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番外11.眠り姫と王子様は病を拾う
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「え?!瀬川さんインフルエンザ?」
山口がぎょっと慄くのに、「はい」と隆一が頷くと、聞き耳を立てていたらしい連中が一斉にはぁーとがっくり首を落とした。
「しばらく姫の顔がおがめないなんて……」
「しばらく王子とのツーショットが見られないなんて……」
「姫……おいたわしい……」
言っていることは様々だが、皆、瀬川の顔が見られない事を悲しんでいるようだ。
「マズイなぁ。出社禁止だろ?いつから復活できる?」
「早くて6日目からの出社になりますね」
「週明けかぁ。瀬川さんなしは、正直キッツイなぁ」
昨夜、いきなりぐったりしはじめた瀬川の熱を測ったら、39度を超えていた。
おそらく現在大流行中のインフルエンザだろうと思い、一晩待ってから今朝、フラフラする瀬川を抱きかかえて病院に連れて行った。
結果見事に陽性。インフルエンザB型が出た。
昨今ではインフルエンザに対する考えも随分変わってきて、一昔前なら「熱がなんだ!這ってでも出社しろ!」という風潮だったのが、今では「発症したら出社するな」と禁止令が出るほど。
なんでも、世の頑張る社会人たちが、無駄に世間にインフルエンザを広める原因になっている、と専門家たちが口をそろえて警告しているらしいのだ。
ちなみに、家族がインフルエンザを発症した社員には、毎朝の検温とマスク着用が義務づけられる。
藤堂も、自宅に瀬川を送り届けたのち、検温してマスク着用で出社した。
課長にも報告済みだ。
寝込んでいる瀬川の面倒は、実家の母に頼んである。
「とりあえず、急ぎの案件は俺が代わりますんで、回して下さい。小沢がやれそうなものは一人で任せます。田崎さんには先に瀬川さんがインフルだって伝えておいたので、融通きかせてくれると思いますよ」
「ああ、Y重工さんでも流行ってるらしいからなぁ。あっちも担当何人か休んでるもんなぁ」
おまえ、共倒れになるなよ?
と山口に念を押され、隆一は「はいはい」と苦笑して自デスクにつく。
隣の鎌田を見ると、こちらもがっつりマスク着用だ。
なんでも、妹がインフルエンザを発症して寝込んでいるらしい。
目元だけでも十分に美人だが、瀬川の顔を拝むのと同じぐらい鎌田の顔を見るのを毎日の心の潤いにしている男どもからしてみれば、「インフルエンザ消えろ」だろうなと思う。
しかし、当の鎌田はといえば、「マスクしてると化粧しなくていいから、楽でいい」と喜んでいた。
部内のマスク着用率が増えていることからも、今年のインフルエンザが猛威を振るっている様子がよくわかる。
一向に落ち着く気配がなく、とうとう瀬川も発症。
調剤薬局で、高熱による涙をボロボロこぼしながら、抗インフルエンザ薬を吸入する姿は死ぬほどかわいくて、この貴重な一瞬を記録しておきたい!と後ろ手でスマホを握りしめていたのはいうまでもない。
薬が効けば楽になるらしいが、とりあえず心配なので母に世話を頼み、隆一自身は後ろ髪惹かれながらしぶしぶ出社した。
昨夜は一緒に寝るとうつるからダメだとベッドを追い出されてしまったし、しばらくはキスやおさわりも禁止だろう。
全く、やっかいな病があるものだとため息をついているうちに、伊藤が山ほどの書類と瀬川のノートパソコンを抱えてやってきた。
今日は残業確定だな、と思いながら、母に「くれぐれも頼む」とメールをいれておいた。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、寝ているのではないかという予想に反し、マスクを着用した瀬川がソファにちんまりと腰かけて、隆一の帰りを待っていた。
おかえり、という声は上ずっていていつもとは少し違うが、それでも今朝に比べると随分元気そうだ。
しかしよく見れば目元はうるんでいるし、頬と首元はほんのりと赤く染まっている。
「熱は?寝てなくていいの?」
近づいて抱き締めようとすると、「ハグ禁止!」と両腕でつっぱねられる。
「熱は微熱くらいにまで下がったよ。妃奈子さんが用意してくれたおかゆも食べた」
妃奈子というのは、隆一の母の名だ。
瀬川は、母から「妃奈子さんって呼んでね」とおねだりされたことを忠実に守っている。
「そう。よかった。母さんは?」
「とっくの昔に帰ってもらったよ。お家の事もお仕事もほったらかしにして俺の面倒見に来てくれて、感謝してる」
妃奈子は主婦をする傍ら、趣味でセレクトショップを経営している。
本当に趣味が高じた、というだけの店で、ありえないモノで溢れているショップなのだが、仕入れる洋服のセンスだけはずば抜けていて、実は普段隆一が着用しているのは、スーツ以外はほとんど妃奈子の店で仕入れたものだ。
