狂気の推し活令嬢リリアーナ様!

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第39話:愛か正義かの選択

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わたくしたちの、愛と奇策に満ちた合同軍の快進撃は、ついに敵の本拠地の最深部…ラストダンジョンの玉座の間にまで到達いたしました!

薄暗いその広間の中央で、わたくしたちを待ち受けていたのは、これまでの雑魚どもとは比べ物にならないほどの、禍々しいオーラを放つ結社の幹部らしき男でした。その男の背後には、不気味な紋様が描かれた祭壇が鎮座しております。床には血のような液体で描かれた魔法陣がじっとりと広がり、部屋の隅々からは怨念のような魔力が陽炎のように立ち上っております。ここで、何か恐ろしい儀式が行われようとしていたのは間違いありませんわ。空気が重く、肌にまとわりつくようです。

ですが、その男は一人ではございませんでした。彼の腕の中には、わたくしたちと同じ王国の騎士の鎧をまとった方が、ぐったりとした様子で捕らえられていたのです。その銀色の鎧は見るも無惨にへこみ、意識はないようですわ。そして、その喉元には、冷たく濡れそぼった刃が…。人質ですわ!乙女ゲームにおける、最も厄介で、そして最も胸が高鳴るイベントの一つ!

「そこまでだ、漆黒の騎士!武器を捨てて投降しろ!さもなくば、この男の命はないと思え!」

下卑た笑みを浮かべて叫ぶ男。…なんて卑劣な!なんて臆病な!正々堂々と、わたくしたちの愛の力の前にひれ伏すのが怖いものですから、このような三流悪役のような手を!許せませんわ!乙女ゲームのシナリオでも、こういう手合いはプレイヤーから最も嫌われるタイプですのよ!小物らしく、潔く散るという美学もございませんのね!

ですが、ここは冷静になるべきですわ。感情的になっては、敵の思う壺。乙女ゲームのシナリオにおいても、人質イベントは物語の分岐点となる、最も慎重な選択が求められる場面。一つ選択を誤れば、仲間を失い、好感度は下がり、最悪の場合はバッドエンド直行です。ここで感情に任せた選択をすれば、無慈悲なゲームオーバー画面を拝むことになりますわ。

わたくしは、この絶体絶命の状況を、前世で幾多の修羅場を乗り越えてきたゲーマーとしての冷静な頭脳で分析いたしました。

ここでゼノン様が捕らえられてしまっては、元も子もありません。彼こそが、この物語の主人公(ヒーロー)であり、わたくしの世界の全てなのですから。彼を失うことは、すなわちゲームオーバーを意味します。コンティニューなどございませんのよ。

一人の騎士の方の犠牲は、もちろん痛ましいことです。名前も知らないNPCとはいえ、仲間には違いありません。ですが、より大きな視点で見れば、ここで黒幕である幹部を討ち取り、ゼノン様という最重要ユニットをお守りすることこそが、結果的により多くの人を救う道に繋がるはず!ええ、これは苦渋の決断。パーティーのリーダーとして、時に非情にならねばならない時もあるのですわ!これも、トゥルーエンドにたどり着くための、必要な犠牲なのです!彼の死は、決して無駄にはいたしません!彼の犠牲の上に、わたくしたちの幸せな未来が築かれるのですから!

わたくしは、心を鬼にして、隣に立つゼノン様に進言いたしました。その声が、自分でも驚くほど冷たく、そして合理的に響いたのを覚えております。

「ゼノン様。非情な決断であることは、重々承知しておりますわ。ですが、ここは彼を見捨てて、幹部を討つべきです。あなたの、そのお命と安全が、何よりも最優先なのですから!」と。

ですが、その言葉を聞いたゼノン様の反応は、わたくしの完璧なシミュレーションとは全く違うものでした。彼は、信じられないものを見るかのような、氷のように冷たい、そしてほんの少しの軽蔑が混じった目で、わたくしをご覧になったのです。その視線は、まるで汚物でも見るかのようで、わたくしの心にぐさりと突き刺さりました。これまで向けられたどんな冷たい視線とも違う、魂そのものを否定されるような、鋭い痛みでした。彼の瞳には、呆れも、怒りもありませんでした。ただ、純粋な、底なしの侮蔑だけが、そこにはありました。

そして、静かに、しかし岩のように固い意志を込めて、はっきりとこうおっしゃいました。

「断る。俺は、人質を救出する」

…え?

なぜですの?合理的ではありませんわ!わたくしの、この完璧な作戦提案を、なぜ…?それでは、あなた様ご自身が危険に晒されてしまいますのよ!それでは、本末転倒ではありませんか!

わたくしの意見と、彼の意見が、初めて、真っ向から対立した瞬間でした。これまで、わたくしの奇行を呆れながらも受け入れてくださっていた彼が、初めて明確な「拒絶」を、その魂の全てで示したのです。

わたくしは、言葉を失いました。

自分の命を危険に晒してまで、見ず知らずの、たった一人の部下を救う。非効率で、無謀で、ゲームの攻略法としては、最悪の一手。好感度も上がらず、何のメリットもない選択肢。むしろ、ゲームオーバーのリスクしかない愚かな行動。

けれど、それは、あまりにも気高く、そして、どうしようもなく美しい選択でした。

…ああ、そうですわ。この方は、そういう人だった。わたくしが恋い焦がれ、その生き様ごと推してきたこの方は、ただステータスが高いだけの、顔が良いだけの、強いだけの攻略対象ではなかった。

わたくしが守りたいと願ったこの方は、何よりも民を、仲間を守ることを誓った、本物の「騎士」だったのです。彼のその選択は、ゲームのパラメータや効率では測れない、彼の魂そのものの輝きでした。それは、どんな宝石よりも、どんな魔法よりも、尊い光でした。

彼だけを守りたいと願った、わたくしの「愛」が、その瞬間、とても小さく、そして傲慢で、独りよがりなものに思えました。わたくしは、彼という人間を見ていたのではなく、ただ「推し」という偶像を崇め、自分の理想の物語を、自分の理想のエンディングを、彼に押し付けていただけだったのかもしれません。

わたくしは、ただ、人質を救うために迷いなく一歩前に出た、彼の気高い背中を、呆然と見つめることしかできませんでした。
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