眠り姫はエリート王子に恋をする

一二三

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43.眠り姫は敵と対峙する

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 鏡の前で化粧直しを済ませ、口紅をワントーン明るい色へチェンジする。
 パルファムは香り過ぎないように、軽く手首に。
 藤堂は背が高いから、手首辺りに着けるのがちょうどいい感じで香るのではないだろうか。
 耳の後ろや髪につけるのはあからさますぎる。

 藤堂は、タクシーを拾って会社の前で待っている、と言っていた。
 少し、待たせた方がいい。
 男は焦らしておくぐらいの方が、獲物の捕らえた時の快感が増すらしい。
 たっぷりと時間をかけて身なりをチェックし、指先、髪の先まで満足いくまで整えた後、理沙はようやく化粧室を後にした。
 今日の為におろしたヒールの高い靴は少し歩きにくいが、長身の藤堂に合わせるならこれぐらいの高さがないとダメだろう。
 彼の隣にいる自分が一番美しく見えるように。
 彼が手を添えるのにちょうど良い位置に腰が来るように。
 
「お待たせしてしまって、すみません」
 タクシーの横に佇む藤堂に小走りに駆け寄りながら、理沙は笑顔を向ける。
「いえ。それほど待ってはいません。行きましょうか」
 藤堂はスマートに理沙をエスコートし、タクシーに乗せる。
 行先は、有名ホテルの中華料理店だ。
 理沙の父が好んで足繁く通う店なので、どこが良いかと聞かれた時にリクエストしておいた。
 今日は藤堂と、理沙と、そして理沙の父で会食予定だ。
 最初は無難に仕事の話から始まるだろうが、そのうち話題は、藤堂と理沙の結婚の話に進むだろう。
 もしかしたら、藤堂はホテルの上の部屋を押さえているのではないかと思う。
 いや、父が同席しているのに、さすがにそれはないかも、と先走りすぎた自分にクスリと笑いが零れる。
「どうかしましたか?」
 体が触れないように距離を開けて座っていた藤堂が、理沙の様子にこちらを向く。
 藤堂は紳士だわ、と理沙は微笑む。
 理沙は手に入ったも同然なのに、適切な距離を守り、不用意に近づいてこない。
 普通の男なら、すぐに肩を抱いたり腰に手を回したりするものなのに。
「いいえ。ちょっと、楽しい想像をしてしまったので……」
 そうですか、と、藤堂はかすかに唇の端に笑いの片鱗を乗せて、しかしすぐにそれを引っ込めて前を向いた。


 ホテルのエントランスに着けば、ドアボーイが案内の為にタクシーの横にすでに待機していた。
 ここのホテルの従業員は躾が行き届いていて好ましい。
 藤堂が食事に来たことを告げると、ロビーまでのわずかな距離をエスコートしてくれた。

 3階にある中華料理店までエレベーターを使い、ふかふかの上質な絨毯が敷かれている廊下を歩いて向かう。
 予約がしてあったらしく、受付で藤堂が名を告げると、そのまま奥の個室に案内された。
 父は先についているだろうか。
 理沙が結婚すると言ったら、さみしがるだろうか。
 理沙には兄と姉がいるが、その二人よりも父に愛されている自信がある。
 兄と姉とは折り合いが悪く、二人が独立して家を出てからは、口をきいたことすらない。
 平凡な兄と、大した才能も美しさも持ち合わせていない姉に比べて両親が理沙をかわいがるのは、当たり前のことだろうと思う。兄と姉は理沙を見下す態度を取るが、理沙だって彼らを蛇蝎の様に嫌っているのだからお互い様だ。
 個室の、木目の美しいドアを藤堂が軽くノックをすると、中から「どうぞ」と返答があった。
 父の声ではないようだが?と首を傾げると、藤堂がドアを開けて理沙を中へと促した。
 父の同僚でもいるのだろうか?と不審に思いながら室内に足を踏み入れ、理沙はそこで足を止めた。