隆一に似合いそうなものを勝手に仕入れては息子に押し付け、そのサイズ違いを店に置いている。
最近では「これは冬夜くんの」と、瀬川の分も押し付けてくるようになった。
おかげで、スカスカだった瀬川のクローゼットは、現在満員御礼状態である。
「ごはんは?」
「ん?食べてきた。さすがに遅くなったし」
作ってやれなくてごめんな、と謝る瀬川に、「なに言ってるの、ゆっくり休んで」と言いながらキスしようとして、また両腕でつっぱねられた。
つまらん。
隆一がネクタイを緩めた所で、瀬川がちらちらとこちらを窺うようにしていることに気付く。
どうしたかと顔を向けてやると、「あの、あのな……」とモジモジ切り出したのが、「風呂に入りたい」だった。
そういえば、昨夜は急激にぐったりし始めてすぐにベッドに運んで寝かせたので、瀬川は風呂に入っていなかった。
今朝も高熱でふうふういっていたのでシャワーどころではなく、支えて洗顔だけさせて病院へ連れて行ったし、隆一が置いて行ってからもとてもじゃないが入れる状態ではなかったのだろう。
午後いっぱい寝て過ごしたら急激に楽になったという瀬川は、汗をかいて気持ち悪いから風呂に入りたいと言い出した。
なんだか以前にもこんなことがあったような、と、隆一はなつかしく思う。
あの時はまだ恋人同士ではなかったから、風呂に入るという瀬川を見守るだけだった。
けれど今は……
「うん、わかった。一緒に入ろうか」
「は?!え、ええっ?!」
そうと決まれば、と隆一はさっさと浴室に向かい、バスタブの栓をして給湯ボタンを押す。
母や姉が勝手に置いていく入浴剤を適当に投入して、寒くないように浴室暖房のスイッチも入れる。
これで完璧、とリビングに戻ると、こそこそと瀬川が寝室に戻っていくところだった。
「冬夜さん?」
「あ、うん。なんだかだるいなー。もう寝ようかなーって」
「風呂は?」
「う……。明日で、いいかな……」
顔には思い切り「入りたい」と書いてあるくせに、隆一と入るのは何が何でも避けたいようだ。
「そう?じゃあ俺入るから」
クローゼットから自分の部屋着と下着を取り出し、こっそり瀬川の分も用意する。
一旦それを脱衣所に置き、シャツと下着だけの姿で寝室に戻ると、瀬川は布団に半ば顔をうずめ、じっと藤堂の様子を窺っていた。
「本当に入らなくていいの?」
意地悪く問いかけてやると、うっと詰まってこちらを睨んでくる。
「……入りたい」
「倒れるといけないから、一緒に入ろう?」
瀬川が、ぐぐっと息を飲んで、必死に何かと闘っているのが手に取る様にわかる。
風呂には入りたいが、隆一にいたずらされるのを恐れているのだろう。
「なにもしないよ?」
多分、という言葉を飲み込んでそう言ってやると、瀬川がぱっと顔を輝かせる。
どうしてそう素直に隆一を信じられるのだろう。今までそれで散々騙されて、啼かされてきたくせに。
布団の山からすぽんとひっこ抜いて抱き上げてやると、困った顔をしながら、それでも素直に細い手足を隆一に絡めてきた。
「まだちょっと熱いね」
触れ合う肌の温度が、いつもより少し高い。
隆一にしがみつく力も、弱々しい気がした。
「こんなにくっついたら、あれこれ気を付けてる意味がないだろ?」
頬をすり寄せると、瀬川が口を尖らせて怒る。
うつる、と言いたいのだろう。
「予防接種したし、大丈夫じゃない?」
「俺だって予防接種したってば!」
予防接種は感染を予防するものではない。重症化を防ぐためのものだ。
打ったからといって感染しないわけではなく、そんなことはわかっているけれど、昨夜からお預けをくらいまくって我慢しているのだ。
キスはしないから、触れるぐらいは許して欲しい。
そのまま浴室に運び、あれこれ世話をやいて、早めに瀬川だけ外に放り出す。
約束通り、手は出さなかった。
というより、出せなかった、が正しい。
というのも、風呂に入れた途端、瀬川がフラフラしはじめたからだ。
湯に浸かったことが予想以上に体力を奪ったらしく、これはマズイと思って慌てて洗って外に出した。
一緒に入っておいてよかった。自分のスケベ心を褒めてやりたい。
自分の事を手荒く大雑把にすませて外に出てみると、半端に部屋着をひっかけた姿の瀬川が、リビングの床に転がっていた。
途中で動けなくなったらしい。
慌てて抱き上げ、ソファへ運んで水を飲ませると、はふ、と息をついた瀬川がとろんとした目で隆一を見る。
そんなに無防備に見つめないで欲しい。
隆一はありったけの理性をかき集め、とりあえずドライヤーで瀬川の髪を乾かす。
ベッドへ運んで熱を測ると、37度7分。昨夜程ではないが、結構上がっている。
風呂はダメだと言えばよかったのだろうが、瀬川の裸が見たいという欲望を抑えきれずに誘ってしまったことを少し後悔した。
乾いてふわふわになった髪を撫でてやると、潤んだ瞳が隆一を見上げる。
