二度目の人生は氷の騎士様と歩む

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第5話:秘密の契約

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夜会から数日後ダリウスはエレオノーラの執務室からの帰り道彼女の言葉とそれが導いた真実に思考を巡らせていた。夜の王宮は静まり返り彼の足音だけが石畳に響く。脳裏には夜会でのエレオノーラの葛藤。傲慢な言葉を口にしながら深く自己嫌悪に陥り涙ながらに弱さを吐露した彼女の姿が焼き付いていた。そして「未来を見た」という常識ではありえない言葉。温室での予言の正確さ。これらが示すのは宮廷の裏で彼の信じる秩序を根本から揺るがす巨大な陰謀が水面下で進行しているという事実だった。彼は深い憂慮に囚われた。自身が守るべき「正義」とは一体何なのだろうか。

彼の頭の中ではこれまでの人生で培ってきた「法と秩序」という絶対的な規範が激しい音を立てて軋んでいた。私情を挟まず公正であること。それが彼の騎士としての誇りであり存在意義だった。だがエレオノーラが晒した弱くしかし懸命な人間の姿。彼女の真実を求める瞳は彼の理性を揺さぶるだけではない。その奥底で彼の中に眠っていた「守りたい」という感情の萌芽を確かに揺り動かしていた。彼は宮廷の不穏な空気がもはや看過できないレベルに達していることを肌で感じていた。

その翌日ダリウスは再びエレオノーラを自身の執務室に呼び出した。部屋に足を踏み入れたエレオノーラはダリウスの表情に変化を感じ取った。彼の顔は依然として厳しいがそこには以前のような疑念の色はなくむしろ深い思索と何かを覚悟したような静かな決意が宿っていた。窓から差し込む朝の光が彼の横顔を照らす。

「温室での事件のさらなる調査結果が出た」

ダリウスは簡潔に切り出した。彼の言葉には余計な感情が一切含まれていない。彼は温室の事件で押収された密輸文書の筆跡鑑定と関連貴族たちの行動記録の照合結果をエレオノーラに告げた。その結果は彼女の予言の正確さを完璧に裏付けるものだった。さらに密輸に関わっていたと判明した貴族が過去に王太子の側近と頻繁に接点を持っていたことも示唆されていた。その報告を聞きながらエレオノーラの背筋に冷たいものが走る。陰謀の根は想像以上に深くそして王家の中枢にまで及んでいる可能性を示していた。

ダリウスは一枚の文書を机に広げながら静かにしかし力強く尋ねた。彼の視線はエレオノーラの瞳を深く見つめている。それは真実を求める騎士の視線だった。そこに私情は一切なくただひたすらに奥底に隠された闇を暴こうとする強い意志が宿っていた。

「君が言う『破滅』とは具体的に何だ? そして君を陥れようとしている者たちの正体を明かせ」

エレオノーラはこの男になら全てを話せると確信した。

ダリウスの真摯な問いかけにエレオノーラは覚悟を決めた。もう隠す必要はない。全てを話そう。彼女は大きく息を吸い込むと一度目の人生で自分が辿ったあの処刑の運命について語り始めた。

「私は一度処刑台に立ちました。民衆の罵声と裏切りに満ちた視線の中で……ギロチンの刃が私の首に触れる瞬間まで全てを覚えています」

エレオノーラの声は感情がこみ上げるのを抑えるかのように微かに震えていた。ダリウスの顔にわずかな衝撃が走る。彼の瞳が僅かに見開かれた。

「そしてその黒幕は……私の妹リリアーナ。そして私の元婚約者王太子殿下です」

エレオノーラの言葉はダリウスにとってまさに青天の霹靂だった。最も信頼すべき王族と無垢であるべき王女がそのような陰謀を企てていたという事実に彼の「正義」の概念が根底から揺さぶられた。彼の信念の基盤が音を立てて崩れていくような感覚に襲われる。彼が長年守り続けてきた王国の秩序がその中心から腐敗していたという衝撃は計り知れない。

エレオノーラは二人の巧妙な罠特にリリアーナの表向きの純真さの裏に隠された醜い嫉妬と劣等感そして王太子の保身と彼女の聡明さに隠れた恐怖がいかに彼女を追い詰めたかを詳細に語る。事件一つ一つがいかに周到に仕組まれていたか。いかに人々が騙され彼女が孤立させられていったか。その告白はダリウスの常識を覆すには十分すぎる内容だった。

彼の脳裏で過去の記憶が高速で駆け巡る。確かにリリアーナが妙にエレオノーラにまとわりついていた時期。王太子がエレオノーラに過度な期待を寄せそれが満たされないと途端に冷たくなった瞬間。そしてあの温室の事件で感じた言葉にならない不穏な繋がり。エレオノーラの目には嘘偽りがなくこれまでの予言の正確さが彼女の言葉の信憑性を補強していた。彼の「理性」はもはや彼女の言葉を疑うことをやめた。

ダリウスは深く息を吐きエレオノーラの目を見据えた。その瞳に今や疑念の影は一切ない。あるのは揺るぎない確信と真実への探求心そして彼女の苦悩を受け止める静かな覚悟だった。

「分かった。君の言葉を信じよう」

彼の声は謁見の間で聞いた時よりも幾分か温度を帯びているようにエレオノーラには感じられた。

「そしてその『未来』を変えるために君に協力する」

ダリウスは机の上に広げられていた羊皮紙を一枚取り出しペンを走らせる。その場で簡潔な「契約」の文面を書き記し始めた。それは法的な厳密さよりも互いの意思と覚悟を示すことに重きを置いたものだった。

「我ダリウス・フォン・グランツはエレオノーラ・ド・ラ・ヴァルワール公爵令嬢の語る未来の真実を信じ彼女の生命と名誉を守るため全力を尽くすことを誓う。その代償として彼女は未来の知識を惜しみなく提供し我らが正義を貫くために協力すること。これ秘密の契約なり。」

形式的なものではなく互いの信頼に基づいた血判のないしかし固い誓い。ダリウスはそれをエレオノーラの前に差し出した。彼の指先が羊皮紙の端をかすめる。

エレオノーラもまた迷いなくそれに署名した。彼女の心には温かい感情が込み上げていた。一度は自分を断罪した男が今自分を信じ未来を守ろうとしてくれている。

「ありがとうございます騎士団長」

エレオノーラの声は感謝の念で微かに震えていた。

「いや……これは俺の正義のためでもある」

ダリウスの言葉には私情ではないしかし確かな彼女への思いが滲んでいた。氷の騎士と断罪された令嬢の間で公正と信頼に裏打ちされた唯一無二のパートナーシップが今ここに結ばれたのだった。二人の間にはこれまでとは違う静かで確かな絆が生まれ始めていた。それはこれから彼らが共に立ち向かう巨大な陰謀との戦いの確かな始まりだった。
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