 すでに席についていたらしい男が、理沙の姿を見て立ち上がり、会釈する。
 どうしてこの男がここに?と、理沙は眉を顰める。
 男だけではない。
 男の自宅への嫌がらせを頼んでいたはずの、後輩の加奈までもが、席についておどおどとこちらを見ていた。
 どういうことかと藤堂を振り返ると、彼は後ろ手で扉を閉め、理沙の横を素通りして、こちらをじっと見ている男の側へと立った。

「石丸さん、どうぞこちらへ。お先にお茶だけ頂いてしまったの、ごめんなさいね」
 加奈の隣には何故か、藤堂の同期であり、第二グループのメンバーでもある鎌田が座っている。
 加奈を挟んで反対側には、伊藤まで。

 腹の底からふつふつと湧き上がる怒りに拳を握りしめると、長く伸ばした爪が手のひらに突き刺ささる。
 藤堂が椅子を引き、ここへ座るように、としぐさで理沙を促した。
 誰が座るものか。こんな気分の悪い席へ。

 理沙は騙されたのだ。
 ここにいるメンバーが藤堂を使い、理沙を陥れようと何かを企んでいる。
 藤堂は気づいていないのだろうか。彼らにうまく丸め込まれてしまったのろうか。
 もしそうなら、なんとしてでも彼の目を覚まさなければならないが、今は多勢に無勢だ。
 理沙一人ではどうすることもできないため、後日改めて、父になんとか藤堂を助け出してもらおう。
 
「お招き頂きありがとうございます。ですが、急用を思い出しましたので、今日はこれで失礼します」
 叩きつけるようにそれだけ言うと、理沙は踵を返す。
 一刻も早く、この部屋から出よう。
 こんな不愉快なメンバーと食事を共にすることなど、出来るはずもない。

「あら、お逃げになるの?石丸さん。らしくないわね」
 後ろ姿に投げつけられる、嫌味のこめられた鎌田の声に、理沙はキッ振り向いて睨みつける。
「せっかく第二グループのメンバーで石丸さんをご招待したんだから、ゆっくりしていけばいいのに」
 ね?藤堂くん?としなを作って藤堂にいやらしく微笑みかける鎌田の不快な姿に、ひくひくと唇の端が震えた。
 こんな女に背中を見せてはいけない、と強く思う。
 背中を見せて立ち去れば、たちまちこの女はあることない事吹聴してまわり、理沙を貶めることだろう。
「……第二グループの皆さまが、私に何の御用ですか?今日は私の父と、藤堂さんと3人でこれからの事をお話しようと思っていたのに。失礼ですけど、どこから私たちの事を嗅ぎつけていらっしゃったの?」
 大方、藤堂と理沙の間に縁談が持ち上がるのを阻止するために、鎌田やら瀬川やらが藤堂から場所を聞きだし、強引に割り込んできたのだろう。
 全く恥知らずな、と思う反面、どうせ理沙にはかなわないのだから、半端な美人は大人しくしていればいいのに、という愉快な気持ちも湧き起こった。
 フン、と鼻で笑ってやると、藤堂の隣に立つ男が不安そうな様子で、ちらりと上目づかいに彼を見上げた。
 その媚びを売るような視線が、理沙は死ぬほど嫌いだ。
 見た目だけは美しいそれに騙され、微笑みを返す藤堂にも腹が立つ。

「藤堂さん、私の父は?」
「後でいらっしゃる予定ですよ。とりあえずお話しませんか?」

 どうぞかけて、と藤堂は先程理沙の為に引いた椅子を指し示し、それから男の後ろに立って、男の椅子を後ろに引いて座らせた。
 上司だからといって、そこまで面倒を見なくてもよさそうなものだが。
 瀬川の隣に藤堂が座り、その隣に理沙、という席次のようだ。
 藤堂が座ってしまったので、仕方なく理沙もしぶしぶ席につく。

「さぁ、これでメンバーが揃ったわ。じっくりお話しましょう?石丸さん」
 鎌田の、まるで女王であるかのようにこの場を取り仕切ろうとする声に、理沙は忌々し気に顔を歪めた。
  
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