目の淵がほんのりピンクに染まり、そこに朝露のようにぷくりとたまった涙。
いつもより色の濃い唇から、ちらりと真っ赤な舌が覗く。
動いた拍子に目尻から零れ落ちた涙に思わず唇を寄せると、瀬川が小さな声で「ダメ……」とつぶやいて隆一を押しやった。
プツン、と、どこかで糸の切れた音がする。
なんの糸かといえば、それはもう、しつけ糸より弱く、尚且つ極細の、理性という名の……
「うつしたら、治るんじゃない?」
どこのアホウが、どの口でそんな迷信をつぶやくのか?と自分でも呆れ果てる。
嫌がる瀬川の両腕を押さえつけ、いつもより随分熱いと感じる唇と舌を、自分のそれで乱暴に吸い上げる。
か弱い力で抵抗する瀬川に、ますます興奮を覚えるのを頭の片隅で感じながら、もう一人の隆一が「ごめん」と必死で謝っている。
けれど、いい加減思い知った方がいい。
男には狩猟本能が備わっている。
従って、逃げられると追いたくなるのだ。
犬と同じだ。
目の前で走って見せれば、追いかけてしまうのが犬と男という生き物だ。
先程着せたばかりのスウェットのパンツを強引にずり下げ、身動きできないように膝の位置で留まらせてから、慎ましやかに大人しくしている瀬川のその場所に唇を寄せた。
まだやわらかいそれを口に含むと、「やめろ……っ」とかすかに抵抗の声が上がる。
いつもより反応は悪いが、それでも瀬川のそこはやんわりと力を持って勃ち上がってきた。
半勃ちになったところで、くびれの部分に横から吸い付いてやると、びくん、と瀬川の体が揺れる。
瀬川は、段差の小さめなその部分を横から唇で挟まれるのに、弱い。
食むように優しく唇を添わせながら、時折舌でペロリと舐めると、それだけで極まったように体を震わせ、押し殺した悲鳴を上げる。
いつもなら唇で追い上げて一度放出させるところだが、今日はさすがにまずいだろうと、快楽を植え付けて抵抗する気力を奪ったところでその場所への愛撫を止めた。
膝に留まっていたスウェットを下着ごと抜き去り、太ももに手をかけて、片足を胸に着くほど折り曲げる。
むき出しになった場所に顔を寄せ、後ろの蕾に舌を這わせても、もう瀬川は逃れようとはせず、両腕で顔を隠してかすれた啼き声を上げるだけだった。
時間をかけず、しかし念入りにその場所をほぐし、ようやく指3本が自在に動けるようになったのを見計らって、痛い程張り詰めて勃ち上がった己の屹立を、わずかに開いた口に押し当てる。
誘うようにひくひくと震えながら、ピンク色の襞がゆっくりと隆一を飲み込んでいく様は、いつ見てもエロティックだ。
体の中は体表とは比べ物にならない程熱く、それでようやく、自分が瀬川にどれほどの無体を強いているのかを思い知る。
けれど、ここまで来てもう止めることなどできなかった。
かくなる上は、一気に達してしまうしかない。
細い腰に腕を回して抱え上げ、慣らすようにゆっくり動き始めると、その場所で快楽を覚えた体は素直に隆一を受け入れ、絡め取るように雄の象徴を食い締めた。
「ひ……んっ……ん……!」
焦らすことはせず、ただ高みに到達させようと、隆一は瀬川の前に手を伸ばす。
半勃ちのままだったそこに指を絡め、突き込む動きに合わせて強くしごくと、先端からみるみる透明な液体が滲み溢れてきた。
滑りの良くなったピンクの肉棒が、輪にした隆一の指の間からくちゅくちゅと音を立てて、ちらりちらりとかわいい顔を出す。
いつもより熱いその場所も思い切り舐めてやりたい、と、ペロリと上唇を舐める隆一を、瀬川が潤んだ瞳で見つめていた。
さもその部分を舐めているかのように舌をひらめかせると、瀬川が目を大きく見開き、びくんと体を痙攣させた。
「………あっ!あ……あ!!」
瀬川が体を捩らせて、射精する。
その瞬間、一気に道の狭くなった瀬川の中へ己を突き込むようにすると、頭が真っ白になるほどの快感が体を突き抜けて行った。
熱い。
ひたすらに熱い。
自分の吐き出した精液がぬるく感じる程熱い瀬川の中に、余韻を楽しむように何度も突き入れる。
ひくひくと中で痙攣する自身がおさまった頃、きつく指をかけてしまっていた腰から手をはずし、おそるおそる瀬川の顔に視線を向けると、くったりするかわいい顔が隆一を睨んでいた。
「バカ、藤堂……。せっかく風呂に入ったのにぃ……」
又汗をかいたじゃないか!と怒る瀬川に、怒る所はそこなのか?と疑問を感じながら、「ごめん」と謝って頬をすり寄せる。
さすがにもう一度風呂にいれるのは危険なので、濡らしたタオルで体を拭ってやり、その後の後始末まできっちりとお世話をさせて頂いた。
体を拭いている間に眠ってしまった瀬川に心の中で深く謝罪し、悪化していなければいいがと今さら心配しながら、結局そのまま、熱い体を抱え込んで朝まで眠った。
二日後の、時刻は午前9時。
すっかり元気になった瀬川とは打って変わって、真っ青な顔の隆一が、リビングのソファで膝を抱えてうずくまっていた。
