞬間を絵画にして大聖堂に飾りたい。何故私たちは画家ではないのだろうか。
と、この光景を目にする全員がワナワナと指先を震えさせ、しかし聖君のご迷惑にならないように落ち着いて仕事を進めなければと鋼の精神で顔の向きを戻しにかかる。
聖君は我々の心をご存じのお方だ。たとえ口に出して騒いでおらずとも、周りの心中が五月蠅ければそれだけで集中の邪魔になってしまう。早急に落ち着かなければならない。
しかし、1分に1度はさり気なく見てしまうのは仕方がないと思いたい。
だって美しいのだもの。
全てを慈しむように影を落とす白くて長い睫毛も、大きくてペンだこもあるのに白くて滑らかなお手も、濡れ羽のような黒髪の幼い渡り人様も含め、一枚絵のように最高に美しいのだもの。
私がこの場に居合わせ、生きてこの両の目で見られることがどんなに素晴らしいことか。
私を産んでくれた母と父に加え、この場に立つまでに関わった全ての人に感謝を伝えたいです。
全員が顔を自分の仕事の方向に戻し、深呼吸をし始めると、聖君が伏せていた瞼を開いてこちらの方に神々しい柔和な笑みを向けた。
「手間をかけさせて申し訳ないのですが、誰か書房から水路工事の目録と地図を取ってきて貰えませんか」
聖君がお声をかけられると同時に全員の顔の向きが聖君に向き、聖君からの「お願い」だとの理解が及ぶと同時に先輩たちの視線が一斉に私に集まる。
皆、聖君の望みを自分が一刻も早く叶えたいという思いは同じ。しかし、今はそれ以上にこの素晴らしい空間に居座り続けたいのだ。
つまるところ、この視線の意味は1番の新人である私、メイヤに対する「お前が行け」の目配せだ。
それを瞬時に察知する。
しかし、
(…私だってここにいたいですよ!!!!!)
メイヤは内心涙目だ。だが、味方は誰一人いないためその視線に逆らう術を知らない。
取り敢えず聖君への返事を早くしなければ、と立ち上がり、泣く泣くといった様子は全く見せないよう笑みを浮かべて了承の礼をする。結局のところ聖君の望みを実行できるところは素直に嬉しいのだ。
振り返りざま、聖君からは見えない角度でこちらに親指を立てる先輩のナナ神官に目を向ける。
(…あとで、この状況の説明をたっぷり訊かせていただきますからね!!)
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