「だからうつるって言っただろ。もう、バカだなぁ……」
隆一の脇から抜き取った体温計を見て、瀬川がため息をつく。
「38度5分かぁ。まだ上がりそうだね。どうする?俺もまだ外出許可でないから、病院にはついていけないけど……」
妃奈子かすみれに頼むか?と聞かれ、いらない、と首を横に振って顔を顰める。
激しい倦怠感と悪寒。関節の痛み。
そうか、これがインフルエンザか……と変に感心する隆一を今現在一番悩ませているのが、頭痛だ。
ガンガンと頭が割れるように痛み、口をきくこともままならない。
いまだかつて頭痛など経験したことのなかった隆一には、これが一番堪える。
「ひとりで行ける?大丈夫?」
こっくりと頷いて、また盛大に顔を顰める。
「じゃあ病院までは車で送ってあげるから、車貸して」
「……その前に、会社に電話」
「そうだった。俺、電話しといてやろうか?」
せっかくの瀬川の申し出だが、丁重にお断りする。
瀬川に電話してもらったりしたら、山口になんと罵られるかわかったもんじゃない。
まあ、自分で電話しても罵られるだろうが。
瀬川が手渡してくれた隆一のスマートフォンで、登録してある第一営業部の番号を呼び出す。
ワンコールで出たのは、鎌田だ。
「……藤堂です」
「ちょっとまさか藤堂くん、もしかして……」
「もしかする。発熱した。多分インフル……」
スマホの向こう側で、爆笑する声が聞こえる。
みのりー!藤堂くんインフルエンザだって!鬼の霍乱ってこのことよねー?!と、はしゃいでいるのも丸聞こえだ。
「おい、鎌田」
「あ、ごめんごめん。課長に代わるね」
課長に電話が繋がれ、発熱したこと、おそらくインフルエンザであること、検査結果が出たらまた連絡を入れることを告げて、山口に代わってもらう。
「すみません山口さん。多分俺も発症しました」
「……だろうな。こんなこったろうと思ったよ」
週明けまで俺と小沢だけでどーすんだ!と電話の向こうで泣かれ、やれることはやるから自宅に書類をメールしてくれと頼んでいる所で、瀬川にスマートフォンを取り上げられる。
「山口?藤堂頭痛で死んでるから、今は勘弁してやって?俺、回復してきてるからさ、データは俺あてに送ってよ。あとさ、例の件ってどうなってるんだっけ?」
さすがは営業成績ナンバーワンの頼れる上司。
痛みに頭を抱える藤堂の、首の後ろをやさしく撫でさすりながら、次々と山口に指示を出していく。
ダメだ……。考えがまとまらない。
瀬川がなんの話をしているのかも、さっぱりわからなくなってきた。
ばったりとソファへ倒れ込む隆一をちらりと流し目で見ながら、瀬川がくふ、と笑って体を撫でてくれる。
痛む関節に、瀬川の手が心地良い。
しばらくすると瀬川は通話を終えて、隆一の分の上着も持って、「病院行くよー」と保険証をちらつかせた。
行きたくない。動きたくない。このまま寝ていたい。
常にない珍しい隆一の様子に、瀬川がくすくす笑いながら、顔を覗き込んでくる。
「まあ、病院行って、薬飲んで、あとは大人しく寝てなさいって。おかゆ作ってやるから」
そう言いながら、隆一の髪をサラサラと撫でてくる。
なんだか、やたらに嬉しそうだ。
これはきっと、あれだ。
隆一の不調は、瀬川に無体を働いたことにより、天罰が下ったとかいう……
ブツブツとつぶやく隆一に、瀬川が笑う。
「いつになく弱気だなぁ。あの状態の俺とあんなことすれば、うつるに決まってるだろ。そういうのは天罰じゃなくて、自業自得っていうんだよ」
ほんのり頬を赤らめながらそんなことを言う瀬川に、そんな気力も体力もないくせに、ああ今日もいっぱいあれこれエロいことがしてみたい!と思う。
これは、あれだろう。雄の、危機的状況に陥った時に子孫を残そうという本能の……
「ほら、頑張って。受付と診察は自分でいくんだよ?あんまりグズってると、すみれさん呼ぶよ?」
それだけは勘弁して欲しいと、隆一は地面に沈みそうな程だるい体をなんとか起こし、上着に袖を通して支度する。
そして、あの時の自分の行いを、猛烈に反省する。
きっとつらかっただろう冬夜さん、ゴメンナサイ、と。
「もう。弱気な藤堂なんか嫌だよー。早く熱下げてすっきりしろよ!な?」
……ちなみに。
なぐさめられながら病院に向かう大きな藤堂を……
実はちょっぴり「かわいい」なんて冬夜が思っていて。
おでこに冷却シートを貼って眠っている藤堂の姿をこっそり撮影して鎌田に送ったり、おかゆを作って藤堂にあーんしてみたり。
いつもとはあべこべの自分達に冬夜が大いに満足していたことは
冬夜だけの秘密らしい。
☆丁度我が子がインフルエンザにかかってタイムリーだったので、空様リクエストの「熱で無防備な冬夜にむらむらした藤堂が……」をお送りしました。
しかし、殿方は病気になると急に弱気&甘えん坊になりますよね?
「オレ死んじゃう」みたいになるのはなんでなの~?
藤堂もはずさず、そのパターンらしいです。
山口がぎょっと慄くのに、「はい」と隆一が頷くと、聞き耳を立てていたらしい連中が一斉にはぁーとがっくり首を落とした。
「しばらく姫の顔がおがめないなんて……」
「しばらく王子とのツーショットが見られないなんて……」
「姫……おいたわしい……」
言っていることは様々だが、皆、瀬川の顔が見られない事を悲しんでいるようだ。
「マズイなぁ。出社禁止だろ?いつから復活できる?」
「早くて6日目からの出社になりますね」
「週明けかぁ。瀬川さんなしは、正直キッツイなぁ」
昨夜、いきなりぐったりしはじめた瀬川の熱を測ったら、39度を超えていた。
おそらく現在大流行中のインフルエンザだろうと思い、一晩待ってから今朝、フラフラする瀬川を抱きかかえて病院に連れて行った。
結果見事に陽性。インフルエンザB型が出た。
昨今ではインフルエンザに対する考えも随分変わってきて、一昔前なら「熱がなんだ!這ってでも出社しろ!」という風潮だったのが、今では「発症したら出社するな」と禁止令が出るほど。
なんでも、世の頑張る社会人たちが、無駄に世間にインフルエンザを広める原因になっている、と専門家たちが口をそろえて警告しているらしいのだ。
ちなみに、家族がインフルエンザを発症した社員には、毎朝の検温とマスク着用が義務づけられる。
藤堂も、自宅に瀬川を送り届けたのち、検温してマスク着用で出社した。
課長にも報告済みだ。
寝込んでいる瀬川の面倒は、実家の母に頼んである。
「とりあえず、急ぎの案件は俺が代わりますんで、回して下さい。小沢がやれそうなものは一人で任せます。田崎さんには先に瀬川さんがインフルだって伝えておいたので、融通きかせてくれると思いますよ」
「ああ、Y重工さんでも流行ってるらしいからなぁ。あっちも担当何人か休んでるもんなぁ」
おまえ、共倒れになるなよ?
と山口に念を押され、隆一は「はいはい」と苦笑して自デスクにつく。
隣の鎌田を見ると、こちらもがっつりマスク着用だ。
なんでも、妹がインフルエンザを発症して寝込んでいるらしい。
目元だけでも十分に美人だが、瀬川の顔を拝むのと同じぐらい鎌田の顔を見るのを毎日の心の潤いにしている男どもからしてみれば、「インフルエンザ消えろ」だろうなと思う。
しかし、当の鎌田はといえば、「マスクしてると化粧しなくていいから、楽でいい」と喜んでいた。
部内のマスク着用率が増えていることからも、今年のインフルエンザが猛威を振るっている様子がよくわかる。
一向に落ち着く気配がなく、とうとう瀬川も発症。
調剤薬局で、高熱による涙をボロボロこぼしながら、抗インフルエンザ薬を吸入する姿は死ぬほどかわいくて、この貴重な一瞬を記録しておきたい!と後ろ手でスマホを握りしめていたのはいうまでもない。
薬が効けば楽になるらしいが、とりあえず心配なので母に世話を頼み、隆一自身は後ろ髪惹かれながらしぶしぶ出社した。
昨夜は一緒に寝るとうつるからダメだとベッドを追い出されてしまったし、しばらくはキスやおさわりも禁止だろう。
全く、やっかいな病があるものだとため息をついているうちに、伊藤が山ほどの書類と瀬川のノートパソコンを抱えてやってきた。
今日は残業確定だな、と思いながら、母に「くれぐれも頼む」とメールをいれておいた。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、寝ているのではないかという予想に反し、マスクを着用した瀬川がソファにちんまりと腰かけて、隆一の帰りを待っていた。
おかえり、という声は上ずっていていつもとは少し違うが、それでも今朝に比べると随分元気そうだ。
しかしよく見れば目元はうるんでいるし、頬と首元はほんのりと赤く染まっている。
「熱は?寝てなくていいの?」
近づいて抱き締めようとすると、「ハグ禁止!」と両腕でつっぱねられる。
「熱は微熱くらいにまで下がったよ。妃奈子さんが用意してくれたおかゆも食べた」
妃奈子というのは、隆一の母の名だ。
瀬川は、母から「妃奈子さんって呼んでね」とおねだりされたことを忠実に守っている。
「そう。よかった。母さんは?」
「とっくの昔に帰ってもらったよ。お家の事もお仕事もほったらかしにして俺の面倒見に来てくれて、感謝してる」
妃奈子は主婦をする傍ら、趣味でセレクトショップを経営している。
本当に趣味が高じた、というだけの店で、ありえないモノで溢れているショップなのだが、仕入れる洋服のセンスだけはずば抜けていて、実は普段隆一が着用しているのは、スーツ以外はほとんど妃奈子の店で仕入れたものだ。
隆一に似合いそうなものを勝手に仕入れては息子に押し付け、そのサイズ違いを店に置いている。
最近では「これは冬夜くんの」と、瀬川の分も押し付けてくるようになった。
おかげで、スカスカだった瀬川のクローゼットは、現在満員御礼状態である。
「ごはんは?」
「ん?食べてきた。さすがに遅くなったし」
作ってやれなくてごめんな、と謝る瀬川に、「なに言ってるの、ゆっくり休んで」と言いながらキスしようとして、また両腕でつっぱねられた。
つまらん。
隆一がネクタイを緩めた所で、瀬川がちらちらとこちらを窺うようにしていることに気付く。
どうしたかと顔を向けてやると、「あの、あのな……」とモジモジ切り出したのが、「風呂に入りたい」だった。
そういえば、昨夜は急激にぐったりし始めてすぐにベッドに運んで寝かせたので、瀬川は風呂に入っていなかった。
今朝も高熱でふうふういっていたのでシャワーどころではなく、支えて洗顔だけさせて病院へ連れて行ったし、隆一が置いて行ってからもとてもじゃないが入れる状態ではなかったのだろう。
午後いっぱい寝て過ごしたら急激に楽になったという瀬川は、汗をかいて気持ち悪いから風呂に入りたいと言い出した。
なんだか以前にもこんなことがあったような、と、隆一はなつかしく思う。
あの時はまだ恋人同士ではなかったから、風呂に入るという瀬川を見守るだけだった。
けれど今は……
「うん、わかった。一緒に入ろうか」
「は?!え、ええっ?!」
そうと決まれば、と隆一はさっさと浴室に向かい、バスタブの栓をして給湯ボタンを押す。
母や姉が勝手に置いていく入浴剤を適当に投入して、寒くないように浴室暖房のスイッチも入れる。
これで完璧、とリビングに戻ると、こそこそと瀬川が寝室に戻っていくところだった。
「冬夜さん?」
「あ、うん。なんだかだるいなー。もう寝ようかなーって」
「風呂は?」
「う……。明日で、いいかな……」
顔には思い切り「入りたい」と書いてあるくせに、隆一と入るのは何が何でも避けたいようだ。
「そう?じゃあ俺入るから」
クローゼットから自分の部屋着と下着を取り出し、こっそり瀬川の分も用意する。
一旦それを脱衣所に置き、シャツと下着だけの姿で寝室に戻ると、瀬川は布団に半ば顔をうずめ、じっと藤堂の様子を窺っていた。
「本当に入らなくていいの?」
意地悪く問いかけてやると、うっと詰まってこちらを睨んでくる。
「……入りたい」
「倒れるといけないから、一緒に入ろう?」
瀬川が、ぐぐっと息を飲んで、必死に何かと闘っているのが手に取る様にわかる。
風呂には入りたいが、隆一にいたずらされるのを恐れているのだろう。
「なにもしないよ?」
多分、という言葉を飲み込んでそう言ってやると、瀬川がぱっと顔を輝かせる。
どうしてそう素直に隆一を信じられるのだろう。今までそれで散々騙されて、啼かされてきたくせに。
布団の山からすぽんとひっこ抜いて抱き上げてやると、困った顔をしながら、それでも素直に細い手足を隆一に絡めてきた。
「まだちょっと熱いね」
触れ合う肌の温度が、いつもより少し高い。
隆一にしがみつく力も、弱々しい気がした。
「こんなにくっついたら、あれこれ気を付けてる意味がないだろ?」
頬をすり寄せると、瀬川が口を尖らせて怒る。
うつる、と言いたいのだろう。
「予防接種したし、大丈夫じゃない?」
「俺だって予防接種したってば!」
予防接種は感染を予防するものではない。重症化を防ぐためのものだ。
打ったからといって感染しないわけではなく、そんなことはわかっているけれど、昨夜からお預けをくらいまくって我慢しているのだ。
キスはしないから、触れるぐらいは許して欲しい。
そのまま浴室に運び、あれこれ世話をやいて、早めに瀬川だけ外に放り出す。
約束通り、手は出さなかった。
というより、出せなかった、が正しい。
というのも、風呂に入れた途端、瀬川がフラフラしはじめたからだ。
湯に浸かったことが予想以上に体力を奪ったらしく、これはマズイと思って慌てて洗って外に出した。
一緒に入っておいてよかった。自分のスケベ心を褒めてやりたい。
自分の事を手荒く大雑把にすませて外に出てみると、半端に部屋着をひっかけた姿の瀬川が、リビングの床に転がっていた。
途中で動けなくなったらしい。
慌てて抱き上げ、ソファへ運んで水を飲ませると、はふ、と息をついた瀬川がとろんとした目で隆一を見る。
そんなに無防備に見つめないで欲しい。
隆一はありったけの理性をかき集め、とりあえずドライヤーで瀬川の髪を乾かす。
ベッドへ運んで熱を測ると、37度7分。昨夜程ではないが、結構上がっている。
風呂はダメだと言えばよかったのだろうが、瀬川の裸が見たいという欲望を抑えきれずに誘ってしまったことを少し後悔した。
乾いてふわふわになった髪を撫でてやると、潤んだ瞳が隆一を見上げる。
目の淵がほんのりピンクに染まり、そこに朝露のようにぷくりとたまった涙。
いつもより色の濃い唇から、ちらりと真っ赤な舌が覗く。
動いた拍子に目尻から零れ落ちた涙に思わず唇を寄せると、瀬川が小さな声で「ダメ……」とつぶやいて隆一を押しやった。
プツン、と、どこかで糸の切れた音がする。
なんの糸かといえば、それはもう、しつけ糸より弱く、尚且つ極細の、理性という名の……
「うつしたら、治るんじゃない?」
どこのアホウが、どの口でそんな迷信をつぶやくのか?と自分でも呆れ果てる。
嫌がる瀬川の両腕を押さえつけ、いつもより随分熱いと感じる唇と舌を、自分のそれで乱暴に吸い上げる。
か弱い力で抵抗する瀬川に、ますます興奮を覚えるのを頭の片隅で感じながら、もう一人の隆一が「ごめん」と必死で謝っている。
けれど、いい加減思い知った方がいい。
男には狩猟本能が備わっている。
従って、逃げられると追いたくなるのだ。
犬と同じだ。
目の前で走って見せれば、追いかけてしまうのが犬と男という生き物だ。
先程着せたばかりのスウェットのパンツを強引にずり下げ、身動きできないように膝の位置で留まらせてから、慎ましやかに大人しくしている瀬川のその場所に唇を寄せた。
まだやわらかいそれを口に含むと、「やめろ……っ」とかすかに抵抗の声が上がる。
いつもより反応は悪いが、それでも瀬川のそこはやんわりと力を持って勃ち上がってきた。
半勃ちになったところで、くびれの部分に横から吸い付いてやると、びくん、と瀬川の体が揺れる。
瀬川は、段差の小さめなその部分を横から唇で挟まれるのに、弱い。
食むように優しく唇を添わせながら、時折舌でペロリと舐めると、それだけで極まったように体を震わせ、押し殺した悲鳴を上げる。
いつもなら唇で追い上げて一度放出させるところだが、今日はさすがにまずいだろうと、快楽を植え付けて抵抗する気力を奪ったところでその場所への愛撫を止めた。
膝に留まっていたスウェットを下着ごと抜き去り、太ももに手をかけて、片足を胸に着くほど折り曲げる。
むき出しになった場所に顔を寄せ、後ろの蕾に舌を這わせても、もう瀬川は逃れようとはせず、両腕で顔を隠してかすれた啼き声を上げるだけだった。
時間をかけず、しかし念入りにその場所をほぐし、ようやく指3本が自在に動けるようになったのを見計らって、痛い程張り詰めて勃ち上がった己の屹立を、わずかに開いた口に押し当てる。
誘うようにひくひくと震えながら、ピンク色の襞がゆっくりと隆一を飲み込んでいく様は、いつ見てもエロティックだ。
体の中は体表とは比べ物にならない程熱く、それでようやく、自分が瀬川にどれほどの無体を強いているのかを思い知る。
けれど、ここまで来てもう止めることなどできなかった。
かくなる上は、一気に達してしまうしかない。
細い腰に腕を回して抱え上げ、慣らすようにゆっくり動き始めると、その場所で快楽を覚えた体は素直に隆一を受け入れ、絡め取るように雄の象徴を食い締めた。
「ひ……んっ……ん……!」
焦らすことはせず、ただ高みに到達させようと、隆一は瀬川の前に手を伸ばす。
半勃ちのままだったそこに指を絡め、突き込む動きに合わせて強くしごくと、先端からみるみる透明な液体が滲み溢れてきた。
滑りの良くなったピンクの肉棒が、輪にした隆一の指の間からくちゅくちゅと音を立てて、ちらりちらりとかわいい顔を出す。
いつもより熱いその場所も思い切り舐めてやりたい、と、ペロリと上唇を舐める隆一を、瀬川が潤んだ瞳で見つめていた。
さもその部分を舐めているかのように舌をひらめかせると、瀬川が目を大きく見開き、びくんと体を痙攣させた。
「………あっ!あ……あ!!」
瀬川が体を捩らせて、射精する。
その瞬間、一気に道の狭くなった瀬川の中へ己を突き込むようにすると、頭が真っ白になるほどの快感が体を突き抜けて行った。
熱い。
ひたすらに熱い。
自分の吐き出した精液がぬるく感じる程熱い瀬川の中に、余韻を楽しむように何度も突き入れる。
ひくひくと中で痙攣する自身がおさまった頃、きつく指をかけてしまっていた腰から手をはずし、おそるおそる瀬川の顔に視線を向けると、くったりするかわいい顔が隆一を睨んでいた。
「バカ、藤堂……。せっかく風呂に入ったのにぃ……」
又汗をかいたじゃないか!と怒る瀬川に、怒る所はそこなのか?と疑問を感じながら、「ごめん」と謝って頬をすり寄せる。
さすがにもう一度風呂にいれるのは危険なので、濡らしたタオルで体を拭ってやり、その後の後始末まできっちりとお世話をさせて頂いた。
体を拭いている間に眠ってしまった瀬川に心の中で深く謝罪し、悪化していなければいいがと今さら心配しながら、結局そのまま、熱い体を抱え込んで朝まで眠った。
二日後の、時刻は午前9時。
すっかり元気になった瀬川とは打って変わって、真っ青な顔の隆一が、リビングのソファで膝を抱えてうずくまっていた。
「だからうつるって言っただろ。もう、バカだなぁ……」
隆一の脇から抜き取った体温計を見て、瀬川がため息をつく。
「38度5分かぁ。まだ上がりそうだね。どうする?俺もまだ外出許可でないから、病院にはついていけないけど……」
妃奈子かすみれに頼むか?と聞かれ、いらない、と首を横に振って顔を顰める。
激しい倦怠感と悪寒。関節の痛み。
そうか、これがインフルエンザか……と変に感心する隆一を今現在一番悩ませているのが、頭痛だ。
ガンガンと頭が割れるように痛み、口をきくこともままならない。
いまだかつて頭痛など経験したことのなかった隆一には、これが一番堪える。
「ひとりで行ける?大丈夫?」
こっくりと頷いて、また盛大に顔を顰める。
「じゃあ病院までは車で送ってあげるから、車貸して」
「……その前に、会社に電話」
「そうだった。俺、電話しといてやろうか?」
せっかくの瀬川の申し出だが、丁重にお断りする。
瀬川に電話してもらったりしたら、山口になんと罵られるかわかったもんじゃない。
まあ、自分で電話しても罵られるだろうが。
瀬川が手渡してくれた隆一のスマートフォンで、登録してある第一営業部の番号を呼び出す。
ワンコールで出たのは、鎌田だ。
「……藤堂です」
「ちょっとまさか藤堂くん、もしかして……」
「もしかする。発熱した。多分インフル……」
スマホの向こう側で、爆笑する声が聞こえる。
みのりー!藤堂くんインフルエンザだって!鬼の霍乱ってこのことよねー?!と、はしゃいでいるのも丸聞こえだ。
「おい、鎌田」
「あ、ごめんごめん。課長に代わるね」
課長に電話が繋がれ、発熱したこと、おそらくインフルエンザであること、検査結果が出たらまた連絡を入れることを告げて、山口に代わってもらう。
「すみません山口さん。多分俺も発症しました」
「……だろうな。こんなこったろうと思ったよ」
週明けまで俺と小沢だけでどーすんだ!と電話の向こうで泣かれ、やれることはやるから自宅に書類をメールしてくれと頼んでいる所で、瀬川にスマートフォンを取り上げられる。
「山口?藤堂頭痛で死んでるから、今は勘弁してやって?俺、回復してきてるからさ、データは俺あてに送ってよ。あとさ、例の件ってどうなってるんだっけ?」
さすがは営業成績ナンバーワンの頼れる上司。
痛みに頭を抱える藤堂の、首の後ろをやさしく撫でさすりながら、次々と山口に指示を出していく。
ダメだ……。考えがまとまらない。
瀬川がなんの話をしているのかも、さっぱりわからなくなってきた。
ばったりとソファへ倒れ込む隆一をちらりと流し目で見ながら、瀬川がくふ、と笑って体を撫でてくれる。
痛む関節に、瀬川の手が心地良い。
しばらくすると瀬川は通話を終えて、隆一の分の上着も持って、「病院行くよー」と保険証をちらつかせた。
行きたくない。動きたくない。このまま寝ていたい。
常にない珍しい隆一の様子に、瀬川がくすくす笑いながら、顔を覗き込んでくる。
「まあ、病院行って、薬飲んで、あとは大人しく寝てなさいって。おかゆ作ってやるから」
そう言いながら、隆一の髪をサラサラと撫でてくる。
なんだか、やたらに嬉しそうだ。
これはきっと、あれだ。
隆一の不調は、瀬川に無体を働いたことにより、天罰が下ったとかいう……
ブツブツとつぶやく隆一に、瀬川が笑う。
「いつになく弱気だなぁ。あの状態の俺とあんなことすれば、うつるに決まってるだろ。そういうのは天罰じゃなくて、自業自得っていうんだよ」
ほんのり頬を赤らめながらそんなことを言う瀬川に、そんな気力も体力もないくせに、ああ今日もいっぱいあれこれエロいことがしてみたい!と思う。
これは、あれだろう。雄の、危機的状況に陥った時に子孫を残そうという本能の……
「ほら、頑張って。受付と診察は自分でいくんだよ?あんまりグズってると、すみれさん呼ぶよ?」
それだけは勘弁して欲しいと、隆一は地面に沈みそうな程だるい体をなんとか起こし、上着に袖を通して支度する。
そして、あの時の自分の行いを、猛烈に反省する。
きっとつらかっただろう冬夜さん、ゴメンナサイ、と。
「もう。弱気な藤堂なんか嫌だよー。早く熱下げてすっきりしろよ!な?」
……ちなみに。
なぐさめられながら病院に向かう大きな藤堂を……
実はちょっぴり「かわいい」なんて冬夜が思っていて。
おでこに冷却シートを貼って眠っている藤堂の姿をこっそり撮影して鎌田に送ったり、おかゆを作って藤堂にあーんしてみたり。
いつもとはあべこべの自分達に冬夜が大いに満足していたことは
冬夜だけの秘密らしい。
☆丁度我が子がインフルエンザにかかってタイムリーだったので、空様リクエストの「熱で無防備な冬夜にむらむらした藤堂が……」をお送りしました。
しかし、殿方は病気になると急に弱気&甘えん坊になりますよね?
「オレ死んじゃう」みたいになるのはなんでなの~?
藤堂もはずさず、そのパターンらしいです。
応援ありがとうございます!
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